異邦人、ダンジョンに潜る。外伝、老人の剣。 【11】


【11】


 老人の理解に苦しむ光景が広がっていた。

 メイド服を着たエルフが、テーブルに着いた騎士にお茶を淹れているのだ。

 訂正しよう。

 女装したエルフの少年が、メイド服を着てお茶を淹れている。


(こいつはいったい何をしているのだ?)


 昼頃、エリュシオンの騎士が老人の家に来た。

 先日叩きのめした野盗が原因だ。

 表向きは『調書を取りたい』とのことだが、役人ではなく騎士を寄越す時点で怪しまれているのだろう。

 この時期、獣人軍から離反した者は多い。残党狩りも盛んに行われている。

 実際、老人は獣人軍の元幹部である。敵対しているエリュシオンが追う理由はある。王子が知りたい情報も持っている。

 しかし、来た騎士は一人だ。

 まだ、その程度の疑惑なのだろう。

 つまり、この騎士をどう扱うかで今後が決まる。

 老人は、騎士を殺して埋めるつもりだった。増援が来るなら来ればいい。殺し続けて死ぬのも良いと思っていた。

 そういう老人の心を知ってか知らずか、少年はメイド服を着て騎士を出迎えた。

 いや、意味がわからない。


「大旦那様は、昔は冒険者でしたが、奥様を亡くされ、お孫様との不仲が原因でこんな辺鄙な場所で隠居を」

 少年は、声色まで女に似せていた。

「ほう、冒険者とな。どこでどういった活動をしていたのかな?」

 騎士は、二十歳そこそこの青年で“如何にも”剣以外は何も知らないような堅物に見えた。

「レムリアで、ダンジョンに挑戦しておられましたわ」

「冒険者の国か。かの国のダンジョンに挑戦して、消えた我が国の騎士も多い。生き延びて冒険者を引退したとは、ご老人は名のある冒険者では?」

「いいえ、全然」

 少年は、にっこり笑って答えた。

「少しもか?」

「ええ、少しも全く誰も知らないかと。大旦那様は、堅実な冒険者でしたので」

「しかし、野盗共の証言では、素手で槍を折り、大柄の獣人を殴り倒し、剣を奪って首領を殺したとある。名もない冒険者がこんなことを―――――――」

「レムリアの冒険者は、その程度普通ですよ」

「………普通なのか」

「はい、私の母もゴロツキ程度なら片足で屋根の上まで飛ばします」

「ほ、ほう」

 騎士は困惑していた。

 ちなみに、少年の母は竜を殴り倒した女である。

「ところで君は、ご老人の使用人でよいのかな?」

「はい、私は父がヒームでして、故郷のエルフには嫌われていますので………父も、母も、そのせいで」

 少年は手で顔を隠す。

 だが何故か、涙らしき水滴は見えた。

「すまない。辛いことを思い出させてしまったようだな」

「こちらこそ、申し訳ございません。騎士様のような素敵な殿方に、私のつまらない過去を話してしまい」

「人の歴史に、つまらないことなどない」

 騎士はキリッとした顔で言った。

 こういう堅物ほど、熟れた女には警戒するが、年端もいかない少女には油断する。幼いものが無垢で純情だと勘違いしているのだろう。

「あの騎士様、大旦那様は罪に問われるのでしょうか?」

「それはない。殺人とはいえ、相手は野盗だ。被害者もいる。近隣の村人たちも、君たちに礼を言っていた。エリュシオンから謝礼を贈ってもいい」

「いらん」

 置物になっていた老人は、一言だけ呟く。

「そ、そうですか」

 声に迫力があったのか、騎士は少し驚いていた。

「では騎士様!」

 少年が嬉しそうに騎士に話しかける。

 話題は、全然関係のない近隣の名産について。気を許した騎士は、少年に家庭の悩みや同僚の愚痴などを話した。

 老人そっちのけで、若い男女は会話に花を咲――――――いや違う。

 両方男だ。

 結局、遅い昼飯まで食って騎士は帰って行った。別れ際、少年の両手を掴んで何やら熱っぽく語っていた。

『老人が死んで頼るあてがないなら我が家に来てくれ』とかそんな内容だ。

 ここまで来ると、哀れである。

 騎士を見送った後、少年はまとめた髪を解いて椅子にどっかりと腰かけた。

「ふっ、ちょろいな」

「お前、母親に似たな」

 少年の母も演技派だった。良い魔法使いとはそういうものだ。

「私に魔法の素養はないがな」

「そうなのか」

「魔法に興味がない。神々の物語や、英雄譚に興味はあるが、それを今の世に再現したいとは思わない。若者が新しく何かを作らないと、世の中つまらなくなると思うのだ」

「では、剣も新しくしろ。俺のような老人から学ぶな」

「新しくするぞ。爺を倒した後でな!」

 スカートから木の棒を取り出し、少年は不意打ちをかました。

 老人は、冷めた茶を飲みながら軽く棒を掴む。

「むっ、完璧に虚を突いたぞ」

「その程度読めないのは、下の下だ」

 少年は押すが、棒が軋むだけで老人の腕は微動だにしない。

「爺、さっきの騎士どう思う?」

「何も」

「何も思わない程度の腕か?」

「その程度だ」

「私とどっちが強い?」

「お前だ」

「おお、私か」

「油断させた時点で、お前の勝ちだ。やり方はともかくな」

「父の故郷の神も、女装して敵を倒したそうだ。戦術の一つに取り組むか」

「昔から、男は女に弱いものだ」

「爺もか?」

「俺もだ」

「どんな女に弱い? 参考までに教えてくれ」

「死んでも言うか。………………いや、一つ覚えておけ。どうせ惚れるなら、丈夫で、家を守る女にしろ。お前を置いて、どこか行かないような女だ」

「私が嫁にもらいたい女性は、シグレ姉のような女性か、母のような女性だな。うむ、二人共家にいてくれる。問題ない」

「やれやれ」

 老人はうんざりする。

 少年は、急に満面の笑みを浮かべて言った。

「爺、私の特技の一つを教えてやろう。人相を見れば、女に苦労しそうかどうか何となくわかるのだ。爺は、兄より女に苦労しそうな顔だな。いや、してきた顔か」

 老人は、棒を握り潰した。

「人を怒らせる才能は認めてやる」

「それも私の特技だ」

「表に出ろ」

「望むところ!」

 その日は、少しだけ少年は粘ったが結局は負けた。

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