最終話「アツロウのアラフォー彼女」

 異世界アルアスタに、新たな風が吹いた。

 今、神を気取った男の時代が終わる……そして、人が人と作り上げる歴史が始まるのだ。それをアツロウは、落ち着きを取り戻したベイオグラードでながめていた。

 北の街は今、魔王討伐を祝うお祭り騒ぎに沸き立っていた。

 そんな中で、アツロウはというと――


「わあ、お兄ちゃん! 凄いねっ!」

「本当にお兄ちゃんが魔王をやっつけちゃったの?」

「……魔王と、仲良くしなくて、いいの?」

「ディッケン様のお話、難しくてわからないけど……いいんだよ、ね?」


 子供達に囲まれていた。

 いなえて言い換えよう……ロリっ達に囲まれていた。

 これぞ天国、この世の春である。

 一夜にして城塞じょうさいが崩れ落ちたかと思えば、重鎮じゅうちんディッケンの反乱、そして正当なる北方辺境伯ほっぽうへんきょうはくであるリオンの帰還……あまりにも多くのことが一度に起こり過ぎた。

 だが、最後は大団円だいだんえん、ハッピーエンドである。

 そして、魔王を倒した救世主アツロウは、ロリっ娘達に話をせがまれているのだ。


「いいかい? 乙女達……これでよかったかどうか、それはわからない。でも、大人になったら、お母さんになったら、そしていつかおばあさんになったら……よかったんだと思えるような、そんな毎日をこれから始めなきゃね」


 今、アツロウがいいことを言った。

 そう自分で思うのだから、浮かれるにも程がある。

 だが、アツロウがそれっぽいことを言うと、彼を囲むロリっ娘達は顔を見合わせひとみを輝かせる。まるで、色とりどりの花々が咲き乱れる花園はなぞのだ。

 アツロウは疲労困憊ひろうこんぱいでアチコチ痛かったが、大きな満足感に満ちていた。

 その気持ちをくれた人が、今は見当たらないが。

 それでも、背後に気配が立ったので、アツロウはその名を呼んで振り返る。しかし、そこには若き領主の凛々りりしい姿があるだけだった。


「アツロウさんの言う通りだよ、みんな。子は国の宝……はは、まだまだ子供の僕が言うのもおかしいかもしれない。でも、君達がいつか、本当によかったと思える国をこれから作る。約束しよう」


 北方辺境伯リオン……その姿は、この数日で見違えたように成長していた。身長や見た目は変わらないが、国と民に真摯しんしに向き合うとちかった、その覚悟が見て取れるいい面構つらがまえだった。

 結局、リオンはディッケンを許した。

 勿論もちろん、地位と全財産を没収はしたが……彼が罪をつぐなう居場所を与えたのだ。だから、再びディッケンは北方辺境領のために働き出した。以前と違い、リオンをサポートしながら。ほぼタダ働きに近いらしいが、本人は甘んじてそれを受け入れたのだった。


「リオン様! あれぇ、おきさき様は?」

「およめさんと一緒じゃないのぉ? エリス様は」

「あっ、見て見て! エリス様が来たよぉ!」


 豪奢ごうしゃなドレスで騎士達を従え、エリスが微笑ほほえみと共にやってきた。そして、リオンの隣に収まると皆にも優しげな声で挨拶する。

 城の修復工事にいそしむ者達も、集まっている子供達も歓声でエリスを迎えた。

 きっと、彼女はこの北の地で幸せを掴むだろう。

 まだまだ前途多難で、課題は山積している。

 それでも、魔王ヨネスケが去って初めて、この国は新たな道へ進めるのだ。列強各国との折衝せっしょうは大変だろうし、なにか国の基幹産業きかんさんぎょうを起こす必要もある。なにより、次の冬を超す準備だって始めなければいけないのだ。

 全てはここから、これからだ。


「あの、アツロウ様」


 エリスがそっと声をかけてきた。

 いよいよ、エリスともお別れの時がきたのだ。

 彼女を約束通り、北方辺境領まで無事に送り届けた。同時に、彼女が今後も無事に暮らせる国へと生まれ変わらせた。もう、アツロウがこの地でやり残したことはない。

 エリスは、少し小声でささやく。


「リネッタ様がお待ちですわ……ほら、あそこ」

「あれ? ほんとだ、なにしてんだろ」


 エリスが小さく指差す先で、瓦礫がれきの影からチラチラ顔を覗かせる少女がいた。

 少女に見えるが、中身はおっさんで実際はアラフォー……400年も生きてきたハイエルフの大魔導師だいまどうしだ。名は、リネッタ。アツロウのこれまでとこれから、その全てに繋がる女性である。

 リネッタはこっちを盗み見ながら、隠れている。

 だが、不意に彼女の矮躯わいくがアツロウ達の前に押し出された。


姐御あねご、なにやってんのー? ほら、アツロウが待ってるじゃん」

「フフフ……カップル成立、これぞ理想のアツロウエンド」

「結婚式の時は言ってくださいねっ! ボク、司祭だから教会には顔がきくんですっ」


 アリューやリーゼ、ミランといった血盟クランの仲間が笑う。

 あうあうと狼狽うろたえながらも、リネッタはもじもじとアツロウの前に来た。

 上目遣うわめづかいに見上げてくるその姿は、マントを羽織はおって旅装りょそうに身を固めていた。


「あれ、リネッタさん……お出かけ、ですか?」

「うむ、そ、その……なんじゃあ、ちと野暮用やぼようでの」


 よく見れば、他の面々も旅の装備だ。

 アツロウはロリっ娘の輪の中から抜け出て、リネッタに向き合う。


「実はの、ダーリン。これから大氷原を超えて、魔王の……ヨネスケの宮殿に行こうと思うんじゃ」

「えっ、なっ、なな、なんでです!? もうヨネスケなら、大氷原の底に」

「じゃが、邪悪なモンスターの軍勢は残っておる。まあ、ひきいるヨネスケがおらんから、そう大して心配ではないがの。それより、奴のことじゃ……恐らく、


 リネッタはノルニルの仲間達と、魔王の宮殿で財宝を回収しようというのだ。それは全て、今後は北方辺境領の財産となる。彼女は正式に、第一級非限定血盟だいいっきゅうひげんていクランのリーダーとして、その危険な仕事を引き受けたのだった。

 大氷原は人間を拒み続ける、前人未到ぜんじんみとうの白い闇。

 だが、リネッタとその仲間達なら超えて行けるだろう。

 そして、そこに自分がいることをアツロウは迷わなかった。


「わかりました。今すぐちます? ちょっと用意が」

「な、なんじゃ、アツロウ。一緒に来る気かや? ……危険な旅じゃぞ?」

「当然でしょう。だって、財宝ですよ? アリューさんは勝手にポケットに入れそうだし、リーゼさんはまだまだアルアスタの読み書きが不得意です。そんなギャル騎士と腐女騎士ふじょきしには……次期リーダーと騎腐人きふじんには、俺がついてないと。ミランにばかり苦労はかけられないですし」


 アツロウの名を呼ぶアリューとリーゼの声が、ハモった。

 ミランは感動してうんうんと大きくうなずいている。

 ノルニルの会計係にはまだ、これからもやることが山積みなのだった。


「じゃ、すぐ準備を……と、その前に」


 不意にアツロウは、グイとリネッタの腰を抱き寄せた。

 小さく華奢きゃしゃな姿を見下ろせば、包帯姿がまだまだ痛々しい。

 突然のことで目を白黒させるリネッタを、真っ直ぐ見詰めてアツロウは言葉を選んだ。


「リネッタさん」

「なっ、なんじゃ急に……あっ、ああ、改まりおって」

「俺と一緒に、幸せになってくれませんか? これからずっと、今よりもっと」


 アツロウの言葉に、リネッタの目が大きく見開かれる。

 周囲の皆が見守る中で、アツロウはようやく彼女の気持ちに気持ちで応えられた気がした。恥ずかしそうにうつむきつつ、リネッタはそっと背に手を回して抱きついてくる。

 その豊満ほうまんに過ぎる胸も、今はもう全然不快じゃない。


「そ、その……ワシ、いいんじゃろか」

勿論もちろん

「もう若くないしの、それに……ロリっ娘じゃ、ないしのう」

「問題ないですよ」

「ほ、本当かや? アツロウは……ああいう子等にキャイキャイ言われたいであろ? ワシ、結構、その……重い女、かも、しれん。あ、ああっ、あっ、愛が、重い、タイプ」

「……だ、大丈夫ですよ」


 しまった、即答できなかった。

 そして、察したリネッタがジロリと子供達を見やる。

 ちょっとだけ、女の子がしてはいけない顔になっていた。

 あっという間にロリっ娘達は歓声を上げて、散り散りに走っていった。


「わーい、リネッタ様が怒ったー!」

「キャハハ、魔法が飛んでくるぞうー!」

「悪い子は魔法でブタさんにされちゃうんだー!」


 リネッタは「子供相手にそんなことせん」と笑う。

 おいおい、やろうと思えばできるのかよ……アツロウはロリっ娘萌え萌えー! という性格だが、ブタにされないように気をつけなければいけない。

 そう思っていると、わずかにリネッタが爪先立つまさきだちで背伸びした。


「ダーリン……ん! ほ、ほれ、んっ!」

「ああ、はいはい。こうして改めて見ると……リネッタさんってホント、顔は最高のロリっ娘ですよね」

「いっ、言うでないっ! ……童顔は少し、気にしてるのじゃあ」

「でも、ロリっ娘がとうとく愛らしいもので、それをうやまう気持ちは忘れないけど……俺が触れたいのは、触れていいのは……リネッタさん、貴女あなたですよ」


 両頬りょうほおを優しくリネッタの白い手が包んでくれた。

 そしてそのまま、アツロウはリネッタとくちびるを重ねる。

 周囲から「おおー!」と拍手喝采はくしゅかっさいが巻き起こり、なかなかどうして気恥ずかしい。

 そう思って離れようとしたが、首に手を回したリネッタの呼吸が繋がり続けてくる。互いの行き交う呼気の中で、甘やかな柔らかさがぬくもりを伝えてきた。

 あわててアツロウは、窒息寸前まで続いた長いキスから脱出した。


「ぷあっ! ふう……甘露かんろなのじゃあ」

「リネッタさん! 長いっ! しっ、しし、しかも……今! 今っ!」

「大人のキスじゃよ……とろけたじゃろ?」

「いけない、絶対にノゥ! ファーストキスはもっとこう、おごそかであるべき! 初々しさが必要なんですよ! それを……舌っ! 舌を、リネッタさん!」

「むふふ、これからはもっと、もーっといいことをするのじゃ。二人で、ずっと」

「やっぱり中身、おっさんだー! クッソォ、こんななまめかしいファーストキス……!」


 北の大地に笑い声が響き、それが遠くまで連鎖してゆく。

 救世主としてのアツロウを終えて、再び彼はいつもの日々を取り戻す。第一級非限定血盟ノルニルの会計係……そして、ハイエルフの大魔導師リネッタを恋人に持つ男。

 日常と言う名の冒険は続く……素敵で無敵なアラフォー彼女と共に、末永く続くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

転生勇者のアラフォー彼女 ながやん @nagamono

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ