異邦人、ダンジョンに潜る。外伝、星の剣。 【07】


【07】


 いつの間にか眠っていたようだ。

 寝転がって空を見ていた。夜は終わっていた。枝葉の天蓋から木漏れ日が射す。

(まだ夢の中か?)

 傍に転がっている剣を手にした。感触を確かめる。夢ではない。

 半身が濡れている。体を起こすと、浅い小川の上で寝ていたことに気付く。

 景色が一変していた。

 森だ。

 周囲には大小様々な樹木が生えていた。地面には砂に混じり苔の生えた土、柔らかな光で輝く硝子の塊、至る所からこんこんと水が湧いている。

 木々に侵食された建造物が見えた。城跡の一部らしき物、砕け横たわる塔に、半ば埋まった巨大な偶像の顔。

 それらの人工物には似た特徴があった。高温で溶けて、固まったような特徴だ。

「なんだこりゃ」

「昔々一夜にして消えた都市がありました。その名は、アガスティア。三大魔術師が英知を手にした秘境。彼らの師が作り出した幻の都。そして、炎教生誕の地」

 教えてくれたベルは、近くの木の枝に腰かけていた。

「炎教生誕の地? それが何で砂の下に埋もれていた?」

「炎教の秘匿によると、ある魔法使いの過ちで全てを飲み込む大火が生まれたの。長年、それは炎教の創始者、【大炎術師ロブ】の失敗とされていたのだけど、最近になって違う意見が出てきた。【無貌の王】、三大魔術師の師が原因という意見よ。あたしが聖女になった時、炎教のお偉いさん方から密命を受けたの。“証拠を探せ”ってね」

「豪快な証拠探しだな」

 砂漠をひっくり返した証拠探しだ。こんな豪快なことはない。

「正直、あたしも眉唾だと思っていたけどね。大火に飲まれて都市は消えたと思っていたから。もしかしたら何かしらの力が、火から都市を守って沈めたのかも」

「何が起こっても、不思議ではないさ」

 こんな現象を見た後では尚更だ。

「あ、将軍いた」

 ふいに声。声の主は大剣を背負った少年だ。

「って、ベルトリーチェさん」

「はお、クナシリくん」

「お前ら知り合いか」

 現れたクナシリは、ベルと知った仲のようだ。

「クナシリくんのお姉さんは、あたしの後輩なのよ」

「なるほど………おいクナシリ、これはオレの女だ。手を出したら殺すぞ」

 一応、シュナは釘を刺す。

 こいつの人相的に、刺さねばならぬと直感が働いた。

「出さねぇよ! 姉の同僚に手出すわけがないだろ! いや、ベルさんいつから将軍と付き合っていたのですか? 聖女様って男女関係にうるさいはずじゃ」

「さっき結婚したのよ」

「そうだ。さっき結婚した」

 シュナとベルの言葉に、クナシリは軽く混乱して理解した。

「あ、この奇跡は結婚したからで」

 理解していなかった。

「クナシリくん、これはあたしの託宣で、今ここに古代都市アガスティアが復活したのです! ―――――ほわっ」

 木から落ちたベルを、シュナはキャッチして降ろす。

「なるほど、何もかも全く意味不明でわかりませんが、古代都市が復活したのですね。へースゴイナー」

 クナシリは話半分でスルーすることにした。

 ベルとクナシリ、二人を見てシュナは思い付く。我ながら冴えた答えだ。

「クナシリ。金を貸せ」

「え、いきなりなんだよ」

 困惑するクナシリをよそにシュナは言う。

「この古代都市で発掘をする。道具と食料代をオレに貸せ」

「なんだよ発掘って、金になるのかよ」

「わからん。しかし、歴史的な建造物だ。炎教が欲しがる以外にも掘り起こせば価値の………………いや、こうしよう」

 妙案に肉付けができた。

「ここを国とする」

『え?』

 ベルとクナシリ両方に驚かれた。

「発掘は獣人軍の民がやるわけだから、定住するのは当たり前だな。問題ない」

「シュナちゃん、マズい。絶対にマズい! 炎教に喧嘩売るつもり? 場合によっては、ここは炎教の聖地になるのよ。そこを不法占拠するとか」

「不法占拠じゃない。追い込まれたのは偶然だが、ここで血を流して踏み止まっていたのはオレたちだ。炎教の連中は後から来たことになる。ほら、どこが不法だ?」

「う、うーん」

 ベルは思い悩む。

「大丈夫だ。炎教に喧嘩売る真似はしねぇよ。発掘した物の買い取り優先権の“一番”は炎教に譲る。ベルがいるなら向こうも信じるだろ。なんせ聖女様だし。なんなら国母にするか」

「え、国母。やだ………あたし女王とか大出世じゃない」

 ベルはまんざらでもない様子。

 聖女といえども出世には弱いようだ。

「で、二番がお前だ。クナシリ」

「なあ、将軍。それって炎教のおこぼれ、でもないか。買い漏らしが全部商人のところに来るわけだから、当然炎教はごっそり買い漁るよな」

「そうだ」

 ここで発掘される物は、宗教に準ずる歴史的な物品だ。価値があろうとなかろうと、商人に流れる前に必ず買い取るだろう。

 クナシリは、ブツブツとつぶやく。

「国か、国ねぇ。水場もあるし拠点にはもってこいだ。レムリアが友好国として支援すれば、エリュシオンの力も削げる。発掘品にどれほどの価値があるのかわからないけど、炎教がほぼ全て買い取る。宗教母体からの資金だから安定はするよな。これは、ウィンウィンなのかな? で、将軍」

「なんだ?」

「炎教から得た金は、誰が転がす?」

 商人としては、一番気になるところだろう。

「うちの連中は商売に鈍い。だから、お前―――――とはいかん。クナシリ、お前の一番信用できる人間をよこせ。そいつに任せてやる」

「そこは僕に任せるべきだろ」

 当然の反応にシュナは微笑む。

「駄目だ。お前は若い」

「若いが、並みの商人以上に経験は詰んだ!」

「それは人相を見ればわかる。だが、若い。人は、若いというだけで信用しないものだ、特に老人はな。嫉妬ともいえる」

 かつての自分がそうだった。

「むぅ」

 クナシリは、年相応の子供のようにふてくされる。

「だから条件を出す。十年だ。十年経って、お前がまだ商人としての情熱を失っていないのなら任せてやる。ベル、お前がこの契約の立会人になれ」

「いいわよ」

 聖女は快く承諾した。

「十年」

 若いクナシリには、途方もない時間に感じるだろう。しかし、

(過ぎてしまえば一瞬だ)

 少し老いた顔をして、シュナはクナシリの肩を叩く。

「さて、他の連中に説明しないと。いや、まずは飯だ。腹が減った。飯をよこせ」

「態度のデカい客だなぁ。飯は用意するけどさ。あ、待った。一つ忘れていた」

 クナシリは背負っていた大剣を降ろす。

「アガチオンが妙な震え方をするから、ここに来たんだ。ネオミア付近や、アシュタリアの聖域近くで感じた震え。たぶんここらに―――――――」

 轟音を上げて、建造物の一部が舞い上がる。

 シュナとクナシリは同時に剣を構えた。

 地鳴りがする。

 何か巨大なものが、木々をなぎ倒しながら迫ってくる。

「まさか」

「ベル、何か知っているのか?」

「【グラヴィウスの教父】、ミネバ姉妹神の父とされる竜の末裔。狂乱してアガスティアに封じられたと聞いたけど、都市と一緒に復活しちゃった?」

「してるな」

 シュナは、遠く木々の隙間から姿を捉えた。

 巨大な狼に似た獣だ。骨格は歪で肉も醜く肥大している。爪も牙も整わず、生物としての造形が崩れていた。故に、威圧的で恐ろしく見える。

「二人共下がれ、オレがやる」

「将軍。下がりたいけど背後からも何か来る。正直、こっちの方がやばい」

 冷や汗を浮かべるクナシリ。

 確かに背後からも轟音が聞こえた。しかしこれは、シュナの知っている音。

 嘶きと蹄の音だ。

 シュナは剣を手放し、ベルとクナシリに覆いかぶさり伏せる。

 大口を開いた【グラヴィウスの教父】が、シュナたちに飛びかかる。

 その反対側から、巨馬に乗った男が現れた。

 一つ、天まで届く破砕音が鳴る。稲妻が落ちてもこんな音はしない。もし天が砕けるのなら、こんな音だろう。

 一撃だった。

 一つの大槍が【グラヴィウスの教父】の脳天を貫き地面に縫い付けていた。

 一撃で絶命していた。

 不滅とされる竜から生じた不死の獣が、間違いなく死んでいた。

 獣を屠った男は、引き抜いた大槍で肩を叩く。

「シュナ、貴様の獲物か?」

「違います。陛下」

 男の名はロラ。

 世界に“殺せぬものなし”と言わしめた獣の王だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る