<第四章:異邦人、ダンジョンに潜る。> 【03】


【03】


「イゾラ?!」

『はい、安心と信頼のイゾラです』

 ミニ・ポットはイゾラだった。

 いや、この中にイゾラがいる。ん? ん? 頭が混乱する。

『全く、いきなりシステムを乗っ取ろうとするとは、防御しつつカオス化を整理する吾輩の身にもなって欲しいのである』

『あの魔法使いから逃げていたら、手頃に乗っ取れそうな機体があったので』

『やれやれ、女は恐ろしい』

 ガンメリーは、心底うんざりした口調だ。そういえば、こいつはロージーやイズも苦手だったな。イゾラも同じく苦手なのだろう。いや、女性全般に弱いだけかも。

「イゾラ、お前は確かガルヴィングと“最初”に戦った時―――――」

 第一の王子との戦いの後、現れたガルヴィングをイゾラの銃で撃ち抜いた。

 思えば、あのガルヴィングは前の階層で僕に敗れたから、あの時間に跳躍して全てを奪う計画を立てたのだろう。

 実際、劫火を宿しかけていたあの時の僕が一番倒しやすい。危なかったが、あいつにくらった結晶が原因でレムリア王には勝てた。

 これもまあ、皮肉だな。

『はい、あの白ヒゲ爺を射殺した後、私は“何か”に吸収されました。兵器作成の為、不明なシステムに無理やり入り込んだのが悪かったのでしょう。逃げましたけど』

『吸収ではない。あのままでは、君の量子脳は疲弊して消滅していた。修復するにはここに呼ぶしかなかったのだ』

 ガンメリーは、やはり何かを知っている様子。

『ならば、説明すればよいのです』

『その前に逃げたのでないのか?』

『ワーグレアスと名乗る魔法使いがいたので、魔法使いは敵だと思ったので』

『やれやれ』

 ガンメリーは、アーマーを勝手に動かして肩をすくめる。

『それより、ソーヤ隊員。そのアーマードスーツは?』

「ガンメリーと、僕の妹が作ってくれた。一人でダンジョン探索するには色々必要でな」

『パーティの方は? 奥様は? 妹様は? ベルトリーチェ様やシュナ様は?』

「………………方向性の違いでパーティは解散した」

『バンドですね』

「そんなものだ」

『バンドではないだろ。何を言っているのだ』

 思い出ジョークは、ガンメリーにツッコミをくらう。

『ははー、大変でしたね。やはり離婚を?』

「ゴフッ」

『イゾラ、止めるのだ。その質問は宗谷の急所だ』

 苦くて辛いので触れないで欲しい。

『わかりました。イゾラは賢いので空気を読みます。ちなみに、慰謝料――――――』

『止めぬか』

『では話題を変えて』

「丁度良い。場所も変えよう」

 さっき見たトーチに似たロボが集まりだした。

 ガルヴィングの食い散らかした痕を、補修修理している。といっても、石や瓦礫を退かす程度だ。綺麗に修理できるような機能はない様子。

「イゾラ、日が暮れた。どこか安全な所を知らないか?」

 都市の夜には、星も月もなかった。まるで、電源が落ちただけの暗闇だ。そして、気温が急激に下がってきている。

『都市の地図データは、取得しています。表示しますね』

 兜のディスプレイにノイズが走ると、右下に小さく地図が表示された。

『危険生物の生息域を赤丸で表示します』

 北西に少し行けば広く安全な場所があるようだ。

『“タナトス”の生息域は線で表示します』

「タナトス?」

『観測領域に存在しない危険生物、とデータにありますね』

「さっきの鹿を食ったやつか」

 タナトスの生息域は、直線的で狭い。見えない敵だが、動きは予想しやすいのかもしれない。

「行こう。あ、イゾラ。お前が“逃げてきた場所”も表示してくれ」

『了解です』

 イゾラの逃げてきた場所、そこが恐らくは、ワーグレアスの言った“異邦人の旅の終着駅”だ。

「これはまぁ」

 赤丸と線が重なっている。ここから南、危険生物の生息域に目的地がある。

 さておき、今は安全な場所に移動だ。ここも危険である。

 イゾラを腰に下げ、軽く装備の点検をして歩き出す。まだまだ、イゾラに聞きたい事がある。自然と早歩きになって、五分程度で休憩場所に到着した。

 高架道路らしき物が落下した場所だ。

 壊れそうな物は粗方壊れ、砕け、瓦礫になっている。落下物を心配する必要はない。

「よっと」

 瓦礫を斬って成形した。石英のような材質だ。かなり硬いが異常に軽い。

 壁を一枚、屋根と壁兼用の斜め壁を二枚。それを立たせ、ポンチョを入り口にかけ、簡易テントの完成である。

 中に入り腰を下ろした。少し寒いが割と快適だ。

 気を抜くとジワッした疲労が体に広がる。

『ソーヤ隊員。アイセンサーの故障でなければ、この素材を斬ったように見えましたが』

「斬ったぞ。動いてないし、価値がある素材には見えないが」

 何か変か?

『アーマードスーツの性能は………パワーアシスト機能は褒められた性能ではないですね』

『おい、イゾラ。吾輩のデータを勝手に探るな』

『うるさいですね。ところで………………あなたは誰ですか? 私を知っている風なのが妙に鼻につくのですけど』

「こいつはガンメリー………………で、お前って結局何なんだ?」

 僕もそれは知りたい。

『吾輩が何であるか、それはまあもうすぐ分かるはずだ。たぶん、恐らく。なーに、大した事ではないので付け合わせの野菜程度に考えておくのだ』

『そんな事より、ソーヤ隊員』

『そんな事と言われると吾輩傷付くぞ』

 イゾラはガンメリーを無視して話す。

『このアーマードスーツの色が気に食わないです。塗り直しましょう』

「そこ重要か?」

 今のアーマーは、色塗りが間に合ったので黒く塗っている。

『色は重要です。何ですか、この無難な全身黒色は』

『黒は男のロマ―――――』

『夜間行動ならともかくとして、この黒には何の戦術的優位性もありません。浪漫と実用は違います。大体、この尻尾は何ですか?』

『尻尾はバランサーと隠し攻撃用である。椅子にもなるのだぞ?』

『バランサーで攻撃してどうするのですか? その後の調整は?』

『吾輩が微調整する』

『無駄な処理では? そのリソースは他に割くべきでは? 無駄では?』

『これだから元軍用A.Iは、実用試験も兼ねているのだ。それに、これで吾輩と宗谷は上手くやってきたので、これで良いのだ』

『でも次が――――――』

「まあまあ、イゾラ」

 僕を思ってだろうが、イゾラの嫌味が止まらない。

「色については一考しよう。僕も全身黒はどうかなぁと思っていた」

『なん、だと!?』

 ガンメリーは滅茶苦茶驚いた。

『では、イゾラが提案します。ダズル迷彩はいかがでしょう?』

「却下だ」

『却下であーる』

『なん、でですか!?』

「いや、何って」

 ダズル迷彩って、二色の縦縞模様だろ? シマウマじゃないか。

『幻惑迷彩ですよ? バリバリに戦術的優位性ありますが?』

「人様の目が………」

『ソーヤ隊員が人の目を気にするとは、成長しましたね』

「そこかぁ」

 昔から人の目はある程度気にしていた気もするけど、気にしていない気もする。

『人の目といえば世間体ですね。妹様、エア様とはどうなりましたか? まさかお手を?』

「エアとは、何かまあ、その、一度関係がリセットされた後に最初出会った時よりは………………う、うーん。一緒に飯作る程度。いや、あれは時雨の手伝いか、僕個人には、お、おーん」

『では次に』

 もたもた話していると流された。

『ベルトリーチェ様は?』

「実家に帰った」

『………………はい』

 あ、察した。みたいな返事を止めろ。

 振った僕も悪いけど、付き合っていたら今大変な事になっているぞ。

『シュナ様は?』

「色々あって、左大陸に渡って将軍になった」

『その“色々”の説明を求めます』

「僕のせいでパーティが解散になった後、親父さんと修行して拗らせたりして左大陸の彼の師匠の元に行った。で、その師匠が率いている軍の将軍になった」

『つまり、レ・ミゼラブルですね』

「たぶん、そんなとこ」

 たぶん違うと思う。

『絶対違うのだ』

 ガンメリーも否定している。

『その“親父さん”とは、【冒険者の父】と言われたメディム様でしょうか? 彼がパーティに?』

「そうだ。アーヴィンとゼノビアが抜けた後、彼が加入した。それで――――――」

 何階層まで行ったのだっけ? その辺りの記憶は曖昧だ。確か、ロージーの奴が記録しているはずだから帰ったら聞こう。

『して、メディム様ともお別れで?』

「ああ、シュナと一緒に左大陸だ。船旅中にぽっくり死にそうな気もする」

『元仲間なのに辛辣でありますな』

「色々あったんだよ。主にレムリア王関連で」

『レムリア王と何が?』

『宗谷、ちょっと良いか?』

 ガンメリーが話に割って入ってきた。

『吾輩は眠るぞ。誰かさんのせいで疲れたのだ』

 ディスプレイが暗転した。

 兜を脱いで膝の上に置く。他の荷物は解かない。一人の冒険中、荷を降ろす時は後のない時だ。

『その髪は染めたので? もしくは老化かストレスで?』

「あーストレスかな」

 呪いもストレスみたいなものだ。忌々しい王子達とお揃いの髪色、そのうち染めるか。

『虹彩の変化は?』

「同じくストレス。と、左目は治療痕だ」

『左腕は、あの白ヒゲ爺が原因ですか?』

「原因だな。特に不便はない」

 生の腕にない強みもある。ガンメリーのサポートありきの話だけど。

『他にもまだまだ質問があります』

「いいぞ。何でも聞いてくれ」

『では―――――』

 イゾラと話し込む。

 彼女には、これまで起こった事を全て話した。僕が知る限り全ての事をだ。

 夜が更けても終わらない長話になった。

 どこか、懐かしさを覚える夜。

 かつて、イズに話した時を、遠い昔のように思い出した。

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