<第三章:異邦人、最後の冒険の暇> 【07】


【07】


「断る、と言ったら?」

「貴様の血筋を全て喰らい。生きた証を灰にしてやる」

 本気だろうな。ステラは脅しで言っているのではない。

 所詮は人間の真似事をしているだけの別の生き物だ。いや、人間の真似をしているから言える言葉なのか?

 どうでもいい。

「ニセナ、お前の姉はこう言っているが、お前はどうする? こいつは榛名や時雨を食い殺して店も焼き払うつもりだぞ?」

「………………」

 ニセナは表情を歪ませる。

 僕は腰を降ろした。剣は持ってきていない。ウルの銀剣はいつでも呼び出せるが、まだ使う時ではない。

「僕は冒険帰りで疲れている。今襲われたら殺される。ほら、ニセナどうするのだ? お前次第だぞ」

 竜の姉妹を見る。

 兜の中で、僕は驚くほど冷たい表情をしていた。感情を偽る術は、何もかも凍らせるのが一番だ。

「姉上」

「どきなさい妹よ」

 ニセナは、僕をかばうように前に出た。

 内心、胸をなでおろす。

 こいつの親愛は、名前と違って偽物ではなかったようだ。

 竜の相手は竜が一番。

 僕は全力を出せば退ける事は出来るが、殺しきれるかが不安なのだ。竜殺しの神が姿を隠した今、この国で“確実に”竜を倒せる者はいない。

 殺せたとしても、その後の混乱が想像できない。ネオミアで見た眠れる竜の件も、不安の一因である。

「姉上、お聞かせください。【黒い竜】を何故に求めますか?」

「当方個人の考えではありません。ホーエンスが求めるが故でございます」

「嘘ですね。アレが、人に御せぬモノだと姉上は知っているはずです。長年身を置いた巣に毒物を持ち込むなど、情が深い姉上らしくありません」

「所詮、人は人、竜は竜でございます。連中の事など―――――――」

「人と恋仲になって勘当された姉上が言う事ですか?」

 ステラは死人のような無表情になった。

 見た事がないのに見覚えがある顔。ああ、今の僕に似ている顔か。

「確かに人を愛した時はありました。けれども、過去の事でございます」

「忘れていないからこそ、まだ人と共に在るのでは? 人の歴史を本として書きたいのでは?」

「忘れました。あんな太陽が苦手で生白い癖に、土いじりが好きな馬鹿な小さい男など」

 具体的に覚えているな。

「もしかして、この国があの男が作った物だから、そこに【黒い竜】を置きたくないのですか?」

「街に面影はあれど、誰も覚えてはいない王でございます。そんな人間じみた情感などで動きません」

 それでしか動いてないようにも思えるが。

「ステラ、僕からも聞きたい。ホーエンスは【黒い竜】をどうしたい?」

「永久に封じます。勇者というカルト集団には、もう任せておけません。事実、封印に失敗しているでございますし」

 勇者をカルト呼ばわりか、酷い言われようだ。

「ホーエンスが封じられる保証は?」

「では、貴様が永久に封じられるとでも?」

 水掛け論だ。

「今後はともかくとして、今現在は封印できている。それを解いてお前らに受け渡すリスクは負えない」

「リスクと言えば、貴様らに封印させておくリスクも多大なモノでございます」

「姉上」

 ニセナは僕を蹴ってから、姉の言葉を遮る。

 何故に蹴ったし。

「それにソーヤも、むしろソーヤにこそ強く言いたい。人の美徳とは協力と共生であろう。何故にそれが頭にない?」

「人の悪徳は寄生と堕落でございます」

「姉上も少しお黙りを。ソーヤ、姉上に協力を頼め。その背後にいるホーエンスにも助力を求めよ。それが一番だ」

「信用できない」

 この竜も、ホーエンスも、ジュミクラも何もかも信用できない。

 あの黒い竜を任せるに値しない。

「こなたの姉だぞ。こなたも信用していないのか?」

「それとこれとは別の話だ。お前を信用するからって、その身内を信用するのは馬鹿だ」

「信用せよ。一度は王となった男が、器の小さい事を」

 人が一番気にしてる事を。

「妹よ、当方もその男を信用しません。薄暗い人の業を感じます。身を引いたとはいえ魔王の素質は消えていません。次、何をするのか知れたものでございます」

「僕が何をするって? 言ってみろよ」

「国崩し。所詮、簒奪者とは他人が作った山を崩して悦を感じる異常者でございます。最初こそ弱者の為、自由の為と謳っても、皆等しく魔王と呼ばれるに相応しい汚物を撒き散らす最後を迎えます」

「最後なら迎えた」

 魔王は死んだ。

 国を崩して悦に入るとか、僕は異常者だがそういう趣味はない。

「偽りの最後など」

「再誕するつもりはない。だから冒険者として街にいる」

「それこそ疑問でございます。魔王よ、何故に冒険者を? あのダンジョンに何を求めるので?」

 敵意のない純粋な興味だけの質問だが、僕の内心を一番揺さぶった。

「姉上、今は関係のない事です」

「いえ、大いに関係あります。この魔王の真の姿を確かめねば、大陸の危機となるでしょう」

 ニセナが話を逸らそうとするが、そうはいかないらしい。

 面倒な奴に興味をもたれた。危険視されているだけかもしれないが。

「さあ、魔王よ。冒険者を語るなら言うのでございます。ダンジョンに神秘を求める理由を」

「生活の為、と言ったら?」

「当方、これ以上の冗談は要りませぬ」

「………………」

 最初の目論見は、金の為、ホーエンスとジュミクラを利用するだけだったのに、上手く行かないものだな。こんな奴に僕の内心を話さなきゃならないとは。

 僕に謀は無理だ。………………仕方ない。

「女を探している」

「女とは? どこの誰でございますか?」

 仕方ないとはいえ、すげぇ言いたくない。仕方ないが。

「ラウアリュナ・ラウア・ヒューレス」

「え? 全くわからないでございます。何故にホーエンスきっての魔法使いを」

 そりゃホーエンスの人間ならラナの事も知っているよな。

 更に説明が面倒になる。誤魔化せない。

「僕の妻だ」

「彼女が結婚したと噂で聞きましたが、それがあなたとは………………いえ、おかしい」

 ああ、おかしいさ。

「街で噂を仕入れましたが、彼女は【放浪王】に囚われ殺害された聞きました。魔王に殺されたとも。ですが、夫に関する情報が皆無でございます。死んだという噂も、生きた足跡すら皆無でございます。誰も噂すら………これは少し面白い」

「僕が彼女の夫だ。誰も覚えていなくてもな」

「可能性があるのは、忘却の力でございますね。かつて、それで呪いを解こうとした女がいました。確か、ミスラニカなどという悪女の逸話が残っています」

 流石、ホーエンスの司書。それを知っているか。

「尚の事、理解に苦しみます」

 ステラは、ニセナを少しどかして近付く。

 見下して僕に言った。

「死んだ女をダンジョンで求めるとは、死霊として使役するつもりですか? 過去似たような悪行を見聞きしましたが、どれも結果は陰惨でございます」

「………………ラナは死んでいない」

「死は噂に過ぎないと。死んだ魔王が目の前にいる状況でございますし、そんな事もあるでしょう。して、ダンジョンにいる理由は?」

「………………」

 答えにくい事をグイグイと、こいつ嫌いなタイプだ。

「理由は?」

「姉上、人には色々あるのです。気持ちの整理というか、現実逃避というか」

 ニセナに気を使われた。

 凄いショックである。

「はあ、つまりは妻が死んだ事を認められないさもしい男が、現実を直視したくないからダンジョンに潜っているのですね。つまらない話でございます」

「ラナは生きている」

「当方にも愛した人を探していた時期がございました。しかし、死は死でございますよ。世界に残り香を見つけても、近付けば消える幻に過ぎません。虚しさが増すだけでございます」

 急に優しい口調になって、ホント腹が立つ。

「もう一度言う。ラナは、生きている」

「想い合った人々の魂は還る場所が同じと聞きます。神の下とも、望郷とも、地獄とも聞きますが、いずれあなたもそこに行くのでしょう。ですので」

「彼女の魂は、そこにはない。僕にそう言った男がいる」

「男とは?」

 僕は苛立ちながら言ってしまう。

「ロブだ」

「ロブ? まさか大炎術師ロブという冗談でございますか?」

「そうでございますだ」

 口調が伝染した。

「ロブが没した後の世、名立たる炎術師、ホーエンスの歴史に残る魔法使い、冒険者、炎教の司祭ですら、ロブから天啓を得た事はございません。あなたのような………………あ、ど忘れしていましたが、あなたは【劫火】を手にしていたのですね」

「そうだ。ホーエンスの癖に忘れるなよ」

 大魔術師様が、殺してでも奪い取ろうとした力だぞ。

「当方は、火を封印した身なので火には鈍感なのでございます」

「知るか」

 本当に知るか。

「ふむ、【劫火】の使い手がロブから天啓を受けた。ない、とは言えない奇跡でございますね」

「だからラナは――――――」

「ダンジョンにいると?」

「そうだ。そうロブが言った」

「んー」

 ステラは、形の良い顎に触りながら考え込む。

「姉上、どうですか?」

「妹よ、そこの魔王兼冒険者の到達階層は?」

「五十五階層と聞いています」

 ステラの問いにニセナが答えた。

「それはそれは、上級冒険者でございますね」

 ステラは関心した様子を見せる。

「条件がございます」

「は?」

 いきなり条件と言われた。

「ソーヤとやら、あなたの冒険譚を書かせなさい。それならば、当方は【黒い蛇竜】の封印を手伝いましょう。ホーエンスに渡さずに、でございます」

「だから信―――――」

 ―――――用していない。

 と、ニセナが肩に座ってきて僕の言葉を遮る。

 小さい尻だな。きちんと飯食ってるのか?

「ソーヤ、姉上がここまで折れてくれたのだぞ。妥協せよ!」

「しかしなぁ」

「しかしなどない! ハルナや、シグレの事を思え!」

「ぐぅ」

 それを言われると辛い。

 なら、保険を付けるか。

「ステラ、一つ条件がある」

「何でございましょう?」

「僕の冒険譚を書くのは構わない。だが、助手を付ける」

「監視でございますね」

 監視だ。

「ロージーという【々の尖塔】の【記憶の聖堂】で司書をやっている奴だ。僕の記録を付けているから、それを聞いて冒険譚に………ッ」

 闇と、泥と、炎が見えた。

 フラッシュバックだ。繋がったのは王子の姿。

「待て、書いて伝えなければならない物語がある」

「それは?」

 ステラは興味をもったようだ。

「【放浪者セラ】の物語だ」

「セラ? 確かネオミアに【追放者セラ】という罪人がいたような」

「彼女は罪人ではない。希代の魔法使いであり、英雄であり、冒険者であり、母親だ。エリュシオンの影、ヴィンドオブニクルの真実、知りたくはないか?」

「母の物語でございますか。それは少し、興味がありますね」

 ニセナの尻をどかして、手を差し出す。

 ステラは僕の手を凝視した。

「彼女の物語を後世に伝えると誓え。それならば、僕はお前を信用する」

「誓いましょう。全ての物語は、誰かに語られるべきものなのですから」

 冷たい竜の手を握る。

 この選択が後に繋がるのなら、あの子に伝わる物語なら、間違いではないはずだ。

「では、ソーヤ。姉上と協力するのだな?」

「ああ、してやる。行くぞ、ラザリッサの牢へ」

 竜が二匹もいるなら、僕が暴れても大丈夫だろう。

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