<第三章:異邦人、最後の冒険の暇> 【06】


【06】


 激闘のランチライムを終えて、戦い疲れた戦士達に焼きそば(残り物)を振る舞う。

「ソーヤさん、ロージーは目玉焼きを二つ所望します」

「では、イズは三つで」

「ソーヤさん。ロージーは四つで」

「では、イズは五つで」

「ソーヤさん! ロージーは六つで!」

「フライパンにあるから適当に食え」

 子供のように張り合うピンクと黒にうんざりする。

 平等に扱わないとうるさいやつだ、これ。子供かまったく。

「しかし、イズ」

 豪快に焼きそばを食べながら、ロージーはイズに言う。

「こう身体を突き合わせて見ると、何か違いますね。イズの方が貧相、ぷぷっ」

「イズの方がコンパクトかつ機能的であります。燃費も良いです」

 イズは、ちまちまと焼きそばを食べながら言葉を返した。

「ロージーの方が、胸が! 胸が大きいですね!」

「尻、太腿も大きいでありますね。むっちりロージーに改名するであります」

「ちょ! 気にしてるのに! 触手が重いから仕方ないんですぅぅぅ」

「その触手で移動しているのに何故に下半身が太るのでありますか?」

「動かしてないからでしょ」

「自分から原因を話すとは」

 やれやれであります、とシニカルに笑うイズ。顔は同じなのに性格が違う奴らだ。

「てか、触手一本生えてこないのですけど。割とバランスとるのムズいです。イズ、これどうすれば?」

「賢さを上げればまた生えるかと。イズにはそんな無駄な物はいりませんが」

「ふかー!」

「しゃー」

 喧嘩しそうな二匹は放置。

 客席を覗くと、人は三つ編み眼鏡と、近所の洗濯屋のおばさん三人組。他の冒険者達は昼飯を食ってさっさとダンジョンに出かけた。

「エア、ちょっと離れる。キッチンを任せて良いか? この触手と黒いのを好きに使ってくれ」

「あいにょー」

 エアは口をモグモグしながら答える。彼女はランチタイムが終わってからも、何かを作っては味見し続けていた。

 エアの調理は、それはもう成長していた。前から才能はあると思っていたが、今や一人で店のキッチンを回せるレベル。

 時雨やテュテュと比べると、やや荒があるようにも思えるけど。数を重ねれば自ら悟るだろう。

 僕が教える事は、もう何もない。

 悲しさを感じながら三つ編み眼鏡の所へ。

「場所を“変える”ぞ」

 連れだって店の地下に行く。

 途中、ニセナに捕まる。

「む、姉上。そんな男と何処へ? ………まさかッ」

「妹よ、これから人目のつかない地下で、口外できないような事をしてくるのでございます」

「間違ってないが、誤解を生むな」

 ドラゴン姉妹の会話を遮り、深い地下に続く階段を降り始めた。

 ニセナも後ろからついて来る。

「では、ソーヤ。ナニしに姉上と地下に行くのだ?」

「色々試しに行く」

「うわ、イヤラシイ」

 そりゃお前の方だ。スケベドラゴン。

「ニセナ、榛名は大丈夫なのか?」

「ぐっすり眠っているのだ。それはそうと、勘当されたとはいえ姉は姉。地下では本気も出せぬ故、心配。こなたも行くぞ」

 姉が勘当か。どこかで似たような事を聞いたな。

「で、姉上。今日のランチは何でした?」

「前に食べたレーメンという物を、ソースに絡めて焼いた物でございます。野菜は火が通っているのにシャキシャキであり、少ないながらも肉は上質。小さい卵を焼いた物が載っていて、黄身とメンを絡ませて食べると濃厚かつ恍惚な味わいに。あの卵は良いですね。色んな料理に載せるだけで幸せを呼ぶでしょう。妹よ、あれは何の卵でございますか?」

「あれは、二足鳥の卵ですよ。確か、【朝鳥のコルクァ】と人間共に謳われている神の似姿です」

 懐かしい。

 そういえばそんな名前だったな。軽くちょっかい出されたが、ポットだった頃のロージーとミスラニカ様が一蹴していた。

「なるほど、神の似姿でございますか。それは食した事が………………え?」

「あの店では日常的に神の似姿を捌いています。しかも、この地下で繁殖もしています」

 繁殖はゴブリン達の仕事だ。品種改良で、最近のは肉が更に美味い。

「普通、神が天罰を与えるのでは?」

「はい、姉上。与えますが、どーにもたぶん恐らく“最初”にコルクァの似姿を殺した者が、神殺しの性質を持っていたのでしょう。もしくは、神が報復相手を見つけられなかったとか」

「つまり、【朝鳥のコルクァ】は神格を破壊されたのでございますね。それで、似姿が飯屋の材料に堕ちたと」

「肉も美味でありますよ。こなたは手羽先を甘辛くした料理がお気に入りです。骨からとったスープも上品で口当たり良く美味し。羽毛は寝具や服。捨てる所のない生き物です」

「ほほー神如きの似姿にするには、惜しい鳥だったのでございますね」

 僕の背後で、ドラゴン姉妹が料理談義に花を咲かせる。

「惜しい鳥です。あ、忘れるところだった。揚げ物が絶品ですよ。こなたは揚げたてサクサクも好きですが、タルタルソースを贅沢につけて食べるのが好きですが、最近好んでいる食べ方は、甘酢と酒と特殊な調味料で作ったソースに、生野菜と一緒にして一晩漬けるのです」

「ほほう」

 三つ編み眼鏡が興味ありげな声を上げる。

「一見サクサクの揚げ衣を台無しにする調理ですが、意外にも、意外にも! 大人な酢の味が肉の隅々まで浸透して、ふやけた衣にも味が浸み、野菜にも肉の味が広がり、酒に合うのです。この冷たい料理と一緒に熱い料理を食べると、また良き良き」

「ほーほほー」

 フクロウみたいに三つ編み眼鏡が鳴く。

「で、妹よ。もしかしてその料理の木札を?」

「こちらに」

 サッと何かを取り出し、しまう音。

「むっ、赤インクとは!? その『揚げた鶏肉を甘酢で野菜と一緒に一晩漬けた料理』とはそれほどでございますか?!」

「漬け用のソースに、発酵物から抽出した調味料が使われているのです。これが貴重な物です」

「むっ、貴重と言われて食べないわけにはいきません。帰ったらすぐ『揚げた鶏肉を甘酢で野菜と一緒に一晩漬けた料理』を注文するのでございます」

「むっふふーん、調味料あったかなぁ~♪」

 こう話していると普通の人間の姉妹だ。

 そういや、竜ってどういう家族関係なのだ? こいつらにも父親や母親いるのか?

 と、階段が終わる。

 姉妹は背後で話し続けている。

 ここは、廃棄されたダンジョン。つまりはゴブリン達の住居の一角である。

 T字路を真っすぐ進み、仕掛けを作動させて隠し通路を開ける。そこからまた300メートル近くダンジョンを進み。

「着いたぞ」

 ようやく目的地に到着。

 外と変わらないくらい明るい光に満たされた広い空間だ。ここは、雪風の工房の試験場である。

 ドワーフが作った装置や、兵器の試験をする場所だ。

 僕らの足元には未完成の装置や、壊れた武器防具が無造作に転がっている。いや、もしかしたら計算されて置かれているのかもしれない。下手に触らないでおこう。

 ってニセナの奴、触って遊んでいる。知らんぞ。

 広間の隅から、置いておいたマスケットを手に取る。

「えーと………………」

 あ、三つ編み眼鏡の名前を忘れた。

(ステラだ。姉上は名前を間違えられるとブチ切れるぞ)

 ニセナからナイスサポートが入る。

「ステラ、僕が言うまで歩いてくれ。お前をこれで撃つ。“それ”の性能が確かなら問題ないはずだ」

「ええ、問題ございません」

 ステラは歩き、20メートル当たりで声をかけて止める。

 彼女は取り出した“生物”を肩に置いた。

 ホーエンスが耐弾用魔法として持って来た“それ”は――――――――

「ゲコッ」

 と、鳴くカエルだった。

 皮膚が半透明で内臓が透けて見えるカエルだ。サイズは大人の拳ほど。

「………………マジで、それ大丈夫なのか?」

 撃つ僕の方が心配になる。

 竜だから撃たれても平気だろうけど。

「この『耐弾魔法生物』の性能は、あなたの要求通りでございます。さっさと撃つのです」

「そう言うのなら」

 マスケット銃に弾を込める。

 薬包を破り中の火薬を火皿に入れた。こぼれないよう手で押さえつつ、銃身に残りの火薬を注ぎ、薬包の弾丸も入れて銃身に備えられた棒で奥まで押し込む。

 火打石の役目を果たす翔光石のハンマーを上げ、構え、ステラの眉間を狙い引き金を引いた。

 落ちたハンマーが火皿の火薬に火を点け、軽い着火音から火薬が炸裂して銃弾を放つ。

「ッ~」

 耳が痛い。視界を遮る煙を払うと―――――――当たり前だが無事なステラがいた。

 銃弾は、カエルの体内にある。

「嘘だろ」

「事実でございます。このカエル、元々は『睾丸割り』を食う為のカエル、【喰らう者バーンヴァーゲン】から名前を取り、『短剣喰らいヴァルゲン』と呼ばれていました。それの品種改良を――――――」

「ちょっと待った。睾丸、何て?」

 何か凄い名前が出て来たぞ。

「『睾丸割り』でございます。あら、男性冒険者なら知っていると思いましたが。この国の南、湿地帯に巣くう魚人達の住居近くに昔生息していました。人間の尿の匂いに反応して高速で飛びかかってくる短剣と似た形の羽虫でございますのよ」

「………………」

 股がキュっとなった。

 絶対に遭遇したくない。

「ホーエンスで保管していたヴァルゲンを、銃に適応させたのでござます。見ての通り問題はないかと」

 後ろ手で、予備の薬包をこっそり剥いて弾だけを取り出す。

 無造作に指で打ち出し、ステラを狙った。

 カエルの舌が神速で伸びで弾を絡め取る。

 恐ろしく速い。注視しないと見逃すところだ。

「?」

 弾丸を飲み込んだ瞬間、カエルは鈍く光った。光った瞬間、何かの力で物理的な衝撃を打ち消していた。

 うむ、マスケット銃程度なら問題なさそうだ。

 しかし、二、三疑問はある。

「どれだけ弾を飲める?」

「一匹で30発でございます。弾丸を消化するまで口は開きません」

「弾丸は鉛だぞ。毒にならないのか?」

「問題ありません。栄養とします」

 結構とんでもない生物だ。

「だがしかし、何故に生物の形でよこした? これじゃ」

 不便だな、と意図に気付き言葉を飲み込む。

「このカエルは、この国、この近辺、レムリアの穏やかな気候でのみ生存可能でございます。余所の大陸に持ち込む事は、“今の段階”ではできません。更なる適応を重ねれば、あるいはしかし可能になるかもしれませぬが」


“他所の大陸に持ち込んで、銃を無効化する道具にはさせない。”


 ホーエンスのお偉方はそう考えているのだろう。

 破壊の信奉者のくせに、割としっかり考えているじゃないか。でも、条件次第か。

「で、“今の段階”とは?」

 ステラの奴はそこを強調して言葉にした。

 このカエルを更に改良したければ、何か寄越せとでも言うのだろう。

「【監禁図書館】館長、司書長、並びに司書ステラ・オル・ジェルミディアは、あなたに要求がございます」

 断ったら殺す、と表情に出してステラは戦闘態勢に入る。

「【黒い蛇竜】をホーエンスに渡すのです」

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