異邦人、ダンジョンに潜る。外伝、星の剣。 【03】


【03】


「やったか!」

 男が声をあげる。

 三人の男がいた。皆揃って槍でテントを貫いている。全員、人を刺す感触は知っている。なのに誰も『仕留めた』という顔をしていない。

「イヤねぇ、男と女の情事を邪魔なんて。出歯亀さんたち」

 そう言うのは、シュナに担がれた女の尻。

 彼女は放り降ろされると、裸のまま姿を消す。

 シュナは、当然無傷だった。

 ほぼ一瞬でテントから出て男たちの背後にいた。不気味な沈黙の後、彼は口を開く。

「“訓練中に手を滑らせ槍をテントに落とした”」

『………………』

 男たちの返事はない。

「トルラ、ポータ、レタ、そういうことでしまいにしないか? 今夜も寒い、帰って寝たいだろ?」

 シュナは、無造作に歩いてトルラの前に立つ。剣は腰に帯びたまま、柄に触れてもいない。

 三人がかりで隙をついても仕留められない。実力差は明白だ。

 シュナの思想では、剣とは、戦いとは、急な思い付きや偶然では決して覆らないものだ。その力の差を認め、退き、血を流しながら少しずつ人は強くなれる。

「しょ、将軍ッ。あんたは!」

 槍を捨て、震えながらもトルラは剣を抜いた。

「負け癖のついた男だ! 俺たちに不幸を運んでくる! よくやってたけど、ここまでだ! 終わりなんだよ!」

(まあ、その通りだな)

「トルラ」

 シュナは、剣に手をかける。

「抜いたのは、お前が先だぞ」

 トルラは跪いた。他二人にはそう見えた。

 実際は違う。両膝から下が斬り落とされていた。夜闇だから見えなかったのか? いや違う。もっと単純な理由だ。単純な、月と地ほど離れた実力の差だ。

 無造作な剣の刺突で、トルラは心臓を止める。

 シュナにとっては何気ない動きで技ですらなかったが、凡夫の二人には剣を引き抜く瞬間しか見えなかった。

 それでもまだ、二人は戦意を失わない。

 一人は槍を構え、一人は剣を抜く。

 蛮勇を賞賛する趣味をシュナはもっていない。

 黙して身を低く、シュナは剣を構える。

 エリュシオンの騎士たちに、

『赤髪が低く構えたら、両の手で盾を構え、神に祈れ』

 と言わしめた技。

 二人は左右に別れてシュナを囲もうと動き、二人共串刺しにされた。

 速度がまるで違う。戦いですらない。

 シュナは長剣を片手で持ち、突き刺さった獣人二人の心停止を確認して投げ捨てた。

「終わりかしら?」

「終わりだ」

 アリアンヌは服を着ていた。この合間に装備を回収していたようだ。

「ねぇ将軍」

 猫なで声で抱き付いて足を絡ませてくる。爛々とした女の瞳は、人ではない別の生き物に見えた。

(良い女なんだが)

 どうにも血に興奮する質なのだ。

「死体の始末をするぞ」

「あんっ、少しくらいよろしいのでは?」

「よくねーよ」

「将軍は火が点くとねちっこいですものね」

「あのなぁ」

 発情した女を引き剥がして、テントの布で死体を包む。血を冷たい砂で隠し、念のため周囲を警戒。幸い目撃者はない。

(我ながら手際が良くて笑える)

 冒険者の時は、モンスターの死体処理は苦手だったというのに引退してからはお手のものだ。

 三人分の死体袋を紐で縛り引きずる。

「砂漠に捨てて来る。陛下への連絡、頼むぞ」

「了解ですわ」

 アリアンヌは動かない。了解したら風のように動く女が止まっている。つまりは、

「何か話があるのか?」

「襲われたのは何回目?」

「忘れた」

 慣れる程度には多い。それ以外は忘れた。

 アリアンヌは神妙な顔つきで言う。

「将軍、獣人軍に未来はあると思って?」

「さあな」

 未来の夢は、師が死んでから見ていない。

「では、ロラ陛下に未来はあるとお思い?」

「この世に殺せる者のいない男だぞ」

 疑いようのない最強の男だ。

 神ですら彼を殺せはしない。

「ですわね。ロラ陛下が死ぬところは想像できませんわ。でも、彼は一兵ではなく、一王でしてよ。王は民あってのもの、民あっての国、この鳥の巣のような集まりを見てごらんなさい。これが、ロラの国ですわ。真っ当な国かしら?」

 鳥の巣とは言い得て妙だ。

 アリアンヌの背後に広がるのは、確かにそんな物だ。人の国とは到底言い難い。しかし、

「今更だな」

 答えになっていないシュナの返事。

「将軍、あなたとわたくしに、揺るがない信頼関係があるという前提で、一つ話をしますわね」

「どうした急に」

 信頼を前に出す話など今までにはなかった。流石のシュナでも身構えてしまう。

(思い当たる節は、あるにはあるが、そんな急にできるものなのか?)

「あの王子と話をしましたわ」

 シュナの思った話と全く違った。

「あまり楽しい話題ではないな」

 自分の女が敵の大将と仲良くお話とは、良い想像はできない。

「現実とは、楽しいものばかりではなくてよ。あの坊や、どーしても将軍が欲しいようね」

「あのクソガキの勧誘なら数百は断ったぞ」

(ああそれで、女から狙うってことか)

「わたくしの席も用意するとか、ご丁寧に潰れた家名まで復活させてくれるみたい」

 口の中に苦いものが広がる。

 かつての仲間、アーヴィンの顔が思い浮かんだ。

 ぐちゃとした感情が渦巻き、だがシュナは揺るがない。

「………………すまんな。良い男を探せ、としかオレは言えん」

「ですわね。忘れてくださいな」

 アリアンヌは闇夜に消えた。

 シュナは死体を引きずり砂漠を歩く。戦闘の熱が冷め、骨と心が凍える。

 無心で歩き続け、キャンプ地から大分離れた場所で足を止めた。

 半ば埋まったスコップを手に穴を掘った。

 前も、ここに死体を埋めた。

 幾つ埋めたのかは覚えていない。覚えきれないほど埋めた。穴を掘っている間は、寒さを忘れることができた。

 もしかしたら、見渡す限りの砂の下に、死体が埋まっているのではないだろうか?

 戦場では、それくらいの死者を見てきた。手にかけた数も覚えていない。いつからか死に関する感覚が潰れてしまった。

 ぶつくさ無意味な考えを脳内に浮かべて、シュナは三人の死体を埋めた。

 最後に、また自分の墓穴を掘る。どうせすぐ砂に埋もれて消える穴だ。この場所は誰にも教えていないから無駄な行動だ。

 無意味だ。今の自分のように。

(帰るか)

 無駄な穴掘りは完了した。

 あの鳥の巣に帰ろう。

 ああでも、自分の寝床は埋めてしまった。無人のテントを探さなければ。

(まあ、すぐ見つかるだろう)

 人のいなくなった巣は多い。

 のろのろと夜の砂漠を歩くと、その理由の一人を、いや二人を見つけた。

(ほらな)

 赤子を抱えた少女だった。

 神の嫌がらせか、白いウサギの獣人だった。

 離反者を見て、シュナは剣の柄に手をかける。

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