<第五章:星々の彼方より帰還せり> 【05】
【05】
思っていたよりも早く体力は回復した。
義手の調子も良い。
今朝は、時雨の手伝いでキッチンに立った。
中華鍋を義手で振り、チャーハンを炒めている。具はシンプルに豚肉と卵。しかし、数々の旨味調味料と香味油は、他所じゃ真似できない味を作り上げている。
完成したチャーハンを大皿に移す。
大体、五人前くらいある。冒険者基準の五人前だ。
「ソースも作って、ゲトさんのカニとエアねーちゃんの辛いソース合わせたやつ」
「はいよ」
中華鍋に油を追加、擦ったニンニクを油に馴染ませる。
カニをバラして身と味噌を投下、炒めた玉ねぎとほぐした鶏肉も投下、砂糖少々いれて混ぜ、塩を多め、酒、止めにエア特製の辛味ソース(辛さ控えめ)を混ぜ混ぜ、炒め炒め、中華鍋に炎が巻き起こる。煙が目に沁みた。
真っ赤なソースが完成する。
「時雨、味見してくれ」
「はいよ」
オタマでソースを少しすくって小皿によそった。時雨が味見をして一言。
「ケチャップ少し」
「おう」
ケチャップを少し追加、混ぜて完成。
「真ん中はあけてよ」
大皿のチャーハンにソースをかける。指示通り真ん中はあけ、周囲に円を描く。
時雨は、チャーハンの真ん中にダンジョン子豚の丸焼きを乗せた。野菜も並べて彩を足す。
完成した大皿料理に蓋をして、待機していたゴブリンの運送屋に渡した。食器類が入ったバックもセットである。
彼らは、二人がかりで大皿を持って走り去った。
「高い料理だぞ。本当に無料で良いのか?」
「どんなパーティも三回しかない祝い時だから、いーいんだ」
昨夜、常連のパーティが、三十五階層を突破して中級冒険者になったそうな。それで、原価が金貨5枚もする料理を無料で提供した。普通に注文したら金貨10枚は取る。特に、ダンジョン子豚の丸焼きは、材料費も、技術も、時間もかかる料理だ。
「二十階層到達した初級冒険者にも無料で送っているのか?」
「送ってる。安いやつだけど」
「どんな料理だ?」
初級なら結構な数の冒険者が到達する。破産しないか心配だ。
「保存食。乾パンと、ジャムに干し肉のセット」
「ああ、そりゃ良いな」
あの辺りの冒険者は、派手な祝いをした後は金がなくて困るだろう。保存食とかの必需品は非常に助かる。
「ソーヤ、朝飯作ってよ」
「良いのか?」
「ボク、早起きして子豚焼いてたから眠い。昼まで寝る」
「寝ろ寝ろ」
「寝る」
あくびをして時雨は地下に降りた。
子供のくせに不安定な睡眠サイクル。心配だな。身長伸びないぞ?
「パパー!」
「おう、おはよう」
腰に榛名が突撃してきた。体調が万全なので割と平気だ。
「あなた、おはようございます。早いのね」
「おはよう、ラナ。時雨の手伝いをしていた」
Tシャツにホットパンツ姿のラナも、部屋から出て来た。目覚めは良さそうだ。
「パパ! お腹へった! へった!」
「今日も元気だなぁ、お前は」
榛名が背中をよじ登って騒ぐ。
「それじゃ、榛名。朝飯は何が良い?」
「パパの適当なパスタシリーズがよいかと!」
「て、適当」
時雨と比べられると僕の料理は適当だが、事実こそ人を傷付ける原因なのだ。
「パスタ、パスタ!」
「はいはい」
榛名がうるさいのでパスタを茹でる。
何となくの予感で鍋に水を容れて沸騰させておいた。多めの塩と乾燥パスタをイン。
続いてフライパンを二つ用意。パスタの茹で時間と調整する感じで、少し待ってから両方で目玉焼きを作り出した。
「ハッ、パパ。アレですかね!」
「そうだ。アレだ」
「ハルナは目玉焼きがあれば世界が平和になると思います」
「そうかもなぁ」
そういう平和もあるかもな。
「って、あれ?」
榛名がいるのに、あいつが見当たらない。外ならともかく家なら絶対一緒にいるのに。あの子守りドラゴン。サボりか? ストか?
「榛名、ニセナはどこだ?」
「ニセナちゃんならそこ~」
榛名は階段を指す。
「お前何してんだ?」
ニセナが階段から頭を出しては引っ込めている。まるで、何かに怯えているかの………………あ、そうか。
「ニセナちゃん、なにしてるのー?」
「べ、別に怖くなんかないぞ!」
ラナが『?』とニセナを見た。
「ぐ、グラッドヴェインの眷属が残っているとは聞いていないぞ! あやつが隠れたから安心しておったのに!」
「どちら様でしょうか? どこかで会ったような気も」
「ヒッ!」
ニセナは逃げ出した。
復活しつつあった威厳が全部消えた。
「あなた、今の人は?」
「榛名の子守りだ。少し頭がおかしいけど気にしないでくれ」
昔、君がボコボコにした白い竜とは言わないでおこう。僕にも心があるから。
と、裏口が開く音。
無駄に明るい挨拶。
バーン、と現れたのは、
「すみません、ソーヤさん! お仕事忙しくてこれませんでした。寂しくなかったで………………お、奥様ァァァァ!」
ピンク髪から触手を生やした変な生き物、マキナ・ロージーメイプル・モスモスだった。名前合っているよな? うろ覚えだ。
「どちら様ですか?」
ラナは、不審者を見る目でモスモスを見る。その判断は正しい。
「マキナ・ロージーメイプル。マキナですよ、奥様!」
「マキナ? あの柱の?」
「はい! 柱の中身がこう進化しました! てか、生きていたのですか!? ソーヤさん言ってくださいよ!」
「すまん、お前の事は完全に忘れていた」
「扱い雑ぅぅぅぅぅ!」
あ、パスタが茹で上がった。目玉焼きも丁度良い感じだ。
二つのフライパンを火から離す。
一つフライパンの目玉焼きを、パスタの茹で汁を加えて、しゃもじでグシャグシャにかき混ぜた。パスタもいれて更に混ぜる。粉チーズと胡椒をたっぷり振る。塩で味を調えて、適量を皿らに盛った。
その上に、崩してない目玉焼きを――――――
「榛名、目玉焼きは何個欲しい?」
「二つ! ハッ、もしかして三つでも?!」
「良いぞ、三つだな」
「アハー」
榛名は超嬉しそうだった。
崩した目玉焼きをパスタと混ぜ、その上に崩してない目玉焼きをのせる。そんな簡単なパスタである。
「ソーヤさん、それ『貧乏人のパスタ』って名前なんですよ。知っていましたか?」
「はいそこ黙れ」
モスモスのつまらん意見は無視。
「ラナは目玉焼き何個だ?」
「では、私も三つで」
「はい! ソーヤさん! ロージーも三つ!」
「高貴なモスモスの分際で『貧乏人のパスタ』を食すのか?」
「高貴なんて言ってないでしょ!」
仕方ないので、モスモスモスの分も用意した。
売り場に顔を出す。本日も食パンは綺麗に売り切れていた。
「テュテュ。朝飯作ったんだが、目玉焼きは何個にする?」
「これから配達があるので、気にせず食べてくださいニャ」
テュテュは、残った食パンを包んで外に出ようとしていた。
「手伝おうか?」
「大丈夫ですニャ。治療寺院へ、干しブトウとチーズのパンを届けるだけニャ」
「ああ、頼まれていた新商品か」
僕の治療費替わりのパンだ。
「留守番お任せするニャ~」
止める暇もなく、テュテュは店を出て行ってしまった。
母子揃って働き者である。結構、心配だ。
キッチンでは、ロージーが勝手にパスタを盛っていた。僕の分は目玉焼き一つである。
まあ、良いだろう。
『いただきます』
全員で手を合わせ、パスタを食す。
うむ、言われてみれば貧乏パスタだ。でも、粗く混ぜた目玉焼きを絡めたパスタ、胡椒とチーズと塩味、これに目玉焼きの黄身が絡むと美味である。これをすれば何でも美味くなりそうな気もする。
「パパ、めちゃむやきにはケチャップてまりあちゃんてました!」
「榛名、飲み込んでから喋れ。それとよく噛め」
「あい!」
「ハルナ、頬が汚れていますよ」
ラナは、榛名のほっぺについた黄身を拭う。
「ありがと! おねーちゃん!」
「ランシールの子供とは思えない可愛さね。でも、よく見るとあなたの面影もありますね」
なでなでとラナは榛名の頭を撫でる。
「僕の血は出て欲しくないなぁ」
榛名には、このまま可愛く成長してほしい。できればランシール似のまま。
「髪の癖はあなたと同じよ」
「そうか?」
ラナと一緒に榛名の頭を撫でる。うーむ、フワフワだぞ。わからん。
「グヘヘ」
榛名は嬉しそうだ。この笑い方は僕似じゃないな。
ないよな?
「む、ソーヤさん。ロージー的に羨ましいのですけど! ど!」
「………なんで?」
「何故ってそれは――――――――」
『ヴア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛』
とんでもない声が響いた。音の主は、部屋から出て来たミニ・ポットだった。
『そ、ソーヤ隊員。そのピンクはもしかしなくても?』
「あれ? ソーヤさん、このA.Iはどこで? 懐かしい量子の波長を感じますけど」
『………………イゾラですが、あなたは?』
「マキナ・ロージーメイプルでっす」
『ソーヤ隊員とこの世界に来たマキナの、成れの果てですか?』
「そーでーす。って、イゾラって、まさかあのイゾラ! そんな死んだはずでわ!」
『ソーヤ隊員、悪夢です』
「え、悪夢?」
確かにピンク髪の触手は悪夢といったら悪夢だが。
『自分の人間形体を夢想していました。ですが、現実は残酷ですね。こんな無駄に肥大した胸部と、低出力なミニマムボディ、知性の欠片もない男に媚びるだけの股の緩い人相、頭のおかしい髪の色と気色悪い触手。自分もこうなるのかと思えば………………悪夢です』
触手は、お前も生やす可能性があるぞ。
あ、でもあれは、別のイゾラタイプの可能性もあるか。
「ちょっとイゾラ、聞き捨てなりませんね! ロージーの体は、ソーヤさんの遺伝子と奥様の遺伝子をかけあわせ、そこによくわからないグリズナス様の細胞と、マキナ・モデルの水溶脳が合わさった存在です。実質、ロージーはソーヤさんと奥様の子供なんです! それを悪夢とか、酷すぎませんか?! ね? ソーヤさん、ね?」
「絶対認知しない」
確かに悪夢だ。
「最大級に酷い! 奥様も何か言ってやってくださいぃぃぃ」
ロージーがラナに触手を絡ませ甘える。
「まあまあ、あなた」
ラナは穏やかだった。
「ペットとして飼うなら問題無いわ」
「奥様!?」
「流石に酷かったかしら? では、使用人で」
「ぐううう、埋めがたい身分の差をひしひし感じていますぅぅ」
僕の女はロージーの扱いをわかっている。
転がってきたイゾラを膝の上に置いた。
「イゾラ、安心してくれ。イズがそうだったように、知性は顔に出る。お前がこんな感じになるとは思えないが、仮になったとしても、こうは絶対にならない」
『理解しました。“知性は顔に出る。”ここ、大事ですね』
「そう、知性は顔に出る。とても大事だ」
本当に大事である。
「そんなにロージーを罵りたいですか!」
ぷんぷん、とロージーはラナの膝上に乗って拗ねていた。ラナは無視してパスタを食べ続けている。
「罵りやすさは、お前の美徳だと思うぞ」
「最もいらない美徳をありがとうございます!」
喋りながら朝飯を片して行く。
今日はまた、一段と騒がしい。
「ご馳走様」
「あなた、洗い物は私が」
「ハルナもしまーす!」
「頼む」
ラナと榛名が食器を洗う。
二人の後ろ姿を見ながらボーっとしたいが、
「ロージー話がある」
元A.Iに、この世界の秘密を伝えなくてはならない。その後の仕事についても。
「奇遇ですね。ソーヤさん、ロージーも話があります。というか緊急です」
「じゃ、そっちが先に話せ」
「企業から連絡を受け取りました。明日、迎えのポータルを開くそうです」
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