異邦人、ダンジョンに潜る。外伝、老人の剣。 【09】
【09】
これは、剣を教えているのではない。
絡んでくる面倒なガキを殴り倒しているだけだ。
「いいか爺。この私に同じ技は二度―――――」
老人の杖が少年を吹き飛ばす。
丸太で殴られたように、少年の体は三回転して顔面で着地。
「痛い!」
「頑丈なのは認めてやる」
常人なら三日は寝込む打撃を受けても、少年は平然と立ち上がってきた。額は赤くなっているが、他に傷らしい傷はない。
ここは、老人の小屋から少し離れた森である。
少年の襲撃で小屋が半壊し、場所を移したのだ。小屋は少年に直させた。半日で元より立派に建て直していた。飯の用意もさせた。美味い飯だった。
しかし剣の腕は、
「未熟だ」
「違うな! 爺が強すぎるだけで私が弱いわけではないッ!」
少年は、棒を振りかざし突進する。
老人は、ひょいと体を逸らして足を引っかけ少年を転ばせた。
「げぎゃっ!」
ゴロゴロ転がる少年は、木に激突して停止した。
「ガキ、真面目にやれ」
「やっている! だがしかし、正直に言えばやりにくい!」
「あ?」
少年は飛び上がり老人に言った。
「爺の得物が杖では、私も本気を出せないではないか」
「お前程度、杖で十分だ」
「いいや、しっかりとした剣を持つべきだ。それでは、私を剣士として認めていないのと同じだ」
「認めていない」
「なに!」
少年は棒を捨て、腰の刀に手を置く。
が、すぐ棒を拾いなおした。
「はは~ん。爺、私を挑発して油断させるつもりだな? やり方が姑息だぞ」
老人は杖の仕込みを抜く。
暗殺用の薄い刃だ。刃を合わせたら簡単に折れるほど脆い。だが、十分に人は殺せる。
「剣士なら剣で認めさせろ。ガキ」
「お、おー、そう来るのかぁ。普通逆じゃないかと私は思うが、年寄りは怒りっぽいしな」
少年は再び棒を捨て、刀に手を置いた。
構えは自然体に近い。無造作に立っているだけにも見える。しかし、殺気が全身から溢れ出ていた。
しかし、筋肉は柔らかいまま。力まず殺しの技を放てるのなら、達人の域に片足を突っ込んでいる。
「さあ、来い爺。私は速いぞ」
後の先でカウンターを放つ技だろう。
厄介ではあるが、これ系の対処方法は沢山とある。
「………………」
老人は、仕込み杖の刃を収めた。少年に背を向けて歩き出す。気付けば、もう夕方だ。ガキの相手をしたせいか腹が減った。
「………なるほど、そうくるか」
残された少年は感心していた。
「爺の強さを10としたら、私はいくつだ?」
少年は、飯の用意をしながら質問してくる。
この時ばかりは面倒でも逃げられない。
「0だ」
「なんだと?!」
「今のお前じゃ、何をしても俺には勝てん。だから0だ」
「では何をすれば爺に勝てるのだ? 夕飯代に教えるのだ」
「剣を見てもらう礼が飯だろう」
「ということは、爺は私に剣を教えているのだな? 適当に追い払われている気もしたが、気のせいだったな」
ばれていた。
勘の良いガキである。
「………お前には、覚悟が足らん」
「覚悟とは? 私は剣を学ぶためなら命を賭けるぞ」
「そんなもん、皆賭けている。知らず知らずのうちにな」
「命以上のものを賭ける必要があるのか?」
「ある」
「では、兄の命を賭けよう」
「おい」
そういうことではない。
「兄のクナシリは強いぞ。殺しても死にそうにない感じは、父と似ている。だが鈍い。あれは、死にかけてようやく牙を出す人間だ。なので賭ける。それに、可愛い弟のためなら命くらい賭けると思う。うむ、違いない」
「クナシリ、確かランシールの子か」
「隠し子なので王位継承権はないぞ。というか、レムリアの王座もランシール王女で終わる予定だとか。民主制に移行するそうだが、行くとは思わない。もったいないなぁ」
「ガキに政治がわかるのか?」
「爺は政治がわかるのか?」
「………………」
わかるわけがない。
一番近くで見ていたはずなのに、一番理解できなかったのが政治だ。
「で、爺。私は兄の命を賭ければ強くなれるのだな?」
「ならん」
「どういうことだ? 兄が不憫ではないか」
「自分の剣をよく見ろ」
「見る」
少年は新しいテーブルに鍋を置き、腰の刀を抜く。
やや反りのある片刃で、赤い木目状の刃紋が目を引く。狐と牛が彫られた鍔は、レムリアで作られたことを現すのだろう。
鋭い刃だ。使い手がヘボでなければ何でも斬れるだろう。
「ガキ、それは斬るための道具だ。それだけのものだ。それなのに、人間は後から余分なものを纏わせる。だから、刃が鈍る。誰の真似か知らんが、さっきの構えは下の下だ。ガキなら何も考えず、剣を振り上げて降ろせ。ただ速く、ただ鋭く、全力でな」
「おー“らしい”教えだな。今からちょっと剣を振ってくる! 夕飯は先に食っていいぞ!」
少年は外に行き、素振りを始めた。
今日一日動き続け、ぶっ飛ばされ続けたというのに元気なガキである。
「やれやれ」
老人は鍋の中身を確認した。
分厚い豚肉と、玉ねぎと芋の入ったスープだ。
皿によそって一人で食べだす。
味付けは、シンプルな塩味と食材から引き出された旨味。久々の肉と油が、老体に染みて活力になる。トロッとした玉ねぎと、ホロホロに火の通った芋も美味い。
こういうシンプルな料理ほど、基礎ができていないと難しいと聞いた。
だというのに、
「剣の基礎は全くダメだ」
自信満々で見せた技が、カウンターのような奇剣とは、基礎ができていない証拠だ。
今までガキに剣を教えていた奴らは、何を教えていたのか? ちょっと才能があるからと基礎を素通りしていないか?
剣で一番大事なものはシンプルだ。
速く振る。
速く殺す。
これだけ。
憧れや、美しさ、こだわりなど下の下。
何も考えず剣を振れ。
一振りで殺せぬなら、何度でも振れ。それだけの簡単で難しい技だ。
才能があろうが、なかろうが、ガキはガキなのだ。教えるのは基礎からだ。嫌なら追い返せばいいだけ―――――――
「いかん」
これではまるで、剣を教えているのと同じだ。
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