<第二章:ヴィンドオブニクル> 【09】


【09】


 この階層に到達して三日が過ぎた。

 進展は何も無し。というのも僕が原因だ。

 寝込んでしまった。

 劫火を使用した後は、大なり小なり後遺症に悩まされる。軽い時は頭痛と目眩、重い時で視力低下と身体の麻痺。

 今回は、今までで一番大きい後遺症が出た。

 ここ最近負った傷が、全部開いたのだ。折角繋がった骨も全部ポッキリ折れた。しぶとい僕も、流石に動けなくなって寝たきりである。

「やっぱり、霊薬を使った場所が“なかったこと”になっている。こんなの初めての症状よ。自然治癒の箇所は癒えているから、傷は根気よく治すしかないね」

「俺の特訓はどうするんだ?」

「あんたが手加減しないのが悪いんでしょ!」

「いやいや、加減していたぞ。子兎を相手するように手加減していたぞ」

 セラ様とアールディは、今日も言い争っていた。ベッドの中の僕は、何とも言えない気分で二人を見ている。

 巨人住居の窓から見える景色は、今日も吹雪だ。少し冷えるが、不思議な力で冷気の大部分は遮断されている。

「特訓は無期延期よ! 折れた骨で内蔵を痛めたら命が危ないの! 自然治癒を活性化する薬を作らないと、でも純自然的な薬草は手持ちに少ないし、巨人の中じゃ育たない。敵を全て倒さないと階層から移動もできないから、取りに戻る事もできない。う、うーん、となるとアレしか」

「反対だ!」

 アールディは、顔を真っ赤にして反対する。

「試してみる価値はあるけど」

「前に試してどうなった?!」

 また危ない手段か? それなら僕も反対だ。

「辛抱たまらなくなったケダモノに襲われたけど」

 襲われたのか?!

「そ、そういう事を」

 こいつの前で言うなぁ~、とめっちゃ小声になるアールディ。

 あ、察し。

「君、ローオーメンって知ってる? ちょっとその言いにくいのだけど、原始的な性魔――――」

「知ってます」

 セラ様に、僕はキリッとした顔で返す。

「おま、何で知ってんだよ! 経験豊富か?!」

「………まあ割とな」

 ドヤ顔でアールディに返す。

「こ、この野郎。ムカつく。セラ、俺は絶対反対だ! てかこいつお前の子供なら尚更駄目だろうが!」

 エリュシオンの王族って、近親相姦はタブーなのね。

 いや、僕ら血繋がってないから合法だけど。

「あなたねぇ、ローオーメンの加護は生殖器を擦り合わせなくても良いの」

「擦るとか言うな! 俺の女なんだから慎みを持て!」

 おや、アールディさん。意外と純情ですね。

「それじゃ慎みを持っていたしますわ。あ・な・た」

「そういう事じゃねぇよ!」

 からかわれているなぁ。

「冗談はさておき、粘膜接触しなくても一晩ほど肌を合わせれば効果あるのよ」

「こいつが! 発情してお前を襲わないとも限らないだろ!」

「ないない。あなたじゃあるまいし」

「それはそれ、これはこれ!」

「ハァ、男って面倒くさ。離婚しようかな」

「子供の前でする話か?!」

「あ、そか」

 ハッハッハッ、とセラ様が笑い。アールディもつられて笑う。

 この夫婦は大体こんな感じである。観察しててわかったが、仲は凄く良い。

 ………………わからん。夫婦ってわからん。

「では、お邪魔しまーす」

 セラ様は、毛布をめくって僕のベッドに入ってきた。ふんわり柔らかくて良い匂い。髪と吐息が首にかかる。

「ぐぎゃー!」

 アールディの悲鳴が面白い。

「とりあえず………接吻かしら?」

 自称母が密着して言う台詞ではない。

「殺す殺す、治ったら絶対殺す」

 アールディが怖い。しかしとても良い気分である。

 なるほど、これがネトリの愉悦………………止めとこ。ただでさえ性癖歪んでるのに。

「あ、良い事を思い付いたぞ」

 アールディは奥に引っ込み、ダブルベッドを担いで戻って来る。

 僕が寝ている粗末な物と違い、大きくて寝心地が良さそう。どこに置いてあったのやら。

「俺も一緒に寝る」

「夫婦用だから使わせたくないって、駄々こねてたくせに」

「このベッドは俺とお前用だ。そいつには使わせない。だからこうして隣に付ける」

 僕の粗末なベッドと豪勢なベッドが隣接した。

「セラ、お前はいつものベッドで寝ろ。そいつはそのまま。手を握る事は許可してやる」

「嫉妬してますよ~ダメなパパですねぇ~」

 セラ様は僕の頭を抱えてナデナデとしてくれた。骨折箇所が痛いけど、幸せなので問題無い。心地よ過ぎて眠気が誘う。

「………………」

 アールディが『マジで殺す』という目をしていた。セラ様はニコニコしている。

 嬉しい反面、夫婦仲が壊れるのは困る。

「セラ様、やっぱり手を握る感じで」

「………え、反抗期?」

 僕の反抗期早過ぎ。

「人前では恥ずかしくて」

「なるほどね。二人っきりの時にイチャイチャしましょ」

 ガルルルッとアールディが唸っていた。

 なんか、すまん。

「それじゃ手だけで我慢するわ」

「はい、そんな感じで」

 僕は解放された。セラ様の左手と、僕が右手に絡む。彼女の右手はアールディが掴んでいた。

 三人で川の字だ。これって何だがっぽいのである。

「セラ、横になって言うのもなんだが」

「何よ?」

 アールディも同じ感想を持ったのか?

「俺さっき起きたばかりで眠くない」

「あなた、黙ってて」

 マジで黙ってろ。

「………………」

 アールディは黙る。

「セラ様、ガルヴィングはどこに?」

「城よ。安心して近寄らせないから」

 奴の所在をセラ様に聞いた。

 ガンメリーにも追わせているが、ガルヴィングは隠れるのが上手い。一度見失うと丸一日は所在不明だ。

「それはありがたいです。で、肝心な話ですが――――――」

「さ、寝ましょ。良く寝て怪我を治してね。焦らずゆっくりで良いから」

 また避けられた。

 この三日の間、劫火の話題を出す度逃げられる。理由はさっぱりわからなかったが、握った手が震えている事を今気付く。

「………………」

 追及できない。今はまだ、もう少しだけこのままで。

 今日はそんな感じで眠る。




 温かさで眠り、肌寒さで目覚める。

 目を開けると冷たい天井が見えた。天井が移動している。いや、移動しているのは僕のようだ。ベッドの脚がメルヘンな感じでウネウネ動いて歩いていた。

「おはよう。丁度着くわ」

 前にミスラ―――――セラ様がいた。

 彼女の杖は、長く暗い回廊を照らしている。床にレリーフの彫られた回廊だ。

「このレリーフは、アールディの兄弟よ。あいつは………あ、これかな? 比べると似てないわねぇ」

「確かに」

 知っている場所である。前は、この先に【ご婦人】が待っていた。

「もしかして、ここも知っているの?」

「それなりに」

「チッ、跡形もなく滅んでなかったか」

 いえ、割と跡形なく滅んでます。

「あ、寝起きにごめんね。今から歴史のお勉強をします。ここネオミアは、エリュシオンがひた隠しにする歴史を“ゆすり”に使って繁栄しました。もちろん、そんな事をしていたから、ネオミアはエリュシオンを心底警戒していた。このレリーフはその踏み絵の一つよ」

 回廊の廊下には、八人の獣狩りの王子がいた。

 そして回廊の最後には、セラ様もいた。

「あたしが彫られたのは、まあその、この国でやらかしたのと、そんな女がエリュシオンの王子に嫁入りした、からかな?」

 たぶん、王子より恐れられていたかと。踏まれ過ぎて砕けていたし。

「セラ様、この先は」

 前は、ご婦人と吸血鬼と、眠る青い竜がいた。

 今は、

 彼女の記憶では、

 何かの物語が詰まっていた。

 暗く広いドーム状の空間の壁には、物語が彩られている。

「あれ?」

「どうかしたの?」

「いえ、僕が見た時と構造が」

 僕がネオミアで見た時は、この物語は玉座に飾られていた。だがここには玉座はなく、ただ物語があるだけ。無論、ご婦人も吸血鬼も青い竜もいない。

「移築したのかしら? それとも秘匿したのかしら? ま、何者かに隠されたのが正解でしょう」

 そうか、バーフルの記憶が混ざっていたから、本来の構造とズレが生じたのか。

「さ、あれを見て」

 杖は、天井を指し照らす。


 そこには、輝く山々と獣の姿をした巨人の姿。

「初めの時代。獣人達は霊峰を守っていた」


 杖は右を照らす。エルフとドワーフが、巨人と戦う姿。

「時の支配者であったエルフとドワーフは、霊峰を巡り獣人と争っていた」


 杖は左に、エルフがヒームに麦穂を授ける姿。

「しかし、長い争いの中でエルフとドワーフは衰退した。そこでエルフは、“農奴として飼っていた。弱小の一族。”あたし達、ヒムに知恵を与えた」


 杖は奥の壁を照らす、王冠を被ったヒームが巨人を倒す姿。

「ヒムは獣人を倒し、新たな支配者となる」


 杖は床に、王冠を被った獣と、剣を掲げる八人の子供、そして一人の女の姿。

「しかし、時の王は“獣”となり王子に倒された」


 ヒームがエルフの農奴だったとは、驚きの事実である。

 ただ、そこから王になるには足りない物語がある。

「“ヒムは、かつてエルフの奴隷だった。”それが、エリュシオンの隠していた秘密。ネオミアが繁栄できた理由」

 セラ様の横顔に陰りが見えた。かつて、僕の神だった女性と同じ憂いをおびた表情だ。

 彼女は杖のカンテラから火を取り出す。

 浮かんだ火は、煌々と周囲を照らし影を作る。影は生き物のように蠢き、隠された物語を映し出す。


「これが、あたしが伝えなければならない事。歴史に隠された人の悪行。呪いと英雄の真実。そして、あなたの持つ炎の物語よ」

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