まつり

 夏というのはいつも不思議な事を引き起こすものだなあと思っていた。暑さから人の脳内は仕事を放棄し、堕落し、側から見れば異常だと思うことを容易にさせるのだ。

 そう、例えば。


「えーと、それ、何?」


 私の目の前にいるこの男が、自らの掌から小さなファイヤーを発しているだとか。


 今年も開かれた地元のお祭り「祭己」

 規模は大きくないとはいえ、町はそれなりに「お祭り」というものを重要視しているらしく、毎年多くの出店が立ち並ぶ。真っ赤に燃える鳥居までの一本道の両側に、それはもうぎゅうぎゅう詰めだ。十八時に一発だけ打ち上がる大きな黄色い花火がお祭り開始の合図。今年も例年通り蒸し暑い中、祭己まつりは先ほど黄色に輝く花火と共に開催されたのだ。

 私はボーイフレンドである赤羽と待ち合わせ、三十分程遅れて会場入りをした。自宅から十五分の距離にあるにも関わらず、会場入りをする前から私の額に浮かぶ汗はダラダラと溢れる一方だった。それほど蒸し暑くてたまらないのだ。だが隣を歩く赤羽は暑さが気にならないようで、早く屋台を見たいとウキウキしていた。全くもって不愉快である。


 会場入りをして真っ先に赤羽が走っていったのは、どんぐり飴の店だった。赤羽は色とりどりに並ぶ球体たちをキラキラした瞳で見つめていた。赤羽はどんぐり飴が大好きなのだ。そうして彼が手に取ったのは、イチゴ味だろうと思われる赤色のどんぐり飴。赤羽、という苗字だからなのか、彼は赤色も大好きだった。赤羽はそのまま、赤色のどんぐり飴を三つ買った。私もついでにと、水色のどんぐり飴を二つ買った。見た目だけでも涼む事は大切だ。そうして焼きそば、たこ焼き、定番の綿飴も買い込んで、私たちは一本道を逸れた場所にあるテーブル付きの四人掛けチェアに腰を下ろした。そして、彼は真っ先に赤色の球体を大きな口の中に放り込んだ。「んー!」と男にしては少々情けない声を出していたが、私はそんな彼が大好きなのだ。暑さが和らぐことはないが、鈍くなった脳には心地いい。


 さて、少し前に話した、現在私の目の前で起こっている事を思い出して欲しい。


 赤羽は赤色のどんぐり飴を食べた。

 赤羽は、赤色のどんぐり飴を、食べた。


 たったそれだけの、何でもないただの日常のひと時。

 だが夏というのは、不思議なことを引き起こすものだなあと薄々感じていた。


 赤羽が赤色のどんぐり飴を食べてから数分後、彼の手からボゥッという大量の油に火をつけた時のような音が鳴った。太い木の隙間から見える通行人を見ていた私は驚き、音のした方へ視線を移した。すると赤羽の掌から大きな炎が燃え上がっていたのだ。買い込んだものを置いていた木製のテーブルが綺麗な黒色に焦げるほど熱く、その火が本物である事を物語っていた。幸い直ぐに弱々しい火になったが、そもそも人間の掌に発火作用があるなんて聞いたことあるだろうか?非現実的すぎるそれは、鈍くなっている私の脳ではいくら本物である事を物語っていようと到底理解が出来なかった。

 そして、


「えーと、それ、何?」


 になったのである。


「いや、俺が分かると思うか?」

「だってアンタの手から出てるやん」

「これはホンマに俺の手なんか…?」


 当の本人も状況が飲み込めていないらしい。

 そりゃあ、そうだ。


「手、熱くないん?」

「おう、ぜーんぜん」


 どうやら痛みは無いようだ。


「なんか変なもん食ったんと違う?」

「いやまだどんぐり飴しか食うてへんぞ…あ」

「あ?」

「このどんぐり飴がまさか…」


 赤羽は驚きとは違う目でどんぐり飴が入った袋を見つめた。

 赤色のどんぐり飴で火が出た?まさか。

 私は自分が買ったどんぐり飴の袋を見つめる。


「せやったら、私が買うたコレも」

「お前の手から水が出るかもしれへんぞ!」


 そんな馬鹿な、とも思ったが、試してみる価値はありそうだ。この会話の間にも、赤羽の掌の火は消えていないのだから。


 私は意を決して一口。

 そして数分後。


「なぁもう訳わからんて!病院行こ!」


 案の定、と言えばいいのか。

 私の掌から見えない何かで抑えられているかのような水の塊が出てきたのだ。


「せやかてお前、これ医者になんて説明すればええの?」

「それは…見たまんまやない?」

「あかん、国の実験台にされてまう!」

「なんでそうなるんよ!」


 私も赤羽も動揺している。

 こんな状況に突然陥ったら誰だって動揺するだろう。

 進展しない会話を繰り広げてから約一時間後、フッと赤羽の掌から火が消えた。その数分後、私の掌から水の塊が消えた。しかし、私たちの動揺は治ってくれそうにない。


「私もうどんぐり飴食べるのこわい…」

「俺も…」


 お互いの掌からモノが消えてからお祭りが終わるまで、私たちは一口もどんぐり飴を食べなかった。黄色を買っていたら何だったろう?なんて疑問は浮かんでこない。きっと赤羽もそうだろう。無邪気に見えて、彼は臆病者なのだ。だから、というわけではないが、不思議なことは傍観するから不思議に思うわけで、自分の身に起こってみるとそれはただの恐怖でしかない。私も例外ではなかった。


 きっと私たちは今後「祭己さいこまつり」でどんぐり飴を買うことはないだろう。

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超短編 汐宮 @seki1005

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