<第二章:ヴィンドオブニクル> 【04】
【04】
剣を持った獣が迫る。
速い、速いがギリギリ見切れる。問題は圧だ。ただの人間サイズだというのに、竜以上の圧力を感じた。
刃に刃を合わせ――――――僕の身体は空を舞っていた。
砂に落下して、弾き飛ばされた事に気付く。
「これで一回死んだぞ」
真後ろからアールディの声。落ちてきた剣を受けて、自分の剣が肩にめり込む。
「がッ」
肺が潰されかけた。致命傷の寸前にアールディの剣を受け流し、体を返して殺すつもりで顔面を斬る。
「嘘だろ」
刃が指で“摘ままれた”。ビクともしない。
僕は、空き缶のように蹴り飛ばされる。ぐるんぐるんと何回転も砂の上を転がる。
剣を放さなかったのは奇跡だろう。
「弱者が小手先の技に頼るな」
「………なに?」
誰が弱者だって?
「お前は彼我の実力も見極められず、それでいて攻撃を見切ろうとした。弱者が振るう剣の技じゃねぇ。くだらねぇ思考は捨てて、全力でぶつかって来い!」
「言ったなッ!」
久々に熱くなる。立ち上がり、駆けながら剣を振り上げた。見え見えの攻撃だが、アールディは避けず受け止めた。
「かわいそうにな。これまで雑魚としか剣を合わせた事がないのだろう」
「その中に! お前の■と■がいるぞ!」
両足を踏み締め、全身で剣を振るった。
竜の首すら落とせる一撃。轟音と衝撃。そして、打ち込んだ僕の身体が引く。
馬鹿な。
いや、まだだ、この程度の実力差で引くな。もう一度踏み込み、全身全霊で剣を打ち込む。
「足りん!」
アールディは微動だにしない。
刃を返す。
「もっと気合を入れろ!」
「うるさい!」
全身全霊を更に倍にして打ち込む。それでも、全く届かない。
「何だこの一撃は! 腰が砕けた爺か!」
「だから、うるさい!」
一撃で駄目ならば数だ。
呼吸を止めて、心臓を焼いて、刹那に数多の刃を放つ。自分の知覚すら越えた斬撃。見えたのは無数の火花と空気を裂いた白刃の軌跡。
結果は、
「ぬるい」
アールディの手甲に小さな傷を付けただけ。
ぶん殴られた。丸太のような拳だった。砂に叩き付けられて僕は剣を落とす。
胸倉を掴まれて引き寄せられた。
「全然駄目だ。大体なんだお前、どう考えても真っ正面から戦うタイプの人間じゃねぇだろ。奇を狙う戦い方を得意としているのに、簡単な挑発に乗るな」
「あんたの顔が悪い!」
冷静さを失っているのは自分でもわかる。ミスラニカ様と再会して、邪魔されて、アーヴィンと似た顔に説教され、これで混乱して今の感じだ。
「何だとこの野郎! 俺の完璧な顔のどこが悪い!」
「友人と似た顔で説教すんな!」
「てめぇが駄目駄目だから悪いんだろうが! そんな腕でよくここまで来れたな!」
「来れたんだよ! この腕でなッ!」
義手で思いっきりアールディを殴りつける。軽く受け止められた。力比べもまるで相手にならない。義手の装甲の一部が圧壊して弾ける。
膂力の次元が違う。
それに反応速度と達人らしい先読みの力。
他何もかも、肉弾戦をするにはまるで勝ち目がない。なら、奇を狙うしかない。
カランビットを取り出す。刃にドワーフ製の新合金をあしらった切れ味抜群のナイフ。
初めてアールディの反応が遅れた。
僕が、カランビットを自分の義手に突き刺したからだ。如何に達人でも、敵の自傷行為を止める理由はない。
「驚け」
尺骨を破壊した。暴走した浮遊機関が猛烈な光を放つ。
周囲の空間が重力から解き放たれ、僕とアールディの両足が地面から離れる。
「お?」
間抜け面を浮かべるアールディ。
同じ状況でも、無重力を経験している僕に地の利がある。
剣の鞘を砂に深く刺し、逆立ちしてカポエイラのように、本気の本気余すことのない全力全開で、アールディの顔面に蹴りを入れた。
踏ん張りの効かない無重力化で攻撃を受け、アールディの身体は激しく飛ぶ。水切り石のように砂の上を跳ねて見えなくなった。
「マズッ」
義手からカランビットを引き抜く。貫いた浮遊機関と共に遠くに投げ捨てた。
重力が戻って体が落ちる。
浮遊機関の光が収束して黒い点を生み出し、周囲を抉り取り消滅した。
「………………ガンメリー。次からはジェットエンジンにしよう」
あんなヤバい機関を左手に埋めていたとは。
だがこれで、
「終わるはずはないよな」
最初からやり直しだ。
剣を持った獣が迫ってくる。
今度は比喩ではない。本当に四足の獣が迫ってくる。
黒い犬だ。
あの黒い竜と似たガス状の物体を纏った犬。
サイズこそ人間程度だが、まるで陛下の獣姿。
犬は長剣を咥え、僕を両断しようと疾走してくる。滑空する燕より速い。僕の剣は、拾うにはあまりにも遠い距離。
一か八か、右手を黒犬に向けた。
「アガチオン!」
さあ、来い魔剣。
「………………」
特に何も無く黒犬は走ってくる。
「あ、やっぱ駄目か」
駄目でした。
長剣が腹に迫り、腰から真っ二つにされる自分の姿を思い浮かべた。
「?」
黒犬が驚いている。長剣は僕の腹に触れて止まっていた。
黒犬が後方に飛ばされ、その背から魔剣が飛び出る。魔剣は僕の手に―――――収まらず襲ってきた。
「どぁッ?!」
避けなかったら脳天を貫かれていた。
こいつまさか?! 僕が挑発したと思って攻撃を?!
魔剣が切っ先を僕に向け、黒犬に弾かれた。魔剣はすかさず黒犬を襲う。黒犬も応戦する。
一本と一頭は激しい剣戟を繰り広げた。
別次元の剣の舞。僕は、完全にそっちのけである。
何だか馬鹿らしくなった。
帰ろうかな、と踵を返し。空に大きな影を見る。
巨人の全長は80メートル近く。木で造られ、今も尚成長して大きくなろうとしている。巨大な果実の瞳がつぶら愛らしく見えた。肩には、小さな白い人影。
距離はあるのに、彼女の声は近くから聞こえた。
「親子喧嘩も良いけれど、そろそろ冒険の準備をしましょう。ね?」
セラ様は、黄金の砂漠と下に、月夜を背後に、幻想的な笑顔を浮かべる。
しかし、犬と魔剣はじゃれ合って聞いていない。
「ね?」
笑顔のまま怒りを表現した。
やばい。
しまった。
遅かったと気付いた時には、巨人は既に両腕を振り下ろしていた。
爆裂する衝撃に揉みくちゃにされ、“甘える”とは何なのか哲学的などうでも良い事を思い浮かべて、僕は意識を失った。
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