<第四章:異邦人、ダンジョンに潜る。> 【04】


【04】


『ソーヤ隊員………………女性関係については日を改めてしっかり話し合いましょう』

「イゾラ、その事については僕らの間でそこはかとなく、奇跡的に母子ともに上手くいっているので、何となく今のままで問題無く進む………………と良いな」

『そうあって欲しい、そんな希望的観測では現実問題に立ち向かえません。お子様達も、今はよくても父親の爛れた人間関係―――――失礼、女性関係! を察した時に非行に走るやもしれません。それとも、お子様達にもソーヤ隊員のような女性関係! を構築して問題になったり、もしくはそういう男性の伴侶になったりしても、良いのですか?』

「いや、それはとても嫌だが」

 時雨や榛名の将来とか、全然考えた事はなかった。そういう余裕がなかった。つくづく駄目な父親だと思う。

『及ばずながら、このイゾラがソーヤ隊員のお子様達の英才教育を担当いたしましょう』

「う、うーん」

 時雨の基本的な学習はイズが済ませてしまった。料理について並々ならぬ向上心で自主的に勉強している。

 榛名はニセナが色々教えている。あんな馬鹿竜だが知識量は並みの人間を超えているのだ。

 二人共、今更英才教育をしても歪むだけな気が………………あ、国後を忘れていた。だが、あいつはあいつでエヴェッタさんが離してくれるのか。

「まあ帰ったら相談しよう。母親達の意見も交えて。ほら、ロージーとかも一緒に」

『変態したマキナ、興味深いですね。イゾラの娘とも言える旧雪風――――イズとすれ違いになったのは残念ですが』

「もしかしたら、イゾラも体を持てる可能性が」

 ロージーの触手は、まだ三本もある。

 三本でも絡まれると邪魔だから減らしたい。

『体ですか、正直興味はあります。ですが、このポットに収まる形体が一番ソーヤ隊員のお役に立てるかと。ソーヤ隊員の冒険が終わったら、人間として余生を過ごすのも良いですね。まだまだ、先の話ですけど』

「先か」

 僕の冒険の終わり。終わらない事を覚悟したばかりなのに、イゾラの人としての余生を思い浮かべてしまった。皮肉だな。

 と、ガンメリーが起きる。

『宴もたけなわであるが、そろそろ行こうか』

「そうだな」

 街に日が射していた。湿気と熱気に襲われる。

『宗谷、体調は? 完徹でイゾラと話していたようだが』

「問題ない」

 カラカラの口を水筒の水で潤す。バックパックから携帯食を取り出した。

 朝飯は、時雨作成の平焼きパンだ。

 長方形で片手で食べられるサイズ。煮詰めたトマトソースとカリカリに焼いたチーズを、パンで挟んで圧縮して両面焼きにした。

 食感は煎餅に近い。シンプルな味だが、噛めば噛むほど深い味わいになる。そして、トマトソースに隠れた唐辛子の辛味が口に広がった。額に汗が浮く。辛さで眠気は吹き飛んだ。

 ぺろりと一つ食べてカロリーの補給は完了。

 さて、冒険だ。

『では、行こう』

「そうだな、ガンメリー」

『少しお待ちを。戦闘補助はイゾラが担当します。ガンメリー、アーマードスーツのシステムロックを解除してください』

「イゾラ、それは」

 戦闘の補助はガンメリーに任せたい。イゾラは信用しているが、やはり、ここまで一緒に来たガンメリーに戦闘は任せたい。

 イゾラが戻って来たから、『はい、サヨナラ』では人としてどうかと思う。

『良いぞ。吾輩も狸寝入りしている間に、アーマーのシステムをイゾラ用に変更しておいた。ロック解除』

「って、おいガンメリー」

 何を簡単に。

 僕ら結構な激闘を乗り越えてきたのだが。

『何だ? 宗谷。吾輩も楽できて楽なのだ。ではサポートに回る』

「………………」

 こいつがそれで良いなら良いが。

 何か友情を軽くあしらわれた気がして傷付くな。

「まあ、行くか。で、サポートのガンメリーさん。何か策は?」

 熱さを我慢して兜を被る。

 ディスプレイに表示された目的地は敵だらけだ。

『何事も、先ず偵察である。危険地帯ギリギリまで進んでみよう』

『イゾラも、そう言おうと思っていました』

「了解だ」

 歩き始めた。

 イゾラが加わった事で道中が賑やかになった。意外にも、イゾラとガンメリーは根本的な部分で意見が合う。ガンメリーが合わせているだけにも思えたが、喧嘩しないのはありがたい事だ。

 今後も上手くやってほしい。

 賑やかな動植物を眺めながら廃都を進む。

 しかし、暑い。

 汗が出るので水を飲む。飲まないと倒れる。水の消費が馬鹿にならない。

「ガンメリー、昨日の透明なモンスター。あれを可視化できないか?」

 昨日の水場に戻るなら、対抗策を用意しないと。探知能力はあると自負していたのだが、あの敵は全く察知できなかった。ほぼ勘で戦っただけ。

『不可能である。あれは迷彩で姿を隠しているのではなく。こちらと違う次元にいる生物だ。センサー類では感知できない。だが――――――』

『ガンメリー、思ったよりも頭が固いですね。“そのもの”が感知できないのなら、その“周囲”を感知すれば良いのです』

『だが、と続けようと思ったのだが、イゾラが言うなら言うが良い』

『ソーヤ隊員、雨を降らせましょう。それで敵の輪郭が掴めます』

「なるほど、どうやって雨を?」

 良い天気過ぎる。雨は降りそうもない。

『それは………ソーヤ隊員が水場の水をいい感じに撒くとかで』

『敵に襲われながらでは、現実的ではないな』

 ガンメリーが呆れた。

 確かに、ちと厳しいかもしれない。ゲトさんに魔法習っておけば良かったな。

『では、ガンメリーに策があるのですね。はい、どうぞー』

『宗谷には【劫火】という奥の手がある。あれで水場の水を沸騰させ、その蒸気で』

「劫火は、普通に存在する物体は焼けない。超常の存在だけだ。例え焼けたとしても、水場が干上がる。何度か説明したぞ。僕は」

『したか? 使うと酷く疲れる火くらいにしか教わってないぞ』

「言われてみれば、細かい説明はしてなかったような」

『まあ、良い。男同士に細かい説明はいらないのだ』

「そうだな」

 なくても何とかなってきた。

『む、性差別ですか? いけないんだなー』

『違うのだ』

「違う違う」

 イゾラに適当な弁解して進む。

 水はどうするか。イゾラと再会できたし、大事をとって帰還するのも手だ。

「っと」

 急に道がなくなった。

 もっさりと植物が生い茂って道を塞いでいる。

『シダ種子類ですね』

「この植物か?」

 剣で払い進む。

『白亜紀に絶滅した植物です』

「ん? 絶滅って何故にそんな植物が」

 イゾラの説明に軽い興味が湧く。

『他にも、道中すれ違った生物の中にかつて地球上にいた生物がいました。あ、そこの生き物もそうです』

 ディスプレイに映った生物に、イゾラが赤いターゲットマークを付ける。

 全長二メートル、ゴリラと馬を混ぜたような生き物だ。前足は長く、拳を地面に当てながら歩いている。

 顔は馬っぽく呑気に見えた。しかし、拳に隠した爪は鋭く、体格もマッシブで戦ったら強そうである。

『カリコテリウムですね。これも絶滅した生物です』

 榛名に見せたら喜びそうだ。

『箱舟から出られなかった生き物である』

「箱舟?」

 またもや、ガンメリーの意味深発言。

 聞こうとするが、

『宗谷、到着である。イゾラ、あれは何に見えるか?』

『何でしょうね………………』

 草むらを抜けると、広大なすり鉢状の空間が目の前に広がる。

 空間の中心には折れた塔があった。恐らく、そこが目的地だ。その周囲には、様々な残骸が転がる。

 槍のような巨大な鉄屑、大き過ぎて飛行甲板に見える盾。散らばるのは甲殻や、幾何学模様の羽根、アバラ骨に爪、牙に髑髏、それらも全て途方もない大きさで、“無数に”転がっている。

 墓場? 

 いや、戦場跡か?

 何と、何が戦ったのだ? 明らかに、モンスター同士の戦いではないぞ。

「上から見た時に、こんな空間はなかったぞ」

『偽装されていたのだろうな。もしくは、空間が歪んでいたか』

『ガンメリー、ソーヤ隊員、これらが何なのか理解できませんが、熱反応があります』

「熱?」

 地鳴りがした。

 巨大な盾が地響きを上げて動く。

 ヤドカリを思わせる動きだった。ただし盾の下から出て来たのは、竜だった。

 竜に似て非なる生き物だった。

 二足歩行、全長70メートル。ニセナの三倍以上はある。その“竜擬き<もどき>”には、目が八つあった。牙はアンバランスに並び、噛み合わせは悪そうだ。

 羽根はなく、代わりに六本の腕がある。指は人のような五指があり、逆に不気味に見えた。尻尾はなく、腹は肥満体のように膨らんでいた。

『ソーヤ隊員、あれは前に戦った【獣】ですか?』

「違う。僕の血が騒がない。それに、あんな馬鹿げたサイズは見た事がない」

 となると、一つだ。

『はぐれの蜘蛛であるな』

「あれもか」

『本来の形に近い。しかし、あのサイズが生き残っているとは考えにくい。考えにくいが、考えられるのは、先日倒した魔法使いの次元渡航の影響だろう。時空間移動の余波で再起動する個体………と推測する』

「あの白ヒゲ爺、最後の最後まで人の邪魔を」

 だが、相手はあの蜘蛛だ。

 はぐれとはいえ、知能のある生物ならコミュニケーションをとれる。

「ガンメリー、あいつと話せるか?」

『不可能だ。あれは原始的な本能で動いている。食って排泄して寝るだけの生命だ。コミュニケーション能力は一切ない』

「そう、易々とはいかないか」

 じゃ、斬るか。

 サイズ差は如何ともしがたいが、刃が届くならいけるはず。

 一歩進むとイゾラが言う。

『ソーヤ隊員。まさか、正面突破ですか?』

「そのまさかだ。てか、いつも通りだぞ」

『そうであるな。色々策は錬っているはずなのだが、結局これだ。やれやれ』

『やれやれと言いたいのは、イゾラなのですが』

 イゾラは頭が痛そうな声を上げた。

 坂を滑り、すり鉢状の空間に降りる。アーマーの足底部にじゃりじゃりとした感触。地面は細かく砕けた硝子のようだ。

 極自然体で歩みを進めた。正面の竜擬きを見据え、静かに殺意を練る。

 彼我の距離は200メートル近く。

 こちらの間合いには、まだまだ遠い。焦らず、急がず、確実に仕留められる距離まで近付く。

 攻撃されたら………まあ、その時はその時で、いつも通りに応戦するだけ。

 本音を言えば、イゾラに格好良いところを見せたい。僕の成長を見せたい。

 が、

『宗谷、攻撃が来るぞ』

「何?」

 予想の遥か先から敵が攻撃してきた。

 横殴りの衝撃に襲われる。

 弾き飛ばされ視界は回り、硝子の地面を転がる。

『イゾラ、尻尾のバランサーを作動させるのだ』

『ラジャ』

 アーマーの尻尾が体を振り回し、姿勢を正す。僕は地面に剣を突き立てた。それでもまだ勢いは死なず、地面を削りながら滑り――――――ようやく体は止まる。

「野郎」

 竜擬きは、見た事のある光に腕の一つを突っ込んでいた。ポータルの光だ。この竜擬きはポータルを作れるようだ。

『予想攻撃範囲、このすり鉢状の空間全てだ。ここは、時空間の境界が曖昧になっている。撤退を進言する』

「弱気だな。ガンメリー」

 剣を鞘に収めた。

 竜擬きがポータルに入れた腕を引っこ抜き………………絶叫した。その右手の一つは肘から先が消失していた。

 僕より長く空の旅をしていた腕が、近くに落ちて地響きを上げた。

「刃は通るな。上手くカウンターを決めればいける」

『腕を斬った程度で死ぬような生物ではない』

 怒れる竜擬きが、残った五本の腕を動かす。

 下等生物らしい怒りに反して、あやとりをするような緻密な動きだ。

『ソーヤ隊員、センサー類の数値が計測不可能に』

「またか」

 竜擬きの指に糸が絡む。糸に見えた―――――空間の裂け目が絡む。

『宗谷、退避だ!』

『同じく、イゾラも退避をお勧めします』

「アガチオン!」

 背の魔剣に引っ張ってもらい脱出した。

 竜擬きのあやとりは、世界を割った。

 すり鉢状の空間が破壊で満たされる。砕けた空間から嵐が吹き出る。溶岩が噴出した。津波が溢れる。荒れ狂う雷雲には隕石が混じり、竜擬きより大きな竜巻が幾つもうねっていた。

 ありとあらゆる天災が、目の前の空間に詰まっている。

 自爆攻撃かと思ったが、破壊の中心で竜擬きは悠々と僕を睨む。

「こりゃ、近付けないな」

 すり鉢状の空間から逃げ出し、廃都のビルに着地した。

 少し離れると竜擬きのいた空間は見えなくなった。破壊の余波、音すらも聞こえない。

『まいりましたね』

『弱気ではないか、イゾラ』

 声の小さくなったイゾラに、ガンメリーが陽気に話しかけた。

「僕もお手上げなんだが?」

 ありゃ、今まで戦った中で一等賞の破壊規模だ。ガルヴィングが可愛く思える。人間一人がどうこうできる次元ではない。

 しかも、あの天災自体は超常の力ではない。どこかの災害を、空間を繋いで呼び出したものなのだろう。つまりは、劫火じゃ消せない。

『吾輩に策がある。最善で唯一の策だ』

「教えてくれ」

 なんやかんやで、ここまで来た相棒だ。良い考えが――――――

『突っ込むのだ』

「アホか」

『アホですか』

 イゾラと一緒にツッコミを入れた。

『まあまあ、最後まで聞くのだ。イゾラのマップデータを精査した。実は倒壊した建造物の造形に、“覚え”ある形を見つけたのだ。そこに行こう』

「覚え?」

 聞いてもまたはぐらかされたのだろうが、聞いてみた。

『そこには、吾輩の体がある』

 意外な答えが返ってきた。返ってきて、余計混乱した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る