<第三章:異邦人、最後の冒険の暇> 【02】
【02】
「パパ、パパおきてくださーい」
「お」
優しく揺すられ起こされる。榛名が腕を掴んでいた。
「どうした? お腹減ったか?」
頭痛っ。全然眠った気がしない。
眼鏡をかけて時間表示する。僕が寝てから30分も過ぎていなかった。
「お客さんきました」
「え、外の看板見てないのか?」
「う? なんてかいてあるの?」
「………………しまった」
この世界の識字率を忘れていた。書いても読めなきゃ意味がない。
「お客さん、まってます。ご飯つくってください」
「えー」
榛名に引っ張られるが乗る気がしない。
「ぱーぱー! おきゃーくぅぅぅぅ」
「わかったわかった」
看板娘が言うなら仕方ない。簡単に適当に、何か作ってまた寝よう。
「お顔あらって、きがえてください!」
「へぇへぇ」
寝起き寝巻きじゃダメなようだ。
地下の洗面所で顔を洗って寝癖を直す。お日様の匂いがするシャツに袖を通し、エプロンを羽織る。
もう一度鏡を見ると、どうしようもない目付きの悪さが目立つ。客商売をする人間の目ではない。
上の私室に戻り、兜を被った。
「おい、ガンメリー。大丈夫か?」
小突くとディスプレイが起動した。
『問題ない。久々に張り切った反動があったようだ』
「寝起きで悪いが、緊急事態だ。義手の状態はどうだ?」
『戦闘は不可能だ』
「動かして保持する程度には?」
『可能だ』
「サポートを頼む」
『うむ、それで緊急とは?』
「まず、接客だ」
『………………おい』
キッチンを出ると、客席に1パーティの客。
十代半ばくらいの栗毛の少年剣士と、豊満な体つきの双子の魔法使い。三人共ヒームだ。顔付きも髪色も似ているし、姉弟なのかもしれない。
「あーいらっしゃい。注文は?」
『!?』
パーティに警戒される。
何故だ?
『接客とは、兜を付けてするものか?』
ガンメリーにツッコまれ、無言で頷く。
「だ、誰だ!? その兜と鉄の腕、人間か?!」
少年は剣に手をかけていた。
柄材が新しいロングソードだ。しかし、鞘は古びて所々に傷とへこみ。刃の状態はわからないが、たぶん中古を仕立て直した剣。新人の冒険者に支給される代物だ。彼の防具もよくある革製。
だが、盾は支給品の丸盾ではなく長方形の大楯である。石のような骨のような、コンクリートにも似ている変わった素材。
丁度、榛名がお盆にお茶を持ってやってくる。
丁度、喉が渇いていたのでもらう。兜をズラして一気飲み。
「パパ?!」
「あ、すまん」
つい自分が客のつもりで。
「パパって、え? これがハルナちゃんの父親!?」
驚愕する少年。
「ハルちゃん~尻尾モフモフさせて~」
「させて~」
双子の手が榛名に伸びたのでブロックした。
「お客さん、お触りは禁止なんで」
「ちぃ」
「ちぃ~」
残念そうに双子は胸を揺らす。
ふむ、この双子。中々の魔法使いだな。巨乳の魔法使いは、総じて良い魔法使いという自説がある。学会があるなら論文を提出したいくらいだ。
「で、注文は? すまんが、テュテュと時雨が入院したから今日は簡単なものしか作れないが」
「なに! テュテュちゃんとシグレさんが!? どこに入院した!」
少年が驚いて僕に詰め寄る。
時雨って“さん”付けなのね。なんで母親の方が“ちゃん”付けよ。
「ジュマの治療寺院だ。といっても、大した事はない」
「クレメリッサ、ナタリエッタ、後で見舞いに行くぞ!」
「まずは食事」
「食事よ~」
「確かに! じゃこれ!」
少年は木札を僕に差し出す。
「いつもの大盛り三人前だ!」
「あ、はい」
受け取った木札を持って首を傾げながらキッチンに戻る。
「榛名、これ何だ?」
後ろに続いた榛名に木札を見せる。
「さいちゅーもんするフダです、ハルナも絵かいてます」
木札には白いインクで、パスタっぽい絵と、日本語で『かるぼなーら』と書いてあった。
この店はこういう注文ができるのか、知らなかった。
さておき、カルボナーラなら僕でもできる。
「仕方ない」
久々の料理をするか。
手を洗い、エプロンで拭いて、キッチンに立ち――――――
「………………」
――――――キッチンに立ち。コンロの使い方がわからなく途方に暮れる。
土台には、円状のプレートが六枚並んでいる。しかし、火を放り込む所も着火できそうな場所もない。端っこに炭焼きのスペースはあるが、鍋は置けそうもない。
「榛名、火の点け方わかるか?」
「ハルナ、火はキケンがあぶないのでマニャーとめられてます」
「ガンメリー、解析しろ」
『吾輩、炊事洗濯は女の仕事だと思うのだが』
「そういうのいいから」
『………………』
無視しやがった。
「はぁ~しっかたない奴だなぁ~こなたが教えてやる」
ニセナは、自信満々でコンロを操作した。というか、プレートを殴った。
「このプレートは、超高純度の翔光石なのだ。叩くだけで三日は高温を発するぞ。こなたが尖塔の最上部から採取してきてやった。お礼にシグレは、こなたの名前が付いた飯を作ったのだ。その名も――――――」
「温度調整はどうするのだ?」
「叩けば温度は上がる。水をかければ下がるのだ。その名も――――――」
「榛名、ベーコンと玉子とチーズにパスタを!」
「あい!」
榛名が戸棚を開けて、材料を取り出す。ニセナも渋々手伝う。
僕も戸棚を開けて、ずん胴鍋を取り出す。それに水瓶の水を満たす。鍋底でプレートを叩いて置いた。凄い熱だ。これならすぐ沸騰するだろう。
コンロの傍にあった塩を鍋に入れる。ケチケチしない。多めにファサッと。
卵を割って器に入れ、削ったチーズも入れて混ぜ混ぜと。胡椒も入れて更に混ぜる。
ベーコンを刻み終わると、お湯が沸騰した。
太めの生パスタを三人前投入。一人前の量は、普段時雨が僕に出すくらい。
「このパスタ、何分で茹で上がる?」
「パパ、これお時間時計です」
榛名が『パスタ』と書いてある砂時計を渡してくれた。流石、我が娘。用意が良い。
あんまり時間はない。六分くらいだ。
大きなフライパンを用意してオリーブオイルを撒く。
熱が通り出したら大量のベーコンを投入。
炒め炒めて、ベーコンが細くなったところでパスタの茹で汁を入れた。しばらく煮詰めた後、プレートに水をかけて熱を止める。
「パパ、時間ですよぉ」
「おうよ」
トングでパスタを掴んでフライパンに入れた。入れて混ぜ混ぜ、混ぜ混ぜ。パスタとベーコンを絡ませる。
そして、ここからが難しいポイント。
カルボナーラとは、簡単に言えばパスタの卵かけご飯だ。
しかしながら、温度に気を付けないと玉子がソースじゃなくて炒り卵になる。それでは、カルボナーラではなくパスタで作った焼きそばだ。
失敗しないように気合を入れて、調理用の長箸を掴む。
カッ、と目を見開き。
フライパンにチーズと混ぜ合わせた卵を投入。ベーコンとパスタの熱で玉子がダマにならないよう、手早く全体を、混ぜに混ぜ合わせる。
まんべんなく隙間なく、フライパンを振り、箸を舞わせ、パスタを躍らせた。
「………………よし」
緊張の一瞬、箸でパスタを摘まみ状態を確認。
パスタに絡むチーズ&卵のとろみ。これは焼きそばではなく、間違いなくカルボナーラだ。
「榛名、味見を頼む!」
「あいあい!」
小皿にパスタとベーコンを一切れ置いた。ちゅるんと榛名は食べて、エンジェルスマイル。
「おいしい! パパお調理じょーずですね!」
「まあな!」
「んーん?」
勝手にツマミ食いしたニセナが首を傾げる。
それよりも、お客さんを待たせてはいけない。皿にカルボナーラを盛り付け、フォークを添えて、僕が二皿持って榛名が一皿持つ。
「お、来た来た♪」
客席の少年はウキウキで待っていた。
テーブルに会心のカルボナーラを並べると、
「あれ?」
少年の顔が曇った。
ナイスバディの双子は気にせずカルボナーラを口に運ぶ。美味そうに食べている。
が、少年はカルボナーラを食べて一言。
「何か味が違う」
「そうだね、兄さん」
「だね」
え、この少年の方が兄なの? この恵体美妹に対して小さい兄だな。
「こう、前の味は高そうで贅沢な味だったけど。これ………何か貧乏くさい?」
貧乏くさい。
貧乏くさい。
びびびび、貧乏くさい、くさい、さいさいさいさぃぃぃぃぃぃ。
その言葉が脳内に反響する。
『お、宗谷。戦闘であるか?』
沈黙していたガンメリーが声を上げる。自然と拳をバキバキ鳴らしていた。
「でも兄さん。これはこれで美味すぃ。家庭の味する」
「うん兄さん。落ち着く味がする。お母さん思い出す」
美人魔法使いの双子は、カルボナーラをもっきゅもっきゅと食べていた。
僕の機嫌は大いに直る。
「いや、うん、不味くはない」
少年もガツガツ食べ出す。
まあ、皿を返されなかったので良しとする。キッチンに戻ると、ニセナがフライパンの残っていたソースを指で舐めていた。
「ふふーん、やっぱりそなた作り方ミスったな?」
「ミスってねぇよ。カルボナーラはカルボナーラだぞ」
失礼な。
「パパ、パパ、これみましたか?」
「ん?」
榛名は木札の裏を僕に見せる。そこには、料理の材料が『日本語』で細かく書いてあった。
読み上げる。
「パスタは太い物。塩はモジュバフル大洋の海塩。卵黄だけを使い。チーズは混ぜる用にポルランシカ産、完成してからふりかけるのはレムリア産。胡椒はゴブリン産。エルフニンニクは、乾燥させたヒューレスの森の物を少量。肉は、ダンジョン豚の頬肉の塩漬け」
この店、大衆食堂だよな?
ダンジョン豚の頬肉って、高級食材だぞ。これで幾らだ?
札を隅々まで見るが値段は書いていない。
「榛名、この料理って一皿幾らだ?」
「う?」
お金の事は、榛名はわからないようだ。
「白インクだから、銅貨四枚だ」
代わりにニセナが答えた。
安い。材料費とか大丈夫なのだろうか?
「白が銅貨四枚、赤が十枚、金もあるが、これは幻のメニューだ。ちなみに木札の仕組みは、こなたが考えた。どーだー」
ない胸を張るニセナ。
でも、この木札があれば、注文の手間は省けるし細かい要望に応えやすい。良いサービスだと思う。何だか味のある絵も描いてあるし、平仮名と漢字って模様として見たら面白い気もする。
でも、作る手間が気になる。
「ちなみに、この木札。裏で取引されている。こなたも蒐集しているのだが、一度だけランチで出した幻のスープと、滅多に出ないダンジョン子豚を使ったチャーハンを食い逃してな。あーそれに、あの肉挟みパンもないな。マリアのやつが作ったケチャップパスタも札として欲しいなぁ。エアのやつが気紛れで作るカレーもないな。うーむ、まだまだ揃っておらん」
「さよか」
微妙に欲しい。
「パパ、絵できたよ」
榛名は、カルボナーラの絵を新しい木札に描いて僕に渡す。
元のカルボナーラとちょっと違う。湯気の数が多く、玉子のマークがある。
改めて見ると………………この絵、滅茶苦茶上手じゃないか。
しかもこの短時間で描き上げるとは。この子、天才か?! 将来がミケランジェロ・ブオナローティになるのでは?! 異世界で芸術の花開かせてしまうぞ!
『心拍数が上がっているぞ。落ち着くのだ、宗谷。たぶん親馬鹿というやつであるぞ』
ガンメリーは無視した。
ニセナからペンをもらい。僕は、絵の下に『パパぼなーら』と記入。裏に材料も書く。
客席から『おーい』と声。
前のカルボナーラの札と、今回の札を持って客席に。
文句言われた割には、僕の貧乏くさいパスタは完食されていた。
「いつもと違う味だったけど、美味かったよ。やっぱシグレさんの父親だな」
少年から銅貨12枚と笑顔をもらう。僕は、兜の中で下手な笑顔を浮かべて二枚の札を渡す。
「あの、外の看板。字が汚すぎて読めませんでした」
「でした~」
双子の笑顔に真顔になった。
三人組の冒険者は店を出て行った。
皿を片付け、テーブルを拭いて、軽い達成感を味わう。
あれ、僕って飯屋できるのでは?
悪くなかったぞ。
と、
店の戸が開いて新しいお客さんが来た。
「いらっしゃいませ~」
愛想良く挨拶。
「おい、休業ってどういう事だ? 何があった?」
お客さんは、サングラスをかけた魚人だった。今日は小脇に壺を抱えている。
「ああ、ゲトさん。時雨とテュテュがお休みで。まあ、今日は僕が店を切り盛りしようかと」
行けると思う。
そういえば何か、昔は料理に凝っていたし。
「お~そりゃ丁度良いな。約束だと明日だったが、待ちきれなくて今日持って来た」
「持って来た?」
ゲトさんは抱えていた壺を掲げる。
「シグレに味付けを頼んだ、我が神への供物だ。ああ、それと。外のあれはひ孫“達”だ。地上の物を食べさせたくてな、飯を頼む」
入口近くの水路には、小さめの魚人と人魚が―――――――二十人はいた。
「団体のお客様はいりまーす!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます