【書籍化記念SS】異邦人、ダンジョンに潜る。3 狂階層のロラ
《異世界料理道、勘違い編。うどんとラーメンの誤解は解けるのか?》
※書籍版二巻、三巻の間のストーリーとなります。
ある日、冒険から帰るとキャンプ地に戦いの神が待っていた。
剛腕のグラッドヴェイン。別名、竜狩りの神である。
アマゾネスのような鍛えられた美しい体に、伝統的なビキニアーマー。恵まれた体格を越える超大な大剣を背負い。獅子の顔がついた毛皮のマントを羽織っている。
「ソーヤ、飯だ」
「え、飯? 急にどうしたのですか」
この方、最近よくキャンプ地に遊びに来るのだ。僕の契約した神様二人と、ちびちび酒を飲んでいる。
食い物は、マキナが用意しているはずだが。
「明日は、我らの休息日である。慣わしにより、休息日は眷属達が戦利品を持ち寄るのだ」
かの神に世話になっているエアと、ラナがかしずく。
よい、とグラッドヴェイン様は姉妹を立ち上がらせ続けた。
「と言っても、ここは冒険者の街である。簡単な食事を用意するだけで良いぞ。前に我らが食した『ラーメン』が良い。うむ、明日はラーメンだな。エアの作り方を見て、ちょっとした“趣向”を思いついた。ラーメンだぞ、ソーヤ」
「あ、はい」
神は、ラーメンが食べたいようだ。
しかし実は、 戦いの神グラッドヴェインに振る舞った『ラーメン』は、実は『うどん』なのだ。
人数分のラーメンを用意できなく、妹が機転を利かせてうどんをラーメンとして献上した。幸か不幸か、うどんは好評でエアが時々作りに行っていた。
この際、名前は良いのだが、かの神の言った“趣向”に少し嫌な予感を覚えた。
冒険者になってから、嫌な予感ほど的中するのだ。
翌日。
グラッドヴェイン様の宿舎に姉妹と共に行くと、祝宴はもう始まっていた。
寡黙な戦士の多いグラッドヴェインの眷属だが、宴の席ではどんちゃん騒ぎを繰り広げている。
「よく来たな、ソーヤ。ラウアリュナ、エアよ」
『本日はお招きに――――――』
「よいよい! 宴の席に礼儀などいらぬ」
グラッドヴェイン様は、姉妹の挨拶を中断させ適当な席に座らせる。湯気を上げた豪華な料理と酒に果物が沢山。僕もあやかろうとしたら、引っ張られて宴の席から離された。
「?」
なんぞや。
「ソーヤ、どうだ。我がラーメンの作り方を見て思い付いた趣向である」
「えーと」
僕の前には頑丈そうなテーブルがあった。棍棒があった。
「昨晩、我がこねておいた小麦粉だ」
布袋に入ったうどんの生地らしきものもある。
「皆の者! 宴の余興に我が作った飯を出す!」
『お、おおおおおおお』
グラッドヴェイン様が叫ぶと、席の眷属達はどよめいた。
なるほど、神が飯を。
………………で、前の物がよくわからないのだが。
「しかし、我一人ではこの料理は完成せぬ! 皆の腕を借りたい!」
『おおおおおおお!』
盛り上がる中、僕は状況が掴めないでいた。
うどんだよね? 生地できてるし、今からスープの材料でもみんなで探しに行くのかな?
「このラーメンの仕上げは、人の想いを込める事にある。我らは生粋の戦士ぞ。ならば、食に込める想いも一つ。この棍棒を使い、武を食に込めよ!」
『うおおおおおおおおおおおお!』
眷属達が拳を上げる。うちの嫁と妹も拳を上げていた。
なんか盛り上がっているので無粋なツッコミは口にしないが、色々と間違ってる気がする。
「グラッドヴェイン様。その、人の想いがうんぬんって誰から聞きました?」
「あの喋る柱からだ」
ポンコツ人工知能め、余計な事を。
「では、最初はオレが!」
「よし! シュナ行け!」
最初は僕のパーティから、赤毛の天才少年剣士がうどんに武を込める。割と意味不明だ。
「ソーヤ、ラーメンの生地が余ったらピザ作れ!」
「わかったわかった。無理して怪我するなよ」
シュナは元気に棍棒を手に取り、長剣を扱うのと同じように身を低くして突き殺す構え。
「ソーヤ、テーブルを支えてやれ」
「はい」
神に言われては逆らえず、アシスタントのようにテーブルを傾ける。うどんの生地はずり落ちないように掴んで固定した。
「行くぞ! ソーヤ!」
気合いの入ったシュナの声、対して僕は気を抜いていた。
言うてパーティのリーダーだし、それなりに尊敬もされているだろうし、てか今日はオフの日なわけで、突き込まれた棍棒の衝撃に全く踏ん張りが足りなかった。
僕はテーブルと、生地と一緒に空を飛んだ。
二秒ほど空の旅をして着地。
「ぎゅぇ!」
変な悲鳴が口から出た。
「あなた!?」
「お兄ちゃん!?」
ラナとエアの悲鳴が聞こえた。
「だ、大丈夫。気にするな」
痩せ我慢して手を振る。めっちゃ背中が痛い。
「あんまり飛ばなかったな」
「うむ、シュナ精進せよ」
まずまずとグラッドヴェイン様は眷属を褒める。
僕を飛ばす競技じゃないからな。そんなもん余興にしてたまるか。
グラッドヴェイン様が倒れたテーブルを整え、生地を置く。アシスタントの僕は痛みで動けないでいた。
「では、次は誰か!」
「面白そうだ。やろう」
席から立ったのは、眷属ではなく客。というか、飯をたかりに来た男。
巨躯獣頭の冒険者、知る人ぞ知る強者、飲んだくれ穀潰し、北方の大英雄ラウカンのバーフルヘイジンである。
「そうだな、さっきの赤毛の小僧の倍はソーヤを飛ばしてやろう」
「だから、そういうルールじゃねぇよ!」
うどん叩く余興だろうが! それもどうかと思うがな!
「ガッハッハ! 冗談だ冗談。この棒でテーブルを破壊すればよいのだろう?」
またルールが変わっている?!
「ほう、バーフル。このテーブルは、我が故郷の宴の席で、四百年破壊されず伝説の逸品となって我に献上された品ぞ。いくら、北方の大英雄とはいえ破壊できるのか?」
えーと、グラッドヴェイン様の故郷の人達ってテーブル壊すのが趣味なの?
「できぬ、とは言えんな。戦の神とはいえ女に言われたのでは」
グルルルル、と獣の唸り声を洩らしバーフル様は棍棒を握る。
割と本気な気迫を感じた。
「ガァッ!」
獣頭の男が吼えた。棍棒がテーブルに(一応、生地にも)叩き付けられる。
激しい音と衝撃に目を閉じてしまう。震える空気を肌で感じた。
目を開けると、
「ほう、流石グラッドヴェインに献上された品だ」
バーフル様の握る棍棒は、粉々に砕けていた。
「流石バーフルと言っておこう。その棍棒も、並大抵の強度ではないのだぞ」
「グハハハハハ! とりあえず酒だ!」
グラッドヴェイン様に褒められて、バーフルはご機嫌で戻って行った。
うどん見ろー、ラーメンと勘違いされているうどん見ろー。テーブルがメインじゃないぞ!
「面白そうですね。わたしもやります」
次は、銀髪で二本角のスレンダーな女性が出て来た。この街では珍しい事務服姿だ。
「エヴェッタ、久々に二つ名通りの力を見せてくれるのか」
冒険者組合の僕の担当であった。彼女の二つ名は、磨り潰すエヴェッタ。うどんの生地に関係ありそうでなさそうな名前である。
「誰か! 新しい棒を持て!」
「グラッドヴェイン様。できれば大きな物を」
「うむ確かに! 誰か柱を持て!」
柱って持つ物なの?!
「こちらに!」
眷属の方々が特急で持って来た。
バーフル様より大きい柱だ。両端が折れて間もない事から、今まさに他所の部屋からへし折って来たのだろう。
無茶苦茶とツッコムのも馬鹿らしい。
「ちなみにテーブルを破壊したら賞品はありますか?」
エヴェッタさんは右手一つで柱を持つ。“持つ”というか五指を柱に突き刺している。
強い強いと噂に聞いていたけど、こりゃ膂力だけでもバーフル様と同等か? この細腕にどこから力が来ているのだろう。
「うむ、褒美がなくては本気は出せぬな。我が眷属達が持ち寄った戦利品、その中から一つ選んで持って帰るがよい」
「それは良き」
エヴェッタさんが笑った。ぞくりとする獣の威嚇めいた笑いだった。
柱がテーブルに落ちる。
衝撃で宴の席が、いや建物が揺れた。酒瓶や料理がテーブルから落ちて、そこは流石で眷属達が一つ残らずキャッチした。
あれ? エアが―――――妹の姿が席にない。
さておき、テーブルに視線を戻す。
「くっ」
エヴェッタさんが苦しそうに顔を歪める。
テーブルは無事だった。だが、彼女の持つ柱は半ばから砕けていた。
意味不明なテーブルの強度である。魔法でもかかっているんじゃないのか?
「惜しいな、エヴェッタ。真の強者とは得物を選ばぬもの、これからも精進するのだ」
「はい、現場を離れて鈍っていたようです」
しょんぼりしたエヴェッタさんは、宴の席に着いて両手に骨付き肉を持って食べ出す。一瞬で元気になった。
「次!」
グラッドヴェイン様は叫ぶが、流石の猛者達も、バーフル様、エヴェッタさんの後では続かない。あのテーブルを破壊できるの者はいるのだろうか? それよりも、うどんの生地は無事なのだろうか?
と、その時。
「挑戦させてもらおうか」
一人の中年が声を上げた。
急に現れたのは、禿頭の男だ。腰には剣、肩にはシンプルな黒マント、飾り気がなく立場の割には質素な服装である。体格が良く、年の割にはギラついた雰囲気を持つ。最近まで病床に伏せっていたとは思えない精強な姿だ。
「ほう、面白いな。そなたは実力を隠す人間だと思っていたが」
「老いて趣味が変わる事もありますので」
中年は静かに笑う。
というか、この男はこの国の王である。レムリア・オル・アルマゲスト・ラズヴァ、またの名は『冒険者の王』。
余興に参加するとは………………王様暇なの?
「良き。老いた者の挑戦は、若者の挑戦より価値がある。やってみよ」
「では」
レムリア王は剣を僕に預け、鞘を手に取り、不壊のテーブルの前に立つ。
「?」
小さなどうでもよい発見だけど、レムリア王の鞘を持つ指には針が挟まっていた。
「ふッ」
レムリア王は、素早く軽くテーブルを打った。とてもテーブルが壊れるとは思えない一撃。
あれ? 針が消えている。
と、テーブルが割れた。綺麗に真っ二つだ。
『おおおおおお!』
皆がどよめく中、間近で見て気付いた僕と、グラッドヴェイン様は冷静である。
「このテーブルを献上したのは、この国の王であったな」
「その王は、ちょっとした“仕組み”を知っていたようで」
グラッドヴェイン様とレムリア王が笑う。
だがしかし、他の皆様方の注意は別に向いていた。鍋を抱えた僕の妹にだ。
「アタシが用意したの茹でたわよ~こっちのは中々出てこないし」
レムリア王の目が光る。
「グラッドヴェイン様、あのラーメンを賞品として求めます!」
「良いだろう」
レムリア王、ラーメン(うどん)が食いたくてここに来たのか? いい歳して食い意地が張ってるなぁ。
「えぇー」
いきなりレムリア王がいて驚く妹。
「エア姫よ、気にするな。それよりも早ようラーメンを早よう」
「うどん、なんだけどね」
「うどん? そういうラーメンもあるのか」
ありません。
肝の据わった妹は、王と神の前だというのに物怖じせずうどんを仕上げる。
「お兄ちゃんに教えてもらったんだけど、簡単な割に美味しいのよねぇ」
妹は、トングで鍋のうどんを掬いドンブリに。続いて炒めたベーコンと溶いた卵をいれた。削ったチーズと胡椒もいれ素早く混ぜる。
仕上げに、自家製の魚醤をひとたらし。
「はい、完成。カルボナーラよ」
「カルボナーラ、そういうラーメンもあるのか」
関心するレムリア王。
ああ、増々説明が面倒になってきた。もう麺料理全般を『ラーメン』と呼んでしまうか。
「では、頂くぞ」
レムリア王はカルボナーラ(うどん)を食す。
「むっ」
一口食べ一瞬フォークは止まるが、そこからドンブリが空になるまで無言でガツガツと食い尽くした。お忍びなので王族の気品も忍んでいる。
でも、なんか美味そうである。
「豚肉は好かんが、卵とチーズが合わさると食えるものだな。メンの食感はパンのようで美味し。余の娘の作った病食のラーメンも美味かったが、これはこれで良いな。だがしかし、一つだけ不満がある」
フォークを握り締め、レムリア王は一言。
「スープがない! ラーメンにはスープなのだ! あのスープを飲み干す最後の瞬間が、余韻が、至福の時なのだ。余には必要なのだ!」
飲み干すな。また倒れるぞ。
「うむ、わかるぞ」
グラッドヴェイン様も頷く。
ムスッとした妹が不機嫌そうに言った。
「はいはい、次はスープ作ってくるから。とっておきのやつを作って来るから」
「期待しているぞ、エア姫」
「期待を膨らませて待っているぞ、エア」
とっておきの(辛い)スープに、この二人が耐えられるのかしらんが、それはそれ、また別の機会という事で。
待て、を解除された眷属達と、来客達が、エアのカルボナーラに群がる。
僕は大事な事を思い出して、割れたテーブルに近付いた。
「あの、グラッドヴェイン様。これはどうします?」
「好きにせよ。エアの後では我の料理は霞む」
実は、自信がなかったようだ。戦いの神の可愛らしい所を見つけてしまった。
僕も並んで、最後の方でカルボナーラを頂く。
チーズと卵にベーコンという洋食の素材に、うどんが絡むと不思議な味わいになった。魚醤のせいか、細いうどんのせいか、食感と風味は和食のようなのだが、味は完全にカルボナーラだ。
このよくわからん合わさり方は、異世界にあった味なのかもしれない。
ごちそうさまです。
後日、回収したグラッドヴェイン様の生地でうどんを茹でた。
夜中にこっそり一人で食べたところ、びっくりするほど体中に力が溢れて、変なテンションになった僕は、草原を夜通し走り続けた。
そして気絶して、朝露と群がる羽根付き兎で目が覚めた。
全身筋肉痛で動けなかった。
神の打ったうどんは………………色々凄かった。
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