<第一章:双塔より来たる> 【08】


【08】


『妾は、聖リリディアスの弟、第五王子『双貌の王ヴィガンテル』と、エルフとの間に生まれた。デュガンの持つ記録ではそうだった。しかし、聖堂の記録を調べても『ヴィガンテル』という名の王は見つからない。代わりに見つかったのは、『第五王子ケルステイン』。偶然にも、この国で倒れた『法王ケルステイン』と同じ名前の王子だ』

 だがしかし、と僕は疑問を口にする。

 あの聖堂の記録を、エリュシオンの息がかかった職員が書き換えた可能性もある。

『その通りだ。でも、ダーリンから聞いたケルステインの特徴は、妾が写した家系図の特徴と一致する。あれが不死の獣狩りの王子に間違いない。そして、妾がケルステインの子である可能性はない』

 マリアの事だ。断言できる確固たる理由があるのだろう。

『妾には、少しだけ母の記憶が残っている。エアのようなエルフらしい美しい人だ。この肌の色が母譲りでないとすれば、妾の父親は誰だったのだ? 身体的な特徴から見ても、あの王子の誰かではない。近親者にも重なる特徴はない』

 一つだけ、僕はマリアに事実を伝える。

 静寂のドゥイン、そう呼ばれた女はリリディアスではない。リリディアスの名を借りて、獣を救済する冒険に出た女がいた。

 忘らるる彼女の別名が<もしくは奴らの微かにあった罪悪感からなのか>、『静寂のドゥイン』という形でヴィンドオブニクルという物語に残った。

 もしかしたら、同じような理由で王子の代わりを務めた者がいたのかも。

『うむ、きっとそれが妾の父親であろう。ならば、ますます血の繋がりはないと言える。妾が、新生ヴィンドオブニクル軍に総大将と認められたのは、エリュシオンの正統後継者という血筋が理由だ。これが揺らいだ今、元の形で軍に戻る事は絶対できない』

 恐らく、エリュシオンも気付いている。

 マリアの血筋を土壇場で利用する。

『うむ、だからデュランダルの独裁は、ある意味良いともいえる。だが、反乱軍も捨て置けない。だから、妾もそろそろ――――――』

 動く時か。

 貸せる物なら、マリアに手を貸してやりたい。マリアだけではない。

 レグレと陛下の子も気になる。

 陛下の娘、アメリア姫の事も。知らせでは、デュランダルと婚約したそうだ。

 しかし、事の規模が大きすぎる。個人としては多少強くなった僕だが、軍同士のぶつかり合いでは無力な一匹の犬に過ぎない。多少強くなったからこそ、己を殺せないで動くだろう。

 マリアが、それを良しとしないのは目に見えている。ダンジョンを放置して動く事も良しとしないだろう。

 だから、僕ができるのは―――――――



「ダーリンとデート♪ デート♪」

 なんか手を繋いで街に出た。スカートははかせた。仕事のあるモスモスは置いてきた。ガンメリーは勝手に帰宅していた。

 時刻は昼と夕方の中間、まったりとした時間だ。大通りの人数もまばらである。

「さて、どこに行くか………マリア行きたい所は?」

「どこでも良いぞ」

 この冒険者の街にデートスポットなんてあったか?

「芝居でも見に行くか?」

「どーせ魔王退治ばかりだ。不快を通り越して笑えた後、飽きた」

 国策でやってる演劇だ。芝居小屋ではそればかりである。流石に通りの人形劇では、客に飽きられてしまったので昔のレムリア冒険譚を公演している。

 酒場の吟遊詩人も、だんだんと魔王よりも日々流れる噂や歴史ある冒険者の功績を歌う。

 こうやって、少しずつ魔王は忘れられて行くのだろう。

「マリア、何か欲しいものないか?」

「エリュシオンの王子の首」

「それは難しいな」

 今日中には無理だ。

「いやいや、ジョークだぞ。こういう時、年頃の女子は金品財宝を男にねだるのだろう?」

「財宝は無理だな。髪留めとか、ネックレスとか、可愛い服とか」

 念の為に財布を確認。全財産は………………金貨6枚と銅貨30枚だった。

 女物の装飾品は何かと高価だ。全然足りない。

 個人かつ強行軍のダンジョン探索では、持ち帰れる素材は少ない。それも、ガンメリーの整備費用と装備費用で全部吹っ飛ぶ。金策する時間の余裕もないから、財布は薄くなる一方だ。

 たぶん僕は、一番金のない上級冒険者だろう。

「いや、人形とか、ぬいぐるみとか、小物なら」

「大人のレディーである妾に玩具で何をしろと?」

「確かに」

 銃器触って大きくなったような女だ。今更、子供の玩具はなかった。

「んーんんー欲しい物かァ」

 マリアは欲しい物を考え込んでいる。

 人にぶつからないよう手を引いて、目的なく大通りを歩く。

「お、ダーリン。一個あるぞ」

「おう何だ?」

 頼むから難易度が低い物であってくれ。

「妾、新しい銃が欲しい。前のは黒い竜に焼かれてしまったからな」

「銃か。マスケット銃なら何丁か保存してる。あんなんでよいなら」

「安全に弾が出るなら贅沢はいわない」

 どうせなら改良して渡したい。妹に頼んでカスタムさせるか。

「そうだな。今日中には無理だ。二、三日くれ」

「うむ、待つぞ」

 さておき、今からどうしようか、と―――――

『あ』

 人波の合間、ある人物と目が合って声が揃う。

 時雨だった。いつもの給仕服にフード付きのコートを羽織り、大きな革袋を背負っている。

 プイ、と時雨は僕から目を逸らして逃げ出す。

「おおッ、シグレではないか」

 が、マリアに捕獲された。

「あ、いや。ごゆっくり」

「なーにが“ごゆっくり”だ。妾に気を遣うな! ダーリンの子供は妾の子供と同じだ!」

「いやいや、ボクはかーちゃんいるんでダイジョウブです」

「またまた~このこのッ」

 マリアに抱擁されて困り顔の時雨。よく考えれば、僕らの関係って結構複雑だ。

 妻が三人に、子供が三人、夫の僕は別の女を探してダンジョン探索。これで揉めてないのは、女性陣の器の大きさ故だろう。

 あ、腹が減った。というか肉の匂いがする。

「シグレ、良い匂いがするぞ」

「ボクじゃなくて背中のこれ」

 時雨は背負った袋を指す。

「試験メニューの焼肉。冒険者組合の加工場で焼いてもらった」

「ダーリン、欲しい物が見つかった」

「奇遇だな。僕も同じ物が欲しい」

 とまあ、マリアを連れて三人で家に帰る事に。




 キッチンのまな板に、時雨は肉の塊を置いた。

 表面が黒くカリッと焼けた巨大な焼肉だ。ぶ厚くて長い。3kgはあるだろうか?

「ソーヤ、踏み台動かして」

「はいよ」

 僕はまな板の前に、時雨用の踏み台を移動させた。

「あーやっぱ次からは自分でやらなきゃ」

 革の手袋をした時雨が包丁を片手に肉を切り分けて行く。

「良く焼けていると思うが?」

「せっかくの香辛料が染みてない。ほら、こことか、こことか脂ばっかだ」

 べったりとした脂身を切り分けて横に置く。

「“しこり”がある。お客さんに出せない」

 結構ざっくりと肉を切って横に。

「焦げてる所もダメ」

 更にザクザク切る。

「バフッ、バフッ」

 肉の匂いで馬鹿犬が寄ってきた。この生肉をキッチンから出禁にしたい。

「バーフル様、あーん」

「ガフッッ!」

 時雨が切り分けた肉をバーフルの口に落とす。一欠けらも落とさずバーフルは肉を食らい満足して裏口から出て行った。

「まー、こんなものだな」

 二割くらい肉を削って、時雨は満足した様子。

「美味そうな肉だ」

 何が違うかわからないが、普通の焼肉と違う気がする。

「ダンジョン豚のモモ肉に、特製香辛料をまぶして低温で半日かけて焼いてもらった。しかも、ソーヤわかるか? この肉、ダンジョン豚の左脚なんだぜ」

 得意げな時雨。

「左脚だと何が違うのだ?」

「ダンジョン豚って、ほとんどが利き足は右なんだって。だから、左脚の方が美味しくて人気なんだ。最近になって売ってくれるようになった」

「ほー」

 知らなかったな。ダンジョン豚にそんな生態があるとは。

「で、時雨。利き足が右だと何で左脚が美味しいのだ?」

「しってるよ」

「どうしてだ?」

「うん、しってるよ」

「うん、だからな」

「しってるってば」

 子供らしい知ったかぶりである。

「意地悪をするな、ダーリン。シグレ、利き足の反対は軸足と言って体の体重を支える足なのだ。基本的にどの生物もこちらの方が肉厚になる。それで味に違いが出るのでは?」

「しってるから」

 マリアのうんちくより目の前の肉だ。

 時雨は、薄くスライスした肉を小皿に置く。

「それじゃ、まずこのままで」

「いただきます」

「いただくのだ」

 僕とマリアは素手で肉を頂く。

「おおっ」

 絶妙な食感。硬すぎず、柔らかすぎず、それでいて噛めばあっさりとした脂と旨味が口に広がる。スモークしたような風味に、スパイシーな香辛料の刺激も肉にしっかり染みていた。

 これは美味いな。今まで食べた肉で一番美味いかもしれない。ご飯が欲しい。

「シグレ、ケチャップあるか?」

 マリア、悪気はないのだろうがちょっとそれは。

「後ろの下の棚」

「どれどれ、やはり肉にはケチャップがないと」

 マリアの味覚は成長しないままだった。

 地下からドドドドっと足音。

「おニャーちゃん! お肉のにおいがしますが! がッ!!」

 榛名が地下から駆け上がってきた。

「肉とな!」

 一緒になって白いドレスを着たショートボブのエルフも駆けてくる。

「何だニセナ、戻ってたのか」

「何だとは何だ、この居候が。こなたの家だろうがここは」

「テュテュの家だ。お前だって居候だろうが」

 我が家のペット枠が何を言うのだ。

「おニャーちゃん! お肉肉肉にきゅ!」

「はいはい」

 時雨は榛名に厚めに肉を切って渡す。

「ッ! ッッッ!」

 美味しさの衝撃で、言葉を忘れて榛名は肉を食らった。

「シグレ、こなたには脂身をちょい付けるのだ。ちょいであるぞ」

「はいはい」

 注文の多い竜である。ドレス姿の気品など捨てて皆と同じに素手で肉を食う。

「おおっ美味い。何だこの食材は?!」

「ダンジョン豚の左脚だよ」

「左脚か。ほほーそれは美味いに違いない。左脚だものな。………ふーん」

 こいつ絶対わかってない。人の姿をしているとはいえ竜なのだから、もう少し威厳をだな。ほんと竜の癖に………………ん? 竜といえば何か忘れているような。

「妹よ。たかが肉で何を騒いでいるのですか」

 三つ編み眼鏡が地下からやって来る。

 馬鹿ペットが、こんな危険な奴を我が家に連れて来るとか何を考えている。

「んー味はまずまずだけど、風味がちょっと。燻す木も選ばないとダメかなぁ」

 僕の焦りなど知らず、時雨は肉を食べながら腕を組む。

「おニャーちゃん。ハルナ、パンとかイモにはさみたいです!」

「いいぞ、食パンで食べるか」

 時雨は、キッチンに並んでいたスライスした食パンの上に肉を一枚置く。

「ケチャップ」

 とマリアは、瓶のケチャップを肉にかけた。

「んじゃ、えーと誰?」

 三つ編み眼鏡に、パンを差し出す時雨。

「肉程度に小躍りする生き物の『姉』でございます」

「あ、ニセナのねーちゃんで。いつもお世話をしております」

「それは大変でございますね」

 無表情でパンを食べる眼鏡。

 咀嚼して飲み込んで、特にリアクションはない。

「おニャーちゃん! ハルナもパン! パンッ! マスタードつけて!」

「調味料は自分で用意しろよ。ボクは肉切るから」

「あいあい!」

 榛名は戸棚を漁って調味料を探す。

「マスタード~♪ あ、玉ねぎソースもよいかと!」

「そだなー、こなたは酢漬けの野菜を並べたいぞ。チーズも良いのだ」

 ニセナ事、白鱗公も榛名と並んで調味料を漁っていた。

「妾はケチャップだけで十分だ」

 マリアの味覚を成長させたい。

 パン、そういえばパンといえば何か忘れているような。

「たのもッー!」

 急に太い声が響く。

 店の裏口から入ってきたのは、斧を背負った大柄なトサカ男だ。

「巷で噂されている。真のフワフワパン事、『食パン』を作る職人がこの店にいると聞いた! 大体なんだ『食パン』とは、食えないパンはパンではないだろうが!」

 再会はぇーよ。

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