<第三章:異邦人、最後の冒険の暇> 【04】
【04】
「榛名、その“トリちゃん”とは?」
「こんくらいのトリちゃん!」
サイズの事は聞いていないのだが、榛名は手で25センチくらいの空間を作る。
小鳥ではないが、まあまあ小さい鳥だ。
「こなたは知らんが、どこぞの商売の神らしいな。時々ハルナに近寄ってくるのだ」
そうニセナが言う。
商売の神、鳥、いや一つしか思い浮かばないけど。何故に榛名に?
「今日は忙しくなるぞ」
「ニセナ、どのくらい忙しい?」
「前は、昼に二百は来たな」
「に、二百ッ?!」
この小さい店に?!
「テュテュの奴が、パンを持って近所に詫びに行っていた」
「そんなレベル」
僕ら三人で捌けるのか?
「パパ、がんばってください!」
「………………頑張る」
榛名に頑張れと言われたら、そりゃ頑張らざる得ない。
「して、ランチはどうするのだ?」
「………ランチ?」
ニセナに言われて首を傾げた。
「そう、ランチだ。昼は毎日違うメニューなのだ」
「おぶッ」
今から考えるのか?! 昼食の時間まで、もう一時間もないぞ!?
「ニセナ、何かアイディアを出せ! 今までのランチメニューから適当に選ぶ!」
「えー、面倒だなぁ。頑張って考えるのだ」
「無茶言うな! 僕は冒険者だぞ?!」
そりゃ昔は飯屋の手伝いしていたが、あれは色んなサポートがあっての事。一人じゃ無理だ。
「パパ、がんば―――――けふっ」
榛名が小さく咽た。
顔色が少し良くない。
「ん、どうした?」
「むっ、ハルナ」
僕を押し退け、ニセナは榛名に近付く。ハンカチを取り出し、榛名の給仕服の首元をゆるめ汗を拭く。
「うー」
目を閉じて汗を拭かれる榛名。汗びっしょりなのに今更気付く。
「榛名どこか体が!」
時雨は成長痛だったが、まさか榛名が?!
「そなた、うるさい。ただの疲れだ。今日は朝から芋剥いたり、下ごしらえの手伝いしたからな。こなたとハルナは湯浴みして休憩するぞ」
「疲れか。びっくりした」
内心、滅茶苦茶動揺した。
「いや~パパてつだう」
ニセナに抱き上げられた榛名は、ジタバタ抵抗する。
僕は駄々っ子の鼻を押した。
「休め。ちょっと寝ろ。起きて元気なら手伝ってくれ」
「………………あーい」
素直でよろしい。
ニセナと榛名は休憩しに地下に。
キッチンに一人の残った僕は………………
「やべぇ」
状況に絶望した。
「いや」
今こそ、奴らを呼ぶしかない。僕は私室に置いた角笛を手に外に出た。
ブォーっと鳴らす。
この角笛は、緊急時の呼び笛だ。あるピンクのモスモスが、緊急に、助力が必要な時に吹けと僕に寄越した物なのだ。
ついでに、我が家のペット共の集合合図にした。
一匹は地下で榛名の面倒を見ているので駄目だが、他は集合するはず。というか、主にピンクの力が必要だ。
あんな触手の生えたピンクでも、元はお料理ロボット、戦力になるはず。
「………………」
外で待っていても時間がもったいないので、キッチンに戻りポテトサラダを作る。
ポテトサラダしか今の僕には思い浮かばない。
五分経過、最初の救援が到着した。
「バフ」
「犬の手はいらん! お前は時雨の傍にいろ!」
「バフ!」
バーフルは後ろ足で僕を蹴ると去って行った。
次は『おーい』と店の裏から声。
裏口を開けると、革のエプロンをかけた大柄のおっさんがいた。
『誰だ?』
と、声を揃えて言い合う。
おっさんは木箱を抱えていた。中身は何かの食糧のようだ。
「ボッ」
僕の脇をすり抜け、小さい木人が現れる。
「木の旦那。知らん兜頭が出て来たから、おどれぇたじゃないか」
「ボ」
木人、ラーズは、野菜の入った籠をおっさんに渡す。
おっさんは、ラーズに木箱を渡す。
「お、これこれ。うちのガキ共もここの緑豆だけは喜んで食うんだ。芋に、菜っ葉、美味そうな果実もあるな。カカアが喜ぶ。今日の肉だが、アバラの良い所といつもの頬肉だァ。また、よろしく頼むぜ」
「ボ、ボ」
ラーズはコクコクと頷き、おっさんと手を振って別れた。
もしかして、精肉店の人か? こうやって直接交渉してるから材料費が安くすむのか。
「………………ボ」
「待てラーズ」
地下に戻ろうとするラーズの後頭部を掴む。
「ボ!?」
「お前、いつから動けるようになっていた?! 言えよ!」
「ボボ」
「はあ? 『タイミングが合わなかった。お前、帰ったら疲れて寝てるし』だと?! そりゃそーだが、ほら何かあってもさ!」
「ボ………」
ラーズは、抱えた木箱の中身を見せる。
「え、これで今日のランチ作れって?」
「ボ、ボオオ」
良い肉だ。
頬肉はちと量が少ないが、骨付きのアバラ肉は軽く焼いただけでも料理として出せる。
「よし、ラーズ手伝え」
「ボ?!」
「料理は無理でも給仕が一人でも必要だ。手伝え! 店の一大事だぞ!」
「………………ボ」
ラーズは渋々頷いた。これで戦力一人追加。
だがしかし、まだまだ人手が足りない。人手より足りてないのがアイディア。僕の頭は、ポテトサラダしか入っていない。ポテサラ脳だ。
こうなったら、三種類のポテトサラダでランチという事に――――――
「ねぇ、ちょっとー。お昼はどうなってるの? 何も準備できてないじゃない」
救いの女神がキッチンに現れた。
その女神はエルフで、姫で、のくせに相変わらず薄着で、一応マントを羽織っているが、スポーツブラみたいな胸巻きにホットパンツだ。
「エア!? 助けてくれ!」
「何を助けるのよ?」
「ランチがもうポテトサラダなんだ!」
「意味不明なんですけど」
「頼む! 何か考えてくれ!」
「ランチメニューって事ね。んーアタシも最近は料理してないから………………うどん?」
「うどんか」
悪くない。だが、
「時間がない。今からうどん打ってたら間に合わない」
「それじゃ………………カレーも無理か」
煮込む時間はない。
「早い安い新しいが最善だが、どれか一つくらい欠けても。いや、早い安いは絶対抜けない」
「シグレとテュテュの料理って、基本どれも手間がかかってるわよ」
「食糧庫に下ごしらえの済んだ食材はある」
「ちょっと見て来るけど、あんまり期待しないでよね」
髪をまとめ手を洗って、エアは地下に行く。
「む?」
裏口に気配を感じた。
下手な気配の消し方で奴が近付いて来る。
「やはり、ランチメニュー………いつ料理開始ですか? ロージーが力を貸します」
「メイプルモス!?」
「だから名前ッ!!」
片目隠しピンク髪、触手生やしロリの元A.Iが遅れてやってきた。
「てか、角笛吹いたらお前が一番に来いよ!」
「来ましたよ! でも最初にお店入ったら『うわ、こいつ一番に来てる。暇ッ』ってソーヤさん笑うでしょ? だから外で時間潰してました」
「笑わねぇよ! この一大事に何してんだッ!」
腹が立ったので近くの触手を叩く。
「痛った! 久々にDVですか! 実家に帰りますよ!」
「帰りたきゃ帰れ! だが飯作ってから帰れ!」
「横暴! サベーツ! 男尊女卑です! 前時代的! 昭和!」
「安心しろ。僕はお前を女として見てない。今後も、見る事もないだろう」
「なら安心………………なわけありますか!」
地下からエアが戻って来る。
「うるさいと思ったら、ロージーね」
「エアさんちっす! ちっす!」
「はいはい」
エアはロージーを適当にあしらい作業台に食料を置く。
キャベツ、豆、中華麺、鶏卵、何かのソースの入った鍋。
「さて、どうしよ?」
食材を持って来たエアが笑って誤魔化す。
さては、何も思い浮かばなかったな。
「モスモス、アイディアを」
「モスモス、ノーアイディアでフニッシュです」
「終わるな! それでも元お料理ロボットかよ!?」
「残念ながら前世のお料理経験はほぼリセットされました。でも、唐揚げとだし巻き卵は作れますよ!」
「………………」
終わった。
頼みの綱が二本とも切れた。もう他に手が。
「ボ、ボ」
ラーズがクイクイと僕の袖を引っ張る。
「何だ?」
「ボ!」
あれあれ、とラーズが指差したのはキッチンの壁にある肖像画だ。
癖っ毛が特徴の、信仰心で胸が大きく描かれた女性の絵。
前は『偉大なる食の母、ルツ神』と書かれていたのだが、店が損傷した時に焦げて『×大××食の×、ルツ×』となっている。
別に彼女は大食いではない。
「ボボ」
ラーズは肖像画の前で手を合わせる。
「なるほど、神頼みか」
駄目じゃないか。
「ボッボッ!」
「えー」
お前も祈れ! とラーズが言うので渋々僕も手を合わせる。
元の彼女を知っているだけに、とても複雑な心境だ。
「ルツ子さん、いえルツ王、いいやルツ神。どうかランチメニューのご神託をください。お願いします! お願いします! ありがと!」
言ってなんだが、神様に願う事か?
自分で考えろって怒られそうだ。
「………………」
祈る。祈るが、予想通り何もない。
「良し、今日はやっぱり店を休――――――」
(………………さん)
「!?」
声が、聞こえたような気がした。
(ソー………………ヤ、さん。聞こえますか?)
本当に聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます