異邦人、ダンジョンに潜る。外伝、星の剣。 【02】


【02】


 戦士たちが集まり会合が開かれる。

 議題は、あの商人をどうするか?

 静観しているシュナを除き、獣人たちの意見は珍しく完全に一致した。

『奪い取れ』

 である。

(それをやったら完全に終わりだ。馬鹿野郎)

 シュナは、心中で悪態を吐く。

 これまではそれで生きてこられた。今回もそうする、という単純な思考回路だ。ただ今回それをやったら、獣人軍は世の商人全てを敵にする。

「将軍! あんたもそう思うだろ! なめくさったガキの商人と護衛程度、全員でかかれば」

「駄目だ」

「しかし! 飢えた連中がそこらに――――――」

「駄目だ!」

 怒鳴り、剣の柄と鞘をかち当て鳴らす。

 静かになった連中が、シュナを見た。いや、睨みつけていた。味方を見る目ではない。

「あのガキは、ただの商人ではない。背後に様々な国と商会がいる」

 シュナは冷静な意見を言う。

 クナシリの見せたスクロール、あれに並んでいた商人や国の名前は、獣人軍を干上がらせるには十分な勢力だ。

 王子の建て直しにより、かつてのエリュシオンの悪名もそそがれつつある。まだ、獣人軍が恐れられている中で、融和策を持ってきたクナシリを殺せば―――――――

(あ、干上がる前に狩り尽くされるか)

 この場で一人くらい、シュナの半分も状況が読めていれば、何かしら別な意見が出ただろう。残念ながら、ここには雑兵と新兵しかいない。彼らが吐くのは、浅慮な不平不満と、根深い恨みと妬み。

「知ったことじゃない!」

「そうだ、そうだ!」

「奴らの物資を奪ったら、証拠は全部砂に埋めちまえ」

「後はいつも通りだ」

 呆れた意見しか出てこない。

(だから“いつも通り”は品切れなんだよ)

「将軍がそんな及び腰だから、ガキに舐められる」

「あのガキ、レムリアの冒険者とほざいたな。同郷相手で手心を加えていないか?」

「将軍よからぬことでも考えていないか?」

 これでは敵を疑うのと同じだ。

 シュナを疑い、糾弾する言葉が続く。

(やれやれ)

 シュナは、軽い逃避でテントを見回す。

 ボロ布と折れそうな木の支柱。皿の上に置かれたロウソクは短く、飛び交う言葉もガキの悪口と同程度。

 前は違った。

 新生ヴィンドオブニクル軍と呼ばれていた時は違った。

 思い出すのは、豪勢なテントの梁。銀の燭台。組した諸王の旗が並び、その中で一際大きい竜の骨が描かれたアシュタリアの旗。

 そこには自分の師と、その師を殺したとされる男がいた。冒険者の父や、多くの“将”としての器を持った人間たちがいた。

 誰が生き残っていても、今の自分よりはマシな状況になっていただろう。

 何故、生き残ったのか?

 何度、考えても答えは出ない。

 何故、今まだここにいるのか?

 何度も何度も、あの言葉が浮かぶ。


『シュナ、あの子を頼む』


 師の言葉と、


『シュナ、ロラ様を頼む』


 冒険者の父の言葉だ。

 この言葉が、シュナをここに縛り付け、また耐えることのできる理由となっている。

 さてそろそろだ。

 暴言に十分耐えた後、最後にこう言う。

「陛下に意見を仰ぐ。各自、軽率な行動は控えろ。勝手に動く者は死罪だ」

 以上。

 今回の会合は“いつも通り”だった。



 砂漠の夜は寒い。凍てついた真冬の寒さだ。

 普段は重いだけの赤いマントが、この寒さでは心強い友になる。これは諸王由来のマントなのだ。左大陸の寒さは、想像を絶すると聞く。かの地の格言に『刃を磨く前、敵と戦う前、まず寒さと戦え』とある。

(オレには住めない土地だな)

 シュナは寒さが苦手だ。これと野菜嫌いだけは、年を取っても変わらなかった。

 白い息を見る度、生まれた島の暖かな海風を思い出す。人の体は、産まれた土地を忘れられないのだろう。最後、魂はそこに帰ると信じたい。

 ボロのテントが恋しくなる。

 砂漠の大きな月を無感動に一瞥し、キャンプ地を小走りで移動した。

(やはり、空気が違うな)

 キャンプ地全体に、ざわついた空気を感じる。

 あのガキのせいだ。

 よく通る声をしていた。もう、キャンプ地の半分には話は広まっているだろう。

 離反者が続出する前に手を打たねば。

 自分のテントに帰ると、脱ぎ捨てた靴があった。ロングスカートと、マントに軽鎧、貞操帯まで転がっている。

「散らかすなら、自分のテントにしろ」

「いやよぉ、何度寝込み襲われたと思っているの?」

 大きな胸を隠しもせず、裸の女が毛布の上に寝そべっている。

 長くゆったりとした金髪、貴族のご婦人のような整った品のある顔、肢体は細くもなく太くもなく、むしゃぶりつきたくなる熟れた体をしている。

「なら、服は着ろ。アリアンヌ」

「それは将軍の命令かしら?」

「命令だ」

 アリアンヌは笑顔を浮かべる。子供をからかう笑顔だ。

「命令なら仕方ありませんわね」

 アリアンヌの長い足が貞操帯を引っかける。

「ご命令なら着せてくださる?」

「何でそうなる」

「特に意味はなくてよ」

「女を着せ替える趣味はない」

「男子でもお人形さん遊びがお好き方はいらっしゃいますのに」

「それで終わらんから嫌なんだ」

 着せたら間違いなく脱がす。

 シュナは不能ではないが、アリアンヌには結構な負い目があって今は手を出したくない。彼女の名は、アリアンヌ・フォズ・ガシム。

 シュナの元パーティメンバーの一人、【竜鱗のアーヴィン】の姉だ。

 そのことを知ったのはつい最近、男と女の仲になってから七年が過ぎてからである。アリアンヌは偽名を名乗っていたのだが、街で偶然出会った顔見知りに名を呼ばれシュナは仰天した。

『オレとアーヴィンの関係を知っていたのか?』

 と聞いたところ。

『もちろん、だから将軍に近付きましたのよ』

 オホホと笑う彼女を見て、女がわからなくなった。わからなくなってから、ついでに日々の軍務に追われ自然とおざなりに。

「将軍、寒いわ。温めてくださる?」

「だからなぁ」

 全裸で寒がる女とは一体。いや、危ない。大変な仕事を忘れるところだった。

「アリアンヌ、陛下を呼び出してくれ。急ぎだ」

 アリアンヌの仕事は諜報と伝令だ。古い騎士家系の女は、そういったことを叩きこまれるらしい。貴重なヒームの協力者であり、数少ないロラと連絡のとれる人間である。

「近くの商隊が原因かしら?」

「原因だ。生意気なガキが代表だそうな。このキャンプ地の人間を、商会で雇いたいのだと」

「良い案じゃなくて」

「良い悪いは陛下が決める。ここに戻ってくるよう伝えてくれ」

「了解ですわ。将軍」

「頼む」

 で、アリアンヌは服を着ない。

「まさか、この寒空に裸の女を放りだすおつもり?」

「だから、服を着りゃ―――――――」

 近付いてくる唇に、いつも通り流されるシュナだが今日は違う。違った。

 テントを無数の槍が貫いた。

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