<第五章:星々の彼方より帰還せり> 【03】
【03】
五十六階層に戻って来た。
右手には人の温もり、目の前には本人がいる。
「ラナ、体に異常はないか?」
「問題ないわ。お腹が空いたけど」
「帰ったら沢山食わせてやる」
「ところでここは?」
「ダンジョンの中心部だ。そして、こいつらは――――――」
僕は、マザーとワーグレアスを睨む。
『………………』
マザーは無言で返す。ワーグレアスは、
「『初めまして』で良いのかね? ワーグレアスだ。火の匂いがするエルフのお嬢さん」
「え、ワーグレアス?」
ラナが驚く。
「狂宴の魔術師ワーグレアスですか?」
「世間には、そんな名前で呼ばれている」
「一晩で森を作ったり、大量の豚を繁殖させたり、200日宴をひらいたり、さる王に呼ばれて謁見した時に全裸だったり、歴史的な文献の全てに『変な男』と記されているワーグレアスですか?」
変な男なのは間違いない。
「そんなワーグレアスだ」
ワーグレアスは誇らしげだ。
「大白骨の階層では、ボコボコにしてすみませんでした」
ラナが謝る。確かにあれは、酷い殺され方だった。
「気にするな。あれは蜘蛛が我を模倣して作った人形だ。他にもいるそうだが、思考が共有できていないのでわからん」
「もしかして、冒険者組合の組合長も?」
ラナも、ワーグレアスと組合長が似ている事に気付いたようだ。
「わからんなー、我は死んだ後から船から出ていないからなぁ」
「船?」
首を傾げるラナ。
「ラナ、それは後で話す。今は、おいマザー」
『何でしょうか?』
無機質な電子音に問う。
「お前の言いかけた最後の仕事について、聞くだけ聞いてやる」
『あなたの世界に――――――』
ダンジョンから帰還を果たした。
小用で受付に僕の担当はいなかった。組合長の姿もない。他の組合員に帰還報告をして街に。
ラナは裸に近い恰好なので、露店で中古の魔法使いの装備一式とサンダルを購入。黒いローブとトンガリ帽子のラナは、特徴が上手く隠れていた。
二人で朝の街を歩く。
本当に千年ぶりかのような懐かしさ。
「あなた、ドワーフが店を」
「ああ、知り合いの店だ。後で紹介する」
通りがかった雪風の工房をラナが指す。
「あなた、今通りかかったのはゴブリンのような」
ラナは屋根を跳ぶ人影を見て言う。
「街で運搬業を営んでいる。食料品や手紙、片手で持てる物なら鐘が一つ鳴る前に届く」
人混みを歩きながら、
「今通り過ぎた冒険者、モンスターですよ」
「蜘蛛だな。最近じゃ特に珍しくもない」
「私のいない間、色々あったのね」
「あったなぁ。王女様の姿見たら絶対驚くと思う」
「王女? レムリア王は?」
ラナの肩を抱き寄せ耳元で囁く。
「僕が殺した」
「あら、いつかはやると思っていたけど」
やると思っていたのか。
隠していたつもりでも、レムリア王への苛立ちは溢れ出ていた。それに、ラナが気付かないわけがないか。
「では、ランシールは? 王女と言ったけど、あなたが王ではないの?」
「僕は一旦王になったが、死んだ事にしてランシールを王女にした」
「見返りは?」
「僕がそういうのを求める人間か?」
「私が求めて欲しいと思う人間なの」
「実はまあ、裏で色々としてもらっている。君を探す為の冒険に使用した武器防具の代金、生活費、養育費なんかも借りている」
ドワーフ製の特注装甲を毎回使い捨てていた。金額にしたらとんでもないと思う。
「う? 養育費とは?」
「………………」
僕は笑顔を浮かべて固まる。
ラナと再会する事に全力投球だったので、“その後”について全く考えていなかった。
「家はあっちでは?」
「あ」
僕は十字路の右に足を向け、ラナは直進しようとしていた。体が自然と【冒険の暇】亭に帰ろうとしていた。というか、店はもう見えている。
すると、遠くから白く小さい物体が突撃して来る。
「ぱっぱー!」
「どぅおあ!」
榛名のタックルを腹にくらった。隙を突かれて結構痛い。
「ランシール、また薬で子供の姿に」
「い、いやラナ。これはランシールじゃなくて」
よじ登ってきた榛名が僕の首にしがみつく。
「お土産! おみや!」
「ランシールじゃないですか」
「に、似ているが」
榛名を連れて、ラナと【冒険の暇】亭に向かう。
「パパ、このヒトだれ?」
「私はこの人の妻です。小さくなって忘れたの?」
「いいえ、パパの奥さんはマニャーです。大きくなったら結婚するのはハルナです」
「妻は私です」
ラナは榛名の髪をぐしゃぐしゃと搔き回す。
「うきゃー!」
榛名は嬉しそうだ。
「あれ? 髪質があなたと同じ」
どう切り出そうかと迷い、店に入る。
「おかえりー」
「おかえりなさいニャー」
時雨とテュテュが食パンを並べていた。
「えッ」
「っと、かーちゃん危ない!」
テュテュが落とした食パンを、時雨がナイスキャッチした。
「ら、ラナさん!?」
「あら、テュテュ。『お久しぶり』になるのかしら? 美味しそうなパンね」
「焼き立てなので食べてくださいニャ!」
「かーちゃん、誰?」
「あの、この人は、ソーヤさんの、はれ? えーとニャーの、あれ?」
テュテュは混乱している。
「時雨、飯の準備してくれ。食パンにジャムとバター、牛乳も頼む」
「ハルナも食べる!」
「はいはい、三人分ね。かーちゃん大丈夫?」
「………大丈夫。ここはニャーに任せて、シグレは朝ご飯の用意するニャ」
手早く時雨がキッチンに食事を並べてくれた。
切り分けられた食パンと、リンゴジャムにバター、燻製肉とザワークラウト、それと牛乳。
「ボク、仕事あるからソーヤ適当にやってよ」
「ああ、いつもすまんな」
いいって、と時雨は売り場に戻る。もう朝のお客さんが並び出していた。
「今の子供、目付きがあなたにそっくり」
「ぶっ、ごほごほッ」
牛乳を咽た。
「おニャーちゃんは、ハルナのおニャーちゃんです」
もっぎゅもっぎゅ、とジャムたっぷりの食パンを僕の膝上で頬張るハルナ。
「この小ランシールと兄妹なのね。ああ、二人共テュテュの子供で。お腹にあなたの子がいるかも、と相談されていたから無事産めて安心したわ」
「え、相談されていたのか?」
衝撃の事実。
ラナは、食パンに肉とザワークラウトを載せて上品に食べて言う。
「お腹の大きさ見れば誰が見ても………あなた気付いていなかったのね」
「すまん」
あの頃は、それはまあ色々と問題が山積みで前しか見えていなかった。
「男って、そういうものなのね」
「そういう愚かなものなんだ」
寛容な心で受け止めてほしい。特に僕のような馬鹿な男は。
「あなた、懐妊と言えば――――――」
バコーン! と突然に裏口が開く。
立っていたのは、メイド姿の王女様だ。
「なっなっなっ、ラナさん! 死んだはずじゃ!」
「失礼な。生きています」
「本物ですか?」
「ランシール、あなたが寂しいと体を持て余した時に私が手――――――」
「ギャー!」
王女らしからぬ悲鳴でランシールはラナの口を塞ぐ。
「パンが食べられないでしょ。止めなさい」
「本物ですね! 情報を受け取った時は冗談かと思いましたが、ソーヤ、本当にダンジョンから人を連れて帰って来るとは」
「僕は上級冒険者だからな。奇跡の一つでも起こして見せる」
「素敵!」
僕に口付けしようとするランシールを、ラナが片手で制した。
「ランシール、聞けばあなたは王女だそうね。慎みを持ちなさい」
「ラナさんに言われたくないですね。元姫と現王女ですよ。立場をわきまえなさい」
全然偉そうに見えない偉そうさでランシールが言った。
「私は、この人の第一夫人。子供を産んだ以上、テュテュさんが第二夫人で、ランシールは第三夫人ね。立場をわきまえなさい」
「ワタシも産んでいますが!」
「誰を?」
「ソーヤの膝上でパンを食べている子です」
ランシールは榛名を指す。
榛名はランシールを特に気にする事なくパンを食べていた。
「ランシール、あなたはそういう嘘は吐かないと思っていたけど」
「嘘じゃないです! ほら、ハルナ。ワタシが母親だというところをこの人に見せてあげて!」
「パパ、ハルナは全てのパンの上に目玉焼きをのせるべきだと思います」
「ハルナ?!」
榛名はマイペースだった。
いや、構ってくれない母親への小さな復讐なのかもしれない。
「………ランシール気持ちはわかるわ。でも他人の子をそんな」
「いや、ラナさん。本当に、ハルナは、ワタシが産んだ子です」
「血の繋がりがなくても子供は可愛いものね。あなた、そういえばマリアは? ある意味、あの子は私とあなたの最初の子供ですよ」
「マリアは巣立った。今頃、親父さんやシュナと一緒に中央大陸の船の上だ」
「私のいない間にそんな成長を」
「立派になったぞ」
マリアは身も心も立派に成長した。何故だろうか、自分の老いを感じた。まだそんな年齢ではないのだが。
「あのー本当にハルナは」
ランシールがやや泣きそうだ。流石に助け船を出す。
「ラナ、榛名はランシールの子だ」
「え、誰との子?」
「僕?」
「ソーヤは自信を持ってください!」
父親の自覚を持つって難しいな。
「では、このハルナという子が次期王女で?」
「ラナさん、ワタシは良き民の代表が現れたら王座を譲ります。父の凶行を見て、ワタシにも同じ血が流れているのだと痛感しました。冷徹で、弱者の痛みが理解できない血です。それを王才と呼ぶなら、次の時代も獣と獣が食い殺し合う世の中になるでしょう。どこかで止めなくてはなりません」
「まるで王女のような言葉ね」
「王女ですから」
ランシールは大きな胸を張る。
「パパ、どしたの?」
「あ、すまん」
一瞬意識が飛んで、榛名の後頭部に顎をぶつけた。
「あなた、休んだ方が良いのでは?」
「そうだな。少し疲れた」
気を抜いたらドッと疲れが来た。牛乳は飲めたがパンが噛めない。
「ハルナ、パパはお眠だからどいてあげて」
「はーい」
榛名はランシールが抱えた。僕はラナに肩を借りて自室へ。
「すまん、狭い部屋で」
「前とそんなに変わりないけど」
ベッドに倒れた。動けなくなる。ラナが装備を外してくれた。靴を脱がして、新しいシャツを着せてくれる。
「ラナ」
「はい」
「手を握ってくれ」
「はい」
瞼が重い。体も意識も全部重く沈む。何も見えないが、右手にある温もりは確か。
「ラナ」
「はい」
「どこにも行かないでくれ」
「千年傍にいるわ」
静かで甘い匂い。柔らかい感触が頬に当たる。
意識が途絶える瞬間、マザーの言葉を思い出す。
『あなたの世界にいる船員達を、この世界に帰して欲しい。それが、あなたの最後の仕事です』
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