<第四章:異邦人、ダンジョンに潜る。> 【06】


【06】


『これは、作戦と言えるのでしょうか?』

 機体の準備中、イゾラが変な事を言う。

「作戦だろ」

『作戦であるぞ』

 ガンメリーと揃ってツッコミをいれた。

「何なら、かなり作戦してる作戦だと思う」

『うむ』

「基本的にぶつかって弾かれてから対策考えて突貫する、の繰り返しだよなぁ」

『うむ、うむ』

『帰ったら色々相談しましょうか………………』

 何故かイゾラが呆れていた。

『――――――宗谷、そこに切り込みを』

 機体のターゲティングされた箇所を剣で斬る。

 不安になるくらい簡単に切れた。

「これ大丈夫か? 柔すぎるだろ」

『機体の外殻は、機関を回す前は粘土程度の強度しかない。だが、自己修復機能は恒久的に作動している』

「機関を回した時の強度は?」

『あらゆる悪天候に耐えうる。溶けた鉄の雨も、硫酸の海も、惑星規模の巨大台風の中でも、一切問題ない。そして、人類の兵器では破壊されない程度の強固さだ』

「そいつは凄いな。人類以外の兵器は?」

『ま、当たらなければ問題ない』

 そういう事ね。

 切り込みに、ガンメリーが腕を突っ込む。

『強制接続。主機変更開始………………点火準備。宗谷、作戦の再確認だ』

「機体に火を入れたら竜擬きも気付く。構わず突っ込む。高速で突っ込み。攻撃を掻い潜り、こいつで斬る」

 作業を覗くように、隣でフワフワ浮いているアガチオンに手を回す。

『前の階層で、こいつが手に入ったのは運命の導きと言える。先手を打ち、一撃で決めるのだ。今回、グラビティブレードの余波と宗谷への負荷は、機体のフィールド発生装置で打ち消せる』

「アガチオンで仕留められなかったら?」

『宗谷の剣は飾りか?』

「了解だ。急所は首か?」

『首、脳、心臓を攻撃範囲にいれる』

「つまり、それっぽい場所を全部破壊しろって事だな」

『そういう事である』

 はぁ~とイゾラのため息が響く。

『やはり、場当たり的過ぎて作戦と呼べません。しかし、これがあなた達のやり方なのでしょう。今回だけは黙ります。帰ったら計画の大事さを相談しましょう。じっくりと』

 その相談、とても長くなりそうだ。

『宗谷、点火準備完了だ。準備万端か?』

「待てガンメリー、最後に質問だ」

『何だ?』

 ガンメリーの機体をまじまじと見返す。

 長大な物体は、戦闘機というより、どう見ても翼のついた銀の銃である。

「僕は、これのどこに乗れば?」

『量産型に搭乗者用のポットはない。どこか適当な所に腰を掛けてくれ』

「………おい」

『乗り心地についてはエコノミークラスだ。一応、重力制御で負荷は軽減する。………………そこそこ、ある程度は』

「一応って何だ。そこそこ、ある程度ってどいう事だ?」

『宗谷は頑丈だから問題ないな』

「問題しかねぇよ!」

『ソーヤ隊員、安心してください。今、一番不安なのはイゾラだと思います』

「安心できない!」

『カウント省略、点火開始。宗谷乗れ』

 腕を引っこ抜いたガンメリーがアーマーの背を開ける。

「土壇場でドタバタと!」

 アーマーに滑り込む。荷物を背負い直し、ポンチョを羽織り直す。

 ディスプレイには、びっしりと意味不明な言語と数字が表示されていた。

 アガチオンを背負い。いつも通り、義父の剣は腰のマウントに。地面を蹴り、機体の上部に片膝を突いて乗る。

 ツルツルして滅茶苦茶座りが悪い。翼を掴んで落ちないように体を固定する。振り落とされそうで不安しかない。

『主機点火、重力子フィールド生成開始。突貫準備。イゾラ、コースの最適化を頼む』

『了解。矢の落下計算を思い出しますね』

「懐かしいなぁ」

 ディスプレイの表記が消え、ここから竜擬きまでのコースが表示された。矢の如く、放物線を描いて敵に突き刺さるコース。

『ソーヤ隊員。イゾラから一つだけ。諦めなければチャンスは無限に存在します。大事なのは、間合いとタイミングです』

『宗谷。吾輩からも一つ。男は度胸である』

「了解だ。ぶちかまそう」

 機体から低い駆動音。周囲の空間が震えだす。円錐状の半透明な力場が、機体周囲に生成された。

 機体が浮かぶ。

『飛ぶぞ』

 ガンメリーの声と同時に、景色が変わった。

 街を見下ろせる遥か上空。

 移動が早過ぎて、瞬間移動したかのように感じた。Gも全く感じない。

「とっ」

 突風が吹いた。周囲の気流が乱れている。

 ガタガタ、ガタガタ、嫌な感じで機体が震えだす。円錐の力場が所々歪み出す。

「ガンメリー、これマズいやつだろ」

『イゾラ、機体のコントロールをミスった。コース修正を』

『修正します』

『宗谷は戦闘準備』

「いつでも来い」

 アガチオンの柄を握る。

 機体の振動が止まる。銀の銃が遥か遠くの標的に向いた。

「ッ」

 ゾクリと殺気を感じた。空間すら超えて迫る殺気を。

「早速気付かれたぞ!」

『緊急回避!』

 また一瞬で景色が変わった。

 今度は都市の地面すれすれ。

「ぐっ」

 体にとてつもない負荷がかかる。見上げた空が黒く裂けていた。殺気は更に濃密に膨らむ。

「ガンメリー! まだ来るぞ!」

 遠くの高層ビルが切り飛ばされた。ほぼ同時に目の前にあるビルも切断される。

 研ぎ澄ました感覚が神速で迫る糸を見た。これに触れたら確実に死に至る事を本能で理解する。

『イゾラ! 飛ぶぞ!』

『コース修正完了』

 背中を引っ張られた。急激なGで視界が暗くなる。

 視界が晴れると、目の前に竜擬きがいた。その指は糸を繰り出している。

『ガンメリー、コントロール借りますね』

『なっ、それは無茶――――――』

 全方位から糸が迫る。

 世界が回る。

 世界が上下左右へ揺れては飛ぶ。

 シェイカーの中で振られてもこうは酷くなるまい。

 認識を超えた移動と圧と衝撃に、僕はただ耐えるだけ。小一時間飛び続けていた気もする。時計を確認したら、たったの三分の出来事だった。

 機体が上昇する。それも十分速いが知覚できる時点で遅いとも言える。

 天高く空に浮かんでいた。

 200メートル真下に竜擬きが見える。

『ソーヤ隊員。ポットアームの試用運転プログラムに、“あやとり”があるのをご存知でしょうか?』

「初耳だ」

『実は、イゾラの得意技だったりします』

 竜擬きの次元を裂く糸が、自分の腕も巻き込んで蜘蛛の巣の形で絡まっていた。

『宗谷、無茶な軌道で推進装置がふっ飛んだ。この機体はもう飛べぬ』

「問題ない」

 機体は落下を開始。

 アガチオンを抜く。

 ガンメリーが謳う。


『聖なるかな、聖なるかな―――――緊急時の為、以下省略! ブレード縮退開始!』


 爆ぜた魔剣の刃が黒く変わる。

 竜擬きが僕を見て、吠えた。吠えながら閃光を吐き出す。

『機関臨界、重力子フィールド最大!』

 光は機体に直撃した。

 耐えられたのは数秒だ。穴ぼこになったフィールドから光が射し込み、装甲を貫き破壊して行く。内部が爆発する。翼が溶ける。

 落下が酷く遅く感じた。竜擬きはまだ遠い。光はまだ止まない。

『機体を放棄する! 吾輩の心臓とフィールド発生装置を!』

 ターゲティングされた足元に義手を突き刺した。指先に触れる二つの部品を引き抜く。

『フィールドをアーマーサイズまで圧縮して耐える!』

「男は度胸だな!」

 機体を蹴って落下を加速した。

 光に突っ込む。フィールドで防いでいるはずなのに、恐ろしい熱さと神経を焼く痛みを感じた。唇を噛んで絶叫を飲み込む。

『耐えろ、宗谷。この攻撃は永遠ではない』

 痛みは永遠かと勘違いするレベル。

 口に血の味が広がる。肉と、アーマーの焼け焦げる臭いが広がる。地獄の業火がぬるま湯に思える痛み。

 だが、

 それも、

 永遠ではない。

 消えぬ炎がないように、永遠に続く痛みなどない。

 光が止む。

 彼我の距離は20メートル。

 体をひねり黒い剣を構えた。狙うは竜擬きの眉間、そこから真っ二つにしてやる。

『グラビティブレード出力最大、重力子フィールドを余波の防御に――――――敵、内部に新たな熱源反応』

 僕が斬るより先に、竜擬きの頭が割れた。割れた箇所から無数の触手が噴出される。

「構わん斬る!」

 黒い刃を振るい触手を一掃した。

 竜擬きの首が綺麗に消し飛び、一瞬だけ勝利の感覚を味わう。

 しかし、失せた首元から一匹の虫が生えた。

 人に似たシルエットの虫。仮面のようなのっぺりした顔、棒のような手足と胴体、頭部には無数の触手がある。

『限界である! 縮退終了、グラビティブレード解除!』

 アガチオンを手放し、義父の剣を握る。

 刹那に祈る。

 虫の頭部が膨らみ爆ぜた。爆発する勢いで触手が視界一杯に広がり、銀閃が悉く斬り払う。

 全てを斬った。斬ったが、斬った触手が再生してアーマーに絡む。

 簀巻きにされた。

 アーマーの圧壊する音が響く。ディスプレイが一度消え、予備電源の赤い光が灯る。肉が絞られ骨が軋む。血と共に呼ぶ。

「アガチオン!」

 魔剣が僕の背中を斬り触手を落とす。が、ひしゃげたアーマーのせいで体が動かない。このままでは、あと一歩届かない。

「ガンメリー! アーマーパージ!」

『了解!』

 アーマーを爆破して脱ぐ。敵はもう目の前、義父の剣はバラバラになったアーマーと共に背後に落ちた。虫は残った触手を振り回す。

 音を超えたアガチオンの一撃が、残った触手を薙ぎ払う。

 僕はウルの銀剣を呼び出した。

 虫が腕を振るう。

 ゼロ距離。

 白刃が閃く。

 すれ違い落ちる。

 ――――――――割れた兜の隙間から、別たれた虫の首を確認した。

「よし、勝ったぞ!」

『うむ、恐らく勝利だ!』

 僕とガンメリーは勝利に笑い酔う。

『ソーヤ隊員、着地は!?』

「あ」

 イゾラの声で現実に引き戻され、だがしかし、もう眼前に白い地面が迫る。

「やばっ」

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