<第二章:ヴィンドオブニクル> 【14】
【14】
青い空の下、血を吐いて転げ回る。
本日の特訓から一時間経過、僕は既にボロボロの状態である。
「お前さぁ、前より反応悪くなってるぞ」
「両目でモノを見るのが久々なんでねッ」
隙ありと木剣を突き出す。
アールディは指一つで木剣を止めて、蹴りを放つ。完全に見えているのに全く避けられず腹にくらった。重く内臓を吐きかける威力。
まただ。
膂力の差は如何ともしがたいが、読みでは負けていないはず。何故、こんな見え見えの攻撃が避けられない?
「左目はどうした? 前は白っぽかった気がするぞ」
「王子に治してもらった。別行動中になッッ」
ダメージから回復すると同時、フェイントを入れて木剣を大上段で振り下ろす。
「王子?」
またまた簡単に受け止められる。瞬間、アゴに強烈な衝撃。
三回転半、景色が回り。顔面から草原に着地。
「おぐっ」
き、きいた。
これはちょっと動けない。
「で、どの王子だ?」
「エリュシオンだ」
「何番目の?」
「■■の王子だ」
「んー瞳の色からして何となく奴と関係あると思っていたが、お前あいつの息子とか?」
「誰と勘違いしているのか何となくわかるが、それだけは絶対にない!!」
怒りに任せて立ちあがり、崩れ落ちた。
セラ様の薬で再生能力を上げているが、それすら超えるダメージのようだ。
「まあ、これも阻害されるのだろう。一応聞く。この先で待っているお前の敵って誰だ?」
「■■■を■■。■■の■■だ」
案の定、邪魔された。ほぼ意味不明な言葉だ。
「自分の目で見てきたが、黒いモヤで輪郭すら掴めなかった。てことは、俺に関係のある敵なのだろう。輪郭で判断できる身内………………あ、多いな」
「多いのか」
エリュシオンの王子達も内ゲバが多いようだ。そりゃ民や、配下も、似て来るよな。
「でな、話は変わるが。この三日、お前と剣を合わせてわかった事がある。まず剣の才能だが、まるでないな」
「まるで………」
割とショック。
「手を見せてみろ」
「手?」
右手と義手の左手を開いてアールディに見せる。
「作り物はともかく。マメが少ない。皮膚もまたまた薄い。俺が思うに、剣の才能とは傷の積み重ねだ。お前にはそれが、圧倒的に足りていない」
「ぐぅ」
の音しか出ない。
アールディの癖に正論だ。反論できる余地がない。
「十年、二十年と剣を振り続けていたらわからんが、今のお前に才能はない。全く! からっきり! もう! 全然にないッ!」
ないー、ないー、ななな、ないー、と草原に声が木霊する。
泣きそう。
いや、結構戦えていたつもりなんだが。ザモングラスと親父さんにも聞いてみたい。
「素質だけは認めてやる。ま、神童が堕ちるのを何度も見ているが。いや、童って歳でもないか」
「諦めろって事か?」
「剣だけに頼るな。諸王や、俺の親父みたいなやり方は、今の若い奴には向いていない。もっと楽をしろ。知恵ってのは、その為にある」
アールディは、何かを投げて寄越す。
受け取るとそれは、細く小さな赤い結晶だった。彼の腕にめり込んでいる物と同じ結晶。
「使えるのだろ? お前もあいつと同じ力が」
ワイルドハント。
知恵を得たからこそ、理解できるようになった古い力。【蛇】よりも古い時代の神の名残り。この結晶を使ってアールディに負担をかければ、再びあの力を使えるかもしれない。
だが、
「使わない」
結晶を投げ返す。
「いや、使え」
投げ返された。
「いらない」
「黙れ、使え」
「黙るのはそっちだ。いらないものはいらない」
「人の好意を受け取れ!」
「遠慮します!」
またキャッチボールが始まる。結晶は鋭利なので手が痛い。
しびれを切らしたアールディは、結晶を手に襲って来る。僕は木剣で受け止めた。
「使え!」
「断る!」
「理由はなんだ!」
「ぐッ………」
それでこいつが弱体化したら、
「後味が悪いからだ!」
「後も何も?! お前が負けたら俺らは先に進めないだろうが!」
「あ、帰る手段はあるのか?」
これは大事だ。
僕がぽっくり死んで、二人が階層に閉じ込められては死んでも死にきれない。
「あるぞ。ダンジョンから一気に帰還できる術が」
「あるのかよ」
んな便利な術があるなら後世に残してほしい。それとも残せない理由でもあるのか?
「話を逸らすな! 受け取れこの野郎ッ!」
木剣を弾かれて、結晶で頬をグリグリされる。
「いらねぇって言ってるだろ!」
「知るか! 受け取れ!!」
こいつがどんな偉大な冒険者で、僕よりも遥かに強い騎士だとしても、やっぱ嫌いだ!
「あらー今日はこれまた」
セラ様が僕の様子を見て、兄弟喧嘩に負けた弟を見るような憐れみの表情を浮かべる。
今日は一段とボコボコにされた。結局、無理やり結晶を持たされた。
「セラ様、何であいつはあんなに強いのですか?」
「強い理由かぁ」
全身の傷跡をアルコールの染みた布で拭かれた。清涼感と皮膚の焼ける痛み。
「僕は、そこそこ強くなったつもりで、実際結構な相手と戦えていたのですが、アールディには手も足もでなくて。速いから避けられないとか、動きが読めないとか、そういう次元の問題じゃなくて。正直、剣を手放すレベルで落ち込んでいます」
心中を全部話す。
メルムには悪いが、あの剣は僕には相応しくない気がする。
「“わからない事には理由がある。”師匠の教えよ。剣の基本とは何でしょう?」
「基本?」
パッと出てこない。しかし、親父さんから聞いた事がある。
「点と線の討ち合い、だったような」
うろ覚えだが。
「当たり。そこから少し踏み込むと、“相手に見せたい物を見せ、見せたくない物を隠す”となるわね」
親父さんの居合いを現す言葉だ。
そうか、僕は理論を理解せず模倣していたから、初歩の初歩が頭になかったのか。
「アールディはね。何気なーく動いているけど、本質は隠しているわよ。そこを捉えたら………………捉えたで何か別の方法とってくると思う。あいつ強くて性格悪いから」
見えないモノを捉える、か。
「セラ様、これとは別の話で。小さいモノを見る方法ってありますか?」
「小さいってどのくらい?」
次々と湿布を張られる。
「物凄く小さいです。血の一滴が、星々の世界になるほど小さく。そこに潜む無数の存在です」
「無数に在るけど小さいのね?」
「はい」
「見ようとするから捉えられない。見ようとせず感じるの。ほら、匂いは見えないけど確かにあるよね。目が捉えられないのなら、別の感覚で捉えなさい」
「なるほど」
思えば、トンガリ帽子で視界を隠していた時の方が剣技は冴えていた。敵も今より知覚できていた。目に頼り過ぎているから、根本を見逃しているのか。
「左目見せて」
ずずい、とセラ様が近付く。月のような金の瞳が目の前に。
薬の匂いに慣れたせいか、彼女の爽やかな匂いを直に感じる。変態みたいに興奮しそう。
「見えるようになってから問題は?」
「いえ、元々左目は弱視になっていたので、その頃と比べても見え過ぎるくらいで」
「瞳の奥に赤い火を感じる。君が会った存在の一部かしら? 悪さする力じゃないと思うけど」
「赤い火」
あの王子、もしかして自分の目を僕に? 困るな。ありがたいが、返しようのない恩は困る。相手が未来の人間なら尚の事。
「はい、外傷は終わり」
湿布の上に包帯が巻かれ、外の治療は終わり。次は、
「伸ばすわよ~」
「………………」
天国と地獄の整体である。
ふんわりと肌の密着する天国から、セラ様の関節技で骨が強制的に整えられる地獄の痛み。
ボキ、グシャ、ゴリゴリゴリッ、今まで聞いた事のない音が自分の内部から聞こえる。
本日は、コキャっという音を最後に僕の意識は遠くなった。
この階層で修業を始めて一週間経過。
課題を見つける事はできたが、進展はなし。
今日も昨日と変わらずアールディにボコボコにされる朝から始まり、軽く昼をすませて、
「おい、話がある」
アールディから提案がでた。
「真剣でやるぞ。手加減なしだ」
「え? 僕はそこまで成長したのか?」
実感何もないが。
「お前は変わらず、ダメダメのダメだ。しかし、潮時だ。セラの奴、家庭菜園を作っていた。ありゃ長居する気だ。腹も徐々に大きくなってきた。このままだと、この階層で出産する事になる」
全然気づかなかった。
いつの間にか、この日常に心地良く慣れていた。
「これ以上、この日常は続けられない。縁はともあれ、俺達とお前は別の時代の人間だ。今日で終わりにする。………………良いな?」
夢から覚める時間だ。
「ああ」
アールディは背の長剣を引き抜き、虚空から銀の剣を取り出す。音の壁を貫き、魔剣が彼の隣に並ぶ。
三剣と伝説に謳われる騎士が一人。圧が今までの比ではない。
「ガンメリー!」
僕が叫ぶとガンメリーが跳躍して跳んできた。アーマーに入り込んで、右手にメルムの剣を持ち、左手に彼と同じ銀の剣を取り出す。
『戦闘システム起動』
「全力でやるぞ。武装は全て使え、出し惜しみするなッ」
『了解』
それを聞いて、アールディは笑う。獣じみた牙を剥きだした笑顔だ。
「俺も全力でやってやる。殺す気でな!」
「お願いします!」
刹那、無数の銀光が閃く。
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