<第二章:ヴィンドオブニクル> 【07】


【07】


 夕飯である。

 無論、セラ様が巨人内部で調理した。

 この巨人の頭部住居、本当に便利だ。生活空間に加え、とんでもない量の荷物を持ち運べる。内部では様々な野菜や、薬草の育成も可能。巨人の歩行には広さが必要とはいえ、完全に移動拠点、いいや要塞と言える。

 樹木のテーブルに並んだ料理は、野菜がゴロゴロと入ったトマトスープ、ナンのような厚めの平焼きパン。厚いベーコンの上には、焼いてトロトロにしたチーズがのっている。

 飲み物は果実酒だ。フルーティーな味わいで、酒の苦手な僕でも飲みやすい。

「はい、君は食前にこれ飲んでね」

 セラ様は、僕の前に木製のジョッキを置く。

 中身は、真緑のドロっとした液体。

「今のところ何が効果的なのか手探りなの。だから、昨日に引き続き薬効成分全部入りよ。君が薬耐性高くて良かった。ささ、グイッとイッキ、イッキ!」

 心を無にしてジョッキを手にした。この後食べる美味しい料理の事だけを考えて、グイッと一気飲み。

 苦い。苦くて辛くて酸っぱくて喉がヒリヒリと痛い。似ている味をあげるなら、誤飲したシャンプーだ。

「グッ」

 耐えて全部飲み干した。飲み干すと胃と肺が熱くなって咽そうになる。肉と骨に熱さが沁みる。全身の筋肉が膨れ上がって骨を接ぐ。何かが内部から身体を無理やり正常に戻そうとする。

 数秒間、呼吸も出来ない金縛りにあった。

「よーしよし」

 セラ様に背中をさすってもらう。これが一番疲れる。

「それじゃ食べよ」

「はい」

 シャンプーの後味を果実酒で流す。

 ちなみにアールディは、自分の食事をもう半分以上食っていた。

「ところで、どう? どうなの?」

 僕の隣に着いたセラ様は、チビチビと食事を口にしながらアールディに聞く。

 アールディは、トマトスープを器から飲み干して答えた。

「剣の才能だけなら無才も無才だ。ものの見事に凡人の域。ここまで見事に凡人で収まった剣士も珍しい。普通、どんな凡骨でも何かしら尖った部分はあるものだ。こいつにはそれがない。俺なら剣を捨てて、スルスのように筆を持つな」

 アールディの凡人のハードルが高すぎる。

 僕、竜の爪とか斬った事あるのですが? 巨人と真っ正面から斬り合って勝ったのですが? それでも無才で凡人凡骨ですか、こいつの言う達人の域ってなんだよ?

 親父さんクラスか? 

 陛下クラスか?

 腹が立って腹が減ったので、ご飯を頂く。

 あ、トマトスープ美味っ。

 懐かしい味がする。野菜が沢山あって食べ応えある。薄味だけど、チーズとベーコンを一緒に食べるとマリアージュだ。ナンを浸して食べても良い。

 おっと、このナン。

 中に菜っ葉の炒め物が入っている。ニンニク風味のバター炒めだ。総菜パンみたいで好き。しかも焼き立てでフワモッチリな食感。

 冒険中に、こんな贅沢な食事ができるとは。一人になってから味気ない冒険食ばかりだから尚嬉しい。

「でも、そんな普通の剣技だけでこの階層に来れる?」

「不可能だ。よっぽど強い仲間に守られ――――――そういや、お前」

 アールディにスプーンで指される。

「どんな仲間と、ここまで来た?」

「あたしもそれ知りたい」

 あー、その質問か。

「ここには一人で来た。いや、ガンメリーがいるから実質二人か。途中までパーティで来たけど、色々あって別れた」

「セラ、今日のスープは格別に美味いぞ」

「わ、わかった? 新鮮な野菜を多く入れたからねぇー、あ、あはは。ほら、おかわり食べて」

「はっはっは」

 二人共、急に話題を逸らす。変な気を使われて余計に傷付く。

 微妙な空気の中、美味い飯を消費していると、

「我が弟子よ」

 ボロボロになった老魔法使いが空から帰ってきた。

 トンガリ帽子を失くしており、杖も半分に折れている。顔面の半分が削られて、赤い血肉が丸見えだ。血を大量に吸ったローブは、ドス黒い色になっていた。

「洗濯と着替えを頼む」

 それよりも治療が先じゃ?

「師匠、その汚れは落ちないわ。捨てて新しいの着て」

「妻が編んだ物だ。気に入っている」

「まだ予備があるでしょーが」

「予備があっても大事な物は大事だ」

「はいはい」

 セラ様は、テーブルを離れて部屋の隅の衣装タンスを漁る。

 アールディは、酒を飲みながらガルヴィングに聞く。

「見つけたのか?」

「見つけた。貴様らが呑気に遊んでいる間、我は一人で探して戦っていた」

「で、負けたと。この諸王の風景、あんたの記憶だろ。敵はどんなだ?」

「只の人間だ。ヴェルスヴェインの戦士であり、我が知る最強の人間である」

「最強だと? 俺より強いのか?」

「強いな。封印できなかったら、左大陸に貴様らのような一族が生まれていた」

「冗談は止めろ。諸王に猛者はいるが、そこまでの人間は聞いた事がない」

「当たり前だ。師が歴史から消した。しかしそれでも、諸王の中に信仰が残った。あれを何と評すれば良いのか、人のエゴ、闘争心、サガ。そういうものの結晶とでも呼ぶべきか。そんな人間でしかないモノが、我らの奇跡を悉く斬り払った。剣一振りと身一つの化け物といえる」

「ほう、そいつに呪いも斬らせてみよう」

「師が奴を封印したのは、新たな呪いになりかねないからだ。貴様らを滅ぼしたとしても、新たな呪いが生まれては元も子もない、とな」

「言ってくれたな、興味が湧いた」

 アールディは席を立つ。

「セラ、俺はちょっと食後の運動をしてくる」

「いってらっしゃい。気を付けてね」

「応ッ」

 長剣を手に、アールディは窓から跳び出して行った。

 少し遅れて、テーブルに立て掛けられたアガチオンが後を追って飛んで行く。

「馬鹿犬め。場所はわかるのか?」

「わかるんじゃない? 強い奴には鼻が利くらしいし」

 マジで犬だな。

「師匠、服よ。杖は?」

「半日もあれば直る」

 平然と話していたが、ガルヴィングはどうみても重症だ。

 傷はどうやって――――――

「この顔は、直るまで三日程度か」

 ガルヴィングは、ずるりと“顔”を脱いだ。

 一瞬、理解できなかった。顔だと思っていた物は、精巧なマスクだった。脱いだ後も生きて血を流している顔そのもののマスク。

「………ッ」

 それよりも、出てきた顔に僕は表情を歪めた。

「師匠さー、あたし的にはそっちの顔の方が絶対良いと思うよ。格好良いし」

「こんな肌をエルフに見せてみろ。彼奴ら火を飲んだように暴れ、叫んで、襲って来るぞ。『呪いの子だ。狩れ!』とな」

 老人の顔を脱いだガルヴィングは、長く艶めいた黒髪と、褐色の肌と、瑞々しい美貌を見せる。それにやや下がった長耳は、間違いなくエルフの特徴だ。

「ダンジョンなら良いんじゃ?」

「どこであれ、隙を見せるのは好かん」

 ガルヴィングが僕の視線に気付く。

「坊主、“黒い”エルフを見るのは初めてか?」

「いいや、“二人目”だ」

 決めるのは、まだ早い。

「ほう、それは貴様の何だ?」

「まず僕の質問に答えろ」

「良いだろう」

 黒いエルフは、新しいローブに袖を通し短くなった杖で肩を叩く。

「『双貌の王ヴィガンテル』と、お前はどんな関係だ?」

「あの愚図の名を知っているのか。双貌とな。ふん、言い得て妙だな」

「関係を言え」

「あれは我の父親だ。教えてやろう、坊主。あの愚鈍の名声がどう伝わっているのか知らんが、それは全て我の名声だ。我が奴に代わり果たしてやった名声だ。決して間違うでない」

「間違わねぇよ」

 ああクソ、因縁だけが良かったな。

「奴は運良く才人を身内に持っただけの塵に過ぎない。奴隷のエルフに産ませた子が、我のような大魔術師になるのだからな。その運だけは褒めてやる」

「ガルヴィング、あんた子供は?」

「はっ、知らんな。妻は愛していたが、子となれば別だ。我の血を半分も引いたガキなぞ………………おぞましい。しかし、我が弟子よりも才を持つなら使い潰す程度には利用してやる」

 才能はあるさ。とびっきりのギフトを持っている。

 信じたくはないが、マリアの父親はガルヴィングだ。その縁で、こいつはこの階層にいる。僕の前にいる。

 ああ、だがわかった。

 彼女の母親が聖域に自分の子供を隠した訳を。

 父親がこんなド級のクズなら、時代を超えてまでも隠したいだろう。どんな使われ方をするのか想像するのは容易い。

 トーチ。

 お前がマリアの父親で良かったよ。

「で、次は坊主の番だ。どこで黒いエルフを見た?」

「読み物の中さ」

「つまらぬ嘘は止めろ。貴様が我が弟子の子だとしても、我を引き寄せた理由には足りない。血か、縁か、どこかで我と繋がる理由がある」

「僕が■■■■■」

 お前を殺すからだ。それがお前の未来で、僕の過去だ。

 何かを察したのか、黒いエルフが黒く笑う。僕は睨んで返事とする。

「師匠、ご飯は?」

「もらう」

 ガルヴィングは僕の正面の席に着く。無言で飯を食べ始めた。

 僕は残りの飯を食い尽くす。ガルヴィングのせいで味がわからない。せっかくの美味い飯が台無しだ。

「あー、何か険悪ね」

 セラ様が困っている。

 困らせたくはないが、こいつだけは無理だ。お手て繋いで仲良くとはいかない。

 と、

「おーい、帰ったぞー」

 アールディが窓から帰って来た。

「あらお帰り、早かったわね」

「おう、何だ、まあ」

 表情こそ平静だが、アールディは頭から血を流していた。

「あれは、ちょっと勝てんかもしれん」

 バターン、と直立したまま倒れて気絶した。

「あーあ、情けない」

「セラ様、これってもしかして」

 この二人が敗れるとは、もう勝てないのでは?

「大丈夫。ママに任せなさい。ぶっ殺してやるわ」

 笑顔で怖い事を言う母だ。

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