<第二章:ヴィンドオブニクル>


《第二章:ヴィンドオブニクル》


「一週間分の携帯食、行動食、カロリーバー、蜂蜜飴、粉末豆茶、方位磁石、ナイフ、望遠鏡、折り畳みスコップ、水筒、薬草タバコ四箱、水薬三瓶、軟膏一缶、包帯、ロープ、下着、靴下、カップ、石鹸、歯ブラシ、手ぬぐい、ファイアスターター、フライパン、フォークスプーン、携帯コンロ、裁縫道具、剣一つ」

 冒険の必需品を指差し確認した後、バックパックに入る物は入れて、入らないものは立たせたアーマーの腿のマウント部分とバックパックの外部に取り付ける。

「忘れ物はないな」

『ないのだ』

 ガンメリーにも確認させた。

 切り詰めても大荷物だ。一人で冒険するからと言って、荷物が少ないわけじゃない。一人だからこそ荷物は多くなる。

 パーティを組んでいた時は、物資を分散して持って行けたが、今は何もかも一人で運ばなければならない。これも一人の辛いところだ。

 野戦服の襟を整え、ブーツの紐を結び直し、ガンメリーのアーマーに背面から入り込む。

 モニターが様々な数値を表示していた。大半が理解できない機体の数字だ。

『調整開始』

 内部機構が体に密着して、一瞬息苦しくなる。

『筋電位をトレースする』

 義手の左腕と首にピリッとした痒み。

『右手を上げるのだ』

 右手を上げる。右腕のアーマーが重たく追従する。肩や膝の関節部分が硬い。

『下げるのだ』

 下げる。少し抵抗がなくなる。

 五回それを繰り返すと、関節の違和感は消え、アーマーは羽毛のような軽さに変わる。

『続いて両足と腰の調整する』

 アーマーを着た状態で柔軟運動を開始。尻尾も揺れて、部屋の荷物を幾つか倒した。

『システムオールグリーン、パワーアシスト97%の精度で稼働中。ソーヤ、問題はないか?』

 モニターの数字が全て消えた。

 右手を開いては閉じる。開いては閉じる。

「相変わらず、右の五指に違和感があるな」

『指の完全な追従は、今の素材では不可能だ』

「なら指だけパワーアシストを切ってくれ」

『ラジャ』

 もう一度、右手の開け閉め。アーマー部分は多少重いが、ダイレクトに力が伝わる。こっちの方が良い。

「で、肝心のアレは?」

『左腕の義手に内蔵済みだ。今回は仕方ないが、吾輩はジェットエンジンを諦めていないぞ』

「宇宙に行く機会があるならな」

 バックパックを背負い、いつものポンチョを着込んだ鎧<アーマー>の上から羽織った。剣の鞘を腰の磁石にくっつけ準備完了。

「………行くか」

『うむ、その前に』

 戸の向こうに気配があった。

「どうした? 時雨」

「お弁当」

 戸が開いて時雨が弁当袋を差し出す。

「いつも悪いな」

 時刻は早朝も早朝、外はまだ薄闇の中だ。元気娘の榛名すら眠っている。

「いつも通り三食分だけど、次は携帯食もボクが作ろうか?」

「遠慮しておく」

「えー、だってカロリーバーだっけ? あんな小麦粉とバターの塊、ボクは完成品とは認めないからな」

「不味いのは認める。だが、時雨。お前の料理は美味し過ぎる」

「何が悪いんだ?」

 首を傾げる時雨。

 僕は、受け取った弁当袋を腰に下げた。

「美味し過ぎるとな、つい食べ過ぎてしまう。冒険中は食料も考えて消費しなきゃならん。食べ過ぎは良くない。それで昔、パーティメンバーの一人が動けなくなった」

 シュナの失態が、なんだか十年は昔の事に感じる。

「美味し過ぎるとダメか、へぇー」

 何か思い付いた時雨。

「じゃこれはいらないかー」

「ん?」

 時雨は、弁当袋と同じサイズの袋を隠し持っていた。

「昨日の肉を燻製にした。あと、チーズと茹で玉子も燻製に。ジュミクラのねーちゃんが、干しぶどうくれたから、それも入っている」

 昨日の肉は美味かった。燻製だと、また違った味わいがあるだろう。チーズと玉子も胃に入れれば重量はゼロだ。干しブトウとか、もう重量的にないのと同じ。

「くれ」

「はいよ」

 ニコニコの時雨から食料を追加でもらう。

「あと―――――」

「!?」

 まだあるのか? と身構えたが、時雨が取り出したのは手帳だった。

「昨日のトサカのおっさんが、とーちゃんに渡せってさ」

「………………」

「………………」

 お互い無言になる。

「ちっ、違うからな! ボクがお前を“とーちゃん”って呼んだんじゃないからな! かッ、勘違いすんなよな!」

「あ、はい。そうっスね」

『安心しろ。録音したのだ』

 ガンメリーがいらん世話をやく。

 手帳を僕に押し付けると、時雨は地下に逃げた。なんか、こう、複雑な気分である。

『録音聞くか?』

「ちょっと黙れ」

 小さく『行ってきます』と言い。裏口から家を出た。

 明ける前の暗い街を歩きながら、もらった手帳の中身を確かめる。

『暗視装置を起動』

 周囲の闇が明るくなり、手帳の文字が見えた。

「おいおい、これ」

 手帳は、メルムの冒険記録だった。

 そして、一枚の手紙が挟まっている。

『お前の使っている剣の銘を知っているか? リ・インフィアー、古き国の言葉で【魂を継ぐ】という意味だ。名の通り、その剣は前持ち主の魂を継ぐ者が扱えば、決して欠ける事のない刃となる。そうでない者が扱えば、鉄くずと同じだ。お前は正しくメルムの魂を継いだのだろう。故に、お前に彼の冒険の全てを託す。

 先輩冒険者の記録を読み、ダンジョンに挑戦する事は邪道である。が、【魔王】と名乗る者に正道など勧めても無意味な事だろう』

 あのトサカ、間抜けなフリして見抜いていたのか。やっぱ侮れないな。

 手紙はまだ続く。

『テュテュから話を聞いた。お前は、【冒険者の父】と呼ばれた我が友と、悪い所が似ている。彼にも言った事だが、冒険は囚われてするモノではない。大望と自由を持って挑戦するものだ。暗闇の中、光を求めるような妄執では、決して望みは果たされない。だからこそ、先に進み折り合いを付けろ。それが先輩冒険者としての助言だ。で、テュテュの店を手伝ってやれ。そして、彼女は俺の酒場で手伝――――――』

 手紙をビリビリに破いて燃やした。

 良い内容だった。最後の一行は記憶から消した。

「さて」

 どうしたものか。

『電子化進行中である』

「おいコラ。まだ読むとは」

 慌てて手帳を閉じる。

『父から貰った物を、子が使うのは極当たり前の事である』

「義理の父だがな」

『血の繋がりなど些細なものだ。ようは気持ちだ』

「あのなぁ」

『ズルをしたくない』というよりも『メルムに頼りたくない』という気持ちなのだ。この複雑な男心は<いや子心なのか?>口にしても理解されないだろう。

 と思いつつも、手帳1ページ目を開いてしまう。

『―――――に、剣を託され。私はダンジョンに挑戦する。そこに何があるとも、何がなくとも、私は彼に託された意志を胸に、未知を求め、見て、聞き、何かを成す、それ故に私は』

 最初の一文字は、擦れて読めなかった。

 手帳を閉じる。

 やはり読みたくない。僕にも意地があるのだ。どんな状況でも貫きたい意地が。

『雪風から通信である。繋ぐぞ』

「ん? ああ」

 こんな時間に珍しい。

『あたしよ』

「どうした?」

 いつにも増して不機嫌そうな声。

『これから冒険よね。前にも聞いた事だけど、改めて言質とっておこうかと思って』

「前って?」

 軽くとぼける。

『とぼけないで。五十六階層に到達したら、“冒険者を引退する”ってアレよ』

「………………ああ、言ったな」

 渋々だが言った。言わされた。

『あんたの元々の目的は、五十六階層なんでしょ? 区切りには丁度良いと思うけど』

「だが」

『“だが”は、なしよ。あのダンジョンに底なんてないのよ。王女の相談役に就いてから、国に残された様々な冒険者の記録に目を通したけど、終わりに近付けた者すらいない。良い? 冒険者の最後は二つ。ダンジョンで死ぬか、上手く切り上げて引退するか。あんたはどっちが良いの?』

 あーやだやだ。この正論お化け。

 しかし、正論には違いないので言い返せない。

『こんな事、あたしだって言いたくはないけど。あんたが探してる人、死んでるわよ。あんたはそれを確かめる為にダンジョンに、いえ自分の気持ちと折り合いをつける為に、ダンジョンに挑戦している。終わらない夢なんてないのよ。あんたの未来は、ダンジョンとは別にある。………聞いてる? おいコラ』

「ハイハイ、キイテマス」

 聞き流してるけど聞いてる。

『テュテュさんの店を時雨と手伝っても良いし、王女の護衛に就いても良い。一応、上級冒険者なんだから冒険者組合の職員になっても良い。先を考えなさい。ダンジョンの深層を目指す以外の事で。はい、返事』

「チッ、わかってまーす」

『今大通りよね? ちょっとぶん殴りに行くわ』

 僕は駆け足になった。

「だがまあ、雪風ちゃんさ。まだ先に進めるか不透明な状況で、引退を決めてもな」

『進めるわよ。あたし達が連日徹夜で調整した装備よ。今回で、間違いなく五十階層まで行けるわ。だから、改めて引退を意識しろって言ってるの。軽い違反になるけど、情報を洩らすわ。上級冒険者の八割が、五十階層でつまずいている。中には高名な冒険者もいた。あそこから下は、個人の武勇や能力ではどうしようもない所なのよ』

 マスターから聞いた話だ。

「つまり、五十階層で止まっても引退しろって言うのか?」

『そうよ。そこであんたの冒険は終わり』

「まだ―――――」

『まだわからないけど、“その時”は現実を受け止めて。冒険者は引退する、わかった?』

「そうでないなら?」

『そうでないなら、予定通り五十六階層で引退。了解?』

 詰め方が上手い妹だ。

 引退か。時々、ふとした瞬間に夢想してしまう。時雨と店を切り盛りしたり、ランシールの傍で護衛を務めたり、組合で新人冒険者の育成をしたり、そういう夢を時々見てしまう。

 ここが妹と話のズレるところなのだ。

「なあ、雪風ちゃん。君の提案は凄く魅力的だが、どちらも夢なんだよ。現実じゃない」

『………………ハァ?』

「上手く言えないが、どうせ夢を見るなら――――――」

『そんな詭弁はどうでもいい。絶対的な現実を言うわ』

 ワーオ、発言キャンセルされた。

『あんたの身体は、とっくに限界を超えているのよ。それを誤魔化して、誤魔化して、何とか動かしている。一年や、二年、休んだからって改善するレベルじゃない。今からでも治療寺院のベッドに括り付けて治療するべきなの。あたしは何も、適当に五十六階層って言っているんじゃない。あんたの身体は、五十六階層に到達するまでギリギリ持つか、持たないかなの。だ・か・ら、そこで引退しろ。引き際を見定めなさい』

「………そんなに酷いのか?」

 治療術師にも言われたが、自分の身体がそこまで酷いとは。

『ガンメリーから常に情報を受け取っている。酷いわよ。自覚症状が無いところが尚悪い』

「ん、むう」

 自覚症状がないので認め辛い。

『もう一度言うわ。てか何度でも言う。五十階層より下に行けなくても引退。五十六階層に到達しても引退。それが、あんたの冒険の終わり。理解した?』

「………………理解した」

 今回も渋々返事だけはする。

 確かに五十六階層を目的地にして潜っていたが、そこで何もなかったとしたら僕は諦める事ができるのだろうか?

 できないと思う。

『あんたってさ、嘘が下手よね』

「そんな事はない」

 お前の勘が良いだけだ。

『ま、どの道。弱ったあんたなら、ふん縛って監禁できるわ』

 怖い怖い。

 しかし、僕の身体が限界なら抵抗はできないな。

「雪風ちゃん。僕は一度、冒険を終わらせた事がある。目的を忘れ、守りたい者を手に入れたからこそ、乱暴に冒険を投げ捨てた」

『じゃ、二度目は簡単でしょ?』

「二度目だから難しい」

『さっぱりわからないわ。………………ファ』

 雪風のアクビが聞こえた。

『さ~すがに眠いから寝る。あんたも体の異常を自覚したら即帰れ。じゃ、頑張んなさい』

 通信は切れた。

「参ったね」

 怖くて強いが正しい妹だ。

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