<第四章:異邦人、ダンジョンに潜る。>


《第四章:異邦人、ダンジョンに潜る。》


 さあ、冒険に行こう。


 剣は三つ。一つは腰に、一つは背に、一つは魂に収めて。

 相棒の兜を被り、新品の鎧を着て、着古したポンチョを羽織る。

 食べ物は多めで、食べ過ぎない程度の美味しい物と、普通の物、帰宅合図の不味い物を持つ。

 家族に見送られて家を出た。

 朝霧に包まれた街を歩き、白い尖塔に行く。

 かつての仲間はもういない。それでも、仲間達と見上げたダンジョンは変わりなく街に在る。きっと国が滅んでも、街が壊れても、人がいなくなったとしても、これはここに在り続けるのだろう。


『僕は冒険者を続ける。五十六階層に何があっても、なくても、冒険者を続ける』


 この告白に、二人の女は快く頷いてくれたが、妹には激怒された。リアリストには現実逃避に見えたのだろう。

 正解だ。

 僕は夢を見ている。現実など見ていない。夢を見なければ、生きても死んでもいない生き物なのだ。

 これも正直に言ったら妹にぶん殴られた。殴られた後に、呆れられ納得してもらった。こんなサガを抱えたどーしようもない男なのだ、僕は。

 世界が変わったとしても、僕のこういう部分は変わらず、そしてそのまま死ぬのだろう。

 見慣れたダンジョンの一階層に到着。

 担当に挨拶をして、拒否されつつもふてぶてしい赤子の頭を無理やり撫で、光に踏み入る。

 五十五階層。

 青い結晶の階層である。

 芸術的な青い景色だ。それ以外は何もなく、モンスターや生態系の類もない。改めて見ると、無機質ではあるが人工的な階層だ。

 思えば、前の階層―――――あの、時を超えて縁のある冒険者を遭遇させる階層。あれは、偶然にも何かしらの奇跡が折り重なったから、“ああなった”のか? それとも、何かの意志が入って“造られた”ものなのか?

 わからない事が頭を巡るのは、臆している証だ。

 〇×クイズのように二つのポータルが並ぶ。

 一つは僕が転移して来た物、もう一つは次の階層に続く物………のはず。

 五十六階層という当初の目的階層を前に、少し足が震える。

『宗谷、ちょっと良いか?』

「ん?」

 ガンメリーが話しかけてきた。

『子や女、雪風に話した言葉に偽りはないな?』

「僕がそんな誤魔化しが上手いタマか?」

『そこは理解している。だからこそ、もう一度聞いておきたい』

「僕は冒険者を続ける。これからも、な。これで良いか?」

『良き』

「………………ガンメリーお前」

 声の感じがいつもと違う。

「この先に何があるのか、知っているのか?」

 古いA.Iであるトーチは、『々の尖塔、五十六階層に到達せよ』という情報を受け取っていた。雪風の話では、現代のA.I達は白い塔と草原の夢を見るそうだ。この繋がりは偶然ではない。

 ガンメリーなら何か、

『難しい質問である。これから知るという事だけは知っている、としか言えぬ』

「なんじゃそりゃ」

『行けば分かる。行かねば分からぬ』

「そりゃそうだな」

 これ以上の問答は無用。


 一歩進むと震えは止まる。


 二歩進むと背筋が伸びる。


 三歩進むと覚悟が決まる。


 光に跳び込んだ。


 何百回も体験した一瞬の無重力から落下する感覚。閃光がおさまると、両足が地面に着く。同時に目を開く。体を戦闘状態に切り替え、剣を構えた。

 空に太陽が浮かんでいる。

 ダンジョンの中だというのに、また野外のように見える階層だ。

 そして眼下に広がる光景は―――――――

「何だ、これは」

 ―――――――都市だった。

 廃墟と化した巨大な都市だ。

 僕が降り立った場所は、そんな都市を一望できる塔の頂上である。

 植物に侵食された高層ビル群、苔の絨毯が広がる道路、少ないが街灯らしき物も見える。目立つのは、都市のあちこちから生えている巨大な樹木だ。ビルよりも大きく育ち、枝葉も巨大でリンゴのような赤い実を垂らしている。まるで、文明を喰らって成長しているかのようだ。

 緑と灰色の都市は風化し、様々な植物に侵食され、崩れ朽ちかけてはいるが、明らかに現代世界のデザインに………………違う。よく見れば都市の街並みは現代世界とも違う。それよりも、発展した文明のものに思える。

 人が滅び、その痕跡が消えるのを待つだけの、終末すら終わった世界。

 ポストアポカリプス、そんな言葉が浮かぶ世界だ。

 これは、先の草原のように何かしらの力で造られた幻か?

「ガンメリー、何かわかるか?」

 こいつなら知っている、僕の直感はそう囁く。

『ズ………イ………………』

 兜から雑音が流れる。古いラジオの雑音に似た音。

「おい、ガンメリー」

『すまない宗谷。ある情報を受信した。だが、情報量が莫大過ぎて整理できていない。解析が完了したものから随時報告する。少し待ってくれ。その間、都市の探索を推奨する』

「………了解だ」

 ここが何であれ、ダンジョンである事には変わりない。思考するのは、触り調べるのと同時で良い。

 帰り道のポータルを確認。安定している問題はない。

 魔女の箒のようにアガチオンに腰かけ、ゆっくりと下降させた。

 降りると熱を感じた。都市は熱帯雨林のようなジメっとした熱さに包まれている。

 アーマーの暑さ対策は不完全だ。水筒の飲料水だけでは不安である。脱水症状に気を付けて、先ずは水源を探した方が良いな。あれば、だが。

 長い距離を降りた。

 地面が近付くにつれ、様々な情報が目に留まる。

 鳥の群れを見つけた。

 三角形のフォルムで白と薄紅色の体。他の特徴は捕まえてみないと確認できない。恐らく、自然を広げたのはこの鳥なのだろう。

 シダに似た原始的な植物が目立つ。恐竜でも出て来るのではないのかと子供心が騒ぐ。

 ビルの窓の一つに人影を見つけた。一瞬で隠れたソレは、錯覚なのだろうか? それとも階層の住人なのだろうか?

 降り立った場所は、骨組みだけ残った円状の広場である。

 日陰ではあるが湿度も温度も高く、じっとりとした汗が流れる。足元は全て苔に覆われ、滑りそうになった。

 アガチオンを背に掛け、アーマーの靴底にあるスパイクを立たせた。ガシガシと音を立たせながら歩き始める。

 アガチオンで移動すれば体力は温存できるが、戦闘になったら対応が難しい。二つの足で歩き、何が襲ってきても反撃できるよう自然体で行くのが望ましい。

 少し見上げると、降りてきた塔の頂上が遠く霞んでいた。高いビルに囲まれているせいで、地の底にいる気分だ。

 ――――――ダンジョンだから元から底か。ならここは、底の底か。

 そこを歩く。

 死んだ都市を歩く。

 死すら消えてなくなりそうな都市を歩く。

 生物を見つけた。

 3メートル大のアリクイに似た生き物だ。瓦礫の隙間に口をいれて何かを捕食している。

 僕を見ても特に反応はない。だから僕も素通りした。

 虫を見つけた。

 極彩色のカナブンだ。細い木に付いたそれを眺めていると、羽根を持ったトカゲに横からかっさらわれた。

 羽根トカゲは、僕を警戒しながらカナブンを咀嚼している。しばらく見つめ合って………………危険を感じなかったので、その場を後にした。

 思ったよりも倒壊した建物は多い。

 ビルなどの巨大な建造物も、よく見れば傾いていた。時々遠雷に似た響きが聞こえる。これは建物が崩れる音なのだろう。

 下手に建物の中には入れない。外から軽く覗く程度にしよう。

 歩き続けていると、水源を見つけた。

 公園、だろうか?

 一際大きなビルと木々に囲まれた小さな公園だ。まだ水の出ている噴水があり、元は遊具らしい鉄くずが転がっている。

「ガンメリー、急ぎではないが水質調査を頼む」

『了解である。サンプルキットに容れるのだ』

 取り出したシリンダーに噴水の水を容れた。

『リソースの大半を情報解析に使用している。小一時間ほど時間を貰うぞ』

「問題ない」

 ここは仮の拠点として記憶しておこう。

 一つ気になったのは、

「ガンメリー、太陽の位置って変化していないよな?」

『少し待つのだ。画像データを比較する。………………うむ、変化なしだ』

「てことは、夜はないのか?」

『その可能性はある。だがあの太陽が――――――ジ、ジ』

「いや、すまんそっちに集中してくれ」

『了解だ』

 ガンメリーには、受信した情報とやらの解析に集中してもらおう。

 僕は探索だ。

 とりあえず、この周辺を。

「お」

 鹿を見つけた。

 特に異常性の見当たらない普通の鹿だ。僕を見ると逃げ出し―――――――“何か”に食われた。

「なッ」

 ボリボリと、絶命した鹿が食われている。砕ける骨と散らかる内臓、裂ける肉から滴る血が鮮明に見えた。

 見え過ぎていた。

 鹿は、透明な大きい“何か”に食われている。

 彼我の距離は八メートル。全く接近に気付かなかった。

 鹿は残さず綺麗に食われ、透明な“何か”の胃に入ると同時に見えていた血肉も消える。

 微風のような殺気を感じた。その程度しか感じさせない隠密性だ。

 落ちた瓦礫に三本指の足跡がつく。シダを踏み付ける足跡は、真っ直ぐ僕に向いている。

 義父の形見に手を置き、声を上げた。

「アガチオン、背後を守れ!」

 命令は勘だ。

 この透明な“何か”は、あからさまに狩りの手段を見せつけた。それが食欲に負けただけの愚行なのか、もしくは知恵なのか、斬ればわかる。

 シリンダーを投げつけ、消えると同時に消失点を斬る。速度が乗った一撃だ。抵抗感は少ないが、骨まで断った手応えが伝わる。

 同時に背後で金属音。

 アガチオンが“何か”を受け止めていた。そこに剣を突き刺す。ぶ厚い筋肉を貫く感触。引き抜き、五回貫く。

 やはり二匹、いや―――――頭上からもう一匹ッ。

 アガチオンを手に頭上を薙ぎ払おうとする。

 が、

 頭上の“何か”は飛んできた岩に迎撃され、激しい足跡を残して逃げ去る。

「誰だ?」

 まさか他の冒険者が。

 周囲を見回し、手助けしてくれた者を見つける。

「は?」

 岩を投げたのは巨人だった。マリアの父親に似た鉄の巨人だ。

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