<第四章:異邦人、ダンジョンに潜る。> 【05】
【05】
ガンメリーの指定した場所に向かって歩く。
何故か細かい座標は表示されず、ディスプレイにはガイドアローで方角だけが示されている。
「まだか?」
『まだまだだ』
歩く。
廃墟の奥へ奥へ進む。
「………まだか?」
『まだまだ』
歩き続けた。
「………………まだ?」
『もう少しだ。残留粒子が濃くなっている』
もう、六時間近く歩いていた。
廃墟の密林はどこまでも続く。疲労からか、気付けば何度も何度もマップのガイドアローを見ていた。
『ソーヤ隊員。休憩を推奨します』
「そうだな。腹が減った。喉も乾いた」
立ち止まって水分補給。
水筒の中身が心許ない。近くに水場はないものか? 次から暑さ対策も入念にしよう。
『ふむ………………宗谷。あの辺りだ。融解跡が一致する』
ガイドアローが上を向いた。視線上に移すと、並ぶ高層ビルの一つ。半ばから消え失せている物にマーカーが記される。
「アガチオン」
魔剣に座り浮かぶ。
この周囲は安全地帯だが、やはり空は不安だ。
『あ、ソーヤ隊員』
「ん?」
『3時の方向にプテラノドンです』
「プテラノドンか」
普通に恐竜がいた。ビルの窓の一つに、プテラノドンがいた。
翼竜の名にふさわしい大きな翼。鳥に似た細い脚。長いクチバシ。細長い頭には、トサカのような突起がある。体色はビルと似た濁った白色。
羽を広げて威嚇するプテラノドンの下には巣がある。まだ卵の殻が付いたヒナがいた。
通じるわけないが、両手を上げて敵意がない事を示し上に行く。
幸運にも襲われなかった。
『ソーヤ隊員、恐竜は嫌いですか?』
「いや、割と好きだが飛ぶやつはあんまり」
『ほう、ちなみにどんな恐竜がお好きで?』
「ギガノトサウルス」
『男の子ですなぁ』
「ティラノサウルスより大きいからな」
大きくて強いとか最強じゃないか。
『吾輩の情報によると、ギガノトサウルスはティラノサウルスとあまり変わらないサイズであり。サイズの誤解は、化石研究の間違いとゲームなどの誇張された表現によるもので――――――』
『ガンメリー、浪漫どうこう言っていたのはあなたでは?』
『そうであるが、知識は正しく伝えないと』
ガンメリーが僕の夢を一つ壊した。
「………………小さいのか。ギガノトサウルス」
ゴジラが、マグロ食ってたような残念感だ。
『ソーヤ隊員、恐竜は心の中で大きければそれで良いのです』
「イゾラがそう言っても、小さいのだろ?」
ティラノと同サイズなのだろ?
『ティラノサウルスでも大きいぞ。ちなみに、羽毛と移動速度は』
『はい、ガンメリー。黙りましょう、はい。子供の夢を破壊しないでください』
『宗谷は大人だ。やれやれ、地と空では浪漫の方向性が違うようだ』
「なんのこっちゃ」
ディスプレイから急に警告音が鳴る。聞いた事のない音声で驚いた。
「ガンメリー、どうした?」
『汚染警報だ。安定剤が漏れているのだろう。足元を固定してくれ』
アガチオンに命じて壁に取り付く。
窓からビルに侵入した。内部は、外よりも複雑怪奇な植物が詰まっている。生物の影は見えないが、何が潜んでいるのやら。これ以上進みたくないな。
『分離して様子を見て来る。イゾラ、アーマーのコントロールを返してもらうぞ。宗谷、ここで待つのだ』
空いたアーマーの背から抜け出る。自立したガンメリーから荷物を受け取り、装備し直す。
バックパックを背負い。ポンチョを肩にかけ、イゾラと剣を腰にかけた。
「腕、貸そうか?」
義手を叩く。
片腕では色々不便だろう。
『問題ない。吾輩の方が腕は多い』
ガンメリーは背から隠し腕を生やす。四本の腕で壁を伝って上に登って行った。
「蜘蛛みたいだ、って言うと不機嫌になりそうだな」
バックパックから眼鏡を取り出しかける。何かあればガンメリーから連絡が来るだろう。
さて、休憩だ。
腰を降ろしてため息。睡眠不足と、戦闘の後の長時間移動。疲労は割とある。
蜂蜜飴を舐めながら唇を濡らしてゆっくりと水を飲む。甘さと水分が体に染み渡る。干し肉を一切れと、後味が苦い木の実を三つ。補給完了だ。
『彼とは長いのですか?』
「ガンメリーか? 一人でダンジョンに潜るようになってからは、ずっとあいつと一緒だな」
『息が合っているのは、そういう事ですか』
「なんやかんやとな」
馬は合う。男同士、腹に抱えたもんをさらけ出すようなベタベタした関係は望まないし、ドライなとこはドライで良い。根っこの不透明さ、もしくは汚濁が“合う”理由なのかしれない。
『ふーん、ふ~んです』
「あら」
イゾラのやつ妬いているな。
「ガンメリーの事は気にするな。あいつはロージー並みにいい加減なところがある」
『そういう事ではないのです。………時間が必要なのは何となく理解しましたので、この話題はこんな感じでフワッと他所にやりましょう。ソーヤ隊員は軽く睡眠を。周囲の警戒は、イゾラにお任せください』
イゾラのミニ・ポットが、床に転がりセンサーを起動した。
「じゃ、任せた」
『では、お休みなさい』
左手で剣の鞘を握り、あぐらをかいて体を楽にする。
目を閉じる。
意識を闇の奥へ。沈む感覚、光のない場所に落ちる。
そして、
また、
夢を見た。
路地裏を走る少年少女の夢だ。
たわいもない戦争ごっこの夢。
遊び疲れて解散する少年少女、ただ一人残った少年は猫の前で決意を示す。
『それは無いです。男が決めた事ですから、僕は今の道を進みます。蜂蜜のように甘い物ではありませんが、戦い甲斐がある。この命を張るには十分な生き甲斐だ』
少年は、ケダモノのように目を細くして微笑んだ。
これが僕だ。
どうしようもない僕の姿だ。そんな僕を見る―――――――誰かの夢。
あの時、あの場所に、別の誰かが?
ガシャン、ガシャンと小さい鎧の音。
ガシャン、ガシャンと鎧を鳴らして、誰かは路地の闇に向かう。仲間から離れ、独りで何かを想う。
美しいと感じたのだ。
狂気的な少年の決意に美しさを見た。だからこそ、孤高な決意を得た。
彼は待つ。
時を待ち、時を想う。独り路地裏に座り、彼が来る事を待ち、想う。
想いが時すら超える事を彼は知っていたから。
故に――――――
「ん」
『おはようございます、ソーヤ隊員。休息から三時間が経過しました』
「おはよう、イゾラ」
また変な夢を見た。
昔の自分を別の視点で見た夢。
前にもラナの過去を夢見た事があったが、あれはミスラニカ様の奇跡だと思う。では、今回は何だ? 誰の夢だ?
『宗谷、待たせたな。除染完了だ。上がってくれ』
「おう」
首と肩をストレッチして立ち上がる。イゾラを腰に下げ窓から外に出た。
アガチオンで浮かびながら上に。
「なあ、イゾラ。夢って何だ?」
『夢とは、睡眠中に進行する視覚的な心像です』
なるほど?
「他人の記憶を見る夢ってあるのか?」
『“ない”とは言えませんね。夢については様々な仮説があります。しかし、どのように生み出されているのか、そこに生物学的な意義が存在するのか、疑問の残される機能です。つまり、“よくわからないから否定しない”という事ですね』
なるほど、わかった。
「前は――――――って、何だこれ」
ビルの上階は、ドロドロに溶けて反対側に流れ固まっていた。
手を振るガンメリーを見つける。彼の傍には、全長20メートルの長方形の物体が転がっていた。その物体は、シルバーメタリックのライフルに似たシルエットだ。銃床に当たる位置には、翼のような六枚のブレードが備え付けられている。中心部には武装用のポッドも見られた。
全体的に壊れ、朽ち、複雑な内部構造が露出している。
戦闘機? なのだろうか。
僕の知っている戦闘機とは、技術体系がかけ離れていて断言できない。
『どうだ? 格好良いだろう』
「そいつがお前の本体って事か?」
ガンメリーの傍に降り立つ。
『うむ、二万機製造された吾輩の体の一つである。ボロボロであるが』
胸を張り、ガンメリーは続けて言う。
『20mmレーザー砲、損失。SAAMピラニアランチャー、残弾なし。IRG-99縮退粒子連射砲、損壊。各種武装ポッド機能停止。戦闘補助ユニット・アガチオン一機使用可。グラビティブレード、出力0.8%で使用可。ミラージュエンジン損壊、予備縮退炉損壊。しかし、こいつがある』
ガンメリーは空に手を伸ばす。
神が現れるように光が弾け、彼の手の上には地球ゴマに似た機関が出現した。
『量子転移型第二種永久機関マクスウェル。吾輩の心、男の魂である』
『だから、そういう性差別的な………』
「まあまあ、イゾラ」
まあまあ、言わせてやれ。
「で? 動くのか」
『動くのだ。武装の悉くは機能不全であり、予備の予備機関では本来の性能の5%も出せない。だが――――――』
ガンメリーが笑った気がした。
『こいつは飛べる。飛べるのだ』
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