<第三章:異邦人、最後の冒険の暇> 【05】
【05】
(私はルツ、ルツ神です。今あなたの良心に話しかけています)
「そんな馬鹿な」
頭の中に瑠津子さんっぽい声が聞こえた。
(ランチメニューでお困りのようですね。神託を与えましょう)
「ランチメニューのご神託を?!」
いいのかそれ?!
(レムリアでの麺料理は、まだまだ一般的ではありません。炎教の製麺所が潰れてしまいましたからね。ですので、そこまで拘る必要はありません。焼きそばとかでいいんじゃないですか?)
「普通!」
(世の中、普通が一番ですよ。ホホホ)
しかしまあ、簡単だし大量に作れる。
選んでいる暇もないし、焼きそばで良いか。
「ありがとうございます。瑠津子さん、まさか神様として呼ばれ………………ん?」
なんか違和感が。
(神としてあなたにアドバイスをします。身近な子に優しくしてください。お子さんや愛人さんとキャッキャウフフするのも良いですが、特に、特にピンク髪のゴイスーキュートな子を)
「………………」
(贅沢は言いません。一日六十回ハグするか、三十回褒めてあげるか、語尾に『可愛い』とつけるだけでも良いのです。頭を撫でるのも可ですが、髪型を崩さないよう細心の注意を―――――――)
違和感の理由を察知した。
『宗谷、センサーに侵入する生ものがいるぞ』
「これか」
僕は兜の後頭部についた触手の先端を掴む。掴んで義手で思いっきり握り締める。
「ギェェェェ! ソーヤさんマジそれ痛い! ロージーの触手は敏感なんですよ!」
「この忙しい時にややこしい事をするな!」
「ややこしい時こそリフレッシュが必要ですよね!」
「ボッボッ」
流石のラーズも腹が立ったのか、ロージーの別の触手を踏ん付けていた。
「痛い! ちょっとラーズちゃん?!」
「ロージー、イズと変われ。お前使えねぇわ」
「フッ、ロージーは使えなくても仕えますよ」
上手く言ったつもりなのか、ロージーはしたり顔になる。
僕は怒りが頂点まで行ったので、義手で触手を更に引っ張―――――――ポンっと音。
『はっ?』
僕とロージーは抜けた触手を見て声をハモらせる。
「ロージーの触手がッー!?」
「キモっ、おい捨てて来いよ」
「キモいとか言わないでください! 泣きますよ! うわ、付かないどうしよう」
ロージーは、僕から奪い返した触手を頭部に戻そうとして失敗していた。
「ん? お前それ変じゃないか」
「ゲッ」
ロージーの持っていた触手が膨らむ。まるで風船が破裂するような。爆発するような。
「すぐ捨てて来い」
「はい、捨てま―――――――」
遅かった。
触手が炸裂した。
『!?』
驚いたロージーが残った触手と体を僕に絡ませてくる。邪魔なそれをどかすと、そこいたのは。
濡れた長い黒髪で片目を隠した病的なほど肌の白い少女。
「おーやろうと思えばできるものでありますな」
「え、イズか?」
「イズであります、ソーヤ隊員。お忙しそうなので、分離してお手伝いしようかと。いつかは独立してやろうと思っていたので良い機会でした」
「とりあえず服を着ろ」
イズは当然ながら全裸で、体中なんかよくわからん粘液にまみれている。
「イズちゃん。ロージーなんか気分が、オロロ」
ロージーは気分が悪そうである。
吐くなら外でやってほしい。
「イズ達の触手は脳の一部ですから、それを無理やり引っこ抜いた後遺症でしょう」
「ええ?! イズちゃんそれ普通なら死ぬよね!?」
「大丈夫です。最悪でもイズはヘーキヘーキであります」
イズは無表情でピースマークを作る。
「ソーヤさん、ロージーが死んだら後を追ってください」
「断る。百年は生きる」
「それはそれで、嬉しいような複雑なロージーなのでした。ちょっと外で吐いてきます。何で産後なのに吐き気が」
産後言うな。
「イズは湯浴みしてくるであります。体液を落とさないと」
粘液まみれのイズは地下に行った。
何この滅茶苦茶な生物?
「ボ」
ラーズが同情してくれた。いや、雑巾を渡してくる。掃除しろというのだろう。
急いで床の粘液を拭き取り、キッチンを消毒する。
そして、
「ガンメリー。残り時間は?」
『コントをしているうちに、ランチタイムまで残り30分を切ったのだ』
コント言うな。
僕らがバタバタしている間に、エアは一人フライパンを振っていた。
実は肉の焼ける良い匂いと、香辛料の匂いがしていた。
「エア、もしやランチメニューを?!」
「え、シグレのお見舞いやら仕事やらで朝食べる時間なかったから」
エアは焼いた肉を自分で食べていた。
………………マイペース!
「あ」
何か頭が真っ白になった。真っ白になった頭に、さっきのロージーの戯言が響く。
僕は、お湯の入った鍋に麺をあるだけ放り込んだ。
「この肉美味しぃ。シグレのソースが良いのよねぇ」
というエアの感想を聞いて、さっき肉屋が持って来た肉を調理台に全部置く。
包丁を手に取り、美味そうな骨付きアバラ肉を一口大に削ぎ落す。続いてキャベツはやや厚く切り、豆は別の鍋で煮る。
勘で麺が茹で上がったと気付いた。
フライパンを二つ用意する。
両方にごま油をたらし、
一つには鶏卵を割っていれ蓋をした。
もう一つには、肉とキャベツをいれ炒め、時雨の特性ソースで味付け。ソースは、濃厚ながらも後味が良い上質のデミグラスソースだった。
具に火が十分入ったところで、麺を入れて追いデミグラスソースをして絡め炒め、麺の水分を飛ばし、目玉焼きが完成した事を何かに囁かれ、隣のフライパンの蓋を開ける。
黄身がトロッとした目玉焼きが完成していた。
皿を用意、焼きそばを盛る。フライ返しを見つけて、焼きそばの上に切り分けた目玉焼きを載せた。
焼きそばin目玉焼き。完成である。
「どうだ!」
我ながら手際だけは見事だった。
「ふーん」
エアは何も言わず味見。
目玉焼きから食べ、麺をもぎゅもぎゅ食べる。
「アタシ、目玉焼きはもうちょい固い方が好き。不味くはないけどフツーね。素材とソースが良いから美味しいけど。なーんか足りない」
なーんか足りない。
足りない、足りない、たたたた、足りないぃぃぃぃぃ。
と、エアの声が反響してショックを受けた。
エアは、昔は何でも『美味しい!』と食べてくれただけに、ものすごいダメージだ。心臓が止まりそう。死にたい。
やはり、料理の腕が落ちているのか? 左腕は落としたけど。という自虐ジョークを思い浮かべ無表情で笑う。
「あ! ちょっと待って!」
エアは何か思い付いたようで、店から出て行った。
「げ」
店の入り口には、もう十人ほどの冒険者がいる。うち一人は文字が読めるのか看板を見て何か言っている。
が、エアが看板を小脇に抱えて消えたので店に入ってきた。
「おーい、ランチ十人分な」
先頭にいたのは、戦斧を背に担いだモヒカンの大男だ。
「おい、マスター。何しに来た?」
「昔馴染みを見つけてな。この店に連れてきてやった。やはり貴様の店だったか」
しまった。
何かもうバレていた気がするが、バレてしまった。
「貴様が飯作るのか? 食えるのか?」
「ば、馬鹿にすんな! 食えるやい!」
普通で何か一つ足りないがな!!!!
「それじゃさっさと作れ」
「ぐぬ」
何か作りたくない。しかしこれも店を守る為、だが文句言ったら叩き出す。
十人分の焼きそば作り開始。
具を炒め、麺を絡め、そこでエアが戻って来た。
「これちょい隠し味にして」
小樽詰めの調味料をくれた。
「これは?」
「あたしが改良した味噌。野菜から作った調味油で、ニンニクと悪魔の小指を炒めて、味噌を混ぜたの」
「ほー」
焼きそばにちょい足しして混ぜた。
味見。
ピリ辛かつ深い旨味が焼きそばに絡む。ニンニクと味噌が意外にも喧嘩していない。
いけるな、これ。
「まだかー! 今日は遅いぞ!」
モヒカンが騒ぎ出す。
すると、
「ソーヤさん、メニューは決まったのですね。ロージーと」
「イズが」
『お手伝いします』
給仕服に着替えたピンクと黒は、両手を繋いでポーズを決めた。
「お前ら髪をまとめろ、前髪もピン留めしろ。ほらこれ」
ポケットからピンを取り出し、二人に投げる。
イズは素手でナイスキャッチ、ロージーは慌てながら触手で受け取った。
「イズ、体大丈夫そうだな。産まれたばかりなのに」
「大丈夫であります。実は、ロージーが間抜け面で寝ている時に、こっそりと分離の練習していたので」
「ちょっと、イズちゃん。間抜け面って同じ顔でしょー」
「知性は表情に出るのであります」
「やっだ褒めないで」
「………………」
イズ、気持ちはわかるが無言で僕に意見を求めるな。
二人は後ろ髪をまとめて、前髪をピン留め、だが片目は隠したまま。
「今日のランチは焼きそばですか、なーんか普通ですね」
僕の渾身の焼きそばをロージーが否定する。
「お前が言ったくせに何を」
「はえ?」
とぼけるロージーはさておき。
「手を洗え、ロージーお前は触手も洗え」
「抗菌素材なんですけど」
なんだそりゃ。
「ま・だ・か!?」
モヒカンと取り巻きが客席で暴れそうになっていた。
「ほら、持って行って」
僕が不思議生物と戯れている間に、エアが焼きそばを作ってくれていた。キッチンに立つ姿を見たのは久々だ。相変わらず見事な手際。
とりあえずの五人前を、イズとロージーに客席に持って行かせる。
僕は、豆をお湯から上げてカレー粉で炒め、塩と酢と辛味系のスパイスで味を調えた。
これとポテトサラダでサイドメニューは完成。
サイドメニューを保温用の金属容器に容れる。
「はい、残りもできたよ」
丁度、エアはもう五人前を完成。ロージーの触手が、焼きそばを客席に運ぶ。
「フッ、飯の美味さは褒めてやる。しかし! ………………!?」
続く言葉がなかったのか、マスターは焼きそばをフォークでカッ喰らう。
その取り巻きのおっさん冒険者達も似たような感じだ。なんか、部活帰りの運動部を思わせる食い方。
「サイドメニューの芋のサラダと、豆の炒め物だ。食べ放題だが、食いたい人は?」
全員が手を上げた。
大きいスプーンを使い。もう半分ほど減った焼きそばの皿にポテサラと豆をよそう。
豆もポテサラも、マスターは豪快に食べた。好き嫌いないのは良い事です。
「今日も美味いと言いたいが、よく見たらエア姫が飯を作っているではないか! 一体どういう事だ!」
「何か手伝ってくれた。ちなみに、メニューを考えたのは僕だ」
「ふん! そういう事で今日は納得してやろう!」
ウザ絡みする客を無視だ。
店の戸が開く、追加で六人が来店。
ロージーとイズが注文を取っていた。二人共、様になっている。
よし、僕はこれでもう部屋に戻って――――――
「ソーヤさん、外の席にもお客様いるのでそっちお願いしまーす」
「………かしこまりー」
外の席に客を見る。
何となく知っていた顔なので渋々接客に行く。
「らっしゃいませー」
「何故あなたがここに?」
赤毛の三つ編みの貧乳だ。ニセナの、白鱗公の姉という竜。
「日雇いの仕事中だ」
「はあ、暇なのですね」
忙しいんだよ?!
「ランチで良いな? 今日はシェフが病欠な為、他に作れないぞ」
「なんですと?!」
三つ編みドラゴンは、木札の束を落としそうになる。
札は二十枚近くあった。こいつ、この店でどれだけ食べているのだ。しかも、妹と同じでコレクションしているね。
「この『ポテトサラダ』だけはッ、絶対に食べないとお昼が始まり、終わらないのでございますが!?」
「それなら出せる。ランチのサイドメニューだ」
割と簡単な物を要求するな。
「では、今日はランチといつものポテトサラダで我慢しましょう。本当は『二足鳥の冒涜的スープ』もかかせないのですが、『真フワフワパンで挟んだ卵サラダ』もかかせないのですが」
それは無視。
「ランチはすぐ持ってくる」
「注文といえば日雇いの魔王よ」
「ここで魔王と呼ぶな」
人に聞かれたらどうするのだ。
三つ編みは、平たい胸から変わった物を取り出す。
「あなたの注文でございます。ランチを食べ終わったら受け渡します」
「はあ? ………………これが?」
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