<第五章:星々の彼方より帰還せり> 【01】


【01】


 頭の重くなる話だ。

「イゾラも、イズもロージーも、トーチも、それだけじゃない。現代世界のA.I全てが、この世界から転移した船員なのか?」

 数億、数十億とも言われるA.Iが?

『オリジナルのA.Iは全て船員達です。イゾラ達は、そこから培養された個体になります』

 マザーの返答に、僕は顔をしかめた。

「培養か」

 元が人間だと聞いた後では、聞こえの悪い言葉だ。

 衝撃的な事実を知って複雑な心境である。だが何をどうすれば最善なのか、何をしなければ最悪なのか、何もわからない。

『吾輩から話がある』

 と、ガンメリーが横やりを入れてきた。

『ガンズメモリー、それは後にしてください。三度の失敗で、愚直に人を信用する事の無駄を知りました。彼には、やってもらいたい最後の仕事と交換条件が―――――――』

『だから、断るのだ』

 ゴドン、と重いレバーが落ちる音。周囲の明かりが一瞬落ちる。

 マザーのホログラムが固まっていた。

『イゾラ、マザーのシステムを乗っ取った。船の機能を利用して物資を作成、宗谷のテザラクト・ボックスに転送する。仕様とコントロール方法を送るぞ』

『了解です、ガンメリー。………………え、これは?』

「おい、テザラクトって何だ? 僕はそんなもん持ってないぞ」

『ソーヤ隊員、テザラクトとは四次元の超立方体の事です』

「お、おう」

 わからん。

『宗谷、時間がないので噛み砕いて話すぞ。テザラクト・ボックスはほぼ無限の領域を持つ空間だ。上級船員はバイオツールを使用してそこにアクセスできる。だが、正規の手続きで譲渡されたものではない為、宗谷が出し入れできるのは剣一つに限られている』

「あ、ウルの銀剣の事か」

『そうだ。王子から簒奪したのは剣ではない。剣を保管した空間なのだ。そこを今、イゾラ経由で他の物質を取り出せるようにアップグレードした』

 銀剣がどこから出て来るのか不思議だったが、空間に仕掛けがあったのか。

『ガンメリー、物資を受け取りました。リードミーの内容は間違いではないのですか?』

『間違いない。これで「エマの悲劇」を回避できる』

「エマって誰だ?」

 こいつの昔の女とか言わないよな。

『映画の話だ。2002年版の方だが』

「またそういう思わせぶりな」

『許せ。これから起こす事は、吾輩の倫理回路に大きく違反する。故に遠回しに伝えるしかない』

「ガンズメモリー、面白い事を考えているな。しかし、小さい成果だ。そして、リスクは大きい。挑戦する意味はあるのか?」

『だから黙れ、亡霊』

 ガンメリーが言うと、ワーグレアスの姿も消える。

『イゾラ、最終確認だ。これからの行動、物資の取り出し、作戦のタイミング、不確定要素、問題ないな?』

『問題ありません、ガンメリー』

 眼鏡のディスプレイに、保存されたという“物資”の情報が映る。それをどう利用するかの作戦も表示された。

「は?! おいこれって!」

『ロージーが保存していた遺伝子情報からクローニングした。魂はないが、それ以外は本物と言っていい。ミラージュエンジンが臨界に達した。座標入力………固定開始、時間である。イゾラ、後の事は頼むぞ』

 地鳴りがした。塔が、ダンジョン全てが震えている。

 そして、光が弾けた。

 目の前に二つのポータルが現れる。初めて見る黒い光のポータルだ。

『左には吾輩が入る。右には宗谷とイゾラが入れ』

「ここに来て別行動かよ」

 三人で行けば良いものを。

『宗谷。ここまでの過酷な旅路に、心から賞賛を贈る。己を捨て、名誉を捨て、命すら捨てようとした決意と意志は、全てこの時の為だと吾輩は信じている。さあ、最初で最後の命令をくれ』

 ガンメリーの兜が浮かび、光に包まれる。兜はミニ・ポットに形状を変えた。黒く、中心に赤いアイセンサーのあるポットだ。

「命令?」

 僕らは主従関係ではない。これまで、同格の友人として肩を並べ戦い冒険して来た。今更、命令しろとはどういう事なのだ。

『最後まで回りくどくてすまないな。こればかりは、人の命令が必要なのだ』

「何だ、湿っぽいぞ」

 まるで別れの前のようだ。

 え………………別れ? ポータルの前で? 僕らはあの“物資”を使い別の場所に、そしてガンメリーは別のポータルに。

 まさか、

「そうか」

 繋がる。

 これまでのこいつの行動が繋がった。

『人の想いに無駄なものなどない。人の願いは時を超える。通常は現在から未来へ、しかし過去へ向かう祈りと願いもある。宗谷、君は何のためにこの世界に来た? その願いを吾輩に託してくれ』

 ガンメリーのポットを持ち、額を合わせて祈る。

 想いに無駄なものなどない。ただ、順序が違っただけ。

 結末を先に知って気落ちしていたのだ。僕は、それを喜ぶべきだったのに。

 遠く、ここに来た目的、最初の目的。それを言葉にする。

「ガンメリー、妹の脚を治してくれ」

『了解した。さらばだ、友よ。廻る時の中でまた会おう』

「さよならだ、親友。妹と、馬鹿な僕の事をまた頼むぞ」

『任せろ』

 ポットが不思議な力で手から離れた。

 ポータルに吸い込まれて消える瞬間、ガンメリーは言う。

『あまり女を待たせるなよ』

 一つのポータルは、ガンメリーと共に消えた。友との別れに寂しさを感じ、残ったポータルに足を向ける。

「イゾラ、ガイドを頼む」

『お任せください』

 冒険の大詰めだ。

 胸が熱い。大炎術師の言葉が頭で繰り返される。


 不滅などまやかし。消えぬ炎はない。しかして、絶望すらいつしか消える。


 この先に希望の火が待っている。必ず待っていると信じる。何よりもガンメリーを信じる。

「待て、異邦人。時は変えられないぞ。人は運命を受け入れ進むしかないのだ。我が師と同じ轍は踏むな」

 亡霊が僕の背中に戯言を吐く。

「時を変える? そんな事はしない。ガンメリーはそんな傲慢な事はしない。僕にさせない。あいつは――――――」

 路地裏で少年と神を見た。

 その誓いを見て生まれた。

 だからこそ、今一度、僕も名乗ろう。

「時を騙すだけだ。僕と、我が神ミスラニカの名のもとに」

 ポータルを潜る。

 目の眩む光から暗闇へ。既視感を覚える落下の感覚。普通のポータルならとっくに出ている。通常の転移ではない。

「イゾラ、ここはどこだ?!」

『広大な空間のようです。イゾラのセンサーでは底まで探知できません。随所に高エネルギー反応と空間の歪みがあります』

 暗闇の奥に無数の光が見えた。

「星か?」

『いえ、あれもポータルです』

「あれが全て?」

 満天の星空に見える光が全てポータルとは、

「どこに繋がっているんだ?」

『あらゆる場所、時代、次元、もしかしたら宇宙の外にも、ここはもしや特異点?』

 気配を感じた。

『ソーヤ隊員、囲まれています』

 目が慣れて周囲が見えてきた。

 巨大なものと小さいものが、落ちる僕らの周りを“泳いでいる”。

 小さいものは人魚に似ていた。しかし、この世界の影響か色彩のない白と黒の存在だ。下半身の魚部分もヒレの箇所に羽根が生えている。

 巨大なものは白いクジラに似ていた。これもヒレのある場所に羽根がある。グリズナスを思わせる大きさであるが、あの深淵の神と違い威圧感がない。僕の体よりも大きな瞳に、知性を宿していたからだ。

 この目、記憶にあるぞ。

『ソーヤ隊員、システムエラーです。何者かから干渉を受け――――――これは、私? 私達?』

「どうした?」

 イゾラの声が消える。

 視線を腰のポットに移した一瞬、目の前には知らない女がいた。

 小柄で長い黒髪の、全裸の少女だ。髪で隠れて顔は見えない。髪からは四本の触手が見える。

 イズ?

 ロージー?

 似ている。似ているが二人ではない。

「“私達”が誰なのかは、きっと未来に分かります。そして今が、その未来です。ソーヤ隊員」

「イゾラ、なのか?」

 声音はイゾラだ。

 スピーカー越しではない生の声だが、聞き間違いではない。

「イゾラモデルの一つ、といった存在です。奇跡の前借りみたいなモノですね」

「さっぱりわからんが、元気でやっているのか? あと、通してくれ」

「それなりに元気でやっています。あと、通します。我が神も、あなたには借りがありますので、ちょっとしたズルくらい見逃すそうです」

 先に光が見えた。

「サヨナラです、ソーヤ隊員。幸運を祈ります。今後とも、私達をよろしくお願いいたします」

「また会おうイゾラ。ここ寒そうだから風邪ひくなよ」

 イゾラは口元に笑みを浮かべ手を振る。

 手を振り返すと同時、光に落ちた。

 着地には成功した。

 落ちた先………………落ちた先は、街の石畳の上だ。レムリアの路地裏だ。

 空気に懐かしさを感じる。

 風に混沌の前触れを感じる。

「たどり着いたッ」

 あの場所に、彼女達と二度目に出会った場所に。

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