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「見えた! ラウルさん達だ!」



「帰ってきたよ!」

 斥候から戻ってきたピートの声に、どっと沸き上がる店内。

「ピート坊、ラウルさん達はどんな様子だった?」

「みんな無事だったんだろうね」

「ちょっと、うちの人はどうだった? 怪我なんかしてないわよね」

 矢継ぎ早に繰り出される質問におたおたしているうちに、痺れを切らした数名が扉へと走る。

「ちょっと待て、抜け駆けはずるいぞ!」

「あたしも行くぅ」

 そんな声が引き金となり、我先にと飛び出していく村人達。ちゃっかり混じって駆け出していった妹達を追いかけようとして、ピートは店の奥を振り返った。

 いつもと変わらぬ様子で食器を片付けていたレオーナは、息子の視線に気づいて小首を傾げる。

「どうしたの? ピート。みんなと一緒に行かないの?」

「お母さんこそ、早く行こうよ。ラウルさん達、もうすぐそこまで来てるんだよ」

 帰ってきたらすぐ分かるように交代で見張りを立てようと言い出したのは、誰であろうレオーナだった。それなのにこの母は、なぜ呑気に皿など磨いているのだろう。

「すぐに行くから、先に行ってなさい」

 いつものようにあしらわれて、納得行かないまま渋々扉へと向かうピート。そんな後姿を見送って、レオーナはふふ、と笑った。

「さあて……」

 おもむろに腕をまくり、布巾を手に厨房の扉を叩く。

「あなた! 聞こえた?」

 返事がないのは分かりきっていたから、そっと扉を開けて中を覗き込む。熱気溢れる厨房内では、夫であるエドガーが猛然と野菜を切り刻んでいた。

「きっとお腹を空かしてるわ。たっぷりご馳走しましょう」

「ああ」

 言葉少なに答えながら、刻んだ野菜を鍋に入れてかき混ぜるエドガー。奥の焜炉にかけられた鍋からは三日間煮込んだ牛脛の出汁の匂いが立ち込め、調理台の上にはすでに下準備を済ませた肉が炙られるのを待っている。

 ピートの声が聞こえるやいなや、大急ぎで仕込みを始めたのだろう。額に汗しながら黙々と鍋を振るう夫を嬉しそうに見つめていたレオーナだったが、はたと我に返り、店内に取って返した。

「いけない。のんびりしてる暇はなかったわ」

 小走りに暖炉へ駆け寄り、薪を足す。そうしてから今度は中央の大卓へ取って返し、手早く拭き清めて新しい布を敷いたところで、外から賑やかな少女達の声が聞こえてきた。

「あらまあ」

 ひょいと顔を上げ、くすりと笑うレオーナ。窓の外を横切ったのはエリナとトルテだった。気を利かせたトルテが知らせに行ったのだろう。手を繋ぎ、大慌てで駆けていく二人。喜びに顔を輝かせ、風のように走り去っていく姿が、昔の自分と重なる。

 娘時代のレオーナならば、誰よりも先に店を飛び出し、裾を絡げて門まで駆けていったことだろう。

 しかし今のレオーナは母親だ。外から帰ってきた「子供達」が何を要求するかは手に取るように分かる。

「何よりもまず、ご飯よね。味気ない携帯食ばっかり食べてたんだから。あとお風呂ね! あとで沸かさなきゃ。それにしてもほんと、今朝のうちにお布団干しておいて良かったわ」

 現実的だと自分でも思う。しかしまあ、どんな時でもまず体の調子と腹の具合を心配してしまうのが、いわゆる親心というものなのかもしれない。

「さ、急がなきゃ」

 逸る気持ちを抑え、てきぱきと準備を進める。厨房のエドガーに頼んで湯を大量に沸かしてもらい、家中の布類を掻き集めてカウンターに積み上げ、薬箱と包帯を用意して……。

「よし、これでいいわ」

 思いつく限りの準備をして、満足げに店内を見回したその時、外から一際大きな歓声が上がった。



「お母さん、遅いよ! 何やってたのさ」

 息せき切ってやってきた母の姿を認めて、ピートは非難めいた声を上げた。

「それより、ラウルさん達は?」

「ほら、あそこ!」

 ピートの示す先、雪に埋もれた畑の向こうに、懐かしい顔ぶれを見つける。どの顔も疲れ切って、中には杖をついたり、仲間に肩を借りている者もいた。それでも、誰一人欠けることなく、彼らは帰ってきた。影の巣食う遺跡から、希望の光を携えて。

「おーい!!」

「みんな、無事かー!?」

 そんな問いかけに、大きく手を振って答える彼ら。その何気ない所作に、どっと歓声が上がる。

 安堵の溜め息をつく者がいた。嬉しさのあまり泣き出す娘がいた。無邪気にはしゃぐ子供達がいた。

 やがて、元気よく駆けてきた三人組が村人の輪に飛び込み、その後ろをゆっくり歩いてきた男達が家族に抱きつかれて嬉しい悲鳴を上げ、のんびりやってきた村長はマリオと妻カリーナに迎えられて照れたように笑い、そして――。


「いてっ! だから髪掴むなっての!」

『らうっ!』


 黒髪の青年は長かった髪を短くし、ぼろぼろの外套を纏って、僅かに片足を引きずっていた。

 金髪の少女はこの寒空の下、裸足に薄い服一枚で寒そうな素振り一つ見せず、青年の肩にちょこんと乗っかっていた。

 何やかやと賑やかに言い合いながら近づいてくる二人に、目を丸くする村人達。

「あー、ええとですね」

 説明をしようと口を開いた村長を手で制し、どよめく人々を押しのけて、レオーナは彼らの前に立った。

 途端に神妙な顔をして黙り込む二人に、思わず笑みをこぼす。

 そして――。 


「おかえりなさい」


『ただいまっ!』

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未来の卵 小田島静流 @seeds_starlite

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