<第二章:ヴィンドオブニクル> 【02】


【02】


 四十九階層に到着。

 柱の並ぶ巨大な回廊の先には、前と同じように巨人の騎士が立ちふさがっている。

「復活してるな」

『中の生物は大量にいるのだ。交換は早いのであろう』

「にしても、鎧とか剣はどうしているんだ?」

『さあ、どこかにストックがあるのか。もしくはあの生物が作成しているのか』

「そんな文化的な生き物には見えなかったが」

 左の義手に触れる。

 装甲を開くと、人体でいう橈骨と尺骨にあたる二本の部品がある。その尺骨を取り外して、バックパックから取り出した新しい尺骨を取り付けた。

 元の尺骨をしまい。装甲を閉じる。義手の五指を動かして動作確認。問題はない。

「よし、ガンメリー起動しろ」

『ラジャ』

 義手が、羽虫の羽根と同じように輝く。

『出力解放15%から行く。16、17、 18、 19』

 光が増す。

『20%、予想変化の最低ラインである』

 変化が始まる。アーマーのカカトと爪先が地面から離れた。バランスを崩して転び、尻から床に落ち――――――なかった。

『35、40、50、60%で固定。疑似重力機関、安定駆動』

 フワフワと、僕の身体は浮かんで上がる。

「………………ガンメリー、思ったよりも間抜けだな」

『だから、吾輩はジェットエンジンをだな! せめてプロペラを! 翼をください! 形だけでも!』

「次は善処するから」

 こいつの猛烈な飛行機押しは何なのか、ほんと。

 僕は浮かびながらダンジョンの天井に向かう。悪く言えば間抜け、良く言えばメルヘンな感じで。傘が欲しい光景だ。

「信用しているが、これ途中で落ちる事はないよな?」

 もう床は遠い。今落ちたら骨だけじゃすまない。

『問題ない。あの生物の力、重力に干渉する機能を、吾輩は“抑えているだけだ”。例え吾輩が機能停止しても、“上がるが、下がる事はない”』

「なるほど」

 わからん。

 あのピカピカがどうやって重力に干渉しているのやら。

『しかし、思ったよりも平和であるな。敵、反応ないのだ』

「この光、というか羽根、機関? そのせいで仲間と思われてるんじゃ?」

 豆粒サイズの鎧の巨人が、のんびりと僕を見上げていた。

『あり得る。前回の戦闘データによると、あの羽虫達は全てが同一個体だった。複製体は量産が容易いが、所詮は一個体。多様性がないと、一つ対抗策を講じられて終わりである』

「多様性か。王政も最後は身内が腐敗して終わるからな」

『よくある最後である。ま、雪風の手腕ならそうなる前に民主制に切り替えるが』

「前々から思っていたが、お前と雪風って」

 こいつは、妹と一緒に現代の世界から転移してきた。しかも、再生医療を駆使して妹の脚を治したという。

 瑠津子さんといたガンメリーと別の個体らしいが、思えば謎だ。謎過ぎる。

 今まで忙しくて考える暇がなかったが、良い機会なので聞く。

「どういう関係なんだ?」

『友人関係である。男女の仲ではないぞ?』

「当たり前だ。どこで出会った?」

『出会ったのではない。吾輩から会いに行ったのだ』

「会いに行った?」

『会いに行くように頼まれたのだ。――――――動体反応』

 肝心なところで邪魔が入る。

 浮かんだ僕は、階層の上部に近付く。逆さに建つ街並みが頭の上にあった。

 街の大通りに大きな輝き。

 似ているモノをあげるなら、大きな門。例の羽虫が密集して門の形を成している。そして、門の中心には光の渦がある。

「ガンメリー、この浮遊機関。高速移動は?」

『できない。周囲の重力を操作して特定方向に落下できるだけだ。出力を解放し過ぎたら、宗谷の身体がバラバラになる可能性もある』

 そんな怖いもん使うな。

「今あれに襲われたらキツイな」

 こうもフワフワ状態では、回避はおろか剣も満足に振れない。劫火を使っても良いが、距離が近すぎる。発動前に結構なダメージを受ける。

『今のところ襲って来る様子はないが、あの門から変なエネルギーを感知した』

「変?」

『ポータルと似ている。ただ、エネルギーの最大量が段違いだ。あれでは………………いや、もしや』

「まーた、そういう思わせぶりな」

 こいつ、そういうの好きだな。設計者の性格が垣間見える。

『宗谷、記録を読むのだ。飛び込むにしては危険過ぎる。最悪、二度と戻れないぞ』

「飛び込むって、おいおい」

 あの羽虫の集団にか? 自殺行為だろ。

『他に進む道がなければ、あそこしかあるまい。吾輩、分離して探索する。宗谷はどこかで避難しているのだ』

 天井に着く。逆さ街の石畳に兜が触れた。

 逆立ちしているような奇妙な気分。

 剣で天井を刺しながら移動して、近くの民家に入った。不思議な事に、タンスやベッド、机に置かれたコップまで逆方向に張り付いている。まるで、重力が反転しているようだ。

『ドローン射出、センサーの探知範囲を広める為、感覚を移動させる。宗谷は情報の精査を』

「了解だ」

 アーマーの腿から細い棒が飛び出た。プロペラを展開させると、ガンメリーのドローンは外に飛んで行く。

 民家の天井に座り、僕はメルムの手帳を読み始めた。深い意味はないが、電子化されたものではなく手帳から生の文字を読む。


『四十九階層に到着。ここから先に進めるか、進めないか、上級冒険者の転機となる階層である。高名なラスタの祖先は進めなかった。所詮、私は一代きりの冒険者だ。エルフや一族の中に生まれた変異種。そんな運だけの男が、先に進めるとは思えないが、進めない時は進めないなりに切り替えるしかあるまい。

 私の冒険はここで終わる、ただそれだけの事だ。

 とりあえず、目の前の巨人を斬り倒した。空の逆さ街からモンスターの大群が現れたので退避。その時、モンスターの<古代の御使いに似ている>翼をモギ取る。

 面白い素材だ。翔光石のように弾くと光り、浮く。

 ガキの頃、飛び兎を大量に狩って翼を作ろうとした事を思い出す。この思い付き、意味があるのか無意味なのか? 良い冒険者ほど良い思い付きをする。試してみる。

 食料が許す限り御使いを狩り、翼を集めた。

 感覚的に自分十人分の翼を作る。それを使って飛んでみるが、思ったよりも間抜けな形で飛ぶというよりは浮く。

 一人で挑戦して良かった。溺れる鳥のように空に浮かぶとは、末代まで笑い話にされる姿だろう。何の優雅さもない。

 階層上部、逆さ街に到達。

 敵の巣を見つけた。いや、止まり木なのか? それが巨大な光を生んでいる。ポータルのように見えるが、安易に飛び込むのは危険だ。警戒して逆さ街を探索する。

 身にまとった翼のせいか敵は襲ってこない。

 おかしな街だ。

 全てが上に落ちる。

 スプーンやコップ、水釜の水まで上に落ちた。それに手入れが行き届いていた。あの御使い達が、住居を使用しているとは思えない。

 住居の一つで、冒険者の死体を発見した。

 発見場所を地図に記す。また住居の外に印も書く。

 種族はヒーム、男性、くすんだ金髪、瞳は青、左頬に古い爪痕、右の薬指を損失、大柄、前衛の剣士、年齢は十代後半から、三十後半。<他種族の見た目年齢はわからん>。

 持ち物は、古アズランド意匠の大剣一つ、鉄製の鎧も同意匠。手帳一冊。女物の指輪。食料はなし、持ち込んだ形跡もない。

 死後、半日くらいだろうか? 血が乾いていない。

 死因は喉の刺し傷による窒息、もしくは失血死。恐らく自殺だ。

 死体の手帳に目を通す。

 錯乱していたのか、ほとんど血で塗り潰されていたが、最後のページだけ辛うじて読める。


“私には光が見えなかった”


 意味不明だ。光はそこにある。ここに辿り着けば誰しもが見える場所に。

 こんな深層では組合員の協力は期待できない。死体の回収は、私一人では危険過ぎる。仕方ないとはいえ、置いて行くのは他種族でも心が痛い。

 死体を整えて、毛髪の一部と指輪と手帳を遺品として預かる。

 逆さ街の探索を再開、いくつか情報を集めた。

 街の調度品は劣化していない。ダンジョンに見られてる文明の跡は、ラスタの推論通り『取り込まれた、もしくは複製された』時間軸で固定、記憶されている。つまり、破損、劣化しても再生するのだ。この街でも同じ現象が見られるが、他の階層と違い変化が目に見えている。

 私の認識も知らずにズレ始めていた。

 先程発見した死体、遺品は“逆さ”に落ちていた。私はそれに気付いていなかった。私も“逆さ”に落ちていたからだ。危険と判断し、即帰還―――――――』


「ガンメリー、聞こえるか?」

『どうした?』

 通信でガンメリーを呼び出す。

「この場所は危険だ。取り込まれる可能性がある。一通り調査を終えたら前の階層に戻ろう」

『了解。だが、調査は完了したのだ』

「で、あの羽虫の巣以外に入口と思えるものは?」

『ないな』

 やはりか。幸か不幸か、僕にも光は見えている。

 手帳を閉じようとし、気になるページを見つけた。後からページを継ぎ足したのだろう。紙とインクが他のページより新しい。


『ラスタへ。私は五十階層に進んだ。そこで、“私と同じ剣を持つ、同じ名前のエルフと出会った”。まあ、容姿は私の方が格段と良いが、どことなく娘の面影が、いや自分の面影を感じた。あの階層は、バベルに作用する階層であり認識と言語に影響を及ぼす。

 彼が何者であったのか、詳細は確認できない。

 リ・インフィアーの使い手は、私が引き継げた事から過去エルフにもいたのだろう。もしくは、未来にも現れるのか。

 ラスタ、お前にとっては酷だが、お前の先祖はあの階層に到達できなかった。あの階層で会ったエルフは、私の血縁であろう。もしかして、血は無関係なのかもしれないが、何かしらの縁が、絆がある人物だ。

 彼と五十階層から五十五階層まで冒険を共にし、五十五階層の番人を協力して倒した。

 そして、五十六階層到達と同時に彼は消えた。冒険者組合に聞いても、同じような冒険者は見つけられなかった。街のどこを探しても見つけられなかった。

 つまり“彼”は、この時代にはいない。別の時間軸から、あの階層に現れた可能性が高い。

 つまりだ。

 五十階層から五十五階層は、己と関りある別の時代の冒険者と協力して進めなければならない。その協力者がいない者には、光は現れない。

 ラスタ、先に進めなかったお前の先祖は、この事を知って絶望した。己と関りある者が、あの階層に到達できないと知り絶望したのだ。

 これを言うか言うまいか迷い、時間が過ぎてしまった。奴の性悪をずっと計っていた。

 だが、最近の奴の動向を掴んで確信した。

 ラスタ、レムリアは危険だ。

 あいつが何者なのか確認しろ。例えお前の血縁であっても、絆を切って先に進んでいる男だ。必ず何か裏がある。そして、立ち向かうな。逃げろ。逃げて仲間を増やし警告しろ。奴に対抗するのはそれが一番の手だ。ラスタ、すまなかった。私は信じる相手を間違えた』


 ドローンが戻って来た。

『帰還するのか?』

「いや、進む。今すぐに」

『そうか』

 急く、急く胸の鼓動を必死で抑える。

 光は見えている。

 僕の前に誰が現れるのか、期待を抱かずにいられない。

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