<第三章:異邦人、最後の冒険の暇> 【01】


【01】


 僕は装備を全て投げ捨てると、時雨を抱えて治療寺院に跳んだ。

 最速、最短で街を駆けた。

 到着は早かったと思うが、焦り過ぎて一分が十倍の時間に感じた。

 治療寺院に跳び込むと、僕の身体を見てくれた治療術師のお姉さんを見つけて、早口で事情を説明。彼女は『はいはい』と腹が立つほど冷静に返事。

 並ぶベッドの一つに時雨を座らせ、彼女に時雨の足を診てもらった。

 何故か、周囲の患者と治療術師の目が刺さる。

 てか、埃っぽい。時雨のベッドも木片やら、小石が散らばって眠れたもんじゃない。普段は清潔なのだろうが、今は非常時だ。

 お姉さんは時雨の足を触り、痛いか否かの質問をする。関節を優しく動かしたり、筋を揉んだり伸ばしたりする。

「はい、わかりました」

「!?」

 診察は三分も経過していない。そんな時間で何がわかるというのだ。

「成長痛ですね」

「は?」

「まぎれもなく成長痛です」

「え?」

 成長痛?

「このくらいの子には、よくある事です。手足の柔軟をして安静にしていれば問題ないです」

「成長痛………………」

 僕はまだ飲み込めない。万が一という事もある。人間が塩になる恐ろしい症状の可能性も。

「いつもお店は忙しいですし、疲れがあるのかもしれません。念の為に―――――――」

「時雨?! その顔どうした?!」

 時雨は両手で顔を覆っていた。

 明らかに何かを隠している。

「やはり、足が痛むのか! ほらお姉さん!? ただの成長痛じゃ」

「ただの成長痛ですって。それに店長が顔を覆っているのは」

 お姉さんは天井を指す。

「あれが原因かと」

 天井には大穴が開いていた。

「ジュマの治療術師になって七年。それなりの数の患者と、その家族を見てきましたけど。子供を抱えて天井ぶち破って来た人間は、あなたが最初ですね」

「いやぁ、それほどでも。角曲がるのが面倒になって、家々の天井を走っていたもので」

「一切褒めてません」

 時雨は無言で僕を蹴ってくる。

 良いキックだ。本当に、ただの成長痛のようだ。安心した。

 と、その時。

 女性の悲鳴が聞こえた。見ると、大きな獣が周囲を見回しながら歩いている。

「ハッハッハッ」

 そいつは、時雨を見つけると尻尾を振りながら擦り寄って来た。

 魔獣の如き灰色の大型犬だ。顔に狼の面影がある。

「当、治療寺院ではペットはお断りしています」

「バーフル、ハウス」

 バーフルは僕を無視して、ベッドの下で寛ぎだす。首根っこを掴んで引きずり出し、抵抗するバーフルと力比べのように両手と前足を合わせる。

「このメガマックス駄犬がッ!」

「バルルルルルルッ!」

「ハァ、外でお願いします………」

 お姉さんに呆れられたではないか。

 と、ヒヒーンと馬のいななき。

 治療寺院の入り口がバーンと開く。扉を開いたのは、この国の女性大臣。僕の実の妹だ。

「ここに時雨という子が――――――あ、いた!」

 雪風は、黒いドレスで全力ダッシュしてくる。ちょっとは慎ましさを覚えて欲しい。

「大丈夫?! 体は!」

「落ち着け、雪風。成長痛だってさ」

 時雨にベタベタと抱き付く雪風を離しながら言った。

「………は? 成長痛?! それ本当なの?! セカンドオピニオンした?!」

 雪風の叫びにお姉さんがムッとなって言う。

「セカンドなんとかは知りませんが、これが成長痛でないなら、何が成長痛なのか教えて欲しいのですが」

「そこまで言うなら信用するわ。でも、念には念を入れてあたしの部下にも診せるわ」

「構いませんが、他の患者さんに迷惑なので静かにお願いします」

「うわっ、あの天井の穴は何? ここ衛生的に大丈夫?」

 雪風の疑問に、お姉さんは青筋を立てながら僕を睨む。

「僕が空けた。急いでいたからつい」

「“つい”じゃないでしょ。そこのあなた、天井の修理費はあたしが出すから、時雨にもっと良いベッドを用意して。できれば個室ね。ペットも可な場所で」

「雨名のジュマの治療術師は、患者を平等に扱います。王も、英雄も、大人も、子供も、老人も、等しく同じ患者、同じ扱いで、最適な治療をいたします。賄賂を渡すつもりなら、外に叩き出しますよ」

「あたしはこれでも――――――」

「よし雪風。そこまでだ」

 雪風とお姉さんが喧嘩になりそうなので止めた。

 妹は、どーにも身内目線になると周囲が見えなくなる。血とは恐ろしい。

 と、更に二人やって来た。

 メイドと、それにおぶられた給仕服の獣人だ。

 現王女のランシールと、その背中にいるのはテュテュである。

『なっ!?』

 僕と雪風は同じリアクションで驚く。

「あら、奥様。と、どちら様ですか?」

 お姉さんの質問に王女様は、

「とある冒険者様のメイドでございますわ。途中、座り込んだ女性を見つけましたので――――」

「いや、ニャーは自分で走れるけど無理やり運ばれたニャ」

「オホホホ、無理はよくないですわよ。そんな鈍足では日が暮れますわ」

「失礼ニャ。短距離なら早いニャ」

「メイドさん、ありがとうございます」

 ランシールがボロを出したら困るので、王女がメイド姿で一般市民をおぶっていたと噂になっては色々困るので、この場からさっさと帰そう。

 僕はテュテュを受け取ってベッドに降ろし、雪風はそそくさとランシールを外に出そうとする。

「それで、お子さんの様子は?!」

「ただの成長痛です!」

 僕が叫ぶとランシールは安心したようで、雪風と帰って行った。

 王女まで駆けつけるとは、時雨は人気者だな。

「シグレ、顔真っ赤ニャ」

「もおおおおおおおお!」

 悲鳴を上げて、時雨はテュテュに抱き付く。

 ああ、うん。みんなで駆け付けたから恥ずかしかったのね。何かすまん。

「奥様、丁度良いので診察受けてください」

「でも、お店があるニャ」

「今日一日くらい何とかなりませんか? 獣人の経産婦は体調を崩しやすいので、一度しっかり身体を診ないと、後々重病になってからでは手遅れになる事も」

 お姉さんは僕を見る。

「テュテュ、時雨、店は僕に任せてくれ」

『え?』

「今日一日くらい何とかする」

「何とかって、大丈夫なのかよ?!」

 時雨の疑問に自信満々に答える。

「大丈夫だ。問題ない」

 僕に良い考えがあるのだ。



 で、帰宅。

 店の客席には榛名がいた。

「パパ! おニャーちゃんは?!」

「成長痛だ。問題ない」

「せいちょーツー?」

「大きくなる前に身体が痛くなるのだ。病気とか怪我じゃない」

「ふぇぇえ」

 榛名はわかったような、わかってないような感じ。

「って、一人で留守番か?」

「ううん、ニセナちゃんいるぉー」

「お、帰ったか」

 キッチンには、白いドレス姿のエルフがいた。髪はショートボブで、趣味で使えない剣を腰に下げている。

 そして右手には手羽先、左手にはエールの瓶である。

「おい、びゃ―――――ニセナ。まーたお前ツマミ食いを」

「子守りの代金なのだ。安いものであろう」

 それは確かに言えてる。

 さておき、手頃な木の板を見つけ『店主、店長が急病の為、本日臨時休業とします』と書いて、入り口に立て掛けた。

 問題無し。

「よし、疲れた。寝るか」


 本日はこれでお休み………………とは行かなかった。

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