異邦人、ダンジョンに潜る。外伝、星の剣。 【01】


【01】


 砂の上に粗末なテントが乱雑に並ぶ。

 シュナは、キャンプ地を見回っていた。

 乾いた空気に、砂の混じった風が吹く。

 暑い。

 汗が蒸発する。光の眩さに頭痛が悪化する。唇がカチカチに渇く。ダンジョンで様々な悪環境を経験したが、この砂漠の暑さは別格に堪えた。

(オレが老いただけか)

 ここ数年、体の不調をよく感じる。陣頭指揮の重圧も原因だろうが、急に老け込んだ気がする。

 実際、もう三十は目の前だ。

 冒険者をやっていた日が、とてもとても遠い日に感じる。あの頃は何もかもリーダー任せで、自分は剣だけに集中できた。

(止めておこう。“昔は良かった”とは爺の思うことだ。そういう思い出に浸るのは、死んだ後で十分だろう)

 かけっこ中の子供たちが通り過ぎた。

 こんな状況でも子供が元気なのは、数少ない希望だろう。

 何か妙案でも思い付かないかと足を動かしてみたが、打開する術は何も思いつかない。

 すると、

「ショーグン!」

「どうした?」

 剣を背負った獣人の子供に声をかけられた。最近、兵となった子供だ。

「商人きた。トルラともめてる」

「商人? あ、まさか」

 二か月以上前、右大陸レムリアの商会に物資を注文した。

 中央大陸や、左大陸の商人とは、獣人軍の印象が悪すぎて取引できないのだ。

 子供から場所を聞き、シュナは商人の元に駆ける。

 遠目から六台の馬車が見えた。砂漠越え用の大型爬虫類が荷物を引いている。息を切らし近くに寄ると、三十台の馬車が確認できた。

 久々に笑みがこぼれる。

 これでキャンプ地の人間の腹が満たせる。その後の策より、今はただそれが嬉しい。

 が、近付くにつれ笑みがこわばる。

 報告通りもめていた。

 怒鳴り合っていた。

 一人は武装した獣人、トルラという奴隷上がりの兵士だ。元の主人が商人で、ある程度は金銭の価値がわかることから金を預けて取引を任せていた。

 もう一人は若い男、骨格が成長しきっていない少年だ。砂漠用のゆったりとした黒い装束に、癖の強い髪も黒い。その面影に見覚えがあった。思い出せないが覚えはある。

 二人の会話は単純だ。

「金を払え」

「払えるか」

 とまあ、この繰り返しで堂々巡りだ。

 馬車には少年よりも年配の男性や女性もいるが、誰も助けには入らない様子。

 子供に商談を任せるとは、

(舐められているのか?)

 それとも別の理由か。

「トルラ、オレが代わる」

「将軍! こいつとんでもないことを!」

「いいから任せろ」

 トルラの肩を叩いて、三歩下がらせた。

「シュナだ。ここの代表だ」

「あんたが【竜甲斬り】か。聞いていたのと全然違うな。くたびれたおっさんじゃないか」

 物怖じしない言葉にシュナは笑う。

 どことなく昔の自分に似ていた。

「そういうお前は誰だ? 随分若いが商会の代表には――――――」

「商会の代表だ」

 少年は長いスクロールを広げる。ありがたい説法と勘違いする長さだ。

「ザヴァ夜梟商会副会長・兼レムリア商会他大陸派遣商会員。並びに、獣人軍交渉とりまとめ代表。このスクロールは、僕に仕事を委任してくれた商会と国の名前だ」

 そうそうたる名前が並んでいた。

 右大陸の冒険者組合、中央大陸の大商会、勇者連盟に、諸王の奴隷商、レムリアに、アシュタリアを含めた名立たる王の名がズラリ。一番下には、中央大陸都市群、無論あの王子の名前がある。

「立派なことだな。で、持ってきた物資とどんな関係が?」

 少年は不敵に笑う。

「簡単だ。あんたら獣人軍は敵を作り過ぎた。そんな奴らと取引したら信用に係る。組織としても、その組織のある国としても」

「で? どうする?」

 獣人軍の略奪行為については弁明しようがない。シュナが止められる立場ではなかったとしても、余所の人間からすれば知ったことではないだろう。

「補償を求める。といっても、この部分があっては、あんたらもやりにくいだろ」

 少年は、スクロールの一番下を破いた。

 エリュシオン都市群、王子の名がある部分だ。

「そりゃありがたい。で、幾らだ?」

 獣人軍の財布の中身を考えれば、出せる額は限られてくるが。

「ざっと単純に、金貨に換算すると、1850万枚だ」

「………………あ?」

 冗談にしては笑えない額である。

 全盛期の新生ヴィンドオブニクル軍でも、払えるかどうかわからない額だ。

「あんたらに襲われた商会、奪われた物資、焼かれた建造物に田畑。大分、勉強してやってる金額だぞ。なんせ精神的な苦痛や、二次被害は“あえて”無視してやっているからな」

 含みのある言葉だ。

 荒くれが集まれば、人から奪うのは当たり前だ。女を襲うのは当たり前だ。気に食わなければ剣を抜く。そりゃ被害はあるだろう。それで産まれる不幸な子もいるだろう。それに補償をしていたら戦争など――――――いや。

(あえて無視した分を別に補償しろというのか)

 敗戦間近の獣人軍にふっかける気か。

「払えん、と言ったら?」

「金がないなら、価値のあるものをよこせ」

「価値と来たか」

 シュナは砂漠に広がるキャンプ地を見回す。ここで値が付くものは一つだ。

「坊主、人買いに来たというなら一戦交えるぞ」

 剣に触れていないが、殺す気で威圧した。

 少年の姿が消える。

「良い動きだ」

 思わず賞賛してしまう。

 少年は、シュナの間合いから退いていた。この砂の上で見事な跳躍だ。

(商人の動きではないな。まさか、後ろの連中も)

「おーびっくりした。大丈夫、大丈夫、まだ交渉中だから」

 馬車の人間が、全員武器を構えている。

 彼らの胸元や手には見覚えのある容器があった。再生点、冒険者の証だ。

「貴様ら、レムリアの冒険者か」

「そうだ。僕を含めな」

 シュナの横をトルラが通り過ぎる。

(しまった)

 トルラは少年に斬りかかっていた。今残っている兵は、度重なる戦闘と敗走で精神が不安定なのだ。相手が誰であれ、武器を構えた相手がいたら、問答無用で殺して生き残ってきた。

「アガチオン」

 少年が呼び、砂が舞う。

 トルラが吹っ飛んだ。

 砂塵を払う少年の手には、赤い魔剣がある。身の丈ほどある大剣だ。これも、見覚えがある。

「この剣の別名を知っているか? 獣狩りの魔剣だ」

「坊主、王子の手の者か」

「冗談。商売敵だぞ」

「信用できるとでも?」

 獣人殺しの魔剣に、武装した冒険者、これでは敵と思わない方がおかしい。

「わざわざ海を越えて、砂漠を越えて、物資を運んできた苦労は信用に値しないと?」

「適正な額なら信用しよう」

 到底払えない額では、信用も何もない。

「適正だ」

「払えん」

「いいや、払え」

 トルラと同じ堂々巡りになった。この強引さ、商人というより冒険者らしい。

「あのなぁ、坊主。ないものはない」

「だから、金以外の資産を」

「そいつは―――――」

 人が集まってきた。

(マズいな)

 兵や、女子供、皆飢えている人間だ。本能的に、馬車に食い物があるのを察知しているのだろう。人が殺到したら交渉どころではない。

「一旦下がってくれ。ここは僕一人でいい」

 少年は馬車を下げさせた。冒険者たちは、誰一人止めもせず素直に従う。

「で、シュナ将軍」

「シュナでいい」

「では、シュナ。金がないなら代わりを出せ」

「だからそれは何だと」

「あんたの後ろの人間たち」

「戯言はよせ。次は威嚇ではすまさんぞ」

 やはり、斬らねばならぬか。

 ガキを。しかもレムリアの冒険者を。

「負け戦の軍人は、こんな気が早いのか。一つ勉強になった。あんたらを奴隷にしようなんて言ってないさ」

「では何だ?」

 負け戦の軍人は気が短いのだ。さっさと話せとシュナは苛立つ。

「雇いに来た」

「雇う?」

「獣人軍の老若男女、全て僕が雇う」

「馬鹿を言うな」

 それこそ、奴隷として使い潰されるか売られるかだ。

「信用は大事だよな。スクロールに並んだ連中を見たら身構えるのもわかる。でも近々、王子が正式に奴隷制度を廃止する。諸王の人買い連中は、この戦争のせいで破産して形式として名前が残ってるだけ。で、連中が危惧しているのは何かというと敗戦した軍の大量の難民だ」

「………………」

 シュナは、静かに怒り沈黙する。

 もう世間では獣人軍が負けた後の予定ができている。腹が立つ。腹は立つが、ここから逆転する策は夢ですら見れない。

「奴隷制度のせいで、また獣人軍みたいなもんが生まれちゃ困る、ってのが世間一般の考えだ。仮に獣人軍を潰せたとしても、ロラを信奉する獣人たちは残る。信仰は暴力じゃ抑えられない。必ず何かしら別の形で蘇る。それは、今より邪悪で暴力的かもしれない」

 シュナの背後では殺気立った獣人が武器を構えた。

 少年は気にせず剣を背負う。

「世間はあんたらが怖いのさ。第二、第三のロラが産まれないか怯えている。融和策を模索していたところ、シュナから依頼が来た。丁度、レムリア王国が事業拡大のため中央大陸に進出しようとしていた。当然、人手が欲しい。渡りに船で、は―――――ランシール王女は、方々にあたって今回の計画を建て、この話をまとめた」

 わかる話だ。筋は通っているように思える。

 が、やはり。

「信用できん」

 結局はこの感情が出て来る。

「契約は交わす。給料もしっかり払う。だが、さっき提示した金額分は利益を出してもらう」

「坊主、そりゃ商人の理屈だ。オレらには通用しない」

「では断るかい?」

「………………」

(さて、どうしたものか)

 シュナは迷う。

 戦場で判断の早い彼も、今ばかりは迷う。

 少年の話は大半が真実だろう。この少年一人かつ、レムリアだけなら信用していた。だが関わっているものの数が多すぎる。必ず横やりが入る。

 目の前で破ったとしても、敵の名を見た以上は信用してはいけない。シュナ一人の裁量では絶対に。

「んー僕としては手ぶらで帰りたくはない。どうだろうか、出稼ぎの希望者を募ってくれよ。テント暮らしに限界を感じている者も多いだろ。待遇は良くするぞ。飯だって用意する。子連れでも問題なしだ」

「あのなぁ、坊主。信用できんと言った手前、大事な民を任せると思うか?」

「なら、“どうすれば信用してくれる?”」

 少年は屈託なく笑う。隠しているつもりだろうが、商人ではなく冒険者の顔だ。

 シュナの背後では人だかりができていた。今ここで何かを喋れば、あっという間にキャンプ中に広まるだろう。

(狙ってやったのなら、交渉役に選ばれるだけはある。しかしまだ、“それだけ”とは思えないのは何故だ)

「食料を――――――」

 シュナは慌てて口を閉じる。

 流されかけた。ここで食い物を要求すれば、少年は無料でよこすだろう。シュナの背後にいる飢えた人間には、十分と信用される材料だ。

「会合を開き、意見をまとめる。後日また来い」

「了解だ、シュナ。僕はここらで適当に待たせてもらう」

 少年は、腰を下ろして寛ぎ出した。

 生意気なガキだ。何よりも目つきが気に食わない。本当に、あの男とそっくりだ。

 シュナは、会合のため人を集めるよう周囲の人間に伝える。

「そういえば」

 一つ忘れていた。

「坊主、お前名前は?」

 名を聞かれ、少年は答える。

「クナシリだ。クナシリ・ザヴァ・セブンワークス」

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