<第四章:異邦人、ダンジョンに潜る。> 【01】


【01】


 そう、トーチに似ている。

 だがよく見れば、素材は鋼ではなく青みがかった水晶のような物。ゴリラのようなシルエットは似ているが、頭部と胴体に当たるA.Iポットは円柱ではなくひし形だ。そこに感情表現用のディスプレイはなく、トーチにあった電源灯もない。十字の切り込みがあるだけ。

 手足の太さはトーチとほぼ同じ、決定的に違うのは手だ。五本指かつ丸みを帯びて、精巧であり緻密な作業もこなせ、優しい印象を覚える。

「ガンメリー、こいつは何だ?」

 仕事中でも聞かざるを得ない。

『宗谷、検査が終了した。飲料に適した水だ』

「それは後で問題無い。こいつを――――――」

 謎のロボは、僕に背を向けて去って行った。

 僕はそれを追う。

 すぐ追い付いたが引き止めるわけにもいかず、どうしようかと付かず離れず後に続いた。

 ロボは森に入る。

 外からでは小さく見えたが、中に入ると深く光が遠い。童話に出てきそうな鬱蒼とした森だ。

「ガンメリー、ラピュタを見た事あるか?」

『あるが、それが何だ?』

 あるのか!?

「いや、進んだらロボが沢山転がっているような光景が、って」

『補修工事のワーカーは、稼働が停止すると自然分解するぞ』

「そりゃエコだな。………………ん? お前」

『もう少し待つのだ。情報の歯抜けが酷い。これでは誤解して伝わってしまう』

 そういや、こいつはこんな感じの奴だった。

 妹とこっちに来た時も、第一の王子と戦った時も、大魔法使いと戦った時も、こいつは思わせぶりで何かを知ったかのように進み、役目を果たし最後は――――――

 聞きたい事が思い浮かぶ。

「答え難かったら構わないが、お前にとって『死』ってどんなモノなんだ?」

『吾輩にとっての死か。生命の在り方が違うものには難題であるなぁ』

 しみじみとした声音だ。

 どうせまた誤魔化すのだろう。と思ったが、

『例えば、そこの木である』

 森の木の一つを見た。

 歪な白い木だ。ボコボコとした太い幹が絡み、剥き出しになっている枝は鋭利で、少ない葉は細く鋭く触れたら手に刺さりそうだ。

 葉の形からして、マツの一種だろうか?

『イガゴヨウだ。五千年は軽く生きる樹木であるな』

「ほう」

 なるほど知らん。

『寿命や種類は関係ない。たまたま目に留まっただけである。元々吾輩は、木でいう「挿し木」に似た手段で自己を複製できる。基本的には、「統治者」を作成してそれを主として他に命令する。天羽瑠津子と共にいた吾輩は、そのシステムで動いていた』

「ほう」

 じゃ、こいつは?

『吾輩は不滅である。存在という定義では決して死なない。銀河規模の破壊に巻き込まれたら流石にわからんが「死」の概念の無い存在として造られた。人の手による神の御業と言えよう』

「の割には」

『大して強くないとか、万能ではないとか言うのか? ん? ん?』

「はっはっは」

 図星なので笑って誤魔化す。

『確かに吾輩は完璧ではない。理由は色々あるが、大体は蜘蛛のせいである。吾輩が本気を出したら、あの害虫が食欲に駆られて暴れる。あいつら、やっとコップの水滴を舐める生き方を覚えたというのに、一からやり直しである』

「蜘蛛か。今の所、共存は出来ているよな?」

『不愉快であるがそうだ。塔にいた蜘蛛以外にも、人類と共存している個体もいた』

 マスターの斧か。

『虫は一匹見たら百匹という。あんな個体が、まだこの世界の何処かにいるのだろう』

「いそうではあるな」

 昔、親父さんから喋る武具の話を聞いた事がある。それってもしかして、蜘蛛の亜種なのだろうか。

『話はズレたが、天羽瑠津子といた吾輩も、正確に言えば統治者ではなくサブ統治者というべきシステムで動いていた』

「ん………………?」

 わかったような、そうでもないような。つまり、

「ガンメリー、今のお前って何なんだ?」

『吾輩は吾輩だ。統治者のいない“はぐれ”ではあるが。ま、男は心に孤独な狼を飼うものだ』

 はぐれガンメリー。

 別のアレを思い出す名前だ。

『で、答えるぞ。吾輩にとって死は死だ。例えば、今この兜を破壊されて情報端末に自我を移動できなければ死ぬ。なんてことはない消滅であるな』

「バックアップは?」

『宗谷、自分と全く同じの生き物を作りたいと思うか?』

「いいや」

 気持ち悪い。

 そんなもんいたら殺し合うと思う。

『つまりそういう事だ。人も機械も、最終的には同じであるな。神は自らに似せて人を創り、人は神に匹敵する力を手にし、我ら人が造りし者達も人に、神に近付こうと………宗谷、ここは何処であるか?』

「ん?」

 急に風景が変わった。

 緑から黒へ。

 あと一歩踏み込めば、その星空に落ちていた。

「なんじゃこりゃ」

 森の先が切り取られていた。そこにあるのは星の海。

「これ、宇宙か?」

『不明だ。次元断層の可能性が高い。侵入には賛成しない』

 小石を拾って星空に放り投げる。

 小石は上に落ちていった。三分待っても反響音は聞こえない。

「この先が目的地、なんてことはないよな?」

『ないな。これは事故現場である。だが、この階層は安定している。老朽化や摩耗では説明できない事故である。スキャンに機能を回す、少し待つのだ』

 待つと、僕の体が浮く。

 敵意が全くないので反応できなかった。先程のロボに抱き上げられて、僕は星空の前から移動させられる。

 僕を退かすと、ロボは背中から金属の棒を取り出して地面に刺していった。

 立ち入り禁止、的な意味だろう。

 というか、このロボは僕が追跡してきた者ではなかった。肩に鳥の巣がある。

 更に待つと、更にロボは増えた。

 五体から、十体に増え、総数は二十五体になり全員で星空の周囲にバリケードを建てていた。

 暑い。

 変わった景色に気が移っていたが、暑い。アーマーの中が汗でびっしょりだ。歩き回った疲労も少しある。

 兜をズラして水筒の水を飲む。唇を濡らしてゆっくりと二口だけ。

 時雨が用意した行動食を食べた。揚げた木の実だ。ほんのりとした塩味が体に沁みる。美味くてスナック感覚でバクバクと食べたら、

「ぐぇ」

 苦味が口に広がった。銀杏に似た木の実なのか? 食べ過ぎ防止には丁度良い後味だ。

 小休憩と補給で体に活力が湧く。

『痕跡を発見した。表示する』

 ディスプレイに粘液のような痕跡が映る。痕跡は、星空から森の外に続いていた。

 肉眼でも痕跡の場所を確認、その場所だけ草木の成長が活発になっている。

「追う、べきか?」

 未知の存在だ。戦闘はなるべく避けたい。

『追って原因を駆除しなければ、他の場所にも次元断層が生まれる可能性が高い。探索は困難になるが、どうする?』

「追う」

 作業中のロボを尻目に走り出した。

 痕跡は森の奥に続く。木々に混じり、赤い花が見えた。懐かしい薊だ。

「何故ここに?」

 同時に不愉快な気配を感じ、虚空から剣を取り出した。

 ウルの銀剣、獣にはこいつが一番だ。

「ガンメリー、いるぞ」

『吾輩も確認した。戦闘状態に移行する。だがこれは………………』

 森を抜けた。

 夕陽が出ていた。

 都市の一角、開けた場所、墓標のように並ぶビル背にして、“それ”はうずくまっている。

 中身の詰まった黒いゴミ袋かと思った。

 と、ゴミ袋は弾け、中から触手が出て来た。昆虫の足が出て来た。獣と人の手足も出て来る。どれもこれも不揃いで歪。

 剣山のように、無数の動物的な角と、昆虫的な角が生える。

「見つけたぞ、異邦人」

 声だけは前のまま、よく通る。

「よう、最近ぶりだな。お前にとってはどうだか知らないが、いい加減しつこいぞ」

 てらてらした黒い羽根が広がる。その羽根には複眼と獣の目がびっしりとあった。わずかに残った人の部分が見える。

 半面は老人で、半面は黒いエルフ。顔以外に人らしき部分はもうない。

「獣は数多く見たが、お前は一等賞でグロテスクだ」

「我は闇の淵を歩き、時を巡り、呪いを食み、人の叡智と星々の獣を集――――――」

「うるせぇんだよッッ! 御託はいいからさっさとかかって来い! 三回もてめぇみたいな野郎に絡まれてこっちは大迷惑だ! ガルヴィング!」

 虫と触手の混ざった獣が、攻撃形態に移る。

 僕は持てる武器を全て取り出す。

「火を、火を寄越せ!」

「盗れるもんなら盗ってみろ! 今度こそ成仏させてやる!」

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