<第二章:ヴィンドオブニクル> 【06】


【06】


「冒険者にとって大事なものは………………そういえば俺は、冒険者云々はなんも知らんな。ま、騎士にとって大事なもので良いだろう。これは実に簡単、頑丈な体だ」

 すぱーん、と僕は鞘でぶっ叩かれた。

 ばこーん、と吹っ飛ばされる。

 どかーん、と追い打ちされる。

 何て、可愛く回想しないと精神がやられるくらいボコボコのボコにされた。

 セラ様、無理やり接いでもらった骨がまた折れそうだ。

 アールディとの特訓の条件は、アーマーなし、小細工なし、得物は鞘だけ。それで半日ほど手合わせした結果、手も足もでず一方的にやられ続けた。

 ロケーションは変わり、夜の砂漠から荒涼とした冬の大地へ。

 まるで諸王の大地だ。

 どうやらこの階層は、『影』を倒すと強制的に次の階層に移るようだ。

 浅い雪には僕の血と汗がこぼれ落ちている。

「今日は終わるか、雑魚の癖に本調子でないときてる」

「冗談言うな」

 鞘を杖にして立ち上がる。

 打たれた肉が熱い。この熱さは寒々しい大地では心地良い。

「まだまだやれる」

「根性は半人前だ」

 アールディの手が閃いた。

「うおッ」

 投げつけられたナイフを両手で挟む。

「隻眼の癖に、“点”に反応できるか。そこは褒めてやる」

「勘だ! 偶然だ!」

 危うく、もう一つの目も失うところだった。

「勘とは、修練や戦闘により最適化された感覚を言うのだ。そういう勘が身に染みる程度には、経験はあるようだが―――――」

「そりゃどうも!」

 全力でナイフを投げ返す。

 アールディは視線を動かさず、指でナイフを挟み込んだ。

「尚の事わからんぞ。俺の勘では、お前はもう少し強いはずだ。ここまで雑魚ではない」

 ナイフが戻って来た。思ったよりも速く義手の装甲で受け止める。

「その左腕はどうした?」

「敵にくれてやった」

「で、負けたのか?」

 ナイフを投げ返す。

「勝ったさ」

「そいつがお前の『影』か?」

「違う」

 最悪ではあったが、最強ではない。

 ナイフが戻って来る。投げ返す。

「どんな敵だ? その左腕をくれてやった奴は」

「謀略に長けた王だった。凄腕の冒険者でもあった。仲間に恵まれ、美しい妻に、子供、民に国を持っていた。僕が戦ったのは、そんな男の老醜だ」

 受け止めて返す。

「なるほどなぁ、そいつは曲者だ。後学の為、一つ教えてやろう。まともに老いて死にたくば、名声は隠せ。富は程々残して他人に施してやれ。輝かしい思い出は老人の足腰には重い。大抵の英雄は、これで潰れて人として壊れる」

「へぇへぇ」

 いきなり老後の話をされても、僕にはピンとこない。

 老いるまで生きてるかも不明だ。

「こう見えても俺は、人の何倍も生きている。母の願いを受け、父の救済の為に旅立ったが、今の俺の願いは、老いてあいつと添い遂げる事だ。戦いだけの人生だったからな。最後くらいは別の景色を見て死にたい」

 投げ返そうとしたナイフと止めた。

 結末を知っている僕には、その願いは胸に来る。あと何だ、これって親子のキャッチボールみたいじゃないか? ボールじゃなくてナイフだけど。

「ところでお前、女はいるのか?」

「は?」

 ナイフを投げた。

 急に何を言う。

「いや、流石に酷な質問だったな。その顔じゃ女なんて」

「………………まあ、いるにはいるけど」

「よし言ってみろ」

 物凄い食いついてくるな。

「エルフの元姫様だ。名高い魔法使いでもある。強大な敵と戦い、民を巻き添えにしてしまい。森を追われた」

「エルフ、だと? 縁はあるにはあるが、そこかー。なんか俺複雑だわぁ」

 だわぁ、じゃねーよ。

「で、どんな女だ? エルフだから美人だろ」

 ナイフが戻って来る。

 飲み屋のおっさんと変わらんな。

「美人というより可愛い系で」

「可愛い? 信じられんな。俺の知っているエルフは、高慢ちきで薄情な奴らだ。外見は美しいが、中には乾いた砂が入っている」

「そりゃあんたがエルフを知らないだけさ。不幸にも、そんな奴らとしか出会わなかったのか。エルフにも血は流れている。情に厚い奴もいる」

「そうかそうか、そのエルフは良い女なんだろうな。許せ、お前の女を悪く言うつもりはない」

 そりゃ良い女さ。僕にはもったいない。

「次が」

「ん?」

 アールディが首を傾げる。

「さっき話した敵の娘だよ。銀髪の獣人で色々と押しが強かった。最初は嫌だったのだが、ある時つい手を」

「んん?」

「次も獣人で元娼婦だ。引退した後は飯屋をやって―――――思えば、孕んだ時と転職した時期は同じだったような。言ってくれれば良かったのに、最初から一人で育てるつもりだったのかな」

「んんん?」

「次なんだが、左大陸で出会った褐色のエルフで、小さい頃から僕と結婚するって言ってて、しかしバインバインに成長した今でも女というより娘感が抜けてなくて」

「セラー! セラ! ちょっと来ーい!」

 アールディが叫んで、セラ様を呼ぶ。

 ご飯まだよー! と少し離れた所で、体操座りした木の巨人から返事。

「いいから! 来いって! こいつとんでもないぞ!」


 セラ様が巨人から降りてきて、何故か僕は正座していた。何故か巨人も正座している。もちろん雪の上である。

 これ虐待だよな?

「大変な事を聞きました。ママはね。恋は自由だと思うの、でも愛は一つだと思うの」

「俺もそう思う」

 セラ様の言葉にアールディが大いに頷く。

「結婚してから他の女性と付き合うとか、それダメでしょ! 浮気でしょ!」

「俺もそう思う!」

 アールディの太鼓持ちがムカつく。

「ここで告白して懺悔なさい! 何回浮気したの!」

「あの、セラ様。僕はエルフの法で結婚したので多婚は罪では」

「何ですか! その法の逃げ道! ママ許しませんよ!」

「俺もそう思うぞ!」

 二対一でこれか、最早いじめだ。

 適当に罪を告白して懺悔した体で受け流そう。

「えーとだから、獣人二人です」

「いきなり嘘は止めなさい。アールディから聞きました。別のエルフもいるのでしょ?!」

「いえ、だからマリアは娘みたいなもので。見た目が大きくなったから、手を出すつもりは決して」

「当たり前でしょ」

「俺もそう思うな」

「あなた、ちょっと黙ってて」

「………………」

 アールディは黙る。

「他に女性関係は? 言いなさい。ママ怒らないで聞いてあげるから」

 すげぇ言いたくないんだが………………………………仕方ないな。

「最初の妻の妹と結婚すると約束を。でも、向こうは忘れたので大丈夫です」

「何が大丈夫なのッッ?!」

 それどころじゃない問題が沢山あるので。

「パーティメンバーの小娘から告白されましたが、しっかりフリました」

「………パーティメンバー」

 セラ様の目が細くなる。

「それは後々問題になるな」

 黙れアールディ。ベルはしっかり後腐れなくフッた。

「あ、そういえば………頭から触手生やした変な生物と一回」

「ママ、流石にドン引きよ」

 怒られなかったがドン引きされた。

「実は、ほんのちょっとの間ですが、離脱したパーティメンバーのヒモになってました」

「一番の大問題よ!」

「いや、その時は色々と記憶が曖昧で」

「男って、何かと記憶を言い訳に使うよね」

 セラ様はアールディを白い目で見る。

「僕もそう思います」

「お前が言うな」

 アールディにツッコミをもらう。

「誰に似たのかしら………………答えは一つよね? ね?」

「はっはっはっ」

 アールディは乾いた笑い声を上げた。

「セラ。弁解させてもらうが、ルミルとの事は」

「あーはいはい」

 そっちも何かあるの?

「いや頼む。頼むから聞いてくれ。あの時、同じベッドで抱き合って寝ていたが、決してあの脳筋女とそういう事は! 俺にも選ぶ権利がある! 体は完璧だが、あいつの頭の中が本当に趣味合わない! 本当だ!」

「全裸でも?」

「全裸でもだ! そもそも脱いだのは、スルスが変なキノコを俺らに食わせたからだ! その後の記憶が曖昧だから間違いない!」

「ほら、それ」

 すーぐ記憶のせいにする。あんた最低だな。

「セラ、その事はまた別の機会で。今はこいつの――――――」

「並んで」

「ええッ」

「並べ」

「………………」

 アールディが僕の隣に座る。セラ様、意外と恐妻家だな。

「大体男ってのはね!」

 本日の特訓の締めは、二時間雪の上で正座して説教されるという過酷なものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る