異邦人、ダンジョンに潜る。外伝、老人の剣。 【08】


【08】


「帰れ」

 老人は扉を閉めた。

 間髪入れずにノックが響き、少年は騒ぐ。

「その反応、父上の予想通りだな! しかし、賢い私は策を講じていたのだ!」

「やかましい、帰れ」

 キンキンとうるさい少年だ。

 一瞬でも、メルムに似ていると思った自分が馬鹿だった。

「爺、手紙を預かってきた読め!」

 扉の隙間から手紙が差し出される。高価な便箋だ。そのような物を送ってくる相手に心当たりはない。

「読まん、帰れ」

「爺の娘の遺書だ。むげにはできまい?」

「………何?」

 老人は、思わず手紙を取ってしまう。

「俺に娘などいない」

 唯一の身内は、大分昔にレムリアの草原で死んだ。

「私の異母、テュテュの遺書だ」

「テュテュだと? 冗談は止めろ、あいつの母親とは………………確かに思い当たる節はあるが、まて、おい、“遺書”と言ったか?」

「そうだ。五年前に亡くなった」

「何故だ?」

「寿命だ。眠るように亡くなっていた。ローオーメンの良き奉仕者は、そういう死に方をするそうだな。沢山の人間を助けた代償だとか」

 契約した神との、宿命的な死だ。

 一般的には幸福な死と言われる。しかし老人にとっては、とても喜べる話ではない。しかも娘と言われた後ではさらに。

 渋々、老人はテュテュの手紙を読む。


『メディム様。もう昔のことになりますが、母トトメランジェから、父親はあなた様であると聞きました。本当に困った時は、打ち明けてあなた様を頼れと言われました。

 しかし、あなた様は、私が頼る前に私を助けてくれました。

 卑しい獣人の女が、【冒険者の父】の娘を名乗るなど、おこがましいことです。この件は、墓まで持ってゆくつもりでした。

 私は幸運でした。

 母は早くに亡くなりましたが、生まれた時から助けてくれる人がいて、バーフル様のような家族もいました。良き夫と、良き娘にも恵まれました。

 だからこそ、思ってしまったのです。

 もし、この子が不幸に襲われたら? 今の家族の力だけでは、どうしようもない不幸に襲われたら? 幸せになったからこそ、失った時のことを考えてしまいます。

 娘のシグレに、あなた様のことを伝えました。母と同じように、何かあった時はあなた様を頼るように伝えました。ご迷惑なのは重々承知しております。ですがどうか、娘のことをよろしくお願いいたします』


 老人の手が震えた。枯れていた感情が沸き立つ。

 あることに気付き、少年に言う。

「まさか、このシグレが何か危機に巻き込まれているのか?」

 こんな老人が必要とされるほどの危機に。

「いや、全然」

「………………何?」

 それでは何で、今更テュテュの遺書を渡しに来た?

「ちなみに、こっちは姉上、そのシグレからの手紙だ」

 扉に、もう一枚手紙が差し込まれる。老人は急いで読み始めた。


『メディム様。母テュテュから色々聞かされました。私が小さい時に、一度会ったことがありますね。有名な冒険者が祖父と知った時は驚きました。

 ですが、はっきり言って、私はあなたが嫌いです。母や私の辛い時にいなかった人間を、今更身内としては見れません。

 それに私は幸福です。

 母から継いだ店は順調で、張り合いのある毎日を過ごしています。弟妹も良く育ち、皆独り立ちしました。母は亡くなりましたが、異母の二人には良くしてもらっています。ふらふらしていた父も、最近になってやっと家庭にいるようになりました。

 つまり、私はあなたに何か頼ろうとは微塵も思いません。

 ですが、このまま私が何も求めないのは、祖父として寂しいでしょう。だから、弟のメルルをお願いします。

 小さい頃からエルフの叔父に剣を学び。様々な冒険者や、剣術家、武術家に弟子入りして、幼いながらも才能は確かです。

 ただ、少しやんちゃで、女癖が悪く、いたずら好きで、思ったことをすぐ口に出し、毒舌家で、自信家で、努力家で、凝り性で、女癖が悪いのですが、根は良い子です。どうかよろしくお願いします。あなたの孫娘、シグレより』


 頭が痛くなる手紙の内容だった。

 嫌いと言いつつ弟を預ける。このしたたかな感じ、トトを思い出す。自分の孫かはさておき、間違いなくトトの孫ではある。

「爺、読んだか? 私に剣を教える気になっただろ?」

 うんざりしながら扉を拳一つ分開ける。

「何故、俺だ? レムリアにも猛者はいるだろ。わざわざ、こんな中央大陸の田舎に来なくてよかろうに」

「姉上の店を手伝いながら、強そうな冒険者に聞いて回った。“一番強い冒険者は誰だ?”とな。そうしたら、百人以上が爺の名前をあげた」

「お前の親父は何と言った?」

「父上は、祖父メルムと、爺と、第一の英雄か、バーフル様か、三剣のアールディか、アシュタリア前王で悩んでいたな。答えは出なかった」

「その中なら、俺は一番弱い」

「私の前にいる一番強い男は爺だ」

 この強引な感じ、メルムによく似ている。実は、メルムが小さくなる魔法か、薬でも使ったのではないのか?

 ああ、面倒だ。

 こんなガキに剣を教えるなど、死ぬほど面倒だ。ついさっき自殺するところだったが。

「はあ」

 老人は深くため息を吐く。最後に一つだけ質問した。

「何故、剣を学びたい?」

「父を殺すためだ」

「はぁ?」

 父親と不仲なのか? しかも殺すほど。

「私の父と母は仲が良い。エルフとヒームでは、普通エルフの方が長生きなのだが、父は呪いのせいで死ねなくなったそうだ。母を亡くした後、父一人が生き残るのはかわいそうだ。私としては、母と一緒に送ってやりたい。ので、爺よ。私に剣を教えるのだ」

「俺の剣は、ただの剣だ」

 呪いを祓うような術はない。

「私は調べものが得意だ。レムリア王統治下、つまり爺が冒険者として活動していた期間、行方不明や、死亡したエリュシオンの騎士は異常に多い。公式の記録だけでも352人。非公式を合わせると倍はいるだろう。爺は、最も多く騎士を殺した個人だと思う」

「知らんな」

「とぼけるのは勝手だ。しかし、爺の剣には獣を狩る力がある。これは、この世界で最も強力な呪いを祓う力だ。私はそれが欲しい」

「ない。俺の剣に力はない」

「なら、爺の生き様が獣を祓う逸話になり、力となったのだろう。増々剣を学びたい」

「………………」

 こいつは、口でどうこう言っても引き下がらないだろう。

「仕方ない」

 老人は近くの杖を手に取り、扉を開けた。

「お、その気になったのだな!」

 少年の脳天に杖を振り下ろした。

 潰れたカエルのように、少年は地面に叩き付けられる。

「帰れ」

 老人は扉を閉めた。

 さあ、死ぬか………………という気分にはなれず、久々に人と話した気疲れで眠くなり、粗末なベッドに入った。十年ぶりに泥のように眠れた。


 翌日の早朝。


「さあ、爺! 今日も修行をつけてくれ!」

「勘弁してくれ」


 少年はこりずに来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る