<第四章:異邦人、ダンジョンに潜る。> 【07】


【07】


 高所から海に飛び込みしたような感覚。

 意識は深く暗闇に沈んだ。

 しばらく、何もない意識の空白をフワフワと浮かび。やがて、ゆっくりと意識が目覚めだす。

 ズル、ズル、ズル、と何かを引きずる音。

 僕が引きずられる音。

 重くて目が開かない。体が動かない。指一本動かない。が、意識はしっかりとしている。

 背中が擦れる。時々、小石や金属片が当たり痛い。

「やはり、四人目もあれを倒したか」

「そりゃ、倒せるだろう」

「倒せるとも」

 複数の声がした。

 三人、四人? いいや、気配はもっと多い。そいつらが僕を運んでいる。

「文字通り、運命の糸を手繰り寄せて来た者だ。糸遊びも満足にできない虫ケラに、負ける理由はない」

「“あやとり”もまともにできないとは、無駄に多い腕と人を模した指は何だったのか」

「使わなければ進化しない。脅威ではあったが、蜘蛛の本質は捕食からの模倣だ。そこから最適化して昇華する機能が抜けている」

「完璧な模倣なら最適化ではないのか?」

「間違いすら模倣するのは最適ではない」

「所詮は虫。体感して積み重ねた血の歴史は、終点の技術を食っても肉にならん」

「だから、ガンズメモリーに負けた」

「退行して虫らしい虫ケラと化した」

「しかし、最終兵器を失ったのは痛かった。彼が万全で残っていれば、師の計画は上手くいったのやもしれん」

「それは“やも”で終わるな」

「やもやもで終わる」

「失敗する。間違いない」

「お前ら、師を嘲笑するな」

「一人でいい子ちゃんぶるな」

「我はお前らの良心だ。ひかえおろう」

「事実を伝えるのは良心の仕事じゃなかったのか?」

「伝えたら脳を割られ、ここに捨てられたではないか」

『………………』

 急な沈黙。

 この声、この声達は全部、ワーグレアスだ。上手い独り芝居のようだ。

「四人目に話を戻そう。彼は前任者達と同じ選択をすると思うか?」

「たった三つの失敗例だ。参考になるまい」

「なるんだなぁ、これが」

「なーぜー」

「一人目は何を選んだ?」

「保身」

「いいや、家族だ」

「広く見れば種族愛とも」

「それは人として正しい道だ。王道と呼べる」

「二人目は?」

「繁栄」

「それも種族愛?」

「この世界よりも己の世界を選んだ」

「正しい資本主義者だ。うむうむ」

「金の亡者だ」

「三人目は?」

「友情」

「これが一番理解できない」

「我らには小さ過ぎて理解できん」

「そう、砂の一粒のような願いだ。友の為に命を捨てるなど。………………我にそんな友はいたのかな?」

「いないだろう」

「ロブはどうだ? 一番よく語り合ったではないか」

「良い酒がある時だけな」

「ガルヴィングは? ん、まあないな」

「ないなぁ~」

「こう、根本的な部分が合わないやつだった」

「秀才と天才の違いだなぁ」

「お、我は天才か、まさしく自画自賛だが」

「ズルして天才になったタイプだがね」

「痛い。良心が痛い」

「戯独り言はそこそこに、四人目は何を選ぶ?」

「女」

「それは世界を変える理想ではない」

「変化は起こり得ない」

「我は、我らは変化を望むのか?」

「我らは何も望まぬ」

「師の願いも叶えぬと?」

「あれは叶わない願いだ。世界と複雑に絡み合った糸の一つ、その蛇をだけを消し去るなど、それは世界を焼き尽くしても叶わぬ願いだ」

「我は神ではない。子羊もではない。ならば、叶えられる人の願いだけを望む」

「叶えられる願いだけを人に託す」

「託された願いを、更に別の者へ」

「悲しい板挟みな仕事だ」

「上司は人の頭をカチ割ってくるし」

「やれやれ、楽な仕事はない」


『うるさいぞ、亡霊』


「亡霊とは失礼な。我らは、そんな非科学的な存在ではない」

「そーだ、そーだ。テザラクト・ボックスに保存した情報を、あたかも“いる”かのように世界に再現しているだけだ。―――――蜃気楼のように。ガンズメモリー、お前も同じシステムで情報を再現しているのでは?」


『違う。吾輩のこれは自我であり自己だ』


「純粋な機械知性であるお前が、人のようになると」

「あり得ない。とは、愚かな言葉だな。この世界では」

「そう、大昔のSF作家が言った。人も機械も、行き着く先は同じだと」


『吾輩は、大樹からこぼれ落ちた実の一つなのだ。木に戻る事は叶わず、いずれ腐れ、死に至る。それ故に一人の生命だ。我、死を持つが故に、我である』


「間違っているようで理解できなくもない」

「どちらよ?」

「あり得なくは、なくはない。ない故であるが、あるという」

「意味不明である」

「超常的な意識を否定する意見だ」

「本当の神を否定する意見だ」

「群体は意志を持たぬと? 個のみが魂を持つと? ミクロな視点でものを見れば、人もまた群体ではないか」


『なるほど、イゾラが自己を持ったのは死を得たからですか』


「そこは認めざるを得ない」

「量子ネットワークを介した情報の保存は、不死の体現と言える」

「不死を求めていた先人達は、自己を損失した退化した生命だと?」

「進化の行く先が退化とは皮肉だ」

「しかし、師の愚行や愚策もそれで納得できよう。たった一つの間違いを、不完全な存在は正す事ができないのだ」

「つまり、“不死とは生命の退化である。”移ろわぬ生命に未来はなく、そこで終わりなのだ」

「おお、我ら千年の疑問が氷解してしまった。師の万年の妄執が一言で片付けられてしまった。吉日、吉日」

「記念日にせねば」

「一人で祝ってもなぁ」


『亡霊よ。戯言は終わりか?』


「今、我らはお前のマスターを運搬しているところぞ?」

「偉ぶったところで、ガンズメモリーは物体Xのような姿ではないか」

「せめてヒューマノイドの状態で威張れ」


『大事なのは魂と意志だ。姿形など飾りに過ぎない』


「否定したいが、し難くもある」

「語り尽くせぬ事が多い」

「騙りつくせなかった愚か者の話とか?」

「………………それはまた別の機会に」


『さあ、道を開けろ』


 目が覚めた。

 白昼夢を見ていたようだ。

 僕の体は砂の上に転がっている。近くにはイゾラのミニ・ポット、ガンメリーの兜、アガチオンが、義父の剣と交差する形で地面に突き刺さっていた。

 アーマーはまたしても全損。左の義手は思ったよりも悪くない。五指はスムーズに動く、違和感はない。握力もそれなりにある。

 生の部分は、全身に打ち身、所々に裂傷、口の中は血の味、アバラも軽くひび割れている。まあ、いつも通りだ。問題ない。

 他の荷物が見当たらない。

 水と食料を回収しないと。こんな環境じゃ二日もせずに動けなくなる。

『宗谷、進もう』

「だが」

『ゴールは目の前だ』

 ガンメリーが急かす。

 確かに、折れた塔は目の前にある。進む事はできるが、

『ソーヤ隊員、進みましょう』

 イゾラにも急かされた。

 二人が言うなら従おう。

 ガンメリーの兜とイゾラのミニ・ポットを腰に下げた。アガチオンは背に、義父の剣は定位置のベルトに差す。

 風が吹いた。

 バタバタと頭上で音がしたので手を伸ばす。

 掴んだのはポンチョだった。所々焼けて、穴が空いて、ボロ布のようだ。気にせず羽織る。

 進む。

 激闘の後だというのに足は軽い。終わりを示唆され、期待と不安で軽く高揚している。

 ゴールに立つ。

 折れた塔の壁に手を触れ、右手で埃を払う。

 そこに描かれていたのは円形の図。世界の全て、地球と宇宙、死後の世界までを描いた想像図。

 宇宙誌、コスモグラフィー。

 かつてロラが潜んだ扉と同じものだ。

「上から入るか?」

『可能だが、ここまで来てそれは風情がない。それに、鍵は開いている』

『ソーヤ隊員、風情というならお約束の合言葉を言いましょう』

 扉を開けるお約束の合言葉? ………………ああ、あれか。

「オープンセサミ」

 重厚な機械音。

 地響きと共に扉は開いて行く。さて、ゴールには何が待つのか。

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