<第二章:ヴィンドオブニクル> 【03】
【03】
意識が遠い。
光に飛び込んで、それから僕はどうした? 記憶が途切れている。
感覚が遠い。まだ半分夢の中にいるようだ。
「………………………!」
「………………………」
「………………! ………………?!」
「………………………」
「………………………!」
「………………………!」
男と女の声が近くで聞こえた。
徐々に感覚は目覚め、言葉を認識できるようになる。
「だーかーら、男の子に決まってるでしょ」
快活な少女の声。
「わからんぞ、女かもしれん。とりあえず鎧をひん剥く」
落ち着いた男の声。
「あんたねぇ、女なら余計に剥いたらダメでしょーが」
「身内なら問題ない」
「あたし達の印象最悪にしないで」
「そも、身内で間違いないのか? この尻尾、獣人ではないのか」
『システム再起動する』
モニターが周囲を映し出した。
下には砂、上には満天の星空。砂漠の夜のようだ。
パワーアシスト機能が落ちて、アーマーが重く全身に圧し掛かる。何とか立ち上がると、僕を見つめる男女がいた。
男は、剣を二つ背負った剣士だ。意匠の凝ったフルプレートの鎧に儀礼的なサーコート。
短く刈った金髪と碧眼。美形で落ち着いた風貌に見えるが、やんちゃ坊主のような子供っぽい表情が垣間見えた。
「アーヴィン?」
思わず、友の名を口にしてしまう。それほど目の前の男はアーヴィンに似ていた。
「アーヴィン? 誰だそれは。俺はア―――――」
「はいちょっと待って! あんたは誤解を招くから、あたしが挨拶するの!」
ドーンと、男は女に突き飛ばされる。
女は年若かった。少女は、白いローブに金刺繍の入った毛皮のマントを羽織っている。珍しい白いトンガリ帽子を被り、カンテラをぶら下げた大杖を抱いていた。
帽子を取って、彼女は笑顔で挨拶する。
「こんにちは! こんばんは! それともおはようかな? 初めまして! あたしは君の………………え、あれ?」
彼女の顔を見て、感情が停止した。
僕は自然と跪いて、彼女の腰に抱き付く。
「おい鎧、中身が女でも俺の女にその馴れ馴れしさは許さんぞ」
男が何か言うが無視。
何度も見た彼女よりも、今の彼女は未成熟で細い。しかし、艶めいた長い黒髪や、金色の瞳、整った鼻梁や、薄い唇を、見間違うはずがない。この人は、
「■■■■様」
何? 今、僕の口から出た声が何かに妨害された。
「ルミルとロブスの言った通りね。特定の言葉に邪魔が入る」
「邪魔?」
「そうバベルに作用して、あたし達に関連した特定の言葉、知識、認識がこの階層では妨害―――――あ君、男の子だね。顔を見せてもらって良いかな?」
兜を外そうとすると、男に蹴り飛ばされた。
「男なら尚の事、俺の女にベタベタ触るな」
反撃しようかと思ったが、アーヴィンに似た顔のせいでためらう。
「アールディ止めなさい。あたし達、二人に関係する子よ。それってつまり、あれって事でしょ?」
アールディって、え?
ヴィンドオブニクルの【三剣のアールディ】か?
彼と彼女は、ヴィンドオブニクルと謳われる冒険者だ。二人が共にいる事は変では………………いや、変だ。この二人は伝説になるような昔の人間だ。こんな人物が僕と関連が? いやいや関連はあるが、アールディの方は、何だこれ。マズい頭がごちゃごちゃと混乱する。
「………………とりあえず顔だ。顔を見せろ」
アールディに兜をコツかれる。
言われた通り兜を外して顔を見せようと―――――――
『宗谷、もう“一人”感知した。あまり良くない奴だ』
ガンメリーの報告で手を止める。
「ほう、我ら三人を集めるとは、この男何者だ?」
星空を背景に、杖に腰かけ僕を見下す老人が一人。
年老いた魔法使いだ。長い白ヒゲ、トンガリ帽子、椅子替わりにしているのは、カンテラを付けた長い杖。細長い体格で、丈の長い闇色のローブを身にまとっている。
「あら、師匠。あんたも来たのね」
「何故かな、我が弟子よ」
「ぐぇ、ガルヴィング」
「駄犬、何故貴様がいる?」
伝説上の人物が、ここに三人揃う。
「ガンメリー、パワーアシスト最大」
『ラジャ』
「ガンメリーって?」
ポカンと僕に聞いてくる少女をお姫様だっこした。
「え? え?」
「すいません、耳を塞いで目と口を閉じてください」
彼女は律儀に従ってくれる。
「だからお前! 俺の女にベタベタと!」
バックパックから缶を取り出し、アールディに投げる。
「なん―――――」
翔光石で作成したフラッシュグレネードが、強烈な閃光と爆音を奏でた。
僕は跳ぶ。
アーマーのパワーアシスト機能を最大限にした跳躍だ。50メートル近くを一跳びして、着地時に左腕の浮遊機関を作動。次の跳躍で倍の距離を跳ぶ。
「隠れる所はないか?!」
『落下時、北東付近に遺跡を見つけた』
「そこに隠れる!」
モニターに位置が表示された。
夜の砂漠を跳び回り、遺跡を肉眼で捉える。岩をくり抜いた住居が並び、中心には城のような大きな建物がある。半分以上が砂に埋まっている中、比較的に砂が少ない住居を見つけ中に侵入する。
転がっていた椅子を拾い掃い、彼女を座らせた。
「すいません、急にこんな事を。実は」
「大丈夫、全部わかってるから。他に人がいたから、恥ずかしくて甘えられなかったんだよね」
「………………は?」
え、どういう事?
「すっっっごくわかる。だって、あたしとあいつの子供だもん。でも良いのよ! 今はおもいっきりママに甘えても!」
彼女はおもいっきり両手を広げる。特に思いとどまる理由もないので抱きしめてもらった。
あ、なるほど。
物凄い勘違いしてらっしゃる。
「僕はあなたの■■で■」
おい、ここで妨害入るか?
「大丈夫大丈夫、言わなくてもわかるよ。これが母性ってやつね」
うちの神様って、若い頃はこんな突撃勘違い娘だったのか、割と興奮する。
兜を外して顔を見せた。薬と柑橘系の匂い。目の前にいる小娘は、まだ神でも成熟した女性でもないのに、何故か懐かしい匂いがした。
「この髪は生まれつき?」
わしゃわしゃと白くなった髪を撫でられる。この手つきはそのままだ。
「いえ、色々あって」
「そう、苦労したんだね」
膨らみかけの胸から、フルパワーの母性を感じた。
やばい。性癖が歪みそう。
「その眼、どうしたの?」
彼女の細い指が左頬に触れる。
「極悪な魔法使いに潰されました」
「酷い奴もいるのね」
あなたの師匠だ。
そうだ、こんなプレイしている場合じゃない。警告しなければ、
「■■■■様。あなたの――――――」
「セラでいいのよ」
この何気ない瞬間に、彼女の本当の名前を知った。
「セラ様」
「様はいらない。あら、本名は妨害されないのね」
混乱が少し収まると、複雑な気分に胸が支配される。これが幻覚や、夢でないのなら、僕は本当に過去のミスラニカ様を前にしているのだな。
「セラ様。警告を。あなたの師匠は――――――」
地鳴りを感じて兜を被り直す。
『宗谷、接近警報』
「モンスターか?」
『違う。超高速で飛んでくる“物体”だ。6時の方向、来る』
壁を破壊して“何かが”飛んでくる。
剣を抜いて“その物体”を突き刺した。背骨まで響く衝撃と大鐘のような金属音。僕の剣の切っ先と、飛んできた赤い大剣の切っ先がかち合う。
「アガチオン?!」
体が押される。弾こうと剣を返し、逆にアガチオンに弾かれた。
部屋の壁を破壊して砂の上を転がる。廃墟の壁にぶつかってようやく勢いが死んだ。
『アーマー強度20%損失』
アーマー胸部がゴッソリ抉られていた。生身なら骨が見えていた。
「何だ、あの強さは」
『オリジナルだ。出力は段違いであるぞ』
遠くで爆発が起きた。砂を巻き上げながらアガチオンが飛んでくる。
「パワーアシスト最大」
『それでも力負けするぞ』
「そこは技術で補う」
剣を構える。が、アガチオンと僕の間に人影が降りてきた。
「やれやれ」
アールディはアガチオンを軽く掴み取る。
「お前は、いつになったら俺を主人と認めるのだ?」
アガチオンは、今にも僕に突きかかろうと暴れていた。アールディは単純な腕力でそれを止めている。
「さてどうしたものか、セラはああ言うが俺にはお前が自分の子供とは思えん」
「そいつは同感だ」
実際違う。何故アールディがここにいるのか。
「しかし、迷ったのなら道は一つ」
アールディはアガチオンを背に収めると、代わりに細い長剣を引き抜く。それは、シュナの使っていた剣だ。
「あんたとは戦いたくない」
戦う理由がない。
「騎士である俺が言うのはおかしいが、ある諸王の言葉を気に入っていてな。『剣で示せ』だ」
「なるほど」
諸王の名前を出されたのなら、こっちも穏便にはいけない。
僕はアーマーの背部を開けて抜け出る。
『宗谷、何を考えている?』
「ちょっとパパに遊んでもらおうかと」
兜も外してアーマーにセットした。
剣を構える。といっても、僕の構えは自然体で剣をぶら下げるだけ。ここから後の先でカウンターをかますか、避けて、斬って、突き刺すだけの棒切れ遊び。
「その白い髪、まるで兄上だな」
「■■■を■■■と言ったら?」
ああもう、この妨害マジで鬱陶しい。
「なるほどねぇ、あいつらと関係があるのか。さて、我が末裔“らしき”者よ」
アールディは剣を構えた。
両足を開き、前傾姿勢で身を低く低く、両手で剣を背負う。騎士の剣術とは到底思えない構え。まるで、獣人の剣技だ。
「全力で、殺す気で、遊んでやる」
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