異邦人、ダンジョンに潜る。外伝、老人の剣。 【03】


【03】


 巨大な白い尖塔を抱いたその街は、エリュシオンの辺境伯が治める領地だ。

 主な産出物は、塔に生息するモンスターの素材と、太古の遺物。“冒険者の名声”と“ダンジョンで育てられた豚”と言われるのは、まだ遠い先のこと。

 外と中では印象は違うもの。

 彼の冒険者の印象は、中に入って違ったものになった。思っていたよりも酷い意味で。

 辺境伯の力が強すぎて、冒険者組合は名前があるだけに過ぎない。一応、再生点という魔法を付与してくれるが、それで組合の仕事は終わりだ。仕事の斡旋すらしていない。

 自由にやれ、というのが辺境伯の意見だ。

 荒くれ者で人攫いである傭兵ですらルールはある。狩人や自然、王や兵、戦争にも。だが、冒険者にはルールがない。

 本来、ルールを作り、取り締まるべき辺境伯が、ここ20年城に閉じこもって怪しげな研究に熱を上げているからだ。

 ルールがなければ人は獣。

 獣のルールとは弱肉強食。

 最初の冒険で彼は痛い目にあった。慣れないダンジョン探索から疲労困憊で帰ると、15人の冒険者に襲われた。

 ヴァルシーナが攫われ、重傷を負わされた彼は、身包みをはがされ水路に捨てられた。

 トトメランジェという獣人と、娼婦たちに彼は助けられる。

 冒険者の居場所を聞き、トトから包丁を借りて半日で報復しに行った。

 15人中、8人はヴァルシーナが殺していた。残り7人は、大斧を担いだ朝鳥のトサカみたいな髪型の大男が殺していた。

 大男の名は、ラスタ・オル・ラズヴァ。

 有名な開拓者の子孫を名乗る冒険者だ。


「何でヴァルシーナを助けた?」

「そりゃ美人だったからな。是非、礼に一晩を共にしたい!」

「高いぞ」


 ラスタは悪びれもなくヴァルシーナの体を所望した。

 それに対して傾国の美女は“らしい”返事をする。


「いいわよ。この国をくれたならね」

「そいつは高いな! グハハハハハッ!」


 ラスタは何故か爆笑した。

 その後、ラスタとは何かと顔を合わせ、なし崩し的に冒険を共にする。ラスタの冒険慣れした知識は大変勉強になった。しかし、信用はしなかった。

 気さくに酒を飲んで笑っても、心からの信用はしなかった。ヴァルシーナも、彼の意見を尊重してラスタには深入りしないようにした。

 ある日、ラスタは自分の仲間を、彼とヴァルシーナに紹介した。

 ラスタは仲間を隠していたようだ。


「冒険者は、帰りが一番危険だ。そこを信用できる仲間に任せるのは当たり前。それに、仲間に加えるにしても階層を合わせないといけないからな」


 パーティのメンバーは三人。

 エルフの剣士、メルム。

 エルフの魔法使い、アルマ。

 ラスタの従兄、レムリア。

 レムリアが一歩前に出て、彼に言う。


「僕が、このパーティのリーダーだ。傭兵上がりの剣士と、一国の価値がある獣人女。二人共、ラスタの認めた優秀な人材だ。歓迎する。一緒に名を残そう」


 彼は断って帰宅した。

 だが、宿でヴァルシーナに一晩中説得され、仕方なくレムリアのパーティに加入した。問題があったらすぐ離脱すると念を押して。

 問題はすぐあった。

 メルムと彼は、死ぬほど馬が合わなかった。

 まず、名前で揉めた。

 その時、『メディム』がエルフの名前だと彼は知る。

 次は、女。

 兎に角メルムは女癖が悪かった。トトを始め、ヴァルシーナや、彼の知る全ての女を挨拶のようにメルムは口説いていた。メルムが口説き落とせなかった女が、大体彼と仲が良いものなので完全に逆恨みである。

 そして、剣で揉めた。

 どちらがパーティで最強の剣士か、軽く手合わせしたところ殺し合いになった。ヴァルシーナとラスタは笑ってはやし立て、レムリアが全力で止めるも止まらず、アルマの魔法で吹っ飛ばされてようやく終わる。

 終わったが、すぐ二人は口喧嘩を始めた。


「メディムより、私の方が強い」

「いいや、メルム。俺の方が強い」

「妹が魔法を撃たなければ、貴様の首は飛んでいた」

「いいや俺が飛ばしていた」

「私の剣の方が速い」

「俺の剣の方が速い」

「私の方が鋭い。重い」

「いいや、軽いね。お前のは速いだけだ」

「私の方が速いと認めたな!」

「俺の方が鋭くて重いと認めたな!」

「………………私の方が美形だッ!」

「話を逸らしたな。俺の勝ちだッ!」

「剣を抜け」

「上等だ」


 剣を抜いた二人を、レムリアとアルマが止めた。


「いい加減にしろ! お前らの喧嘩で僕はアバラと鎖骨を折ったんだぞ! 反省しろ!」

「兄さんもいい加減にして! 大人でしょ! 所帯持ちの癖に子供と張り合わないで!」


 面憎い相手が所帯持ちかつ、少し気になったエルフの女に子供扱いされ、彼は偉く傷付いた。

 正直、メルムの剣には一目置いていた。

 レムリアも、ラスタも、強いことは強いが、彼らの強さは剣だけの強さではない。

 レムリアは、膨大な知識と、戦況を読める軍師的な目の広さが強み。

 ラスタは、恵まれた体格には似合わない数々の魔法と、豊富な人脈が強み。

 だがメルムは、純粋に剣技だけの強さだ。剣技だけで全てを乗り切っている。喧嘩にはなったのも、手加減に気付いたからだ。

 メルムの剣技は、自分が“こうありたい”と感じる完成された剣なのだ。

 腹が立つ。

 だから、彼は剣を振る。

 追い付ける。間違いなく追い付いてみせると信じて、仲間と共に剣を振るう。




 一年が過ぎた。

 大きな喧嘩もあったが、パーティの冒険は当時の水準で言えば順調だった。

 現在の踏破階層は、十八階層。

 十九階層を前にして、レムリアは『気になることがある』と冒険を一旦休止した。

 珍しいことではない。レムリアはいつも、攻略する階層の情報をどこからか仕入れてきて、綿密な冒険の日程を作るのだ。

 レムリアがリーダーでなければ、犠牲なくパーティが進むことはできなかった。

 彼はあることに気付く。

 仲間を失うことを、レムリアは異常に恐れている。

 傭兵というドライな人間関係の元にいたからだろうか。“仲間想い”の言葉では納得できない。病的な何かを彼は感じていた。

 冒険は順調であるが、問題は多い。

 一番の問題は、この国の辺境伯だ。

 パーティが目立つにつれ、ぶつかるようになってきた。ある時は階層で手に入れた素材を全て徴収され、ある時は意味不明な理由で階層を封鎖され、今では特別税として高額な税金をふっかけられた。

 金の問題は、レムリアが片付けた。

 裏で苦労をしているのだろうが、パーティの皆には『問題ない』と最初の約束通り、階層を攻略する度、報酬を増やして渡していた。

 今では、一度の冒険で傭兵一年分の報酬が貰える。

 そう金は問題ではない。

 問題は、辺境伯と謁見した時に起きた。

 辺境伯は、美少年をはべらせていた。そういう変態と思っていたのだが、ヴァルシーナに対して気色の悪い視線を送り、お供の騎士に耳打ちする。

 騎士は、


「その獣人は幾らだ?」


 とまあ、ゴロツキがよく言う台詞を口にした。

 これに対してヴァルシーナは、いつも通り『国一つ』と言った。これが良くなかった。騎士は不敬として、ヴァルシーナを剣の鞘で気絶するまで殴りつけた。

 ラスタとレムリアが抑えなければ、彼とメルムは騎士に斬りかかっていた。

 結局、責任をとる形でレムリアが牢に入れられ、この話は一旦終わった。

 三日後、少し痩せてレムリアは牢から出てくる。

 仲間たちに『大丈夫だ』と一言。

 彼にだけ『次に召喚された時、辺境伯を殺す』と言った。

 レムリアはやると言ったらやる。不可能なことは口にしない男だ。

 ならば、と彼は理解した。

 騎士を殺すのは自分の役目だ。

 そうして、彼は冒険の暇に街を歩く。目的は腕試しだ。最近はモンスターしか斬っていない。街のゴロツキや、冒険者と喧嘩をしているが、武器はなし。殺しもなしだ。


「僕らは冒険者として名を売る。不要な殺しは駄目だ。悪名はいらん」


 亡霊と呼ばれ、傭兵になった少年に今更何を言う。

 しかし、その悪名も海は越えない。

 今は冒険者だ。それらしくやる。

 安っぽい服装に着替え、ボロいフード付きのマントを羽織る。上等な剣を腰にぶら下げて路地裏を歩くと、面白いように犯罪者が釣れる。

 普段、喧嘩で相手しているような連中とは毛色が違う。こいつらは、縄張り意識の強い獣だ。自分たちの領域に入ってきた者を殺して奪う。もしくは、生かしたまま根こそぎ奪う。殺しに慣れ過ぎて、日向に行けない連中なのだ。


「来い」


 無数の刃物を相手に、剣一つで誰も殺さず叩き伏せる。

 これが中々難しい。殺意の高い者ほど保身を忘れる。そういう連中を相手に、殺さないよう手加減して戦うためには、遥か上の技量を意識しないとできない。

 格下相手でも縛りを付ければ学べると知った。

 それだけでも、発見だった。

 だが、見つけたのはもう一つ。


「ほう、そこの坊主。面白い匂いがするな。暗く黒い、古い獣の匂いじゃ」


 彼は、喋る黒い猫と出会った。

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