<第三章:異邦人、最後の冒険の暇> 【14】
【14】
店の前に、三台の馬車が停まっていた。
ホロ付きの荷台に男達が荷物を運び入れている。店からの荷物を、である。
一瞬考えたのは、妹が借金のカタに僕の私物を没収――――――いや、金目の物はアガチオンくらいだが、あれは呼んだら戻って来るし。そも、妹ならコソコソしないで僕がいる時に身ぐるみを剥ぐ。
では、何なのだ? と店に近付く。
親父さんがいた。その内縁の妻と、彼女の店の従業員の姿も。
全員で馬車に荷物を運び込んでいた。
マリアがいた。イズもいた。
親父さんとマリアの関係を考えれば、簡単に答えは出た。
「げ、ダーリン。帰るの早かったな」
「げ、じゃねぇよ。これはどういう事だ?」
顔をしかめるマリアに近付く。
マリアは榛名とハイタッチして答えた。
「妾は、海を越える」
「………………は?」
「中央大陸に行く」
「まさか戦況が、もしかして僕のせいで」
「いや、前から決めていたのだ。ダーリンの案は、ついでにやっておくぞ」
だから、親父さんがレムリアに来たのか。
「急過ぎる」
「急に行かないと、ダーリンは止めるであろう?」
「そりゃ止める」
当たり前だ。レムリアにいれば安全なのだ。命の危険がある中央大陸に、戦場になど黙って行かせられるか。
「止めても行くぞ。妾は使命を見つけた。“エリュシオンに虐げられた人々を導く”。これが、妾がこの時代に目覚めて、生きる理由なのだ」
「マリア、一晩じっくり話をしよう。親父さん達は先に行かせてお前は後で合流しろ。例の力があれば――――――」
「ダーリン、妾のギフトは使えて………あと三回だ」
「なっ」
「体の成長と同時に、ギフトが小さくなるのを感じていた。胸は膨らんだのに力が萎むとは、皮肉であるな」
「余計に行かせられるかッ」
逃走手段に限りがあるのに見送る理由はない。
「ソーヤ隊員、ご安心を」
イズが、僕とマリアの間に立つ。
よく見たら普段の事務服の上にマントを羽織って、小物入れの付いたベルトを腰に巻き、大きな鞄を下げていた。
「お前まで、冗談は止めろ」
「イズは、マリアちゃんと行きます。ロージーが死ぬほど行きたそうでしたが、イズの方がコンパクトハイパワーかつ隠密性能も高いので最良かと。ソーヤ隊員もそっちの方が安心でしょう」
「よし、ちょっと待ってくれ。マリア、イズも」
時雨と榛名を降ろして、両手で『タイム』という姿勢をとった。縛る物は、確か私室にあったから駆け足で取りに行って――――――
「ロージー、ソーヤ隊員が想定通りの行動に移りそうであります。プランAを」
イズの声に、
「かしこまりッ、カリコテリウムッ!」
ピンク色の物体が、正面から抱き付いて来た。僕の手足に触手を絡ませ拘束する。全力で引き千切ろうとするが、ビクともしない。
「このッ、モスモス!」
「はいはい、モスモスで結構です。二人の門出を見送りましょうねぇ~」
「馬鹿野郎! 戦場に見送れるか!」
「ソーヤさん、イズが二重三重に安全策を用意しています。護衛も信用できる方ですし、最悪の場合は転移して逃げれば良いじゃないですか」
「三回だぞ! それに護衛って親父さんの事か?! 見ろよ、もう爺だぞ! 明日にでもぽっくり逝ったらどうするんだ!」
「あんた、相手しちゃダメよ」
仕込み杖を抜いた親父さんが、女将さんに止められていた。
「ダーリン、まるでダディみたいだな」
「あいつにお前を任されたんだ! 僕の目の黒いうちは危険が危ない事はさせん!」
「では、ダーリンも一緒に来るか?」
「ぐッ」
言葉に詰まる。
行けるものなら行ってやりたいが、僕が動けば残った王子も動くだろう。戦況が悪い方向に動くかもしれない。
それに、今の生活を捨てて他所の土地に行けるのか? その覚悟が僕にあるのか? 浮ついた心で人を殺せるのか? こんな問答を、今この瞬間に答える事はできない。
「ごめん、意地悪な質問だった。妾は行く。これは独り立ちなのだ」
寂しさを感じるマリアの言葉。
感じ取ったのは僕だけではない。
「マリアちゃん、どこかゆくの?」
榛名はしょんぼりした顔でマリアに言った。
「ハルナ、妾は他所の大陸に行く」
「もう遊んでくれない?」
「そんなことはないぞ。帰ったら遊ぼう」
「お土産は?」
「沢山持って帰ろう。そうだ、土地にハルナの名前を付けてやろう」
「ほえー」
理解していないが、榛名は感心している。
あれ、時雨がいない。と思ったら、店から何か抱えてマリアの元に駆け寄った。
「マリアさん、これケチャップと乾燥パスタ。ベーコンもあるから、ナポリタンにして旅先で食べてよ」
「おお、忘れるところだった」
マリアは食料を受け取ると、片膝を突いて榛名と時雨を抱き締める。
「二人共、健やかに生きるのだ。母の言う事はよく聞き、父の行いには広い心で受け止めてやれ」
「イズからも良いですか?」
イズは、無表情のまま時雨の頭を撫でた。
「シグレ隊員。あなたは心身共に優秀な人です。ですが、優秀であるが故に無理をしがちです。時には、気持ちを押さえず人に頼るのも一手でありますよ」
「え? あ、うん、はい」
イズのアドバイスに困惑しつつも時雨は頷く。
「で、僕が話しても良いか?」
「駄目であります」
「イズ………もう止めやしない。代わりに約束しろ。マリアもな」
マリアは、『なんだ?』と目線を寄越す。
意志の強い瞳だ。僕の口じゃ変えられない。
「何かが起こるとしても、起こったとしても、二人でここに帰って来い。誰かを見捨てる事になったとしても必ず帰れ、約束しろ」
「ふむ、そうなると二回は余るでありますな。マリアちゃん、どうするでありますか?」
「その二回は妾達の好きなように使おう。例えば、ダーリンのピンチを助ける為とか?」
「僕はいい。自分達の為に――――――ん?」
イズとマリアの並んだ姿を見て、既視感を覚えた。
「よし、二回はダーリンを助ける為に使い。最後の一回で妾達は逃げるとしよう」
洞窟と吹雪の映像がフラッシュバックする。もう少しで何か思い出せそうだが、頭痛がして脳に霧がかかった。
これは何だ。疲れか?
マリアの背後で動きがあった。馬車への荷物入れが終わったようだ。テュテュが、元同僚達と何か言葉を交わし僕らの傍に来た。
「テュテュ」
マリアはテュテュに抱き付く。甘える子供みたいに。
「テュテュのご飯は、ほっっっとうに美味しかった。妾の心身が癒え、成長したのは、あなたとシグレの食事があったからだ。ありがとう」
「帰ってきたら好きな物なんでも作ってあげるニャ」
母子のような抱擁だ。
御者台に座った親父さんが言う。
「マリア、どうする? 一日くらいなら伸ばせるぞ」
「行こう、メディム。一日でも惜しい。一日でも早く家に帰る為に行こう。皆―――――」
マリアは最後に僕らの見回し、その姿を忘れまいと目に収めた。
「――――――達者で。いつの日か、土産話と戦利品を大量に持って帰って来るぞ」
爽やかに笑ってマリアは馬車に乗り、イズも続く。
「ソーヤ!」
マリアは、僕を名前で呼んだ。
「愛している!」
「僕もだ! 寝る時は暖かくしろ!」
マリアは全力で手を振る。イズも小さく手を振る。
馬車が見えなくなるまで、二人は手を振り続けた。
沈黙と寂しさが流れた。
………………最初の娘が、独り立ちしてしまった。
「イ˝ズとマ˝リ˝ア˝ちゃんが行っぢゃっだァァァァァァァ!!」
ロージーがギャン泣きしだした。子供が引くレベルの大泣きだ。
僕の寂しさが消し飛ぶ。
てか、
「痛い。いやおい、マジで痛い。モスモス! 触手絡ませるの止めろ! 骨が折れる!」
ロージーの触手が万力の強さで僕に絡む。
「ビェェェェェン!」
「時雨! 油持って来い! こいつ剥がれない!」
って、一つ忘れていた。
「時雨!」
「もーなんだよ」
「僕の私室に銃がある。弾薬ポーチも一緒に持ってきてくれ。マリアに渡さないと! あ、他にも対弾用のカエルを何匹か!」
「わかんないよ! 自分で取りに行けば!」
騒がしいので時雨に怒られた。
「ビャー!」
「モスモスうるせぇ!」
その後、泣きわめくロージーを引っ付けたまま、マスケット銃と弾薬、例のカエルを手にマリアを追った。
道中、街中で渡したい代物が次々と目に入った。片っ端から買って大荷物を抱え近港に到着。大泣きするロージーと一緒に、マリアと二度目の別れをして船を見送った。
騒がしく、久々に疲れた。
寂しくも良い別れだったのだが、何か台無しである。
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