<第二章:ヴィンドオブニクル> 【13】
【13】
寝転がって空を見ていた。
透き通る青い大気と、少しばかりの細い雲。薄く浮かぶ月が三つ。
体を起こすと、地平まで続く平原が見える。
その端には角笛を地面に突き刺したような、超巨大な物体があった。その中を探索しているのに、外からこれが見えるとは不思議な気分だ。
「あ! いたいた!」
セラ様とアールディが駆けて来る。
「どこにいたの?! 探したよ!」
「あーちょっと未来の」
「とうっ!」
「ぐは!」
アールディに顔面を蹴られる。
「お前勝手にいなくなるなよ! 焦るだろ!」
「痛いだろ!」
気を抜いて避けられなかった。
「ちょっと!」
「ぐお!」
アールディはセラ様に足を払われてこけた。
ほんの少し離れていただけなのに、懐かしく思えるやり取りだ。
「君、どこに行っていたの? 急に消えて驚いたわよ」
「僕だけ他の階層に飛ばされていました」
「ああ、調整の階層があるって聞いたわ。てことは、ここが最後の?」
「最後で、僕の敵が待っています」
予想通り、草原の先に奴の気配を感じる。
「アールディ頼みがある」
「あん?」
「鍛えてくれ」
「どの程度だ?」
「死ぬほど」
「良いが、本当に死ぬぞ?」
「それくらいじゃないと勝てない。頼む」
「あなたお願い。でも殺したらあたしが殺す」
セラ様の頼みも受けて、頬を掻いてアールディが立ち上がる。
「ギリギリ死なない程度に殺すつもりで鍛えてやる」
差し伸ばされた彼の手を掴むと、早速投げ飛ばされた。
このレムリア近辺を複製した階層は、朝昼夜の変化があった。
朝昼は、アールディと地獄の特訓をして。
夜は、セラ様に無理やり回復してもらい。
深夜は、ガンメリーと作戦会議&情報の整理。
こんな日程である。
「―――――って事があった。お前と離れている間」
『【時間の概念】に【劫火】、【蛇】であるか。多少、納得できる推論であるな。魔法という力を観測すると、必ず量子的な揺らぎを感知できる。電子より小さいサイズの【蛇】が世界中にいると仮定して、人の思考により発生する電気信号を【蛇】が受け取り、働いて、他の物質を変換し、超常の現象を発生させる。よく魔法の徒が言う。『物語の再現』も、人が何かを思い浮かべるに辺り、物語形式を使用するのは非常に理にかなっている。そこに感情が乗れば、脳から発せられる電気信号も増大するだろう』
「………………」
巨人住居の窓を見る。
そういえば、羽根付き兎を見ないな。夜空を飛ぶ姿をよく見るのに。草木はあるが、他の生命は複製できないのか。
『聞いているか?』
「聞いてはいた」
何となく触りは理解できた。
「ガンメリー、例えばだが。この蛇の活動を停止させる事ができれば、魔法を無効化できるのか?」
『可能だ。恐らく、【獣】の咆哮による魔法の無効化がそれだろう』
「死によって変質した蛇が、他の蛇を黙らせた。って事か?」
『恐らくそうだ。吾輩には【蛇】が観測できない為、あくまでも恐らくであるが』
観測、認識。
んーよくわからんが、
「蛇を見つけてしまえば、命令する事も可能なのか?」
『可能だ。問題は、量子よりも小さいサイズの“揺らぐ”物質を見つける手段があるのなら、であるが』
「それは、無理って事だよな?」
『検出装置を作れば可能性はある』
「サイズは?」
まあ、とんでもない大きさだろう。
『異世界の技術水準だと………………最低でもレムリア城三十個分のサイズであるな』
「あ、思ったよりも大きくないな」
大陸サイズとか言われると思っていた。
どっちにしろ持ち運びは不可能だ。
『尚、建築に必要な日数は――――――』
「はいはい、数百年とかだろ」
『そんなところである。観測と言えば、劫火であるが。今回の情報と合わせても、吾輩には理解できない』
「お前でもか」
あの王子も、劫火が生まれた理由は語ったが、劫火の本質は語っていない。この力はどこから来て、どこに還るのか、何なのか、知っておかなければ、僕は過去の人間と同じ過ちを繰り返す。
もしくは未来のか?
『相手を選ぶとはいえ、次元を滅却する凄まじい力だ。【蛇】の存在があっても説明ができない。度を越し過ぎている。有機生命体が、個体で扱えるものではない』
「つまり劫火は、僕から発生している力ではなく。余所から借りている力か?」
『間違いなくそうだ。さて、その“余所”は、人や吾輩が観測できる所にあるのか。難しい問題であるな』
「お手上げだな。【無貌の王】は火葬されたし、ガルヴィングに聞いて答えが返ってくるとは思えない」
今は無理でも、いつかは知らねば。
『あと、時間についてであるが』
「ああ」
僕がこいつに一番聞きたかった事だ。
『qdさjぢおあじょいrじょいじゃwd………………』
ガンメリーがバグって、意味不明な音声を上げる。
「おい?」
『すまぬ。原則違反の為、やはり駄目だった』
「原則? お前そんなのあったのか」
『吾輩も色々あるのである。一応、聞きたい事があるのなら聞くだけ聞くのだ』
意味があるのかわからないが、例えば――――――
「例えば、過去を変える事はできるか?」
まだ、わからないが。一番不吉な予想がどうしても頭にチラつくのだ。考えないようにしても、気を抜いた瞬間に襲って来る。
『宗谷、ノーコメントである。ただ、劫火という力を持った者が、願う願いで良いのか? それでは、昔世界を破壊した愚者共と同じであるぞ』
「痛い所を突くな。………………この話は止めておこう」
最悪と向き合うのは、全てを試した後でもいい。
判断は、その時の僕に任せよう。
「さて、ガンメリー。差し迫って目の前の大問題だ。奴に勝てる手段はあるか? 何か良い案は?」
『一つある。というか、一つしかない』
「あるのか?!」
一個もないと思っていた。
『剣が欲しい』
「剣? どっちだ?」
メルムの剣か、ウルの銀剣か。
『どちらでもない。オリジナルの―――――』
「夜更かししてんじゃねぇよ! 早く寝ろ!」
隣の部屋から枕が飛んできた。
アールディがご立腹である。深夜なのに血圧の高い野郎だ。いや、ちょっとうるさかった僕も悪いが。
「ちょっと! あたしの枕よ!」
「すまん、すまん」
良い匂いの枕を投げ返す。
「君も寝なさーい」
「はーい」
セラ様に生返事をする。
「仕方ない。今日は寝るか」
『うむ、吾輩は引き続き情報の整理と作戦の立案をする。明日も早い、おやすみなのだ』
ガンメリーは、ベッドの傍で体育座りをして待機状態に移行する。
目を瞑ると、慣れた気候のせいかすぐ眠れた。
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