異邦人、ダンジョンに潜る。外伝、老人の剣。 【07】


【07】


「冒険者の父?」

「世間じゃ、お前をそう呼ぶそうだ。誇らしいだろメディム?」


 王城の台所である。

 王となったレムリアと彼は、ここでよく個人的な話をした。


「馬鹿らしいな」

「まあ、言わせておけ。蔑称でもあるまいに」

「誰が言い出した?」

「お前が助けた冒険者の………誰かだ」

「【冒険者の王】にも、わからないのか?」

「わからん。お前こそ助けた冒険者の数を覚えているのか?」

「知らん。俺は若造の尻を蹴っ飛ばしているだけだ」

「余は、父親にケツを蹴られたことはないな」

「俺もだ。それにしても、【冒険者の父】か。【冒険者の王】より偉そうな響きじゃねぇか? 王命で潰したらどうだ」

「民は、寄る辺を求めるものだ。玉座でふんぞり返っている王より、現役のお前の方が頼りやすい。それだけのことだ」

「わからんが、そういうものか。そういや、どこぞの王の子が街で派手に遊んでいるな。今はまだガキってことで笑って済ませるが、あのまま剣振れる歳になったら面倒だぞ」

「どっちのガキだ。まさか、ランシールとは言うまいな?」

「第二王子だ」

「ゲオルグか。困ったものだ」

「兄と姉が優秀なのに、なんでああなった?」

「甘えたい盛りに母親を失ったからだ。兄への劣等感も拗れた原因だろう。ゲオルグは、ランシールを母代わりにと考えていたようだが、腹違いの娘に母親の真似事はさせられん。厳しく叱った。………どうにも、それが荒れる決め手だったようだ」

「後で息子に殺されんなよ」

「笑えぬ冗談は止めよ。して、メディム。いい加減、先に進まぬか? 【冒険者の父】と呼ばれる者の踏破階層が、二十階層程度では笑われるぞ」

「笑わせておけ。他人を笑ってる冒険者なんぞ、たかが知れている。それに俺も歳だ。昔馴染みはほとんど引退したか死んだ。………髪はあるがな」

「やかましい」


 穏やかな日々は、あっという間に流れる。

 このまま、この街で、動けなくなるまで動いて老いさらばえる。そういう自分の人生が見えた。そのまま終わるはずだった。


 ――――――――異邦人と出会うまでは。


 彼が異邦人に抱いた最初の印象は『早死にする』である。

 たまにいるのだ。持っている力にそぐわない精神性を抱えた奴が。戦場では、一番初めに死ぬ奴だ。

 では、冒険者ならどうだ?

 同じだ。むしろ尚、早く死ぬ。

 組合員が編成に困っていたので、彼が異邦人の最初の仲間を決めた。

 グラッドヴェインに選ばれた天才剣士。

 神媒の巫女。

 特徴を隠している訳ありの魔法使い。

 訳ありを隠していないエリュシオンの元騎士。

 こいつらキワモノのリーダーを異邦人に任せた。死にたがりほど仲間の死を嫌う。それなりに考えて動くだろう。

 で、その異邦人は、女絡みの喧嘩でレムリアの馬鹿息子を射抜いた。

 ランシールを含め、お供も全て一人で倒した。あいつらは、伊達で王子の護衛をしていたわけではない。特にランシールには母親譲りの戦いの才能がある。並みの冒険者では手も足も出ないはずだ。

 人を見誤った。老いて目を悪くしたようだ。

 さておき、王子をボコボコにしたのだ。処刑か、最低でも身分を変えて他所に放流だろう。しかし、女と適当な話をでっちあげて逃げおおせた。

 賢いのか馬鹿なのか、よくわからない奴だ。

 どさくさ紛れて、異邦人と女は王の前で婚約までした。

 その女とは、メルムの娘だ。

 政治に巻き込まれた不幸な娘だ。王にとっては、女が政治の犠牲になるのは極当たり前のことらしい。

 その場にはメルムもいた。正直、死ぬほど面白かった。

 表情には出さないが、あの感じは内心慌てふためいている。腹を抱えて笑いそうになった。

 この一見からしばらくして、メルムの娘二人は異邦人のパーティに加入した。

 もう一人の娘は、手の施しようのない怪我を負っていた。異邦人はそれを治療した。

 メルムは何も言わなかった。

 あいつは、素直に感謝を伝えられない人間だ。

 異邦人は、レムリアの病も治した。

 レムリアの病は、酒と不摂生で贅沢な食事が原因だった。王病とも言われる、この世界の王がよくかかる病である。

 高価な薬や、高位の魔法より、良質な食事が人を治すのだと改めて知った。

 自分が病一つかからず年を取れたのは、舌が貧乏で質素な食事に慣れていたからだろう。旧友に比べ、大して稼げていないのも理由だ。

 無駄に健康なまま生きてしまった。命など、惜しいと思ったことはないのに。


 彼は、異邦人の仲間を殺した。


 殺したのは騎士だ。

 戦闘で深手を負い、ダンジョンで半ば獣と化していた。

 心臓を突き刺し、首を刎ねた。

 幾度もエリュシオンの騎士と戦い。この殺し方なら、血の薄い“なりたて”を即死させられると学んだ。

 異邦人が何を思ったのか、知ったことではない。

 ただ、報復を選んだ。

 彼にではなく、原因を作った別の騎士にだ。

 流石に死んだと思った。しかし、また生き延びて死んだ仲間の名声を作った。

 変わり者だ。

 自分の予想をことごとく覆す。

 小さな希望を持ってしまった。他人に期待するなど、愚かなことなのに。


 異邦人のパーティは、ダンジョンを進む。


 二人仲間を失い、それでも順調に階層を攻略して行く。

 もうすぐ彼に追い付く。

 十九階層にヒューレスの娘がたどり着く。

 冒険者組合の―――――いや彼の取り決めで、十九階層に初めて到達する冒険者には、古参の冒険者が一人付く。ここで何が起こったか教え、長居するのは危険だと教える。

 異邦人のパーティには、彼が付くことになった。

 偶然ではない。その程度なら、意見を通せる権力はある。

 メルムにも話は通した。

『わかった』とだけ返事が来た。見えない場所から、パーティを見守るようだ。

 縁を切ったと言っても、結局は娘が可愛いのだろう。

 そういう男だ。


「最後か」


 あるいは永遠か。

 彼は、ダンジョンに潜る。これが最後になるようにと、いつも通り願いながら。


 願いは叶った。

 三十数年ぶりに、彼はアルマと再会できた。彼女は随分と小さく渇いていた。

 まだこれが、アルマとは思えない。

 だがこれが、アルマなのだ。

 メルムがアルマと認めた。遺品と骨折した痕、ヒューレス家の身体的特徴。認めざる得ない理由を並べられた。

 アルマを襲った敵の正体は、ロラというヒューレスが狩り逃した伝説の怪物だ。

 伝えられたよりも小さく。弱く。姿隠しが上手いだけの敵だ。

 獣を殺すように心臓を刺し、首を刎ねた。

 剣が折れるまで肉と骨を叩き続けた。簡単すぎた。簡単に終わり過ぎた。強大な敵を想像していた自分が馬鹿のようだ。

 だが、終わりだ。

 これで終わりなのだ。

 丁度、剣も折れた。三十年使い続けた銘のない頑丈なだけの剣、まるで自分の現身だ。

 剣のない人生が始まる。

 いや、終わりか?

 どうでもいい。


「ソーヤ、この刀の名は?」

「アラハバキ」


 新しい剣を得た。

 怪しい赤い刃を持つ、異邦の剣だ。ロラの一部を使った剣は、皮肉なことに実に手に馴染んだ。

 彼は、異邦人と共に、止まっていた冒険を進めた。

 名を遺すことに興味はない。そんなもの、欲しい奴にくれてやる。

『ただの一つの剣として、どこまで通用するのか?』

 それだけが興味だった。



 結局、アルマのように異邦人も消えた。


 そこで冒険は終わり、剣も手放した。

 最後に手にした剣は、傭兵王となったガーシュパルから受け取ったものだ。最後の最後に、父であることを告白した男の形見。

 これも銘のない剣。名を捨てた老人の首を落とすにはお似合いだ。


 老人は夢から覚める。


 さて、もう振り返るものはない。後は力を込め―――――――ノックの音がした。

 来客の予定などない。

 誰だか知らないが、こっちは今から死ぬところなのだ。邪魔をするな。

 ノックが激しくなる。

 薄い木の扉がガタガタ揺れた。今死んで、下手な形で見つかっても困る。治療されて命をとりとめるかも。発見者を驚かせるのも酷だ。仕方なく、一時的に自殺を止めた。

 剣を隠し、扉を開けた。

 そこにいたのは、エルフの少年だった。

 長い金髪に碧眼。見覚えのある面影。青いマントを羽織り、腰には異邦の剣を差している。

 少年は言う。


「爺。あんたが【冒険者の父】か? 強いらしいな、私に剣を教えろ」

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