<第五章:星々の彼方より帰還せり> 【06】


【06】


「以上が、五十六階層で起こった事だ」

 ここまでの冒険をロージーに全て話した。

「つまり、ロージーは――――――いえ、マキナの元となった水溶脳は人間だったと?」

「そうなるな。マザーが嘘を言っていなければ」

 ラナは、僕の部屋で榛名と遊んでいた。何か歌が聞こえてくる。

『マザーが嘘を吐く理由はないかと』

 イゾラはそう言う。

「ロージーは、こんな姿になりましたし。人と言われた方が合点が行きます」

 ロージーは体のラインを強調したポーズをとる。小柄な割に乳も尻もデカイむっちりボディである。

 はいはい、と話を進めた。

「明日、で間違いないのだな?」

「はい、遅くなりましたが生存者の有無に関わらずポータルを開くとか。通信を開いて、マキナ達のデータだけでも回収したいのでしょう」

「そのポータルを潜って、僕は日本に戻る。イゾラと、ラナを連れて」

「危ないですよ? というのは、愚問ですね」

「愚問でもないさ」

 異世界の人間を元の世界に連れて行けば、何かしらの弊害はある。僕個人の力だけでは、どうにもならない事も。

「とりあえず、これはマキナとしての贈り物です」

「ん?」

 ロージーから薄い金属の板を受け取る。

「マキナだった頃のブラックボックスです。企業側の連絡に利用していましたが、制限が解かれた今のイゾラなら有効活用できるかと」

『ありがたく頂きます。企業のシステムに侵入して、ソーヤ隊員の報酬を十倍にしておきましょう』

「ロージーとイゾラの雇用料金も上乗せしておきましょう」

『じゃ、三十倍で』

「あんまり派手にやるなよ。二十倍くらいにしておこう」

『間をとってそのくらいで』

「ソーヤさん、お土産期待してます」

 ロージーが親指を立てたので、僕も親指を立てて返す。

「任せろ。アパート丸ごと買ってやる」

「城とかじゃないのですね。ソーヤさんってば、いつまでも庶民感覚」

「城って幾らかかるんだ?」

『大凡、二億くらいあれば小さいものは購入できるかと』

「に、におく?」

 意味がわからん。

「まあ、冗談です。あっちで城買っても、こっちに持ってこれないでしょ?」

『可能です』

 可能なのか。

「え、うそん」

『重力変動を起こすような物質でなければ、ほぼ無限にテザラクト・ボックスに収容可能です』

「超便利アイテムじゃないですかぁ」

『ええ、便利です。便利過ぎるが故に、依存して、持て余して、小さい間違いを正せず繰り返し、失敗したようです。昔の私達は』

「ほほー記憶はないですけど、そういう“感じ”はわかります」

『なので、この技術は継承しません。ソーヤさんとイゾラまでとします。これを欲しがる者が現れたら、全力でぶっ潰します。ロージーもそのつもりで』

「らじゃ!」

 敬礼するロージー。上下関係が逆転している。

『では、ソーヤさん。イゾラはロージーと、明日の旅立ちに必要な物資を集めます』

「任せた」

「あ、ソーヤさん。お金は?」

「ない!」

 全財産は、情けない事に銅貨8枚だ。

『ロージー、立て替えてください』

「やっぱ城買ってきてください」

「余裕があったらな」

 ロージーはイゾラを手に取る。

「準備はお任せを。旅立ち前の挨拶はどします? 皆さんに声かけて集めましょうか? でも、ソーヤさん、そういうの苦手でしたよね?」

「超苦手だ」

 昔から、そういう挨拶は苦手だ。今も変わらず苦手なままだ。

「ランシール様には言わない方が良いかもですね。ソーヤさんが冒険者を引退したら、お城に無理やり務めさせる計画を建てていましたし、三人目が欲しいとかボソッと漏らしていました」

 ランシールには悪いが、今回だけは黙って離れよう。

 帰ってきたら何でもする。

「秘密裏に旅立つとするか」

「でも、お子様達にはきちん説明しましょうね」

「………わかった」

 今までの冒険に比べたら長い期間ここを離れる。子供らには一言でも残さないと、僕が帰って来た時に『知らないおじさん』として見られてしまう。

 それはちょっと辛い。いや、かなり辛いと思う。

「では、明日。集合地点はどします? お店で?」

「………………キャンプ地にするか、最後の夜はあそこで過ごしたい」

「はいはーい、キャンプ用品とテント持っていきますね」

 ロージーは、イゾラを持って街に消えた。

 さて、僕も仕事を――――――違う。義務を果たそう。



 冒険者組合に来た。

「エヴェッタさん」

「あら、体はもうよろしいので?」

 受付で、赤子を抱いた僕の担当の前に立つ。

「大丈夫だ」

「次の冒険はどうしますか?」

「“ここでの”冒険は、しばらく休む事にした。今日はその報告を」

「つまり、他の場所で冒険すると?」

「そんなところだ」

「ぶぇ」

「よしよし、どうしたのー?」

 赤子がぐずり、エヴェッタさんは『よしよし』と揺らしてあやす。

「エヴェッタさん、一つ頼みがある」

 僕は背負った大剣を差し出す。

 赤い刃の魔剣。三剣のアールディが使用した伝説の一振り。本物のアガチオンだ。

「この剣を、国後が成長したら渡してくれ。自分の身を守る為に使え、と」

「お預かりします。が、できるなら自分で渡してください」

「そうだな。できたら渡す。できなかった時は、すいませんお願いします」

「了解しました」

 エヴェッタさんは、アガチオンを受け取ると深々と頭を下げた。

「ソーヤ、この地での冒険お疲れ様でした。冒険者としてのあなたの功績は、当冒険者組合が永久に保存します。その記録は、いずれ他の冒険者の手助けとなるでしょう。あなたの次の冒険に幸運があらん事を。そして、またの機会をお待ちしております。わたしはここで、あなたの担当として、ずっと待っています」

「今までありがとう。元気で、エヴェッタさん」

 僕も頭を下げた。

 最後に、何度も何度も足を運んだダンジョンの一階層を見回す。今から冒険に行く冒険者の背を見守る。

 そこに、今は傍にいない仲間達の幻影を見た。彼らの先頭に立つ自分を見た。

 辛くも楽しかった日々、もう触れる事のできない遠い日の夢だ。

 なあ、アーヴィン。

 あれから僕は、一人の男として成長できたのかな?

 ひとりごち、ダンジョンを後にした。



 店は今日も繁盛していた。

 ラナも給仕服に着替え、榛名と一緒に接客を手伝っている。良い姿だ。

「ソーヤ! 暇なら手伝え!」

「しょうがないな」

 時雨に言われ、僕はキッチンに立つ。

 次々とくる注文を、時雨、テュテュ、僕とで作る。といっても、僕はサポートだ。母子二人で数々の料理を魔法のように作り上げていた。

 しかもテュテュは、接客や常連さんの相手までしている。

 僕は、言われたまま動くだけでも疲労困憊である。

「料理の腕は、二人にはもう勝てないな」

「なーに言ってんだよ」

 フフン、と時雨は胸を張る。

 そこそこ嬉しそうである。

「ソーヤは冒険者引退したら、料理本格的にやるんだろ?」

「そうだな。そうかもな」

 それは、まだ先の話だ。

「ラナさん、だっけ? 従業員増やすのも考えていたから丁度良いぞ。二人共この店で働けよ」

「そうだなぁ」

 即答はできない。そして、流石に今言い出すのはタイミングが悪すぎる。

 ふと客席を見ると、ラナが客にうざ絡みされていたので、包丁を持ってキッチンを出ようとして時雨に蹴られた。


 その後も、忙しくも充実した労働に汗を流す。


 こういう仕事は久々な気がする。差し迫った命の危険がない仕事だ。しかも、傍には家族がいる。日々がこうであるなら、人は幸せなのだと思う。

 後ろ髪を引かれる。

 だが、引かれるだけだ。投げ捨て踏み留まるほどではない。



 本日最後の客が帰り、店先の明かりが消えた。

「ハルナ、渡す物があります」

「はい!」

 榛名の元気な返事。

 頼んでおいた品を、ラナが榛名に渡す。

「私の冒険装束よ、竜の血を吸った武闘着。ハルナ、あなたには戦士と冒険者の血が流れています。いつの日か必ず、どのような形かは分からないけれど、戦う時が来るでしょう。その時に使いなさい。………売ってお金にしても良くてよ」

「売ったら、こなたは泣くぞ!」

 階下から誰かさんの声が響く。

『う?』

 似た顔で疑問符を浮かべるラナと榛名。

 深呼吸を一つ。

 さて、僕の番だ。

「時雨、僕らは明日からまた冒険に出る」

「えー、店の手伝いは? 今日助かったのに」

「すまんな」

「まあいいよ」

 むすっとする時雨。しかしすぐ明るい表情を浮かべる。

「あっ、弁当いるだろ? 新しいメニュー思い付いたから作ってやるよ。ラナさんと二人分だよな」

「弁当は必要ない。すまん」

「何で? いるだろ?」

「外の冒険だ。しばらく街を離れる事になった」

「………………」

 時雨の表情が凍る。

 僕は、眼鏡を外して時雨に持たせた。

「こいつを持っていてくれ。帰ってきたら、誰よりも早くお前に連絡する」

「………………わかんない」

「大事な仕事なんだ」

「わかんない! ここで店手伝うのは大事じゃないのかよ! ボクとかーちゃんは大事じゃないのかよ!」

「大事に決まっているだろ。僕にしかできない仕事だ。他の誰にも任せられない」

「嘘つき!」

「なっ」

 時雨は眼鏡を投げ捨て、僕の部屋に入って鍵を閉めた。

 ある程度の罵倒は覚悟していたが、嘘吐きと言われるとは思わなかった。

「時雨、頼む。話を聞いてくれ」

 戸をノックする。

「聞かない! 聞いて欲しいなら冒険に行くなよ!」

「無茶を言うな」

「言ってない!」

「時雨、顔を見せてくれ。こんな別れ方はしたくない」

「それじゃ行かなきゃいいだろ!」

 その通りだが、それで止まる僕ではない。冒険者なんざそんなもんだ。

 無理やり戸を開けようか、開けたとしても何を話せば良いのか、迷っていると。

「バフ」

 バーフルが、僕と戸の間に入り込む。

 これでは時雨に近付けない。近付けない理由ができた。

「悪いな」

「バフ」

 バーフルの頭突きを腹にくらう。体の痛みで気は少し楽になる。

 振り返って、後ろで心配そうに見ていたテュテュに言った。

「すまん。一年ほど留守にする」

「はい、お体に気を付けてニャ」

 テュテュは悲しそうな顔だった。

 榛名が僕の足に抱き付いて言った。

「パパ、お土産」

「沢山買ってきてやる」

「ハルナは我慢します。おニャーちゃんに沢山おねがいします」

「偉いな」

 榛名の頭を撫でる。

 抱き締めはしなかった。決意が揺らぐと思ったからだ。

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