<第三章:異邦人、最後の冒険の暇> 【13】


【13】


 三日が過ぎた。

 僕の体は順調に回復している。

 明日は無理でも、二日後、三日後には万全に近い状態に“体は”整う。

 問題は精神だ。

 テュテュやランシール、一番の問題である妹にも、冒険者を続ける事を言えていない。

 親父さんは『冒険者は、てめぇ勝手なもん』と言ったが、その通り口にできるほど僕は腹を括れていない。

 結局は、怖いのだ。

 ここ最近の穏やかで慣れた生活が壊れる事が。

「おニャーちゃん、草」

「食えるやつだな、いれていいよ」

「おニャーちゃん、虫」

「バッタだな。いいぞ、ポケットのやつも全部いれろ」

「えー飼いたい」

「バーフル様で我慢しろ。今日は新しい食材探しなんだから」

 本日、店はお休みである。

 それで時雨と榛名を連れ、草原にやってきた。

 ピクニックのつもりだったのだが、時雨は大きな籠を背負って草原で食材を採取していた。榛名もそれを手伝っている。

 てか、バッタ食うの?

「時雨、虫食は………」

「エビと同じだろ? 大丈夫、ちゃんと脚モイでモツ出すから」

 いや、調理方法の問題じゃなくて。

「おニャーちゃん。ハルナ、串焼きがいいです! 甘辛なのがいいかと!」

「そだなー甘辛のタレに漬けてみるのも面白いかな。でもとりあえず、串焼きにして塩で食べてみよう」

 たくましい子供達だ。無人島でも生き延びられそう。

 僕も食材採取に協力する。

 川でクレソンを見つけたので、水を掃って革袋に入れた。合わせて、カラシナ、セリ、オオバコを採取する。

 この辺りは、前の生活拠点だったキャンプ地の周辺だ。食える野草の場所は、記憶に残っている。過ごした思い出の幻影も残っていた。

 懐かしさに浸っていると、手にしたオオバコが羽根付き兎に食われていた。

 在りし日の雪彦に似た姿。

 一瞬で肉になった思い出だけど、鮮明に残っている。

 と、

「ウサギ!」

 榛名は、ヘッドスライディングして兎を捕まえた。ギュェーと兎は暴れて悲鳴を上げる。

「こらこら、可哀想だぞ」

「パパ、ウサギ食べたい!」

「そこは飼いたいにしとけ~」

 うちの子の可愛い基準がわからん。

 まあ、バッタより美味いとは思うが。

「おニャーちゃん! ウサギは美味しいですか?!」

「鳥とあんま変わらないよ。いれて」

「あいあい!」

 羽根付き兎は籠に容れられる。飛んで逃げれば良いのに、籠の野草を齧りながら呑気にくつろぎだした。

 後でこっそり逃がしてやろう。

「ハルナ、もっとウサギをホカクします」

 榛名の狩猟魂に火が点いたようだ。

「遠くに行くなよ~」

「あいあい!」

 僕に手を振り、榛名は草原を駆ける。手頃な木の棒を拾って、羽根付き兎達を追い掛け回す。

 僕と時雨は、黙々と野草を採取した。

 特に話す事はない。

 特に話さなくても変な空気ではない。

 時雨と何か作業をする時は、いつもこんな感じになる。

 小一時間で籠を野草で一杯にした。野草に埋もれた兎は、首だけ出して満腹で眠っていた。

 ふと手を止めて、肩が触れそうな距離にいる時雨を見る。

 黒髪のポニーテールと猫耳に尻尾。いつもの調理服と違い、今日は余所行きの恰好だ。紺色のワンピースと、僕の着古したシャツを袖を捲って羽織っている。新しいのを買うと言っても『節約だ』と聞かない。飾り気は、榛名がプレゼントした髪留めだけだ。

 目付きの悪さはともかく、端整な顔立ちである。そこは母親似で良かった。

「フゥ、結構採れた」

 時雨は額の汗をシャツで拭う。僕は、重たくなった籠を代わりに背負った。

「確かに、沢山採れたな。少し重い」

 子供にはキツイ重さだろう。

「ソーヤは冒険の時、もっと重い荷物を運んでるだろ?」

「そうだな。世に広まるのは華々しい詩ばかりだが、冒険者の仕事の大半は荷物を持って歩く事だ」

「へぇー地味なんだな。飯屋とあんまり変わんない」

「食材に襲われたりはしないけどな」

 二人で歩き出す。

 榛名は兎追いに夢中で、近付く僕らに気付いていない。流石の榛名でも、飛んで逃げる兎は捕まえられないようだ。

「でも、毒袋取ったりするのは命懸けだぞ」

 自慢気に時雨が言う。

「危ないだろ。止めろ」

 飯屋で毒て。

 パーティ組んでいた時も、毒のある素材は全て廃棄していた。街に持ち帰った事はない。

「お客さんが持ってくる食材だから断れないんだ」

「断れ。危ないって」

「毒の持ち帰りは断ってるよ。犯罪に使われても困るし」

「いやいや、そういう事じゃない」

「大丈夫だって、すごく気を付けているから。万が一の為に、解毒用の料理も作ったし」

「解毒の料理? そんな便利なものがあるのか」

 欲しいぞ。

 今までは運良く大事には至っていなかったが、一人の時に毒にやられたら終わりだ。

「半日くらい体液吐き続けるけど、いる?」

「………改良を頼む」

 最悪、脱水症状で死ぬ。

「がんばってる」

「頑張ってくれ。でも、毒は扱うな」

「ん~お金ない人も多いから断りにくいんだ。うちの店、食材の持ち込みすると割引するから。毒を除去したら美味しい食材もあるし、カーちゃんも『色々触れるのは経験になるニャ』って」

「ん~気を付けてくれよ」

 心配だが、店の方針にはあまり口を出したくない。

 今の店は、テュテュと時雨が試行錯誤して軌道に乗せた。僕は見守るのが最善だ。助けを求められたら、声が無くともサインを察知して手助けすれば良い。できるのはその程度だ。その程度以上やると店に迷惑がかかる。

「ハルナー! 帰るよー!」

「あーい!」

 時雨が呼ぶと、榛名は全力ダッシュして僕に跳び付いて来た。

 受け止めた衝撃で、体力の回復を実感する。

 首に抱き着いた榛名を義手で支えた。右手は時雨に差し出すが、

「いいよ。子供じゃあるまいし」

 と、子供に拒否された。

 足は街に向いた。だが、もう少し遊ばせたい気もある。

「時雨、榛名」

「おニャーちゃん。ウサギも串焼きできますか?」

「できますな」

「串焼きはなんでも美味しいのです」

「じゃ、帰ったらバッタとウサギを串焼きにしよう」

 二人はそうでもない様子だ。

 それでは帰路に就く。

 手間のかからない子供で助かる。いや、本当の手間な部分は人任せか。

 親らしい事って何なのだろうな? 

 わからない。悩み事がまた一つ増えた。白い髪が禿げそうだ。笑うレムリア王が脳内に浮かんで、口が苦くなる。

「野草はどうしよう」

 時雨に意見を求められ、

「ハルナはパスタがよいです」

 と榛名。

 僕は、

「天ぷらが良いかな」

「揚げ物? お店休みだから大量の油使うのもったいないよ。明日ならいいけど」

 天ぷらは却下された。

「パスタ! ハルナ! パスタ!」

「そだね。ペペロンチーノに野草いれよう。原価安いし、格安メニューで売れるかもだし」

 他にも時雨は調理案を次々と出す。

 榛名は頭がパスタになった為、全てがパスタに繋がり、僕の希望も何となく採用された。

 本日の昼飯は、バッタの串焼き、バッタの甘辛炒め、野草をいれたペペロンチーノ。ウサギはもう少し太らせてから食べる事に決定。

 馬車とすれ違いながら街に入る。

 今日もいつも通り、大通りは人混みで溢れていた。

 慣れ親しんだ冒険者の街。

 白い尖塔を抱いた石造りの街。

 榛名と時雨の成長が早いせいか、色々とあったせいか、もう十年以上ここにいる気がする。

 ………………マズい。

 これが老いというものか? 嘲笑するメルムと親父さんが脳裏に浮かんだ。あ、親父さんまだ死んでないや。

「ん?」

 垂らした右手に柔らかい感触、時雨が僕の小指と薬指を握っていた。まじまじ見ると照れ隠しで怒りそうだから、特に反応せず歩いた。

「んふふー」

 榛名は、超上機嫌で僕に頬擦りしてきた。

「ふっふー」

 似たような感じの声を上げて、僕は榛名の額に額を合わせた。

「なっんだよ、気持ち悪い」

 時雨の声は少しうわずっていた。照れ隠しがわかりやすい。

「たのしいね」

「フツー」

 笑う榛名に、ぶっきらぼうな時雨の返事。

「パパ、また草原ゆこうね」

「こんな近所で良いのか?」

「こんな近所でもよいのです」

 ムフーとした榛名の顔。

「時雨、ほら迷子になるぞ」

「ならない」

 そうかもしれないが、時雨を抱き上げる。

 珍しく抵抗はしない。やや頬が赤い気もするが愛嬌という事で。

 仏のような顔で榛名が微笑んでいた。この子はこの子で、変わっているよなぁ。

 両手に子供を抱いて路地裏に入った。

 何故かというと、通り過ぎた冒険者に人攫いのような目で見られたからだ。丁度、ここは近道である。店までは――――――家までは、すぐそこだ。

「なあ、二人共」

 家に到着する前に、この子達には言っておこう。

「僕は冒険者を辞めない。続けられる限りは続ける。………嫌か?」

「ハルナはよいとおもいます」

 すんなり、榛名から許可を頂いた。

 時雨は逆に質問してくる。

「それって今と何が違うんだ?」

「違わないかもな」

「じゃ、ボクもいいよ。今と変わらないならいいよ」

「助かる」

 時雨からも許可を貰う。

 変わらないなら良い、か。皮肉だな。僕は今を変える為、失くした彼女を探しているのに。変わらないモノなんてないのに。

 子供らしい儚い願いだ。

 そう、世界は変わる。

 眠り閉じこもっていても世界は変わる。

 その証拠に、家に帰ると一つ日常が変わっていた。

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