異邦人、ダンジョンに潜る。外伝、老人の剣。 【04】


【04】


「トト、珍しい喋る猫を捕まえた。さばけるか?」

「あらあら~でも、猫は食べないですねぇ。メディムさん、私これから仕事なので適当にくつろいでてくださいな。鍋にスープ温めてあるのでお好きなように」

「おう」


 メディムを置いて、トトは家から出て行った。

 この家は、彼とレムリアが金を出して買った物だ。命を助けてもらった礼、としてはやや高価な物だが、トトは遠慮なく受け取る。したたかでなければ、女は生きれない時代である。

 古いが頑丈な、二階建ての家だ。

 素材は石のような灰色の建材。街の古い建物は、大体がこれで造られている。聞けば、製法の失われた建材らしい。頑丈だが、修復ができないのだ。

 金を持っている連中には不人気な物件だ。といっても、貧乏人の手が出る物でもない。そこそこ金を持った冒険者が、ギリギリ出せる価格である。

 立地は商業地区の外れ、倉庫街にある。

 物資を守るため、商人に雇われた護衛が多く住んでいる。そのせいで、治安は他と比べたらマシである。それが、購入を決めた一番の理由だろう。

 彼は、鍋のスープを皿によそって、粗末なテーブルに着いて口に運ぶ。

 家具も買ってやるべきか悩んでいると、ズタ袋を引き裂いて猫が出てきた。


「きっきっ、貴様ァァァァ! 麗しい妾を食おうとするとは何事じゃ! こんな限界突破した不敬は初めてじゃぞ!」

「人の縄張りに入った生き物は食われる」

「あそこは妾の縄張りじゃ!」

「じゃあ、人間を駆逐しろよ」

「そんな野蛮なことは獣でもせんわ! 貴様、さては諸王の血が流れているな? 野蛮人らしい極端な思考じゃ」

「………生まれは左大陸だ」

「だろう、だろう。剣はそこそこであるから、傭兵崩れじゃな?」

「うるさい」

「うるさいとはなんじゃ! まことひっさびさに話せる相手を見つけたんじゃぞ! うるさいくらいが丁度良いわ!」

「ああ、お前。落ちぶれた神か精霊か」

「神じゃ! 凄かろう!」

「神くらいなんだ。人間に寄生しなきゃ存在もできねぇ奴らが」

「貴様、それは自分の神への冒涜にもなるぞ?」

「俺の信仰する神は、月と鉄の神ガンベルアーバーだ。物言わぬ狩人の神。冒涜すら沈黙で返ってくる」

「凶月の監視者じゃな」

「違う。確かに凶月と並んでいるが、そんな名前じゃない」

「あの神は地域で呼び名が違うのじゃ。ガンベルアーバーは、実に色んな側面を持つ。最初は【蜘蛛殺し】などと呼ばれておったな」

「蜘蛛? あんな小さなものを」

「でかーい蜘蛛じゃ。それはもう、月よりも大きな蜘蛛じゃ。空に浮かぶ凶月も、蜘蛛の一部と言われておる」

「ヒューレスの倒したアレもか?」

「そうじゃ、ヒューレスと組んだ“弓手”が倒した大蜘蛛が、まさしくそれじゃ」

「でたらめ言うな。ヒューレスが一人で倒したと聞いた。しつこく何度もな。メルムは嫌な奴だが、んな嘘は吐かない」

「聞きたいか? 教えてやろう。そのスープと引き換えにな!」

「………………」


 仕方なく。彼は皿を床に置く。

 猫は残り少ないスープをがっついて舐めた。


「くっ全然足りんぞ」

「欲しかったら話せ」

「ん~そのエルフは、そなたの友か?」

「む………………う、ん? ま、まあ友? になるのか? 冒険の仲間ではある」

「いつか裏切る程度の友か? それとも決して裏切らない、それこそ命を狙われても許す友か?」

「いつか本気で斬り合うと思うが………………裏切りはしねぇよ」

「よし! この話はなしじゃ!」

「おい」

「代わりに別の話をしてやろう。大昔、空から落ちてきた蜘蛛を元に、竜は造られた。面白いのは、竜は死後、製作者によって蜘蛛に戻らぬよう呪いをかけられた。それが竜の死を歪めたのじゃ。奴らは竜としての死を迎えると、黒い獣に変わる。左大陸では【古きもの】などと呼ばれているな」

「あん? わけのわからない作り話は止めろ」

「真実じゃが、知能の低い者にはその程度の認識か。悲しいのう」

「追い出すぞ」

「まあまあ、まあまあ、聞くのじゃ! ここからは、とっても大事なことじゃ! お得じゃぞ!」

「聞くだけ聞いてやる」

「そなた辺境伯が、邪魔ではないか?」

「邪魔だ」

「正直で良し! 妾が力を貸して進ぜる」

「猫が何しようって………………お前のそれ、魔法使いが化けた姿か?」

「この姿はな。多くの神がそうであるように、支配者に対する皮肉じゃ。内に獣を宿しておるのに、獣を虐げる支配者共へのな」

「お前、信者や眷属をエリュシオンに滅ぼされた神か」

「中らずと雖も遠からず、じゃな。妾の恨みは、もっと個人的とも言える。ねっとりとした女の恨み辛み、長~い話じゃぞ。聞くか? ん?」

「いらん。辺境伯の殺し方だけ教えろ」

「あんなワーグレアスの残飯を漁ってる暗君、今のそなたでも楽に殺せよう。問題は、護衛の騎士じゃ。アレは血が濃い。王子の隠し子か、法王の直系か、名を隠した英雄か。厄介じゃぞ。仮に倒せたとしても――――――」

「バケモンが出てくる」

「ほう、やはり経験があるか。その時はどうしたのじゃ?」

「斬った。だが、よく覚えていない」

「覚えていないか。優秀な剣士ほど意識の外で勝利を掴む。と、優秀な騎士から聞いたことがある。そなた一角の剣士になるかもな。今はまあ、勝てんじゃろ。無駄死にじゃ」

「うるさい」

「勝てないと理解しているから、返事が弱いのかの?」

「やかましい」

「だから、妾がなんとかしてやろう」

「代償はなんだ? お前みたいな粗末な神が何を求める?」

「散々、超失礼をかましてくれたからのぉぉぉぉ! なんかすっごい代償をもと―――――」


 ノックの音がして、彼は猫をズタ袋で包む。破かれた場所を適当に結んで部屋の隅に投げた。

『開いてるぞ』と扉に声をかけ、念のために剣に手をかける。


「やっぱり、ここかぁ」

「アルマ、なんだよ」


 扉を開いたのは、眼鏡をかけたエルフだった。

 長い耳、長い金髪に碧眼。エルフらしいスレンダーな体。しかし、身長は低く子供のように見える。飾り気のない杖を携え、魔法使いらしい黒いローブを纏っていた。帽子を被らないのは、目の悪さが原因らしい。


「メーくん、次の階層のことだけど。リーダーから、いつ頃潜るって聞いた?」

「聞いてない」


 アルマもテーブルに着く。

 彼は部屋の隅を一瞥した。猫が逃げ出していないで安心した。神を騙る悪霊かもしれない。自分だけならともかく、仲間を変な形で巻き込みたくはない。


「長くかかりそうかなぁ」

「さあな」

「突然だけど、二十階層越えたらメーくん私と婚約しない?」

「ゴフッ!」

「メーくん、大丈夫?」

「ッッ、びっくりさせるな」

「ごめんごめん、急だった」

「急すぎる」

「実はね。他所の氏族と結婚させられそうで、しかも義姉さんの紹介だから断りづらくて。私としては、もうちょっと冒険者やりたいの」

「メルムはなんて?」

「兄さんに話すわけないでしょ。リーダーに相談しようかと思ったけど、最近大変そうだし。大丈夫、形だけだから。トトにも上手く説明するから」

「なんでトトに説明を。てか、偽装ならレムリアでもいいだろ」

「リーダーには、ヴァルシーナさんがいるでしょ。それと宿屋のヘカテリーナと、パン屋のサラ、娼館のネモシュ嬢、古書店のザルメルさんと、ホーエンスの火焔公女。炎教の神官とも確か、あれ? あれはラスタの方だっけ?」

「あいつ、また女を増やしたのか。そのうち刺されるぞ」

「もう刺されたけど。ほら、十五階層攻略中に背中押さえていたじゃない」

「モンスターにやられたと思っていた」

「それに、冗談でもリーダーと婚約って言ったら兄さんキレるわよ」

「俺でも同じだろ」

「メーくんなら、喜ぶと思うけど?」

「冗談」

「ほんとほんと、ああ見えてもメーくんのこと気に入ってるよ」

「信じられん」

「兄さん性格悪いから」

「それは確かに」

「メーくんも負けてないけどね」

「………ん?」

「あははっ、じゃ婚約の件よろしくね!」

「“フリ”でいいんだよな」

「そう本気にしちゃダメよ? 君が好きな人に失礼だし」

「いねぇよ。そんなもん」

「ほんとうぉ? メーくん、あの娼館で人気なんでしょ?」

「暇な時に護衛やってるだけだ。向こうの愛想が良いのは、仕事の延長だ」

「ふぅ~ん、それじゃ………………ま、いっか。よろしくね!」

「ああ」


 アルマは、慌ただしく家から出て行った。

 冷静に考えれば、面倒な話を受けてしまった。アルマのことは、多少、いやほんの少し、気にはなっていたが、一緒になりたいかと言われれば迷う。

 そも、種族が違う。

 よりにもよってエルフだ。一緒に老いることのできない種族だ。こっちが糞尿垂れ流す爺になっても、向こうは若いまま。共に死にたいとまでは思わないが、自分が先に死ぬのが分かり切っている。

 エルフの長い寿命を、墓を眺めることに使ってほしくない。

 アルマが、メルムくらい奔放なら別に男を作って、いやいやそれはそれで腹が立つな。大体、あんな胸のない瘦せっぽちの体に欲情したことはない。

 エルフって、あれ以上発育するのか? あの平たさでガキに乳をやれるのか? ヴァルシーナ曰く、揉んだり吸えば胸は勝手に大きくなると―――――――


「俺は何を考えているのだ」

「うーむ、子供のごっこ遊びじゃな」


 猫は勝手に脱出していた。


「誰が子供だ」

「で、妾と契約するのか? あの騎士を殺したいのだろ?」

「お前に、そんな力があるのか?」

「ある。素養のある貴様には、妾の助力は絶大な力となろう」

「代償は?」

「前はしんどかったからのぅ。妾がいなくなってギャン泣きしたからなぁ、あの女。娘と生き別れるとは、あんな感じなんじゃろ」

「あ? 何言ってんだ」

「だから貴様くらいが丁度良き」

「だから代償はなんだ?」

「妾と貴様の絆じゃ」

「冗談言うな。さっき会ったばかりで、絆なんてあるか」

「あるぞ。妾と出会い、語り合えるのは、縁があるからじゃ。そなたの過去か、未来か、現在か、そなたと関わりのある者の中に、妾の宿願を叶えてくれる者がいる。だから、妾とそなたの絆は結ばれた。強い力とは、時や距離を超えるものなのじゃ」

「俺じゃなくて、そいつに頼めよ」

「まだいないから、貴様で我慢してやろーと言っておる」

「絆を代償って、つまりどうなる?」

「記憶がすっぱ抜ける。今ここで、こう話していることも忘れよう」

「その程度か」

「うむ、その程度じゃ。安かろ~?」

「安いものほど怖いもんはない。が………いいさ、安いならダメ元で試してやる」

「よかろう。一時の信徒よ。まこと強き者よ。契約を結ぼうぞ。妾の名は―――――――」


 彼は猫と契約を交わした。

 翌日、彼はレムリアから、辺境伯を暗殺する計画を伝えられる。

 短い黄金期の終わりだった。

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