<第二章:ヴィンドオブニクル> 【11】
【11】
「そいつは、おかしいなぁ」
声がした。
長剣で肩を叩きながらアールディが現れる。僕の隣に立って、僕の頭を拳でグリグリとする。
「こいつに流れる呪いと、俺らの呪いは違う」
「我の、大魔術師の慧眼を否定するのか?」
ガルヴィングは不愉快そうな顔を浮かべた。
「大魔術様とはいえ呪いとの付き合いは短かろう? その点、我が家は長~い付き合いだ」
「長い時の間、何ができた?」
「何も、聖下は―――――母さんは死ぬほど努力していたがな。魂を削って」
「無駄な、ッグア!」
ガルヴィングの軽口を、セラ様の足が止めた。
「ま、俺の勘を信じろ。こいつは違う。別モンだ」
更に頭をグリグリされる。
段々イライラしてきた。
「あなた教えて、この子の呪いは何に近いの? エリュシオンの受けた呪いと本当に違うの?」
「違うのは確かだ。似ているモノと言われたら、不思議なんだが【グラヴィウスの教父】だな。あくまで似ている感じで。いや、もっと近しい気配があったような。つまりは、んーまーんん? 何だっけ、左大陸の南っ側にいた」
「竜の躯?」
「あ、それだ。あの狼野郎………………てか、そこの鎖で拘束した女子」
転がっていた旧ラザリッサを、アールディが指す。
「不安定な気配で捉え難かったが、一番そっくりだ。何だこいつは? まさか隠し子か? 孫とか言わないよな?」
「………竜の躯と狼、蛇竜の封印」
セラ様は、ガルヴィングから足を除けて歩きながら考え込む。
ラナを思い出す姿だ。
「君!」
「はい」
呼ばれたので、僕は返事をした。
「もしかして、諸王の女性ともお付き合いを?」
「いえ、でも諸王の臣下です」
死した後も尚、僕は陛下の臣下である。僕が思う限り永遠にそうだ。
「ウッソだろ、お前。せめてエリュシオンの騎士やっとけよ。騎士って感じは微塵もないが、槍持ちくらいやれよ」
アールディの偏見は無視。
「その諸王、掲げた旗に竜はいたり?」
「います」
「やっぱり。諸王の臣下の契りはね、神との契約に似ているの。死が身近な大地だから、あの土地の人々の願いや契りは、神の加護めいた力を生じる」
「戦争馬鹿を千年単位でやってる蛮族だからな。それはそれで強いだろうさ」
アールディは頷き、セラ様は瞳を輝かせる。
「竜を旗印にした諸王との契り。蛇竜を封印した事実。きっと他にも沢山! 間違いない! 君のこれまでの旅路と冒険はね。呪いを変える為の奇跡になったんだよ! 君の呪いは発現しない! それだけじゃない、君の血、存在が呪いの治療になる!」
嬉しそうに誇らしげに彼女は笑う。
違う。
これは、あなたの物語だ。僕はそれを継いだに過ぎない。たまたま最後のランナーになってバトンを受け取り、ゴールテープを切ったに過ぎない。
短い悲鳴がした。ガルヴィングが、蛇竜と呼ばれた少女を杖で刺し殺していた。
敵を失い世界が黒く溶ける。次の階層に僕らは移る。
「納得行かぬな」
「師匠、あたしの理論のどこに間違いが?」
「身内ヒイキの希望に過ぎない。確証は一つとしてない」
「彼の血とアールディの血を混ぜればすぐわかる。呪いを治療できる」
「あり得ぬッ。劫火を持つものが、劫火を使わずとも呪いを克服しているとは。これでは、師の積年の探究が全くの無意味ではないか!」
ガルヴィングから、静かで暗く激しい怒りを感じた。闇がざわつき大魔術師のカンテラの火が揺れる。
「基本の基本、序の序の口、師匠忘れたの? 神の御業は皮肉なの」
「だとしても、確かな力を持った叡智の炎があるのだ。目の前に! 後を継いだ我らが、手を伸ばさぬ理由はない!?」
「人の触れてはいけない力がある。師匠ともあろう人が、こんな簡単な事もわからないなんて。やはり、劫火には怪しい力がある。人を惹き付けて惑わす力。これじゃまるで―――――」
“呪いのようだ。”
ガルヴィングが杖を掲げ、セラ様とアールディが僕の前に立つ。
長い沈黙の後………………大魔術師は杖を下ろした。
「まだ、時はある。我が弟子よ。よく考えろ。呪いで呪いを治療しようなどと、新たな呪いを生むだけだ。火だ。火だけが、呪いを滅却し、滅塵し、灰として消す。他に手段はない」
光にガルヴィングは消える。
「あいつとはよく喧嘩したが、今回だけはマジだったな」
軽口の後、アールディは深いため息を吐く。
「確かにね。師匠ちょっとおかしいわ」
セラ様の生み出した火球が周囲を照らす。何もない暗く死んだ世界だ。
だが目を凝らすと、遠くに半壊した廃墟が見えた。
「次は、君?」
「いえ」
順番的には僕だが、全く見覚えのない景色である。
急にセラ様の火球が消えて、周囲が真っ暗になる。バランスを崩してベッドから落ちると、手の平に泥の感触。周囲の空気は湿り、空から小雨が降る。
「あれ?」
ベッドが消えていた。
それだけではない。セラ様も、アールディの姿もない。
慌てる心臓を落ち着かせ、冷静に周囲を見つめる。大事なのは正確な状況の把握、冒険者としての経験則だ。
目が慣れると、周囲には何もない事がわかる。
地平線まで続く泥の平野、遠くにある廃墟以外は何も見当たらない。気を病みそうな景色だが、不思議と雨が心地良い。静かに冷たく、体温と痛みが下がる。
浅い泥を素足で踏み締めながら歩きだす。
行く場所が、見える所にあるのだ。行かぬ理由はない。
一歩一歩ゆっくりと、廃墟に近付くにつれ、所々に沈んだ瓦礫が見えた。
鬼のような角のある生き物が彫られた柱。矢印に似た記号の描かれた城壁の一部。半球状の小屋や、硝子製の三角屋根も見つける。
レムリアの物でも、諸王の物でも、ネオミアの物でもない。見たことのない建築様式だ。
目的なく廃墟をさ迷う。足に触れたり、目に留まった物を手に取るが、どれもこれもガラクタだ。半分の人形や、鉱石の一部、剣の柄らしき部品、穴の開いた下着。
拾っては捨て、拾っては捨てと進み、ようやく“らしい”場所を見つける。
ほぼほぼ泥に埋まった城らしき建物。
大きく砕けた箇所から中に侵入する。石畳をペタペタと歩く。外と同じで中も湿り、冷たく静かで、やはり心地良い。
泥の奥に入るように城の奥に進む。
目指す奥から光を感じた。微かで熱のない光を。
モグラになった気分で長い回廊を歩き、広い空間に出た。
朽ちかけた王の間だ。
天井は砕けて雨が降り、燭台は転がり、カーテンは煤け、絨毯は泥で汚れて、玉座には誰も――――――いや。
「やあ、歓迎しよう。こんな所だが」
玉座の傍で、地べたに座り込んでいる少年が一人。中世的な容姿で、灰色の長い髪と赤い瞳。細く折れそうな肢体に、黒ずんだ法衣を身に纏い。頭には煤けた王冠が載っている。
「誰だ?」
知らない王子だ。
ん? 王子?
「王子だよ。最後の王子だ。あーもしかして、混線して………………そうでも。あ、なるほど」
王子は納得した様子。
って、こいつ心を読んだな。まるで無貌の王だ。
「そいつとは一緒にして欲しくないなぁ。前文明の災厄だよ、彼は」
「で、どこのどちらの王子で僕と何の関係が? 何故この階層に?」
思考するより口を動かした方が良いな。この手合いには。
「答えよう。まず、『何故この階層に?』という質問だ。ボクはね。ちょっと世界というモノに干渉できる手合いなんだ」
王子が手を叩くと、倒れた燭台に火が灯る。
もう一度叩くと火は消えた。
「その力を使って、ボクという存在を複製して“ある特定の存在”が出現した時に警句として現れるよう設定した。あなたが魔に聡ければ、もっと簡単に近寄れたのだろうけど。干渉を邪魔する存在がいるようだ。さて、では、『何故今現れたのか?』という質問だが―――――」
聞く前から疑問に答えだした。
こいつお喋りだな。
「連れに赤子がいるね?」
「………………あ、確か」
セラ様のお腹にいるはずだ。
「彼の存在の揺らぎと、階層の記憶の物質化を利用させてもらったのさ。で、次の質問。『どこのどちらの王子』であるけど。“エリュシオン”だ。ボクはね、最後の法王であり、最後の王子。何番目かは秘密にしておこう。あまり意味はないから」
何か苦手なタイプだな。
あまり遭遇した事がないタイプだ。悪意はないが、善意があるとも思えない。
「警句だからね。時代が変われば古い風習は悪にもなるさ。しかし、知る事は悪ではない」
王子が指を鳴らすと、どこからともなく銀の剣が現れた。
彼は剣を手に取ると、敵意のなさをアピールする為か遠くに放り捨てた。
「前置きは終わりか?」
「そだよ。メインの質問『僕と何の関係が?』これは論より証拠。これを見ればわかる」
王子は片手を広げる。
「なっ」
手の上には、無色の炎が揺らぐ。
間違えるわけがない。秘奥の火を。
「ボクも、あなたと同じ劫火を持つ者だ」
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