<第三章:異邦人、最後の冒険の暇> 【03】
【03】
僕とゲトさんはキッチンに移動した。
外のお孫さん達には、榛名がお茶を配っている。
「それでゲトさん、壺の中身は?」
「見るのが早いな」
彼は壺の封を解く。何重にも重ねた革と、巻き付いた太い縄を骨のナイフで切った。
やたら厳重な封だ。
「死んでいるとは思うが………」
緊張した様子でゲトさんは壺に手を入れ、何かの“タレ”で満たされた中から取り出したのは―――――
「カニ?」
脚の短いワタリガニに似たカニだった。
異世界にしては珍しく、片手で掴めるサイズ。
「そっちの言葉では【カニ】と呼ぶのか。オレらの言葉では【全てを食らう者】と呼んでいる」
なんちゅー大それた名前だ。
「【カニ】の方が間抜けに聞こえるから地上では【カニ】と呼ぼう。このカニ、我らグリズナスの触手を食んだせいで、魚人では倒せないのだ」
「倒せない? 無敵って事ですか?」
「どんな屈強な魚人の戦士でも甲羅に傷一つ付けれぬ」
カニ強っ。
「そんな奴らが住処の近くで大量発生して困っていた。そこで、ユキカゼに相談したらドワーフがカニのハサミでも切れん鉄籠を作ってくれた。海でも錆びん優れものだ。で、シグレにカニを誘う餌を作ってもらい。大量にカニが捕れたのだが、今度は処分に困った。もう一度、シグレに相談したらこの『タレ壺』をくれたのだ。そして、にっくき奴らを壺に沈め。生きたままジワジワとタレで嬲り殺しにした物が………………これだ」
「それ食って大丈夫なんですか?」
触手とかハサミ生えたりしない?
「それを確かめに今日持って来た。食えるなら、タレと交換に壺を半分やる。食えぬなら、まあ別の使い方を考える」
迷うのは調理してからでいいか。
ゲトさんからカニを受け取りまな板に。包丁を使おうと思ったが、手でいけそうだ。
ふんどしを外し甲羅をもぐ。口をちぎって、びらびらしたエラを取る。
中にはミソと黄色い卵がぎっしり詰まっていた。半分に割ると、ぷりっぷりの身が手からこぼれそうになる。
めっちゃ美味そう。このままでも行けそうだが、
「ガンメリー、一応チェックを。嫌とか言うなよ」
『当たり前だ。カニとかいう蜘蛛の親戚、食い尽くしてしまえ』
ガンメリーが協力してくれた。
センサーを動かして寄生虫や、人間の毒になりそうな物質を探す。
『ふむ、問題ない。生食でもいけるのだ』
「よし」
兜をズラし、いただく。
じゅるっとミソと卵をすすった。身にもかぶりつく。
色はカニそのものだが、甘辛のタレがミソまでしみてる。塩味と濃厚な卵とミソの旨味、ふわっとしつつもぷりっとした食感の身は、噛めば噛むほど甘味が広がる。
無言で、じゅるじゅるカニを貪る。
じゅるじゅるカニを食べたのは生まれた初めてだ。
「………………どうだ?」
「………………」
甲羅の裏側についたミソも忘れずスプーンですくい。脚もちゅるちゅる吸う。下品に綺麗にカニを食い尽くし、ため息を一つ。
無言で壺に腕を伸ばし、ゲトさんに止められた。
「よし、美味いのだな!」
「滅茶苦茶美味いです!」
ご飯欲しい!
二人で次のカニを手にする。
「まず、ふんどしを剥がしてください。んで次は甲羅。口を外したら、二つ折りにして、かぶりつく感じで」
「おー、タレのせいか、死んだせいか。俺でもカニを壊せるな」
むきっとカニを割ったゲトさんは、その身とミソを僕と同じように『じゅるッ、じゅるじゅるッッ』と食べる。このワイルドなのが、また美味い。
「!? ゲトさん大丈夫ですか?!」
ゲトさんは、泣いていた。
サングラスの下から大量の涙が流れていた。
「こ、これが、この至上の美味が、我が一族を数万年苦しめていたのかッ」
何という歴史。
こんなキッチンでじゅるじゅるしてて良いのだろうか?
「ひ孫にはまだ早い気がしてきたな」
「ちょっと!」
子供には早い気がする美味さだが。
「どれどれ、こなたも」
食いしん坊ドラゴンが、袖まくりして壺からカニを取り出した。
キッチンの隅で盗み見ていたのか、僕らより手際よくカニを解体する。
「む? こなたのカニは黄色い部分が少ないぞ」
「オスだな。はずれ」
ニセナのカニは、身は多いが卵はなかった。
「そなたのよこせ!」
「断る! そっちもそっちで美味いから我慢しろ!」
飛びつくニセナを肘でガードしながら、僕は僕のカニを食い尽くした。
「やれやれ」
ゲトさんはニセナの様子をあきれ顔で見ている。こんなのが地上と空の最強生物とは、言っても誰も信じないだろう。
「はむはむ、おーこれはこれで良し美味し」
文句言った割に、ニセナはめちゃ美味そうにカニを食う。無論、素手で。ドレス姿の気品など知った事かという感じ。
「卵は次の楽しみに~ま、三匹くらいで我慢してやろう」
「おいコラ」
ニセナは壺のカニをドレスのどこかに隠す。
「何だー! 三匹くらい良いではないか?! 沢山あるのだから!」
「売りものだぞ! 金払え!」
「金払えとは何だ! こなたは店を手伝ってるのだぞ!」
僕はニセナと取っ組み合った。スカートを捲り、胸元をまさぐるがカニは見つからない。
「やれやれやれ」
じゅるじゅるゲトさんはカニを食していた。
あれ? 何か忘れているような。
「パパご飯まだですか!」
『あ』
榛名に言われ、僕とゲトさんは外のひ孫さんズを思い出す。
外を見ると、魚人と人魚の集団が、野獣の眼光で店の僕らを睨んでいた。通行人が驚いて逃げ出す。
何かお通しださねば、暴動になるぞ。
「簡単にできて子供が喜ぶ………………」
時雨に食わせてもらったメニューを思い出し、ぱっと一つ思い浮かぶ。
「芋はどこだ?」
「芋なら朝一に大量に茹でて、地下で冷やしているぞ」
ニセナがそう言う。
「もってきます!」
榛名は元気よく地下に行き、ニセナも続く。
僕は戸棚を探し、マヨネーズを見つけた。それに塩、胡椒。これだけでは寂しいので戸棚を探し、探して、アンチョビを見つける。
榛名とニセナが芋を持って来た。
材料を作業台に並べる。
茹でた芋とマヨネーズ、とくれば一つ。ポテトサラダだ。
「榛名、任せて良いか?」
「え? ハルナご飯つくってもよいですか?!」
「良いですとも」
同時進行しないとメインが間に合わない。ポテサラは榛名に任せて僕は別作業だ。
「ニセナ、お前手伝えよ」
「良いぞ。ツマミ食うがな」
堂々と言うな。
「まず、芋を潰して塩胡椒で味付けだ。塩加減はそのまま食べても問題ない程度で」
「あいあいあい!」
気合を入れた榛名は、踏み台を持ってきて作業台の前に立つ。
ニセナは渋々だが、ボールに芋を移していた。
「麺って地下だよな?」
「地下で寝かせてある。右から取るのだぞ」
ニセナに聞いて僕は地下に行く。
何度見ても、地下の食糧庫は立派だ。
ダンジョン深部の一室を思わせるドワーフ製の特殊合金造り。頑強な扉に、水冷式の低温装置、湿度の管理装置に、防犯、防虫の各種仕掛け。
天井、壁、床、棚には、この大陸中の食糧、いや海原から地下、異世界に至るまで全ての食糧が揃っている――――――と言っても過言ではない。
この一室は、これで小さな世界だ。
そこに並ぶ中華麺を見つけて、合わせる食料も幾つかを選び、近くにあった箱に入れる。
上に戻ると、
『いーも♪ いーもいもいもいーもん♪』
榛名とニセナが歌いながら、棒で芋を潰していた。
僕の方は、鍋に新しく水を張り沸騰させる。カニを取り出し解体。身、ミソ、卵に別ける。
調味料を探しながら、味見して時雨の味を思い出す。そのままでは、カニに合わない気がするのでアレンジだ。
ドンブリに、ごま油1、魚醤0.5、時雨特製甘辛タレ0.5、お酢1、昆布から作った旨味調味料一つまみ。これにカニミソと卵を混ぜる。
「ゲトさん、味見を」
「うむ」
ゲトさんは、小皿のタレを一口。
「酢がもうちょい欲しいな。だが、ひ孫達には丁度良いかもしれん」
「ではこれで」
「おーい、塩胡椒終わったぞ」
ニセナからの報告。
「マヨネーズを十分の一混ぜてくれ」
「じゅ、じゅう?」
わかってない榛名に、
「ハルナ、均等なサイズで10のブロックを作るのだ」
ニセナが塩胡椒した芋にシャモジで切り込みを作る。
「これの一つが、十分の一だ」
ニセナは芋にマヨネーズを入れる。
「ニセナちゃんかしこい~」
「どーだー」
ドヤ顔でニセナはマヨネーズを混ぜた。手際が良くて何か驚き。
もしかして、普段も店の仕事手伝っているのか?
「干し肉を細かく刻んで、牛乳と蜂蜜を隠し味に。小皿に取り分け、アンチョビを置いて完成だ」
「まー、それで良いだろう」
ニセナは、ポテサラをモグモグしながら指示に従う。出す前になくならなきゃ良いが。
お湯が沸いたので麺を入れた。カニの身をお湯に一瞬潜らせ、すぐ冷水に浸す。花が咲いたみたいに身が膨らむ。
薬味のミョウガと小ねぎを千切り。
完成したポテサラを榛名とニセナが持って行く。ゲトさんは、ちゃっかり一皿ポテサラを取って食べていた。
「うぉう」
ひ孫さん達は、ポテサラに殺到していた。ニセナが揉みくちゃにされている。榛名は上手く回避していた。
麺が茹で上がったので冷水で冷まし、水を切り、器に入れてタレと混ぜ合わせる。
薬味とカニ身を載せ、仕上げに真ん中に卵黄。
「こんなものかな」
カニレーメン、完成である。
「どうですか? ゲトさ――――――」
ずずずっと、もう食べていた。
フォークで夢中になってレーメンをすすっている。感想を聞く必要はないな。
「んまい! これは今までで一、二を争う味だぞ!」
「それは良かった」
僕も味見させてもらう。カニミソとカニ卵、卵黄のコクが麺に絡まる。しゃぶしゃぶの感じで茹でたカニ身も食感が変わって良い。
美味い。実に美味いが、んーラーメンとか焼きそばにして食べたい気もする。
ともあれ何とかなった。後は、
「瞬殺だぞ! 早よ次ぎだ!」
人魚に頭を齧られながら、ニセナがキッチンにやってくる。
後はスピード勝負。
………
………………
………………………………
………………………………………………
「あー」
疲れた。
飢えた怪獣に餌付けするのは大変だった。あんな必死にレーメンを作ったのは初めてだ。
最終的に、ゲトさんもひ孫さん達も大満足で帰って行った。
「んむぅー良き良き。これは赤インクのメニューだな」
ニセナは、満足そうにカニレーメンを食べている。
「赤って、銅貨10枚か。ちと高すぎる気がするが」
「そこそこの冒険者なら余裕であろう。そのくらいの価値はあるぞ」
「時雨とテュテュに相談してからだな」
ゲトさんは明日もカニ入りの壺を持ってくるそうだ。安定供給できるなら、値段はもう少し下げても良い気がする。
「あれ、榛名は?」
そういえばキッチンにいない。
「ハルナなら外だぞ」
言われて外を見ると、榛名は空に手を振っていた。
「あいつ何をしているんだ?」
上空に友達でもいるのか?
「パパー!」
榛名は駆けて店に戻って来る。
「どうした?」
「トリちゃんが、お客さんたくさん、たーくさんよぶって!」
「………………ん? んん?」
嫌な予感がする。
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