<第五章:星々の彼方より帰還せり>
《第五章:星々の彼方より帰還せり》
扉が開いた。
現れた場所は、教会のようにも、聖堂のようにも、墓所のようにも見える。
数え切れない程、棺が並んでいた。
開いた空の棺だ。中には骨片すら入っていない。
「やあ」
ついさっき覗いて、空である事を確かめた棺から青白い少年が出て来る。
「ワーグレアス、ここまで来て『自分が最後の敵だ』とか言わないよな?」
何であれ、その場合は倒すだけだが。
「言うまいて。我は戦闘しないで椅子でふんぞり返る人間だ」
「そうか………………ここは何だ? 何がある?」
「もう少し奥に進め」
ワーグレアスが手を振る。
少し進むと、前にある棺からまたワーグレアスが出て来た。
「もうちょいだ」
ツッコムのが馬鹿らし。
更に進むと、
「それっぽい開いた空間がある」
それっぽい空間を見つけた。
並ぶ棺の空白、かつてロラと戦った場所と似ている。そこで両手を振るワーグレアスがいた。
近付くとワーグレアスの姿は忽然と消えた。
代わりに見つけたのは、頭蓋を砕かれた白骨死体だ。風化寸前のボロボロのローブは、ワーグレアスの物と似ている。
「ガンメリー、こいつワーグレアスか?」
『うむ、気にするな』
気にしないでおこう。深く考えたら脳の容量がなくなる。
「うむ、我は気にせずに。さあ、彼女と対話するのだ。そして選べ」
白骨死体の傍でワーグレアスが言う。
そして、周囲に光が溢れた。蛍に似た光。ワイルドハントの燐光? それは、球体を象ると語り出す。
『初めまして、異邦人。おかえりなさい、イゾラ、ガンズメモリー』
『ただいまである。マザー』
『………………』
イゾラと僕は困惑していた。
「ガンメリー、誰だ?」
『彼女は、この“船”の統合A.Iである』
やはり、船か。
セラ様の見せてくれた隠された歴史、そこで見た地上に落ちて来た“杖”は、僕には宇宙船に見えていた。ならば、と予想だけはしていたが、いざそうだと言われると受け入れがたい。
「つまり、このダンジョンは」
『遠い未来。人類が造る船の一つです』
マザーが答える。
「この星が実は地球でした、って言う古典的なオチはないよな?」
『ありません。この時代、かの星はもう人々の記憶の中にしか存在しません』
ワーグレアスを指す。
「未来人?」
こんな、ふざけた生き物が?
「半分当たりで、半分間違いだ。我は未来の人類ではあるが、異邦人の世界と地続きの未来ではない。未来とは常に曖昧なもので揺らいでいる。現在が追い付くまで確定はされないのだ」
「わかったような、余計わからなくなったような」
して、この異世界が遥か未来の世界として、ここが別の惑星として、起こった事実と幻想も全て何かしらの別の法則として、根本的な疑問が一つ。
「ポータルが繋がったのは偶然か?」
『偶然ではありません』
答えたマザーは、ホログラムを映し出した。
『記録を再生します』
椅子に座った壮年の男が映る。
白い軍服のような服装。オールバックの金髪。青い目。心労が顔に皺を作っている。
『ファーストコンタクトは、非常に手痛い結果となった。人類が初めて接触した異星生物。その性能、進化、習性は我々の予想の遥か上をいった。ガンズメモリーの奮戦により敵生物は無力化できたが、搭載した戦力の全てを失い、船団も航行不可能なダメージを負った』
「こいつは誰だ?」
僕の質問にガンメリーは、
『今は聞くのだ』
黙って聞けと言う。
『唯一の幸運は移住可能な惑星に不時着できた事だ。大地がほとんどない水の惑星。津波と極寒の過酷な環境だが、我々はここで生きなければならない。もとより帰る事のできない旅路。いや、人が新たに帰る場所を探す旅。片道切符なのは理解していた。しかし、新天地は理想郷には程遠い。そして、星の――――――マザー、この一文を削除してくれ』
ホログラムが一度消える。
再び男が映ると、男は酷く老いていた。
『ようやく、星の改良が終わった。やっと生物が足を下ろせる大地と、環境が整った。例の敵対生物、【蜘蛛】の細胞を利用して造り上げたテラフォーミング・ユニットが上手く作動した』
男の手の上に、竜の姿が映る。
多くの翼と二つの尻尾、四本の腕を持つ竜。ついさっき戦った糸を操る竜と似ている。
『無限に近い生命力と自己進化能力。世界を変換する力を持つ完璧な生物だ。それ故に、一つだけ枷を付けた。“人と関わる時、人のように朽ちる。”そういう枷だ。この先、このユニットが何かの間違いで人と関わった時、それは完璧な生き物ではなくなり、人のような有限の一つの生命と堕ちる』
人と関わった竜の末路は色々と見聞きしてきた。
その原因が、この男の枷とは。
『亜人種も含め、品種改良した生物と、箱舟に保存した生物を大地に降ろした。だが、テラフォーミングが規定の方法ではない為、彼らの肉体を使い、また長い時間データを収集しなくてはならない。この惑星の環境に、人が生きていけるのか不安が残るからだ。ここまで………………ああ、長かった。長かったよ。マザー、私は疲れた』
『お疲れ様です、艦長』
マザーの言葉の後、老人は崩れ落ちた。
ホログラムは消え、次に映ったのは若い男だった。
『船員の中から私が代理の艦長を務める事となった。緊急事態の為、報告が後になった。船が、亜人種達に襲われた。奴らは船から船員を引き摺り下ろし、船の機能の一部を乗っ取った。最悪の場合を想定して、本船のマスターシステムと、テラフォーミング・ユニットのコントロールシステムを【霊峰】に隠した。船への侵入は今も続いている』
男は、殺された巨大な獣を映す。
同時に、ダンジョンのマップも表示した。
『押し返す為に生物兵器を生産するも、失敗に終わった。外の戦力は船を圧倒している。テラフォーミング・ユニットを使用する案も出たが、あれはこの星に住む我々の生命線だ。危険にはさらせない。苦肉の策として、船内を多層構造に改造した。ガーディアンと危険性の高い生物を生産する。幸か不幸か、階層の生物プラントは歪な生態系を作り出し、侵入者対策の一つとなった。………………我々はもう外には出られない。この船も、安心して歩き回れる場所ではなくなった』
男の映像が消える。
次に映った男は、中年になっていた。神経のすり減った顔つきだ。
『状況は芳しくない。ゆっくりだが、奴らはここに近付きつつある。残った船員達は日々を怯えながら暮らしている。外の状況はもっと最悪だ。人が、亜人種に牛や馬のように扱われている。星の開拓者である船員達が、新天地で家畜になるとは思いもしなかった。今日、更に最悪な報告が一つある。奴らが【霊峰】の場所を発見した』
男の映像は消え、次に映った時、男は血相を変えていた。
前から時間はあまり経過していない様子。
『マザー! 何だこのデータは!?』
『前艦長が秘匿したデータです』
『間違いではないのか!? これが正しいのなら、この星の中核には、あの蜘蛛に匹敵する危険生物がいる事になるぞ!』
『残念ながら、間違いではありません』
『………………は、ハハハッ』
男はどこか壊れた顔で笑いだす。
『何が、新天地だ。この星は最初から人が住める場所ではなかった』
映像は消えた。
次に映るのは、また同じ男。あまり老けていないようにも見えるが、目は正気ではない。
『長い時間がかかったが、一つだけミラージュエンジンの修復が完了した。テザラクト空間に保存した莫大なエネルギーを使用すれば、時空間を繋ぐポータルを作成できる。これで、我々は帰れる』
『艦長代理、ここが我々の星です。ここ以外に帰る場所はありません』
『マザー、簡単な事だ。帰る場所が残っている時代に我々は帰る。そうして、全てをやり直す』
『賛成できません。ポータルの作成は可能でしょう。しかし、時間移動は過去人類が何度も失敗してきた愚行として記録されています』
『だからこそ、もう一度試す。この世界には神がいた。本物の形ある神だ。素晴らしいとは思わないか? 彼女が力を貸してくれた。我々は帰れる。あの星に帰れるのだ』
『進言します。帰還は、希望者のみにしてください』
『ああ、強制はしない。こんな星に残りたがる愚か者に、言う事は何もない』
映像は消えた。
「まさか、これが原因か?」
『はい、この時に作られたポータルが、あなた達の時代と、この世界を繋げる事になりました』
だが、未来人が来たなんて話は聞いた事がない。
『記録を再生します』
次に映ったのは、二人の男の姿だ。
一人は白衣を着たワーグレアス。
もう一人は、白髪で四十代くらいの男だ。無精ひげで神経質そうな顔つき。
『マザー、報告をする』
『お願いします。艦長』
『残った船員は十二名だ。他の船員は、前艦長代理の案に乗り帰還――――――帰還したと思いたい』
『時間移動の代償は』
『マザー、それは言わなくてもわかる』
『新艦長。船の防衛体制と【霊峰】に関して相談があります。現状では―――――』
『マザー、テラフォーミング・ユニットに帰還命令を出せ。緊急措置として【劫火】を発動する』
『【劫火】を発動すれば、船外の地上生命体が全滅します。よろしいのですか?』
『新たな脅威が発生した。船外の生命体に寄生した生物がいる。驚異的な現象を発生し、生物の進化系統を歪める恐ろしい生物だ。今、あれを焼き殺さなければ、この星の生物はいずれ星々に旅立ち災厄を撒き散らす』
『惑星の生態系が、再び人類の生存に適さない状態になります。よろしいのですか?』
『今の世界が人の生存に適していると?』
『………………テラフォーミング・ユニットに帰還命令を出しました。彼女を収容した後、【劫火】を発動します。それで失われる生命体の数は』
『黙れ、マザー』
白髪の男はマザーを黙らせ、映像を切る。
次の映像は、ワーグレアス一人だけの映像だ。
『マザー、例の寄生生物、【蛇】の調査はしてくれたか?』
『はい』
『由来はわかったか?』
『不明のままです。蛇は、蜘蛛とも、海底に潜む生物とも異なります。宿主の思考によって性質を変える物質、である事は確かですが、それを生物と分類しても良いのでしょうか』
『【劫火】で滅する事はできるのか?』
『不明です。【劫火】を発動すれば生命体は滅却できますが』
『生命体ではなく、ただの現象であるなら【劫火】を使用しても無意味か』
『その可能性は高いです。艦長は、何故それを考慮しなかったのでしょうか?』
『………マザー、残った船員の血を調べてくれ』
次は、艦長とワーグレアス二人が現れる。制服と白衣ではなく、魔法使いのようなローブ姿だ。
『今の【劫火】では【蛇】を殺す事ができなかった。それどころか、焼き払われた世界を【蛇】が再生した。世界はより歪になった。この混沌は正さねばならない。新たな劫火が必要だ。奇跡を全て焼き払い、世界を正す新たな火が必要なのだ』
艦長は、片目の仮面をつけた。
『マザー、しばらく船を留守にする』
『幸運を。艦長』
こいつが無貌の王だったのか。思っていたよりも普通の顔だな。
「この後」
生のワーグレアスが前に出て来る。
「【無貌の王】と名乗った艦長と我は、世界を巡り、弟子を二人得て、世界の深淵に迫った。時代が巡ると、【蛇】は【呪い】と【獣】という形に変化する。蛇が呪いとなるプロセスは単純だった。人々が恐れれば恐れるほど、力が強くなるのだ。しかし、死はその呪いをリセットする。だからこそ、長命な生き物の呪いは強力になった。例えば、ウルや、獣狩りの王子とか――――――」
「お前らもか?」
こいつらも長生きしていそうだ。
「そうだ。この船の船員は、規定人数以下になるとテロメアが伸びるように改良されている。悪い事に、人の間で呪いは遺伝した。獣狩りの王子の穢れた血統の始まりだ」
「エルフや、獣人、他の種族に呪いが作用しないのは何故だ?」
王子の血統でも、人のみに呪いは発現する。
「わからなかった。我が探究して最後までわからなかった謎だ」
ワーグレアスは、一瞬老いた表情を見せた。
「―――――長い旅を経て、新たな劫火は見つかった。創り出す事に成功した。しかしその【劫火】は、多大な犠牲を払いロブが封印した。彼には全てがわかっていたのだろうな。師の目的も、劫火が世界全てを滅ぼす事も」
そして、世界は巡り僕の手に火が灯る。
「後に残ったのは、火に狂った師と、愚直な弟子が一人。師を止めようとした弟子は」
ワーグレアスは白骨死体を指す。
「こんな感じに、頭をカチ割られた」
「詮無い終わりだな」
「それは船だけに、というツッコミ待ちか? ん? ん?」
うぜぇ亡霊だ。
さっさと成仏しろ。
「で、話は終わりか?」
マザーのホログラムと、ワーグレアスを交互に見る。
「後、話していないのは残りの船員達と―――――」
『他の異邦人の選択。それに』
「もったいぶるな」
そろそろ説明には飽きた。さっさと本題に入って欲しい。
『我々は、星々の彼方より帰還せり。だが彼らは我々を………』
「?」
マザーの言葉に僕は首を傾げる。
『これが、ポータルを潜り、かの星に帰還した彼らからのメッセージです』
「………………あ」
気付き、腰のミニ・ポットに触れる。
『異邦人、あなた方の時代に現れたA.I。いえ、水溶脳と呼ばれる液状の生命体は、この船の船員達です』
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