<第二章:ヴィンドオブニクル> 【05】


【05】


 目覚めると一定テンポの地鳴りを感じた。波の満ち引きようで心地良い。後頭部の柔らかさも非常に心地良い。

 目を開けると、セラ様の黒髪と微笑みが見えた。

「あ、やっと起きた」

「えーと」

 痛覚は鈍いはずなのに全身が痛い。同時に意識を失う前の光景がフラッシュバックした。よくまあ、あれで原形を留めていたものだ。

「おら、どけ! 俺の女の太ももだぞ!」

 アールディに蹴られ、セラ様の太もも枕からどかされる。

 樹木のような床に転がった。丸い間取りの大部屋だ。ひし形の窓からは月が見えた。

 まさかこれ、あの巨人の中か? よく見たらベッドに机、椅子、収納家具に調理器具まである。最早ここに住めるレベルだ。

「あたしはあんたの奥さんだけど、太ももはあたしの好きに使うから」

 セラ様の太ももに頭を乗せたアールディは、むんずと掴まれ放り投げられる。壁にぶつかる瞬間、樹木が開いてアールディを外に落とした。

「うおおおおぉぉぉぉぉぉ」

 悲鳴が落下していった。

「ささ、おいで」

 自分の太ももを叩くセラ様。今のそれ見せられて膝枕は怖い。しかし、恐怖感より強い欲求が僕を動かした。

 這って太ももに頭を乗せる。

 あー柔らかい。

 合わせて髪を撫でられると全てがどうでもよくなる。人間としてダメになりそう。

 僕ここに何しに来たんだっけ?

『宗谷、赤ちゃんプレイも良いが生産的な話をするのだ』

「誰が赤ちゃんプレイだ?!」

 ガンメリーにツッコまれた。義手の左腕を抜いた自立状態だ。死角にいたようで気付かなかった。

「あら、これ喋れるの? ママに紹介して」

 ママ呼びは抵抗あるなぁ。

「僕の相棒のガンズメモリー。略してガンメリーです」

「ママです」

『………………相棒である』

 ガンメリーが圧されて握手をした。

「人造生命? ゴーレム? 鉄製とは珍しいわ。あら中は空洞? どうやって力を循環して動かしているの? ある程度、受け答えはできるようだけど、高度な質問は可能なのかしら? 自立行動は何パターン可能? 誰が造ったの? あ、もしかしてうちの子?! やだ、あたしの子供って天才。解体して良い?」

『………………宗谷、ヘルプである』

「セラ様、解体はちょっと」

「ちょっとなら解体しても?」

「ちょっとも駄目です」

 ええーっとセラ様は残念そうな顔を浮かべて、すぐさま可愛いムッとした表情に切り替わる。

「だから、”様”は違うでしょー。ほら、ママって言うてみー、ほらーほらー」

「勘弁してください」

 脇腹をくすぐられた。どうにも今の彼女は、母というより年下の姉だ。いや、意味不明だ。

 軽くイチャイチャしていると、光が弾けて邪魔者が出現した。

「敵を見つけたぞ、我が弟子よ。全く貴様は師をアゴで使って、自分は男遊びか」

「息子と遊ぶのは母の務め」

「そこの坊主が貴様の息子という確証あるのか?」

「女の勘」

「そんな馬鹿なものでわかるか、馬鹿弟子よ」

「わかるわよ。男の師匠にはわからないでしょうけど」

「………………」

 ガルヴィングが黙る。

 セラ様強いな、色んな意味で。口喧嘩は避けよう。

「坊主、貴様には色々聞きたい事がある。しかしまず―――――――」

「うるさい黙れクソッタレ魔法使い。お前の質問には一切答えない」

 靴のサイズを聞かれても絶対に答えない。

「なるほど似ている。馬鹿犬の方に」

 口の減らない魔法使いだ。

「くだらん話は捨て置く。貴様らが家族ごっこしている間に、この階層を隅から隅まで調べた。大凡、ルミルとロブスの話通りだ。階段もポータルもない。敵は番人が一体だけ」

「あら、楽勝」

「なら、良いが」

 ガルヴィングが杖で僕を指す。

「弟子よ。貴様の息子とやらは強いのか?」

「何を言ってるのよ。男の強さは腕っぷしだけじゃないわ」

 え、セラ様。もしかしてフォローですか?

「あの馬鹿犬を10としたら、そいつはいくつだ?」

「………………1かしら。いえ、流石に可哀想だから2ってところ」

 優しさで傷付いた。

「話にならんな。聞け、坊主。聞かなくても聞け。何の因果か我らはこの階層に集まった。今から五十五階層まで“協力”して降りねばならん。我らに問題などないが、坊主一人が不安材料だ」

「独り言だが、鎧を着ていればアールディ相手でも引けを取らない」

「道具に頼るのも結構だが、人の強さの根幹は意志だ。それだけが世界を変える力と成り得る。それなくして道は拓けぬ」

 偉い魔法使いみたいな言葉を吐く。

「我が弟子よ。そいつを鍛え上げ10に届かぬとしても、最低でも6にしろ」

「あんたに言われなくても鍛えるわよ」

 え、鍛えられるの? 

 今更、修行するの?

「すいません、セラ様。僕、身体が割とボロボロで」

「知ってる知ってる。さっき調べたら骨が19本折れてたね。でも安心して、魔法が効きにくい体質みたいだけど治療方法を今から開発するから」

 それはありがたい。

「む、馬鹿犬が始めたな」

 鉄の音がした。空間を揺るがすような鉄の音だ。

 ガルヴィングが杖を振るうと、樹木の一部が鏡になりアールディの戦う姿を映し出す。

 騎士は、黒く巨大な狼と戦っていた。

「あれは」

 陛下の姿を思い出す。

 ただ似てはいるが、陛下の姿より骨格が歪で肉も醜く肥大していた。爪も牙も整わず、神が造形に失敗した獣だ。

「坊主、後学の為に教えてやろう。アレは竜の死骸。強大な生命力を持つ竜は、死しても尚その血肉に力を宿す。宿したまま死ぬ。普通の生命は頭や臓器を失えば死ぬが、竜は違うのだ。首を失っても尚、心臓が止まっても尚、その血肉や骨は生き続ける。しかし、竜を竜たらしめるのは意志の力に他ならない。死に至った竜は、己の姿を忘れて黒く醜いケダモノになる」

 イラっとする言葉使いだな。

「かの獣の名は、【グラヴィウスの教父】。禁忌に触れた亡都の主であり、我が同胞ロブが秘匿と共に封じた獣だ」

「それが何で、ダンジョンにいる?」

 グラヴィウスという名には聞き覚えがある。ロブの名前もだ。彼が封じた秘匿とやらも、心当たりがある。

「それは――――――いかんな、流石の馬鹿犬も一人では無理か。我が弟子よ。光を集めろ」

「はいよー」

 セラ様が杖を掲げる。

 ガルヴィングも杖を掲げ、二つの杖にあるカンテラの火が強烈な光を生み出した。

 ガルヴィングが謳う。

「終炎の一つ火よ。巨人の眼光となり影なき影を貫き、獣たる獣を滅却せよ。我らは謳う、ここに光あれ」

 火から生み出された光が外に飛び出る。

 この居住スペースは巨人の頭にあるようだ。光が飛び出た先は巨人の目にあたる。

 壁の鏡を見ると、光は黒い獣を両断していた。両断した後、砂漠を焼き払い強大な火柱を生んで夜を昼のように照らしていた。

 見た事のある光だ。

 前はこの光に焼かれかけた。敵に向けられていても、気分の良いものではない。

「続けるぞ」

 ガルヴィングが杖を振ると、カンテラの明かりは小さくなる。

「それは、この階層の敵が『影』だからだ。魔道に疎そうな坊主に説明してやろう。『影』とは、魔法使いが最も警戒しなければならない虚である。それは記憶であり、鏡であり、現身であり、夢………いいや、悪夢と言える。夢と霧の関係性は常々語られている事だが、影と霧は違う。特に、一部の獣や、悪魔によく見られる『黒い霧状の物体』は、人の認識力の限界から来る視覚不可な事象に過ぎず。本来の姿を認識さえ――――――」

「あ?」

 うるせぇ意味がわからん。

「愚鈍にもわかるように、要点だけ噛み砕いて説明してやろう。この階層の敵は、訪れた冒険者の影である。この影とは即ち、“過去戦った事のある最強の敵だ”。今のアレは、馬鹿犬の敵。所詮は、過去の敵にすぎない。パーティの力を使えば楽なもの。………………と、簡単にはいかぬ。坊主、貴様は一人でここに来た。我らの影は、我ら同じ時代の冒険者が倒せる。だが」

 話が読めた。

「僕は、一人でやれって事か?」

「先にこの階層を攻略した我らの仲間によると、その通りだ。その時代の影は、その時代の者にしか倒せぬ」

 僕の敵。かつて戦った事のある最強の敵。

 そんなの一人しかいない。獣狩りの王子。エリュシオンの第一王子だ。

「大丈夫? 顔が真っ青よ」

 セラ様に心配された。

「ちょっと、そのマズいかもしれなくて」

 勝てるのか? 今の僕に。

 前と違う切り札がある。劫火というとっておきの【獣殺し】がある。

 しかし、あいつの強さは獣だけではない。獣を抑えた状態で、単純に剣技だけで来られたら、今の僕では為す術がない。

 ガンメリーのサポートにアーマー込みでも厳しいのが現実だ。

 あいつとの決着も、勝ったというより疲れさせて余所の世界に落としただけに過ぎない。あの時の力は、奇跡は、今はもう何もないのだ。

 もう一度やれといわれても無理だろうな。

「安心しろ、坊主」

 ガルヴィングが邪悪に笑う。

「馬鹿犬は、あんな馬鹿でも剣士として並ぶ者は………いるとすれば【ソードセイント・老トラッシェル公】【小勇者シュペルティンク】【残影のブラトヴァステル】この辺りか。まあ、【三剣】とは何とも地味で矮小な名前か」

「師匠、あんな馬鹿でもあたしの旦那よ。あんま馬鹿馬鹿言わないで」

 アールディに少し同情した。

 ん? そういえば、さっきのレーザーにもろ巻き込まれていたような? 

 ま、いいか。

「犬の話はどうでもよい。ここには我が最高の弟子と、何よりも“二大魔術師の一人”このガルヴィングがいるのだ。坊主が、路傍の石でも地獄に落として引き上げて、魂を研磨して宝石に変えてやろう。ありがたく思え、国を売っても学べぬ奇跡を脳に刻み込んでやる」

 ………………結構だ。

「セラ様」

 ヘルプ、ここは母性に救いを求めよう。

「大丈夫、肩から上が割と無事なら、何度でも蘇らせてあげる。ママに任せて!」

「………………」

 そうやって、伝説の冒険者によるスパルタ教育が開始された。

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