異邦人、ダンジョンに潜る。外伝、老人の剣。 【10】


【10】


「爺、村で面白い人物に出会った」

「あ?」

 少年が老人の家に来てから、十日が過ぎていた。

 朝から夕方まで<飯休憩はあり>少年と老人は手合わせし、日が暮れると少年は宿のある近くの村まで帰る。翌日、また少年は老人の家に来る。

 そういう日常ができていた。

 そういう日常の朝、少年は村で買い込んだ食料を、少し前まで埃しか入っていなかった棚に詰めながら言う。

「ロラだ。ロラに出会った」

「………………な、に?」

 老人は混乱した。

 ロラと言えばロラだ。あの獣の王である。風の噂では、軍を離れ一人でエリュシオンを襲撃していると聞いた。

「噂通り大きい獣人だった。ガラの悪い仲間も沢山いた」

「他には?」

「おー世捨て人の爺でも、ロラには興味があるか」

「いいから話せ。何故にロラが、こんな辺鄙な場所にいる?」

 老人は、自分を探しているのだと思った。

 複雑な感情が老いた脳髄を駆け巡る。

「理由は物取りだ。村人を脅して食い物と金を奪っていた。あの村の美味い玉ねぎに金を払わないとか、全く酷い連中だ」

「戦争とはそういうものだ。弱い連中は、根こそぎ奪われる」

「戦争? うーん戦争か。でも連中、兵士って感じではなかったなぁ」

 老人は、聞き流していた言葉に気付く。

「待て、ロラに仲間がいると言ったな」

「言ったぞ。そろそろ来ると思うから、外出てみろ」

「………………何故ここに来る?」

「ロラの奴、私を女と勘違いして尻を触ろうとした。いや、もしかして男でもいいと思ったのか? 私は異性愛者なのでそういう趣味はないが、とりあえず鼻を潰してやった」

「潰したのか」

「うむ、チーズの塊で潰した。んで、ここの場所を伝えて逃げてきた」

「逃げてきたのか」

「うむ。お、来たな」

 老人も外の気配を察知する。

「ガキ、何のつもりだ?」

「ここ数日で、爺の強さはよく見れた。だがそれは、個と戦う強さだ。次は、群と戦う強さを見たい。じゃ任せたぞ」

「ふざけるな、と言いたいが――――――」

 老人は立ち上がる。

 杖は持たない。素手である。

「――――――見せてやる。相手が相手だ」

 家の扉を乱暴に蹴り開け、老人は歩き出す。

 少し離れた場所から、十数人の男たちが近付いてくる。

 鎧の着方が雑。装備もまばら。馬もない。誰も盾を持っていない。手にした槍の穂先は欠け、剣の鞘はボロく、刃も同じようにボロいだろう。

(死体から剥いだような装備だ)

 兵士ではない。

 傭兵ではない。

 冒険者でもない。

 間違いなく野盗の類。

 老人は、男たちの前で足を止める。

 いきなり現れた老人に、男たちは軽くざわつくが、所詮は老人だ。慌てる方が馬鹿な反応だ。

 大槍を担いだ大柄な男がいる。顔に包帯を巻いている獣人だ。

 こいつだろうが、老人は念のために聞く。

「ロラはどいつだ?」

「なんらぁ、この爺わ?」

 鼻が潰れたせいか、獣人は間抜けな声を上げた。

「お前ら、この馬鹿がロラか?」

 老人の問いに周囲の男たちがざわつく。反応を見るに、獣人はそういう短絡的な男なのだろう。即、行動に現れる。

 獣人は、老人に向かって大槍を振り降ろす。

 普通の人間なら、叩き潰せる一撃だ。

 ただ、老人は普通ではないし、その普通ではない老人は怒っていた。

『へ?』

 獣人と男たちが声を上げる。

 へし折られた槍が空を舞っていた。

 本物のロラの槍は、柄は鋼でできている。これは黒く塗っただけの木製。老人なら素手で容易く折る。

「俺を知っているか? “ロラ”」

「だ、だれ?」

 老人の拳が、獣人の腹に刺さる。

 偽物の槍より強烈な拳をくらい、獣人は巨体を折り曲げた。

「俺の顔を、知っているか? “ロラ”」

「ま、まって」

 老人の拳が、獣人の顔面に突き刺さる。

 獣人は、血と一緒に大量の歯を吐き出した。

「俺の名を、知っているか? “ロラ”」

「ッ―――――ッッ」

 獣人は悲鳴で返事をした。

 続いて老人は、男の一人から剣を奪うと一人だけ殺した。止める暇のない早業だった。

 首を刎ねられたのは、ヒームで特徴の薄い男。強そうには見えないが、その男が死ぬと男たちは逃げ出した。

 ロラの偽者も転がるように後に続く。

「ちっ」

 舌打ちして老人は家に戻った。

 ベッドの下に隠した貴重な酒で拳を消毒して、残ったわずかな量を飲み干した。

「おい、ガキ。死体を埋めろ」

「なんであの男だけ殺した?」

「あの男は頭目だ」

「どうやって見分けた?」

「目だ。どんな集団でも、上にいる奴は周囲と違うものを見ている」

「なるほどなぁ~」

 少年は、死体を埋めに外に行く。

 その前に、老人は少年を呼び止めて言った。

「一つだけ教えてやる。“騙り”をやるなら本物以上の実力を持て。そして、騙りを見つけたら徹底的に潰せ。だが殺すな。生涯残る、生き恥を抱えさせてやれ」

「私も祖父の名を騙るぞ?」

「なら、あいつよりも強くなるのだな。今のお前では、全然だ」

「了解だ」

 その日は、昼過ぎからいつも通り手合わせを始め、日が暮れるといつも通り少年は村に戻る。

 三日間、日常は続き。

 四日目、老人の家に、騎士が訪ねてきた。

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