異邦人、ダンジョンに潜る。外伝、星の剣。 【06】
【06】
死を目の前にして走馬灯が流れる。
思い出したのは、年上の幼なじみ。
姉の一人のように家にいた彼女は、誰よりも神に愛され、彼女もまた神に応え、よく祈っていた。
自分は、祈ることがよくわからない。
魔法の才がないことも理由だが、神が近くにいた生活をしていた。願いも感謝も、神の傍で声に出せばいい。
祈る必要はない。
だが今、過去の記憶から幼なじみの祈る姿を見た。あどけない少女が窓辺で祈る姿だ。
『いっつも、何を祈ってんだ?』
幼い自分が彼女に言う。
彼女は笑顔で答えた。
『秘密』
彼女の母は海の事故で他界した。表向きはそうなっている。訳ありの人物なのは姉たちの気配で理解していた。その程度で彼女を捨てるほど、自分や姉たちは薄情な人間ではない。
――――――――彼女もきっと同じように。
ああそうか、何十年も経ってやっとわかった。彼女が神に祈る理由は、神に応えるため、母の魂のため、
(オレたち、家族の平穏のためか)
彼女の祈りが、虚しい世界に自分はいる。
だから、祈る。
手を合わせ彼女の願いに応える。
微かな光を掴んだ。
落雷を掴むような奇跡。合掌した手の中には刀があった。見えぬはずの神速の刃を、手で挟み込み受け止めた。
「シュナ、見事だッ!」
神の賞賛を聞き、体が自然と動く。
足を払い神の体を投げ飛ばす。刀を奪い、両手で挟んだままの伏せた神の喉元に―――――――――そこにいたのは。
「はぁ?」
戦いを忘れた。
そこにいたのは、白い装束の髪の長い少女だ。
「痛った~」
少しくすんだ栗色の髪。あどけない顔付き、小さい尻とわずかな膨らみのスレンダーな体。別れた時と寸分変わらない姿で、
「ベル?」
幼なじみのベルトリーチェがいた。
「シュナちゃん凄いね。ウカゾール様、割と本気だったけど」
「………は?」
シュナは周囲を見回すが、いるのはベル一人だ。手に持ったものも刀ではなく鉄の杖。夢を見ていたのだろうか? それともまだ夢の中か。
「ふぁっふああっ」
ベルの頬を摘まむ。柔らかいし温かい。
「ちょっと止めて!」
「痛いな」
ベルに蹴られた脛が痛い。更に混乱する。本物なのか? 本物ならまず、
「何でベルがここにいる?」
そこから質問だ。
「何で、ってシュナちゃんが大変だからでしょ。神降ろしでウカゾール様の力借りて、手足へし折って実家に連れ戻そうかと思ったの」
(そういえば、やる時はとんでもないことやる奴だった)
思い出は美化されるものだ。しかしよく思い出せば、ベルの無駄な行動力に振り回されて酷い目にあった記憶も沢山ある。
「感謝すべきなんだろうな」
「そうよ! さっきのシュナちゃん、世の中全て憎いみたいな顔してたよ。ああいうのは、よくないから。悪いモノを引き付けるからね」
「そうか」
「反応が薄い! もっと感謝するか再会を喜んで!」
ベルがぴょんぴょん跳ねている。
「お前、背縮んだ?」
「シュナちゃんが無駄に大きくなっただけ!」
頭一つ身長差がある。いつの間にか、こんなに差ができていたとは。
「ベル、飯食ってるのか? 全然成長してないぞ」
「お供え物を沢山食べてますッッ。少女信仰する神様が多くて成長できないの!」
「お供えや、信仰やら、お前今何してるんだ? 冒険者辞めて実家に帰ったんだろ?」
「ふっ聞いて驚きなさーい。あたしベルトリーチェは、炎教を始め、様々な神や、教団から任命された九番目の【聖女】なのですっっ」
「そうか」
何か凄いのだろう。
「枯れた薄い反応止めてよね。おじさんじゃあるまいし」
「オレも歳だ。てか、年齢で言えばベルの方が―――――――」
年上である。
「やめて! 歳のことは言わないで! 周囲には十六から十八歳でごまかしてるの! こんなピチピチで少女ぶってる三十路とか世間にバレたら恥ずかしすぎる!」
恥ずかしいかどうかはさておき、シュナの中で沸々抑えていた感情が騒ぐ。
「そんな聖女様が、オレのためにこんな砂漠の真ん中まで足を運んだと」
「そうよ! 落涙感謝して震えて! なんて実はシュナちゃんと他にり――――――」
「あ~ベル」
憑き物が斬り落とされた気分なのだ。それで、感情に火が点いた。抑えられなくなった。
感謝もそうだが親愛というべきか、やはりただの愛情というべきか、ともあれ何かその辺りの淡い色をしたモノだ。
大昔に手放した日常が目の前にいるのだ。二度と離したくない。男の醜い独占欲なのだろうが、それはそれ、これはこれ、素直な思いを言葉にする。
「ベル、結婚しよう」
「え~仕方ないなぁ」
さらっと求婚したら、さらっと了承された。
(こんなんで良いのか?)
世の中、上手く行く時は行くものである。
「あっ! 月の位置! シュナちゃん杖返して」
ベルは杖をかっさらい砂漠に突き刺す。
そして跪き祈る。彼女の周りに三つの影が現れた。特異な気配だ。敵意はない。しかし、神とは違う“虚ろ”気配。
声は聞こえないが、三つの影は何か………………口喧嘩しているように見えた。
「何をするんだ?」
「託宣を受けたの。“凶月が満ちる時、亡都の枯れた大地に鍵を挿せ”っていう」
「なるほど、わからん」
ベルは夜空を挿す。
三つの満月が不気味に輝いている。
(ん? こんな月の形だったか?)
飽きるほど見た砂漠の月。それの一つが、黒く異様に大きく見えた。
空が震える。
砂漠が震える。
立っていられなくなったシュナは転び、手に湿った感触―――――水だ。水が湧いている。
世界が震える。
「ベル、お前何を」
「古代都市の復活」
大地から光が溢れる。
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