異邦人、ダンジョンに潜る。外伝、星の剣。 【08】


【08】


 巨躯の男である。

 身長は190近く、手足は長く凶悪な太さだ。鋼のような筋肉は引き締まり、無駄な脂肪は一切ない。黒革の鎧を身に纏っているが、防具よりも肉体の方が頑強に見えた。

 手にした大槍は身長よりも長く、柱のように太い。柄も全て金属製なのだから恐ろしい重量である。しかし、この男はそれを小枝かのように振るう。

 黒い炎のような長髪。狼に似た長い獣耳、大きな尻尾。

 ギラついた目付きと、何かに飢えているような危うい顔付き。鋭い人相と言うべきか、姿形全てが武器のように攻撃的なのだ。

 そんな男が馬に乗れば、戦神にも悪魔にも見える。

 そんな男が乗る馬が並みの馬なわけがない。

 黒い荒馬だ。彼を乗せるまでに、50人を踏み殺した化け物馬である。

 主人と同じ長いタテガミ、大きな主人と重い得物を軽々と運ぶ巨体、モンスターと見間違う大きさと凶暴性。走れば旋風を生む。

 人馬合わさって【獣の王】と謳われる存在だ。

「陛下、話があります」

 シュナの言葉に、ロラはアクビで返す。

「あんたがロラか?」

 クナシリの言葉には反応した。シュナの知る最悪の反応だった。

 槍の一振り。

 軌道上にあった木々が砂のように散る。当たればクナシリの上半身は吹っ飛んでいただろう。

「陛下ッ、客人です」

「む?」

 ロラは小さく声をあげた。咄嗟の行動だった。軽く死を覚悟して、ロラの槍の柄を素手で受け止めた。体が滑る。背骨まで響く衝撃だ。しかし、受け止めることはできた。

(ウカゾール様の方が重い)

 比較対象が神なのだから、ロラの異常ぶりは流石といえる。一撃とはいえ、受けたシュナもまたおかしい。

 完全に遅れて、クナシリは大剣をロラに向けた。

「いきなりなんだよ!」

「このガキは誰だ? 不愉快な顔だ」

「客の商人です」

 シュナはクナシリに下がれと言う。クナシリは冷や汗を浮かべて下がろうとした。実力差を読めるのは、強者の資格だ。

「クナシリ、ベルも連れて行け」

 ベルは異常に怯え震えていた。

 こんな顔を、シュナは初めて見た。十年近く離れていても根本は変わってない。彼女は、根性の座っている女だ。それがこんな怯え方をするとは、一体何を見た?

 クナシリに連れられベルは下がる。


 人じゃない。


 ぽつりと小さな呟きを残して。

 少しの沈黙が流れた。

 馬が近くの葉を咀嚼する音が響く。

「陛下、話が」

「面倒だ」

「面倒でも聞いてください」

 主人の不機嫌を悟って、巨馬が唸りシュナを睨む。

「伏せろ、ヴァルシーナ」

 シュナは睨み返して言う。

 主人以外は敵とみなす荒馬が、シュナの命令を聞いて渋々と伏せた。

「何を斬ったシュナ?」

「神と斬り結びました」

 ロラは、シュナの顔をまじまじと見る。

「神か、一度斬ってみたいな」

「陛下の前には現れませんよ」

「何故だ?」

「何かに縋ったり、祈ったりしたことないでしょ?」

「ない」

「そういうとこです」

「そういうとこか」

 ロラはヴァルシーナから降りる。槍を地面に刺し、【グラヴィウスの教父】の遺骸に腰かけた。

 ヴァルシーナは少し離れ、森の恵みを貪り食いだす。

「聞いてやる」

「ここに国を作ります。陛下には――――――」

「任せる」

「まだ何も話していませんが」

「任せる」

「陛下、あなたの民を住まわせる場所だ。あなたの声なくしては何もなりません」

「“あなたの民”か。あんな付いて歩くこともできん虫が、俺の民なのか?」

「今はまだ弱者でも、女が子を産み、老人が知恵を伝え、子が育てば、あなたに匹敵する者が生まれます」

 長い時間がかかるだろう。

(だが、オレ程度のもんがここまでやれたんだ。他の奴も)

「シュナ。雑兵のガキを育てたとしても、俺のような戦士にはならん。そも俺は、戦うために生まれた。それだけでしかない生き物だ」

「そんなことはありません。あなたは王だ。獣人を統べる王だ。皆それをわかっているからこそ、ここまで付いてきた」

「俺を王と見ているのは、【獣の王】という言葉と貴様だけだ」

「そんなことはありません」

 あの巣に集まる人々は、ロラという王の元に集っている。

「貴様が民と呼ぶ奴らは俺をなんと呼ぶ?」

「王です」

「違う。『王』と鳴いているだけだ」

「………………」

 どう返すべきか迷う。ロラを見た者は恐怖を抱く。恐れられる支配者は多いが、そういった感情とは別格の恐怖だ。

 だからといって、ロラは自分を変えない。これも、シュナがロラと民を別けた理由だ。

(他人の恐怖には、無関心な方だと思っていた)

 気付いていたのなら不幸なことだ。

「陛下、もしかして」

「俺は帰らんつもりだ」

「なら民はどうするつもりで?」

「任せる」

「オレにはついてきませんよ」

「何を今更」

 ロラはあきれた様子で笑う。

「こんな砂漠………おい、なんで森ができた?」

「さっきいた女の奇跡です。オレの妻なんで手は出さないでください」

「ガキに手は出さん。アリアンヌといい、貴様は女の趣味が悪い」

「わかってます。それで?」

「ここは砂漠だった。そんな場所に好き好んで行く奴はいない。先頭に貴様がいたから、貴様を信用したから、奴らはついてきた」

「ですが、昨晩も暗殺されかけ。離反者も」

 人心は離れている、とシュナは思う。

「貴様を殺して立場を奪いたいのだ。奪う価値のある立場なのだ。無意味な王座なら去ればいい」

「それは陛下が上にいるからで」

「俺が上? 誰の上だ? 貴様か? 民という奴らか?」

「獣人軍全ての上です」

「違う」

 ぴしゃりとロラは否定する。

「俺は貴様らの“どこにもいない”。王と鳴く奴がいても、それは言葉に縋っているだけだ」

 無責任だ。

「違います。あなたは王だ。その責任があるはずだ。今は策として民から離れているだけで、こうして安住できる地が見つかった以上は、腰を据えて王座に就いてもらいます」

「王座に二人は座れんぞ」

「二人? あなた以外に誰が」

「貴様だ」

「………………は?」

「シュナ、貴様が王になれ」

 不意打ちだ。シュナの頭は空になる。

「その剣、母が貴様にくれてやった剣だ」

 ロラに言われ、シュナは長剣を探す。

 足元にあった。剣を忘れたのは久々だった。

「ある男から聞いた話だ。“ほしのこ”。星剣。星の名がついた剣。元の持ち主は、三剣のアールディだとか。知らんが、有名な剣士なのだろう。そいつが自分のガキに渡した剣だ。古い風習では、遠くに行った子を星と重ねる。つまり、その剣は代々子に託す剣だ」

「なら」

 シュナは長剣の刃を握り、ロラに柄を差し出す。

「いらん」

「ですが」

「今はもういらん」

 指で弾かれる。シュナは慌てて剣を手に取った。

「母の子は貴様だ、シュナ。俺は、母の胎を借りて産まれた他人だ」

「そんなことはありません。陛下は師匠の子です」

「違う」

 ロラは無機質な目をした。椅子になっている遺骸と同じ目だ。

「シュナ、俺は王には成れん」

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